コンテンツへスキップ

セム、ハム、ヤペテがそれぞれの民族の祖となった

殆どの日本人にはなんのこっちゃだろうが
このセム、ハム、ヤペテの3人は兄弟で父親の名はノア

1/350 ノアの方舟

『旧約聖書』の「創世記」第9章~第10章によれば
この親子は方舟に乗って大洪水を生き延びた唯一の人間の家族で
だから人類はノアの子孫なのだが民族系統は異なってて
セムの子孫のアブラハムの一族がユダヤ(※)民族となった
元はヘブライ人と呼ばれてたがイスラエル人と自称するようになり
ユダ王国(紀元前922年~紀元前586年)以降がユダヤ人と称された

ハムの息子のカナンがカナン人の祖となったのは
酔っ払って裸で寝てるノアを見たハムがノアに呪われてしまい
追放されて、現パレスチナ辺りに追いやられたからだ

ヤペテの子孫については途中までしか記述がなくはっきりしナイ
でもヤペテの名がイアペイトスと似てるからって
ミルトンがギリシア神話と結び付けたのも無理があって
ヤペテの息子たち=イアペイトスの息子たち、だとしたら
人類に火を与えたプロメテウスや人類初の女パンドラを娶ったエピメテウスが
ヤペテの息子ってのは辻褄が合わナイのだが・・・。(´д`;)ギャボ

縛られたプロメーテウス (岩波文庫 赤104-3)

セムが黄色人種、ハムが黒色人種、ヤペテが白色人種となった
なんてのは明らかに後からのこじつけであるるる~

☆・・・☆・・・☆

ユダヤ人に語り伝えられてた創世神話「創世記」と
神ヤハウェとの契約を遂行してきたユダヤ民族の歴史の記述が
1冊にまとめられて『旧約聖書』とされてるが
『旧約聖書』の「旧約」とは「旧い契約」の意で
後から唯一神と新しく契約したキリスト教徒によって
便宜上、『新約聖書』に対して勝手にそう名付けられたのだ

ところでユダヤ人の選民思想は道徳観念とは相容れナイので
どんなに卑劣な振る舞いをしても絶対的な正義はユダヤ人にあり
歯向かう相手こそが絶対的な【悪】なのだが
勧善懲悪を信奉する日本人だと事実を捻じ曲げてでも
自身を正当化して敵対勢力が不正であるようにヽ(゚∀。)ノ

セムの子孫テラの子アブラムは99歳の時にヤハウェと契約をして
アブラハムの名とカナンの地を与えられ
それまでカルデア(新バビロニア)のウルに住んでたが
父テラと妻サライと弟の息子ロトを連れて
カナンに向かった

そのころカナンびとがその地にいた。時に主はアブラムに現れて言われた、「わたしはあなたの子孫にこの地を与えます」。

途中のハランでテラが死んでしまうが
アブラハムとサライ、ロトはカナンに辿り着き
神がカナンの地をおれらに与えたんでおまいらはどけ、とばかりに
ハムの子孫のカナン人はセムの子孫のアブラハムに追いやられ
現レバノン海岸辺りへの移住を余儀なくされた。(゚д゚lll)ギャボ

フツーに考えるとアブラハムの方が侵略者なのだが
唯一神を信仰してる民族にとっては神に与えられた権利が正当なのだw

信憑性はさておき、神との約束通りにカナンを得たアブラハムだったが
その地が飢饉に見舞われると妻のサライとエジプトに行ったΣ(゚д゚lll)ガーン
さて、エジプトで2人はどうなったか?!

  1. 奴隷として働いてなんとか貯えができて帰国した
  2. 神の恵みで良い働き口が見つかり十分に稼いで帰国した
  3. 結婚詐欺を働いてぼろ儲けして帰国した
  4. 神の預言者として厚遇されたので帰国の途につけた

大正解は3.だがとりようによっては2.と4.も間違いではナイ

アブラハムは美人妻サライを妹と偽り
パロ(ファラオ、エジプト王の意)に取り持って
その兄として自身もパロに世話になりながらたくさんの贈物までもらう

しかしこのサライの不倫に怒ったヤハウェは疫病を齎すのであった!
当然ながら齎されたのはアブラハムでもサライでもなくて
パロにだが・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

懼れたパロはサライをアブラハムに返し
アブラハムはパロからお土産をたんまり頂いてエジプトを去ったが
これを結婚詐欺と言わずして何と呼ぶのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

 アブラムは妻とすべての持ち物を携え、エジプトを出てネゲブに上った。ロトも彼と共に上った(注:ロトはその後ソドムの地へ)。
 アブラムは家畜と金銀に非常に富んでいた。

☆・・・☆・・・☆

フェニキア人―古代海洋民族の謎

セム系の遊牧民についての的を得た表現が
ゲルハルト・ヘルムの『フェニキア人』にあった

夜になると、獲物を求める盗賊となってやってきた。しかし昼間は、平和的な取引相手であった。

前夜に盗んだモノを翌朝には、盗んだ先に売りに行ってたりしそうだが
元より厳しい自然環境で暮らす遊牧民が更に飢饉に襲われたら
一族を飢え死にさせナイためには富める者から分捕るしかなく
その時に善意が彼らを救う何の役に立つのだろうか?!
いや、善意に挫けたらこそ負けなのだ!!

自分は『旧約聖書』に対してそんな想いを根底に感じ取れるので
現代日本人の道徳観で一方的に批難する気はナイ(-_-;)

ところでアブラハムがカルデアのウルにいたとすると
これは後の新バビロニア王国のなので時代が合わナイ気がするが
古バビロニア王国時代の話でも
書かれたのが新バビロニア王国時代だからなのか?

taboo

人類初の禁忌と言えば
キリスト教信者ならエデンの園の禁断の果実が思い浮かぶだろうし
ギリシア神話に倣えばパンドラの箱(壷)てのもあるが
いずれも禁忌を強いるのは神であり齎されるのは人間であり
初めて齎された人間はまた初めて破ってもいるるる~

しかも初めて破った人間が2人とも女だったとは
なんとかして女を服従させたかった男たちの作り話に違いナイ!

旧約聖書ー創世記ー (白泉社文庫 ふ 2-1)

『旧約聖書』の「創世記」では
第1章で神によって世界が創られ
第2章で神によって人が造られ
第3章ではもう人が禁忌を冒して神を裏切ってる
そうして神に対する人間の絶対的な従属関係を先に示唆しておいて
その神を裏切った女は罪深い、と罪人であるコトを理由に
女を格下げして男の立場を上に持ってったぽいなw

しかし男女の元からの優劣なんてなくて
むしろダメンズアダムを助けるために創られたイヴは
もれなくアダムよりは出来が良かったってコトにはならナイか?!
マーク・トウェインの『アダムとイヴの日記』は明らかにそうだが
まあそこは解釈の仕方として百歩譲って
女は罪深いのだから償え、とゆー暴言を認めてやったとしても
それならそれで女は償いをするのに男に対してでなく
神にすれば゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだと思われ

と、のたまえる呑気さは現代日本人の女だからだ
砂漠や荒野で厳しい自然に晒されて生きる民族に生を受け
ましてや男に生まれてしかも族長であったなら
女のまともな言い草にいちいち納得して清く正しく生きてたら
一族郎党は飢え死にするしかナイだろう

だから「堕罪」の中の神に断罪される部分の原因譚に

蛇がなぜ4つ足で歩いてナイのか
女性がなぜ蛇を忌み嫌うのか
女性がなぜ出産の苦痛と夫への欲求を持つのか
男性(人)がなぜ土を耕すのか
男性(人)がなぜ土に返るのか(死ぬのか)

とあり、その答えが生活信条とされたのは尤もで
古代のユダヤの民にとっての『旧約聖書』は理に適ってて
彼らの正義が近代的な道徳から外れているのは致し方ナイコトだ

そうして民族の価値観の相違について熟考するには
題材として『旧約聖書』程に極端でわかりやすいモノはナイ
イエス・キリストの登場で『新約聖書』と一緒に勝手に編纂されて
ローマ・カトリック教会が都合良く曲解してしまったが
それでもユダヤの民の真意は伝わるるる~

一方、パンドラの伝承は概ね以下の通り

プロメテウスが天上界から火を盗み
火が生物の中で唯一人類にだけ齎されたが
大神ゼウスはこれを許さなかった

プロメテウスの弟エピメテウスの結婚祝いに
ゼウスは箱(壷)を贈るがこれを開けるコトは許さなかった

花嫁が好奇心に勝てずにこの箱を開けてしまった途端
7種の災いが飛び出し人々は大いに憂えた

花嫁が慌てて閉じた箱の中には前兆(または希望)だけが残った
この箱を開けた花嫁がパンドラだった

この場合ゼウスは明らかに人間を懲らしめるため
わざと箱を送ってるるる~

パンドラの匣―変貌する一神話的象徴をめぐって (叢書・ウニベルシタス)
禁断の知識〈下〉好奇心とタブー

もう少し詳しく話すと
天上界から火を盗んだプロメテウス(「先に考える男」の意)と
その弟のエピメテウス(「後から考える男」の意)は
ティタン(巨人族)でイアペトスの子だ
神とも人間とも違うこの種族は人間の味方で
故に神とは敵対関係にあった

異説ではプロメテウスこそが粘土で人間を作った、ともされてるが
一般的にはヘシオドスに詠われてるように人間は既に存在してた
そしてゼウスが糧を隠してたので窮乏してたが
哀れに思ったプロメテウスがゼウスを欺いて糧を齎したとされてる
なのでプロメテウスが人間に好意的であるのは間違いナイ

ところで人間種族にはこの時まで女がいなかったらしいが
何かと人間に助力するプロメテウスに対して
ゼウスが騙してやろうと計画を立て
そのために女を創ったのだと。(゚д゚lll)ギャボ

いや、正しくは女を創ったのでなく創らせた
ゼウスは鍛冶の神ヘパイストスに女神に似せたモノを粘土でこしらえさせて
これに神々から種々の能力と贈物を賜り
パンドラ(あらゆる授かり物を持った女)と名付け
プロメテウスに授けたのだった

ところがプロメテウスは名前の通りに考えが先立つ男なので
怪しいと勘付いてパンドラを拒否したが
弟のエピメテウスは名前の通りに考えが及ばナイ男なので
パンドラに魅了されるままに妻にしてしまった。(´д`;)ギャボ

エピメテウスの妻となったパンドラは例の箱(壷)を開けてしまうが
箱が最初から地上にあったのか
パンドラが花嫁道具に持ってきたのか
結婚祝いに(しかもゼウスに)もらったのか
箱の起源は諸説あるが、この箱が
開けてはいけナイ【禁忌】の箱であったのと
好奇心にかられたパンドラによって開けられたのは
どの説にも共通である

このギリシア神話におけるパンドラの挿話の目的は
【禁忌】を破り人類に厄災を齎したのは女だ、と女に負い目を持たせ
だから妻は夫に従うべきだ、と妻に従順を強いるコトだろうが
先のイヴの寓話とは作者が同じと思えるくらい
その筋立ての根本にある思想が似てる

実際にこのパンドラなどはイヴとダブって描かれてるがね

今現在、どうやらソチ・オリンピック開催中らすぃ

自分は現代のオリンピックには余り関心がナイとゆーか
スポーツとしてはサッカーとテニス以外に全く興味がナイので
オリンピックは基本的に観ナイ主義だが
寒いのが大嫌いで雪を見てると憂鬱になるので
例えテレビ画面においてでも冬季五輪はまず観たいと思わなくて
母親がフィギュアスケートを観てるとチラ見するレベル

そんな自分がうっかり開会式まで観てしまったのは
2004年にギリシアの首都アテネでオリンピックが開催された時で
古代ギリシア的な風情を期待してたのだろう

それでもアテネ五輪の開会式がどんなだったかまるで記憶にナイが
今年の開会式は観てなくても印象深かった
なんせ五輪の輪っかの1つが輪にならなかったのだからしてヽ(゚∀。)ノ

☆・・・☆・・・☆

そんな記憶に薄いアテネ五輪の真っ最中に
本屋の店頭でこんな帯タタキの本が目に留まったコトは
今でも鮮烈に覚えてるるる~

オリンピックもトロイの木馬もすべてはここから始まった!

同年、オリンピックより一足お先に映画『トロイ』が公開され
これがブラピ効果か、予想以上に日本でもヒット(※)してたのだ
自分はトロイ戦争ヲタとしてDVDを購入予定だったので
わざわざ混んでる映画館にまでは足を運ばずにいたのだがw
2004年の配給収入がなんとドラえもん超え(ポケモンには及ばず)!

トロイ 特別版 〈2枚組〉 [DVD]

いかにも、流行にだけは敏感で無教養な日本人に対して
盛り上がってる間に売り切るつもりのキャッチコピーってカンジで
胸糞悪くなりながらも手に取ってみれば
タイトルは『完訳 ギリシア・ローマ神話』で
著者はトマス・ブルフィンチだった。(゚д゚lll)ギャボ

トマス・ブルフィンチと言えば『中世騎士物語』が愛読書だったが
ギリシア・ローマ神話にも造詣が深かったとは知らなんだ!
しかも訳者が大久保博とな!!

☆・・・☆・・・☆

完訳 ギリシア・ローマ神話〈上〉 (角川文庫)完訳 ギリシア・ローマ神話〈下〉 (角川文庫)

あれ?!
自分が持ってるのは上・下巻とも表紙がアングルだったが
いつからこんな安っぽい表紙になったのだろうか?
ブルフィンチ(大久保博訳)の格調高い文体にこのイラストは
余りにも不似合いで萎えるのだが。(´д`;)ギャボ

【上巻】
  • はしがき
【第1章】
はじめに
【第2章】
プロメーテウスとパンドーラー
【第3章】
アポローンとダプネー、ピューラモスとティスベー、ケパロスとプロクリス
【第4章】
ヘーラーとその恋仇のイーオーとカリストー、アルテミスとアクタイオーン、レートーと農夫たち
【第5章】
パエトーン
【第6章】
ミダース、バウキスとピレーモーン
【第7章】
ペルセポネー、グラウコスとスキュラ
【第8章】
ピュグマリオーン、ドリュオペー、アプロディーテーとアドニス、アポローンとヒュアキントス
【第9章】
ケーユクスとアルキュオネー、かわせみの話
【第10章】
ウェルトゥムヌスとポーモーナ
【第11章】
エロースとプシューケー
【第12章】
カドモス、ミュルミドーン
【第13章】
ニーソスとスキュラ、エーコーとナルキッソス、クリュティエー、ヘーローとレアンドロス
【第14章】
アテーナー、ニオベー
【第15章】
グライアイ、白髪の処女たち、ペルセウス、メドゥーサ、アトラース、アンドロメダー
【第16章】
怪物――ギガンテス、スピンクス、ペーガソスとキマイラ、ケンタウロス、ピュグマイオイ、グリュプス
【第17章】
黄金の羊の毛皮、メーデイア
【第18章】
メレアグロスとアタランテー
【第19章】
ヘーラクレース、ヘーベーとガニュメーデース
【第20章】
テーセウス、ダイダロス、カストールとポリュデウケース
【第21章】
ディオニューソス、アリアドネ
【第22章】
田園の神々――エリュシクトーン、ロイコス 水の神々――カメーナイ、風
【第23章】
アケローオスとヘーラクレース、アドメートスとアルケースティス、アンティゴネー、ペーネロペー
【第24章】
オルペウスとエウリュディケー、アリスタイオス、アムピーオーン、リノス、タミュリス、マルシュアース、メラムプース、ムーサイオス
【第25章】
アリーオーン、イービュコス、シモーニデース、サッポー
【第26章】
エンデュミオーン、オーリーオーン、エーオースとティートーノス、アーキスとガラテイア
  • 読書案内[上]
【下巻】
【第27章】
トロイア戦争
【第28章】
トロイアの陥落、ギリシア軍の帰還、オレステースとエーレクトラー
【第29章】
オデュッセウスの冒険――ロートパゴス、キュクロープス、キルケー、セイレーン、スキュラとカリュブディス、カリュプソー
【第30章】
パイアーケス人、求婚者たちの最後
【第31章】
アイネイアースの冒険――ハルピュイアたち、ディードー、パリヌーロス
【第32章】
下界――シビュレー
【第33章】
カミラ、エウアンドロス、ニーソスとエウリュアロス、メーゼンティウス、トゥルヌス
【第34章】
ピュータゴラース、エジプトの神々、神託所
【第35章】
神話の起源、神々の彫像、神話の詩人(うたいて)
【第36章】
近代の怪物たち――ポイニクス、怪蛇バシリスコス、一角獣、サラマンドラ
【第37章】
東洋の神話――ゾロアストラ ヒンドゥー教徒の神話――カースト、ブッダ、ダライ・ラマ
【第38章】
北欧の神話――ワルハラ、ワルキュリアたち
【第39章】
ソールのヨツンヘイマル訪問
【第40章】
バルデュルの死、妖精たち、ルーン文字、スカルドたち、アイスランド
【第41章】
ドゥルイたち、アイオウナ
  • 解説
  • あとがき(増補改訂版によせて)
  • 読書案内[下]
  • ことわざ集
  • 索引

上巻は古代ギリシア・ローマの神々と英雄のエピソードで
下巻(※)はトロイ戦争が時系列に物語られてて
なぜかギリシア・ローマ以外の神話も収められてるが
原題が『The Age of Fable;or,Stories of Gods and Heroes』で
訳すと『寓話の時代;もしくは、神々と英雄の物語』なので
確かに古代ギリシア・ローマ限定ではナイのだな
巻末に上・下巻合わせての索引と諺集があり、本文自体は上巻441頁/下巻290頁

目次には登場人物(神)名が概ねギリシア名で記されてるが
本文中にはこれにローマ名と英語名も併記されてて

アプロディテ→アプロディーテー(ウェヌス)(ヴィーナスのこと)

てなカンジで初心者にはわかりやすいかと思われ

白黒なれど有名な絵画や彫刻が豊富に掲載されてるのも
もちろん自分のような美術愛好家には嬉しいが
それ以上に初心者がイメージを捉えやすい

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)

著者のブルフィンチはヲタだったが
この本は決してそういう向きに書かれたのではなく
無教養なアメリカ人に向け教養便覧のようなモノを目指してたので
オウィディウスの『変身物語』を典拠としてる部分が多く見受けられるが
娯楽的要素の長台詞などはカットして概要のみにとどめて
その分、英文学からの引用が挿入されてるるる~

☆・・・☆・・・☆

それにしても帯タタキで煽ってるワリには
オリンピックについては僅か1ページだったりして(-_-;)

古代オリンピック (岩波新書)驚異の古代オリンピックギリシアの古代オリンピック

2012年にWOWOWでジャンヌ・ダルクの映画をやってたのだが
主役がミラ・ジョボヴィッチでもイングリッド・バーグマンでもなく
原作はジョージ・バーナード・ショーだった

ジャンヌ・ダルクは100年戦争の時代に実在してはいるようだが
天の声(※)を聴いたとか、オルレアン解放軍に女の身で参加したとか
非現実的な所業がどうにも信じ難い人物だ
結果として、オルレアンは英国軍から解放され
勝利に対するジャンヌの貢献度はともかく
異装の(男装してた)ジャンヌは異端審問で火炙りにされてて
それがなぜか500年以上も経って、近代に至ってから聖人になってて
その辺りの事情もまた胡散臭いのだが
フランス人は元よりヨーロピアンには英雄視されてたりするし
カトリック教徒は聖人の一人として受け容れてる
天の声の主は聖人で、オルレアン包囲の際には大天使ミカエルの声を聴いたそうだ

でもバーナード・ショーの戯曲『聖女ジョウン(原題:Saint Joan)』では
イギリスで上演されるべく書かれたモノだからか
ジャンヌは英雄としても聖人としても扱われておらず
刑死後、魂が天国に行けずに彷徨い続けてて、化けて出てるヽ(゚∀。)ノ

そんなジャンヌの最後の科白は神への祈りだったのだが

早く天国へ導いてください(-人-;)

とキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

ショーらしい皮肉が効いてて
一緒に観てたとーちゃんと大爆笑しながら画面に大喝采を送った

☆・・・☆・・・☆

自分は頽廃に憧憬を抱く反社会的な勤労庶民なので
大衆に媚びてるだけの娯楽作品が大嫌いで
とりわけハッピーエンドの男女のロマンスには
若い時は虫唾が走ったり吐き気を催したりするほどだったが
ショーの描く世界観にはそういう嫌悪感を覚える部分がまるでなく
そこに真実が見えて、魂の奥底から感銘を受けるのだ

だから映画『マイ・フェア・レディ』は忌々しく感じるるる~チッ( -∀-)、
自分にはシンデレラ・ストーリー自体が苦々しいのだが
ショーの戯曲『ピグマリオン』が原作なのに
作品を通して掲げられたテーマが完全に損なわれてしまってるからだ

『ピグマリオン』はギリシア・ローマ神話由来のラテン文学で
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』が元ネタだ

主人公ピュグマリオンが自身で作った女性の彫像に惚れてしまい
その切なく苦しい胸の内をあわれに思った女神に
命を吹き込んでもらって想いを叶える、とゆー物語で
Barbieに恋し続けてる自分にはピュグマリオンの気持ちがよくわかるし
実際にBarbieそっくりの人間に巡り合うと
女神に感謝しつつ、その人をこよなく愛してしまってたヽ(゚∀。)ノ

『ピュグマリオン』はリア充には決して共感されナイ物語で
絶対に愛してくれナイ女を切望するピュグマリオンに嘲笑しながら
きっとこんな風に諭すのだろう

現実を見据えて人間の女と愛し合えば゚+.(・∀・)゚+.゚イイのに?!

他人に言われずともピュグマリオンも自分もわかってるが
それでも愛せずにいられナイのだよ。・゚・(ノД`)・゚・。

でも愛するってのが無償で相手を想う気持ちだとしたら
相手からのお返しを同じだけ望むのはむしろ本トに愛してるのかね?

☆・・・☆・・・☆

ショーの『ピグマリオン』の場合はもっとヲタ度が高く
ピグマリオン=ヒギンズは英語の発音における音声学者であり
彼が求めてたのは単なる理想の女性などではナイ
洗練された英語を話す女性、しかもそれを矯正できた自身に悦に入ってて
その女性には生き証人としての価値しか求めてナイ
ヒギンズがイライザ自身にはまるで興味がナイのは明白だ。(゚д゚lll)ギャボ

イライザも育ちが悪いながらも愚劣な女性ではなかったので
そんなヒギンズのヲタ魂の萌えに気づいてただろうから
純粋にイライザ自身を愛してくれるフレディを享受するのは然りだ
ショーの『ピグマリオン』でははっきりと結末は描かれてナイが
イライザがフレディの気持ちを無碍にできるとは思えナイし
ましてやそこでヒギンズを選ぶはずがナイ。(´д`;)ギャボ

ヒギンズとイライザが結婚してハッピーエンドの物語なら
タイトルを『ピグマリオン』にする意味はなく
ブロードウェイで意義を失ってしまったからこその
『マイ・フェア・レディ』へのタイトル差し替えなのかもしれナイなw

☆・・・☆・・・☆

そして世の中の流れはいつも商業主義に味方するので
主役が日本人の大好きなオードリー・ヘプバーンなのもあり
映画『マイ・フェア・レディ』ときたら
しつこいくらい年中、テレビで放映されてるのだが
それに比してショーの戯曲『ピグマリオン』を新刊で購入するのは
日本では少なくともこの10年ほどは困難だった

同じように冒頭に挙げた映画『聖女ジャンヌ・ダーク(原題:Saint Joan)』
ショーの脚色に忠実なこの作品だけが日本ではDVD化されず
原作の戯曲『聖女ジョウン』を新刊で購入するのも
『ピグマリオン』と同様、邦訳を読むコトが適わなかった

今世紀になって何よりも後悔してるのは
ショーの著作を若い内に買い集めておかなかったコトだ(;つД`)
『聖女ジョウン』でその後悔は募るばかりだったが
諦めつつもググってみると書物復権2012の復刊リストに
なななんと『バーナード・ショー名作集』があった・・・バタリ ゙〓■●゙

バーナード・ショー名作集

しかも『聖女ジョウン』も『ピグマリオン』も収録されてたので
早速購入して2作とも一気読みした・・・生きてて良かった。・゚・(ノД`)・゚・。

ちなみに『ピグマリオン』の序文には次のようにあった

(前略)ロマンスのヒロインになれたからというだけで、すぐさまロマンスの主人公と結婚したにちがいないということにはなるまい。こういう考え方には我慢がならない。せっかくのドラマもこういう得手勝手な判断にあっては、こわされてしまう。

『水妖記(ウンディーネ)』はドイツ人作家フーケが
1811年に発表した民間伝承を元にした幻想文学で
文学史で言えばドイツ後期ロマン派だ

水の精ウンディーネには魂がなく
人間の男に愛されるコトによって魂を得るが
男に裏切られたら、その男を殺さなければならナイ

と、そんな前提のお話で
遡ればギリシア神話に登場する海の妖精セイレーンから派生してて
恐らくアンデルセンの『人魚姫』も
ウンディーネやセイレーンを元にして創作したモノで
キリスト教風味を強めたのだと思われ

20世紀初頭のフランスにおいて
ジロドゥがフーケの作品を戯曲化した『オンディーヌ』は
現代まで繰り返し演じられてるだけあって
水の精だとしても人間のフツーの女と何ら変わらずオンディーヌは一途で
オンディーヌが愛する人間の男ときたらやっぱフツーに不実で
そんな男女の恋愛の普遍の切なさに深く胸をえぐられるが
実際に芝居としては観たコトナイのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

できるなら若く美しい加賀まりこさんのオンディーヌを観たかったな
テレビのインタビューでかつてやったと言ってたのだが
その際にオンディーヌなぞ知らなかったので
慌てて神保町の古書店で原作を買って読んだとか
彼女はさすが神田生まれだな、とやけに感心したのを覚えてるるる~

そういうワケで『水妖記(ウンディーネ)』を読み終えた後で
『人魚姫』も『オンディーヌ』も改めて読みたくなったし
『水妖記(ウンディーネ)』と一緒に買った『ライン河の文化史』も
ウンディーネ伝承の原点に触れていそうで読みたかったが
全て電子書籍ではなく紙の本で、しかもどれも持ち歩くレベルの大きさではナイので
就寝時と起床時に寝床で読むしかなくて枕元に積み上げといた

そこで持ち歩き用は電子書籍だよな~と思いつつも
ふと目に付いたのがバルザックの『サラジーヌ 他三篇』だった

サラジーヌ 他3篇 (岩波文庫)

表題作の『サラジーヌ』は別の訳でも持ってて
何度も読んでたので今更慌てて読む必要はなかったのだが
なぜか読み始めてしまう・・・こういうのって絶対に何かシンクロしてるのだが
やはりそこでセイレーンだの、ピュグマリオンだの、ハルピュイアだのが
女性の性質の例えとして使われてたのだった。(゚д゚lll)ギャホ

そしてその例えが素晴らしく的確なのだ!
さすがバルザックだ!!

セイレーンはギリシア神話の中では下半身が鳥とされてて
水辺で歌を歌っては航行中の男を惑わし、難破させたりしてたのだが
中世にはライン河畔の岩礁ローレライにも
魅惑的な声で男を誘惑し、水中に船もろとも引きずり込んでしまうとゆー
その名もローレライなる水の精が出現したらしい

セイレーンもローレライも元は人間の女(の名)で
紆余曲折の末に水に棲みつき、歌う魔物となったのだが
そこへ行くと人魚姫やウンディーネ(オンディーヌ)の場合は
恋い慕う人間の男のために人間になろうとする魔物上がり(?)なので
事情は全く逆なれど、男に捨てられた女だってのは
これらの一途な女たちの種を超えた共通事項なのであるるる~

片やピュグマリオンの方は人間の男に請われる女で
彫像だった彼女は女神に命を与えてもらい、男に愛されるのだ

なんという対極的な女たちであろうかヽ(゚∀。)ノ

男に愛される女になりたかったら、彫像のように美しくあり
それ以上に大切なのは彫像のように黙して語らぬコトなのだなw

愛してる、とその気持ちを露わにし、男を恋い慕えば
1度は受け容れてくれるかもしれナイが、いつか必ず捨てられるのか?!

さて、『サラジーヌ』の中でこれらの語が出てきた場面だが・・・

小部屋に身を隠している際に女中の閉めたドアに挟んで指を二本くらいつぶされても、叫び声をあげてはならないのだ。こうした手ごわい妖婦(セイレン)を愛することは、自らの命を賭けることではないだろうか?

妖婦、に「セイレン」とルビがふってあるのが憎い!(訳者は芳川泰久)
ちなみにこれは実在したド・ジョクール侯爵が
愛妾の家で身を隠した時に本トにあったエピソードなのだそうで
詳細は不明だが愛妾を庇うために声も出さずに痛さを耐え抜いたのだとか(-人-;)

で、この続きがある

そしてだからこそ、こうした女たちを、おそらくわれわれはかくも情熱的に愛するのだ!

情熱的・・・冷めるのを前提にして、なんて巧い言い回しなんだw
だから奥さんを情熱的に愛したりもしナイって?!

そして扇情的ではナイ男にとっての理想の女性は彫像やお人形なのだね

サラジーヌは、彼のために台座から降りてきたこのピグマリオンの彫像を、穴のあくほど見つめました。ラ・ザンビネッラが歌うと、もう有頂天でした。

ラ・ザンビネッラはカストラートなので実は男だが
サラジーヌは田舎者でカストラートの実体を知らなかったし
これは洗練された都会の男でも然りだが
毎度、化粧や衣装に惑わされてしまうほど男は単純なのだよヽ(゚∀。)ノ

結果的に、真実を知ったサラジーヌはラ・ザンビネッラを罵倒するるる~

おれはいつまでも記憶のなかに、天の怪鳥ハルピュイアの姿を抱くことになるだろう。そいつはこのありとあらあゆる男心に爪を立てに舞い降りてきて、おまえ以外のすべての女に、不完全という烙印を押すことだろう!怪物め!おまえは何ものにも生命を与えることができない。おまえはおれに対し、この大地から女という女を根絶やしにしてしまったのだ

それにしてもサラジーヌに限ったコトでなく
男ってのはどうして失態も不甲斐無さも自身の責を認めず
女(※)のせいにしなければ気が済まナイのだろう
かつて愛を捧げた美女を「怪鳥ハルピュイア」呼ばわりして逆恨みとはwww
まあラ・ザンビネッラは実際は男だったがね

セーヌ河を愛するモーパッサンは
短編『水の上』で川を称える際に比較対照として
ユゴーの「夜は大洋から(原題:Oceano Nox)」(※)をあげてるが
この詩は猛り狂う海を歌った人類初の叙情詩だそうだ
詩集『光と影(原題:Les Rayons et les Ombres)』収録で『ヴィクトル・ユゴー文学館【1】詩集』にある

意外なのだがそれまでの海の詩と言えば
海原の美しさや広大さを讃美したり
穏やかな波が岸辺に打ち寄せるサマに酔い痴れたり
海の恵みを傲慢にも人間にとっての益だと有り難がったりで
嵐の海を詩にしようとは誰も思いつかなかったのである(゚ ゚;)

ユゴーがこの詩を書いたのは

「怒りに身をふるわせる」海を、八時間も眺めつづけた

そんな実体験からなのだが
モーパッサンにしても恐らく自らが夜の川で一夜を過ごした上で
短編『水の上』を書いたのだと思われる

ユゴーもモーパッサンも19世紀の人なので
近代化によって人々の感覚がいよいよ動物らしくなくなってきてて
つまり愚鈍になってしまってる五官に依らず
自然の中で研ぎ澄まされた感覚を呼び覚ましながら
詩作をしてきたのだろう

海や川の氾濫が齎す災禍には鋭いナイフで胸をえぐられるようだが
改めて自然に対して畏怖の念を抱くようになる
しかし人災は明らかに人間の悪意が関わって起きてるので
なんとも後味が悪くずっと心に燻り続けるし
実際に災難に遭った心ある者にも憎悪を植えつけてしまいかねナイ

モーパッサンの愛するセーヌは
ユゴーの愛娘レオポルディーヌを呑み込んだ

新婚の夫シャルルと共に乗船してたヨットが転覆して溺死したのである
その死後4年目に書かれた一連の詩「1843年2月15日」~「ヴィルキエにて」(※)は
神に問いかけをしては自らで呼応してるといった内容だが
そんな事情もあるユゴーにとってのセーヌは
どうしたって愛情より憎悪の方が深いのだ
『静観詩集』にある4篇の詩でヴィルキエはセーヌ河畔にある息女の溺死した場所に程近い村である

またユゴーはフランス人だがゲルマン民族の血も受け継いでおり
元より河と言えばラインに想い入れがあるようで
『ライン河(原題:Le Rhin)』なる紀行文を書いてたりもするが
これが邦訳では『ライン河幻想紀行』(※)となってるのがなんと適正なコトか!!
河畔の古城に領主がいた時代の伝説が語られてるのだ!
例えば「ザンクト・ゴアール」の章ではローレライの伝説に触れてるるる~
岩波文庫から出てる抄訳だがユゴーの描いたライン河のスケッチも収録されてる

あのローレライの伝説の岩山が、ラインに垂直に落ち込んでいる。
それこそ、声をかけたり歌を歌ったりする人に七たび答えると言われる名高い木魂の場所だ。

歌の本 (上) (岩波文庫)

自分はハイネの詩にある『ローレライ(原題:Die Loreley)』しか知らず(※)
その歌声で船乗りを誘惑しては水中に引きずり込むトコロから
下敷きになってるのは『オデュッセウス』等に登場するセイレーンと思ってたが
意外な言い伝え、なんと木魂・・・(゚ ゚;)?
セイレーンは海由来なので当然ながら木魂ではナイヽ(゚∀。)ノ
ちなみにユゴーには木魂が5回以上は聞こえなかったそうだがw
STYXにも『ローレライ(原題:Lorelei)』なる曲があるが歌詞にはラインの伝説らしい部分は微塵もナイ

ローレライ伝説の概要を確認したくてググってみると
どうもはっきりしナイながらも諸説あれど古い伝説ではナイのは間違いなく
クレメンス・ブレンターノの1801年発表の長編小説『Godwi』に
挿話として収録されてるローレライ伝説が文献としては最も古いようで
それでブレンターノの創作だって説もあるらしい

ユゴーによればローレライは水の精(ニンフ)で

その昔、神話の中で多くの王侯や伯爵たちに言い寄られた

とだけあり、ユゴー自身もよくわかってなかったのか?
あるいは当時は人口に膾炙してた伝承だったので語るまでもなかったのか?

水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1)

で、「水の精」で「木魂」ならばフーケの『ウンディーネ』じゃナイのか。(゚д゚lll)ギャボ
1811年に出てるがこれがブレンターノのローレライ伝説とミックスされたとか?!
などと言いつつフーケの『ウンディーネ』は未読だか・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
ジロドゥが戯曲化した『オンディーヌ』から推察。(´д`;)ギャボ

オンディーヌ (光文社古典新訳文庫)

この『ウンディーネ』もしくは『オンディーヌ』の物語の根幹部分の
異界の女が人間の姿になって愛する男の下へ行き
男に裏切られて一巻の終わり、とゆー悲恋の定番原則だが
アンデルセンの『人魚姫』とかバレエ『白鳥の湖』とか
必ず裏切ってしまうのが良くも悪くも人間の男の性なのだよな(-_-;)

但し『オンディーヌ』の場合には裏切った男の方が死んでしまい
オンディーヌは元の水の精の姿に戻れるのだが
愛する男との記憶を失ってしまう

愛する男を想いながら死んでくのと忘れて生き永らえるのって
どっちが幸せなのかって、自分は前者だなw

恋には年齢も性別も関係ナイ

若く美しい者が吐くとひたむきな情熱に打たれるが
若くも美しくもナイ者が吐くと悪あがきにしか聞こえナイ台詞だ。(´д`;)ギャボ

稀に美しさが老いを凌駕してたり、性を超越してたり
そんな者が吐くと口説きの常套句に聞こえたりもするが。(゚д゚lll)ギャボ

ギリシア神話の世界では
年齢不詳で性別も微妙な神や妖精など人間以外の種族が混在してて
恋には種の別さえ関係なく
むしろそんな前置きをする方が無粋だが
そうして純粋に恋愛を愉しんでるカンジが心地好い

まあゼウスの不埒さなんてのは純粋と言って゚+.(・∀・)゚+.゚イイモノやら(苦笑)
とはいえ、結構おもしろがってはいるるる~
白鳥や鷲はまだしも雲や雨にさえ化けて(さすが雷神らしい?)
想いを遂げるのは見上げた根性だし
結婚とゆー縛りのナイ恋愛をここまで全うするのはたいしたモノだ

そもそも恋愛は神代の愉しみなのだ

結婚となると現実であり、生活であり
その形態をとるのが社会的義務だったりもすれば
生物学的には子孫を残すのは本能であり、もっと言えば生物の宿命でもある
また、社会生活を営む人間の端くれなら
結婚のしきたりもある程度踏まえなければならナイし
その相手となると子孫を残すためにも同種で妙齢の異性を選ばなくてはならナイ

神代の恋愛からすれば、現代の人間のそれは
種の別、年齢の別、性の別、と三重縛りである!
更に現代社会ではもっと切実な問題として
せっかく残した子孫を育てていくためにはお金が必要なのだからして
無粋にならざるを得ナイのだよ(-_-;)

尤も、生活力のある妙齢の男と恋愛して結婚できた女には
そんな苦悩は不要なのだが
なかなかそうはいかナイのが現実なのだヽ(゚∀。)ノ

ところが、更年期も過ぎた(元?)女、ともなれば
生物学的にも社会学的にも一切の縛りが無くなってしまうし
それ以上に死期が近付いたせいもあって
後悔しナイ生き方を選択する意志がより強靭になってくるので
そこで「老い」などの引け目さえなければ
まるで神代のような恋愛を愉しめてしまうだろう

換言すれば、老いて容貌が衰えるのは
恋する相手に対してこんな自分では申し訳ナイ、と身を引いて
生物学的&社会学的に見合った相手に譲るためなのだ
自分は齢35にしてそうと気づいたのだが・・・

☆・・・☆・・・☆

愛 (中公文庫)

元より男女の恋愛に対して鬱陶しく感じてたのは
ヲタで趣味が一般とかけ離れてるが
そんな自分が気に入ってたし、愉しんで生きてたので
何の愉しみも得るトコロがナイ男の体裁を取り繕うだけのために
矯正させられるのがうんざりだったからだ

服装や髪形に文句をつけられるのは腹立たしかったし
女らしく、と男に上から目線で言われるのには虫唾が走った

本トの意味での女らしさをわかってナイヤツほど
偉そうに「女らしく」なんてのたまうが
そういう男に限っていざとなるとクソの役にも立たナイのだ

女らしさ、とは男が持ち得ていナイ特性で
男には到底ついては来れナイレベルの精神的な逞しさであり
いついかなる時も挫けたりしナイ明朗快活さで
だからそれがわかってるジュール・ミシュレは言ってる

 妻は夫の娘である。夫はそこに若さとみずみずしさとを再発見する。妻は妹でもある。彼女は最も歩み難い道を真向から進み、か弱いにもかかわらず男の力の支えとなってくれる。妻はまた母であり、男を包んでくれる。ときとして男が動揺し、模索し、空には自分の星がもう見えないという、そんな闇の瞬間に、男は女の方をみつめる。すると星は女の眼の中にあるのだ。

理想を言えば
ジュール・ミシュレのようなわかってる男が
自分を受け入れてくれるのだったら
こちらもその男の全てを享受しようと決意もできるが
理想と現実はかけ離れてるモノで
男女の需要と供給はまさにその理想と現実なのだよ

☆・・・☆・・・☆

意中の男に結婚してもらえるのは
そこまでなら言うなればシンデレラタイプではあるのだ
運命に流されるままに耐え忍びつつも
魔女の手助けによって王子と結婚できてハッピーエンドヽ(´▽`)/

ペローとグリムのおひめさま シンデレラ (絵本単品)

そう、おとぎばなしは結婚後の生活には一切触れられておらず
王子が浮気性だったとか、実はマザコンだったとか
義母に苛められたとか、世継ぎを産めなくて義父に厄介者扱いされたとか
隣国に攻められたとか、それで国は滅んで奴隷に身を落としたとか
その後の展開は語られてナイが
実際には人生はそういう落とし穴だらけなのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

電子書籍を購入するようになって
特にSONY Reader Storeで購入する場合には
月初にまとめて購入するのが習慣づいた

まとめ買いで特典ポイントがもらえたりするのだが
その期限が当月の月末だったりするので
月末近くに購入してもらったせっかくのポイントを
うっかり使わずに期限切れにしてしまう可能性大だからだ

朝はたいてい遅くても4時起きで
でも6時頃までは寝床で読書をしてるのが常だ

それが今朝は余りの寒さで落ち着かず
早めに起き上がって居間でヒーターを炊いて
ふいにテレビを点けると(そんなコトは滅多にナイのだが)
画面に映し出されたのはイアソンとメデイアで
あとから調べてみたらBBC地球伝説の
『ギリシャ神話の英雄たち【2】アルゴ号の大航海』だった

アルゴ探検隊の大冒険 [DVD]

寝る前に悩みに悩んでアマゾンでポチしたのが
京都大学学術出版会の『セネカ悲劇集【2】』だったのだが
これには『メデア(メデイア)』が収録されてたのだ!

朝食を済ませて半身浴をしながらまた読書をしてたが
単に先月購入した中で全くの未読状態だった数冊の中から
選んだのは『ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産』
目次にセネカの項があったのでそこから読み始めると

゚+。:.゚シンクロ(*゚Д゚*)キタコレ゚.:。+゚

セネカの『メデイア』について書かれてた!!

異類婚姻譚、だそうな(゚ ゚;)

若い日の恋愛のゆえに人間の妻となり、人間界に移り住んでそこになじもうとした魔女が、やはり人間に裏切られ、その超能力で彼らを壮烈に罰して故郷へ戻っていく物語

として『雪女』を引き合いに出してるが
自分からすると『雪女』も実は人間だったと思えるがな(-_-;)

雪女 (日本の童話名作選シリーズ)

メデイアは王女の身分ではあったが
ハッピーエンドの御伽噺にありがちなお姫様とは
余りにも様相が違ってるのは誰の目にも明らかだろう

特に異質なのは恐らく
いや、きっとお世辞にも見目麗しい王女ではなかったのだ。(´д`;)ギャボ

魔女とされるほどに薬草について博識になるには
様々な薬草を採集してきては煎じたりしなくてはならず
蝶よ、花よ、とちやほやされるような美貌の王女の所業ではナイw

現代においてもこれは変わらナイ事実だが
美しい女性ほど自身を着飾っったりするのに夢中で
より美しく見せる以外には一切の興味を持たナイモノなのだ

メデイアは良縁に恵まれずに婚期を逃してたからこそ
とはいえ、当時ならせいぜい二十歳を過ぎたくらいだろうが
そこに現れたどこの馬の骨ともわからナイイアソンでも
身を捧げる覚悟ができたワケだなヽ(゚∀。)ノ

ましてや親兄弟を裏切ってまでイアソンに尽くしたのだから
それは助けてあげた見返りとしてなら
自身を妻として迎え入れてくれると信じてたに違いナイし
裏を返せば、恩を売った見返りにしか夫を望めナイと
メデイア自身が己を見限ってたと思われ

だからメデイアもイアソンを愛してたってよりは
自身の身の上を案じて画策して妻になったのではなかろうか?

イアソンの方はもちろんメデイアに恋なんかしていようはずもなく
ただひたすら目的のために手段を選んだだけに過ぎナイのは
言うまでもナイが(-人-;)

そんな2人だが思惑通りにコトが運んだので
メデイアはイアソンの妻となり、子も生したのだったが
イアソンにしてみれば、まずは王位奪回をして
人生はそこから華々しく再スタートをする予定だったのだろう

メデイアはその先もイアソンを夫として生きる決心ができたろうが
イアソンにとってはメデイアは踏み台でしかなかったと
目的を達成して気づいてしまったのだろうな。(゚д゚lll)ギャボ

しかも元より美しくもなく、てか、どこか不気味さがあった女が
年増(25歳も過ぎれば年増だったのだよ)になって
疎ましさしか見出せなくなってしまった時に
若く美しい王女と巡り会ったイアソンが
その王女の方がメデイアよりも自身に似つかわしい相手として
妻に迎えたい(=メデイアとは別れたい)と願うのは
英雄の自負があるだけに至極当然だ・・・

が、しかし、なぜ英雄になれたのかって
これが100%に程近くメデイアの助力なのだが
男は立身出世をすると勘違い甚だしく傲慢になり
それまで支えてくれた女に対して非情になるのが世の常だ

王女メディア HDニューマスター版 [DVD]ギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

とにかくメデイアがイアソンを本トに愛してたのだとしたら
愛の結晶である子供を殺したりしナイのは間違いナイ
捨てられてなお愛する相手との唯一の繋がりをどうして断ち切れようか?
だからこそ子供を殺すコトで断ち切りたかったのか???

メデイアはイアソンを愛してなかっただろうし
全てを懸けて(犠牲にして)夫にしたイアソンに対して
他の女に走ったくらいで復讐しようなどとは思い至らなかっただろうに

エウリピデスの子殺しの演出はやり過ぎだし
その後、セネカ然り、皆、メデイアに子殺しをさせてるが
そうしてメデイアに、つまり女に戦慄させるコトで
イアソンの正当性を、しいては男の沽券を守ってるだけのような気がするるる~

androgynous

天使像はギリシア神話の勝利の女神であるニケが原型である
ニケはローマで言うトコロのヴィクトリアで英語のVictoryってのはこれが由来だ
またNikeはスポーツ用品メーカーが使ってるるる~

しかしニケはギリシア・ローマ神話にほとんど登場してなくて
最も系譜に詳述があるアポロドーロスの『ギリシア神話』にも誕生の記載しかナイ
ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』にも出てこナイから
もしかすると古来からの神ではなかったか地域限定だったのか?

天使像の原型となったニケの彫像はルーブル所蔵の『サモトラケのニケ』で
BC190年頃ロードス人が対シリア戦勝記念にサモトラケ島に建てたモノ
でもフランスまで観に行かなくても日本でも見れるるる~
ルーブル彫刻美術館てのがあるのだ
しかもちょうどTOPページに『サモトラケのニケ』が出てる
LINK:ルーブル彫刻美術館

『サモトラケのニケ』以外では片足の膝を上げてるニケの像が多数あり
これは全力疾走の表現なので
勝敗が決定した際に勝利の宣告を授かって
陣営から陣営と走って廻ったメッセンジャーの役割をしてた
俊足の女性・・・もしくは女性に見紛う容姿の美少年が神格化したのが起源
なんて妄想してるのだが実際はどうなのか不明

この正統派の大人の容姿の天使以外にも
日本の某食品メーカーが登録商標にしてるような乳幼児の姿の天使もいる

【プット】と呼ばれるこのタイプはルーベンスの作品に溢れかえってるが
ルネッサンス期に描かれるようになった比較的新しいモノで
ヴィクトリア朝のイギリスにおいてもブームだったらしく
「Victorian Angels」でググったらその手の画像がどっさりあった

原型としてはギリシア神話のエロス(ローマのアモルもしくはクピド)で
英語圏ではCupid(キューピッド)となるw

アモルとプシュケ (アモルとプシュケ叢書)
アモールとプシケー―女性の自己実現

ギリシア及びローマ神話のエロスの出自には異説が多々あって
これがヘレニズム期にアプロディテの息子とゆーコトで落ち着いた
アプロディテと言えばローマのヴィーナスで
愛と美の女神であるのは誰もが知るトコロだが
それで息子が【アモル:愛】だったり【クピド:欲望】だったりするワケだ

エロスが幼児として描かれるようになったのは
たぶんアプロディテとエロスの親子像が
美女と美少年ではどうにも親子らしくまとまらナイからではナイかと。(´д`;)ギャボ
だからってエロスを全くの赤ん坊にしてしまうとすると
今度はアプロディテが聖母ぽくなってしまう。(゚д゚lll)ギャボ
それで幼児がちょ~ど゚+.(・∀・)゚+.゚イイってコトになったのではなかろうか?

ニケは美術作品も少ナイので天使と見紛うコトはナイだろうが
エロスは数多く描かれてるから素人には見分けがつかナイだろう
周囲の人物がアプロディテやプシュケなどのあからさまな美女か美少女であるか
またはアトリビュートが弓矢であればエロスだ

ところで天使の背にあるのは翼であって羽でも羽根でもナイ

翼は飛行のための器官でその構成単位は羽
羽は翼の構成単位で生えてる状態のモノ
羽根は羽が抜け落ちたモノ

天使や鳥の翼を羽や羽根と誤用しがちだけどあれは翼が正しい
(実際に手元の本もほとんど誤用してるが)

昆虫には通常2枚づつ左右2対で計4枚の羽が生えてて
これらが翼の役割をするが翼ではなく羽(翅とゆー字も使うけど基本的には羽)である
昆虫に類似の羽を持つ妖精やハエそっくりの悪魔ベルゼブブも羽だね

ん(・_・?)
ベルゼブブ以外の悪魔や怪物によくあるコウモリ様のモノは翼なのか羽なのか?
そして飛行機は翼だなヽ(゚∀。)ノ
羽根と根がつくのは抜け落ちてる状態のモノで
羽根ペンはもちろん羽子板やバドミントンに使う羽根及びシャトルもこれに相当するるる~
日本語って難しいね( *゚Д゚)つ[酒]

【大天使】と【天使】では【大天使】の方が階級が上だが
そもそも階級(ヒエラルキー)なる語が初めて使われたのは
1c頃のギリシア人ディオニシウス・アレオパギタの著書『天上位階論』においてであった

この『天上位階論』によると天使は上級・中級・下級の3層に分かれてて
各々更に3隊に分かれてるので全9階級で構成されてるらしい
その中で【大天使】は上から8階級目なので
ガブリエル、ミカエル、ラファエルって実は下っ端?!
それなのにミカエルが総ての天使の総帥てのは辻褄が合わナイ気がするのだがw
ちなみに【大天使】の下の階級(つまり1番下っ端)は【天使】だ

後世になって『天上位階論』は偽書疑惑に曝されたが
にも関わらず「位階論」自体は325年のニケヤの宗教会議でキリスト教の教義として正式に取り入れられて
以降現代まで天使学(アンゲロロギア)において「位階論」が正しい認識としてまかり通ってるるる~
元より天使の階級に信憑性などナイのだがねヽ(゚∀。)ノ

だいたいにおいて天使は科学の法則に従ってナイモノなのでその姿形は人間の概念の便宜上でしかナイ
より人間に近い下級の【大天使】や【天使】には人間に似た姿形が割り振られたのだろう
美術の中で天使らしい姿となれば100%どちらかだ

逆に上級天使は人間の想像を絶する様相をしてる
顔だけで身体がなくて顔から直に翼が生えてたりするのだ

このラファエロの『エゼキエルの幻視』は

正面に人間の顔
右に獅子の顔
左に牛の顔
後ろには鷲の顔で
翼が4枚生えてる

との聖書の記述に基づいてるのだが複雑怪奇な姿は天使よりは怪物。(´д`;)ギャボ
ラファエロは天才的手腕で美的にまとめてるが
これで実際に人間の前に姿を現されたら妖怪だと勘違いするに違いナイ。(゚д゚lll)ギャボ
だがしかし上級の【智天使】だったりして・・・((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

そんなだから実力者のミカエルが天使の総帥として
肩書きだけの上級天使をも従えてるのは尤もな気もしてきたりしてw

maupassant-kadokawa

モーパッサンは『女の一生』では主人公ジャンヌをヴェロネーゼの絵に例えてるが
短編『ロンドリ姉妹』に出てくる一糸纏わぬ姿でベッドに横たわる女をこう表現してる

ティツィアーノの描いた大がらの女性の絵

そんな絵はいくつか思い当たるのだが
著者モーパッサンの意図するのがずばりどれなのか?
確かめようもナイコトだからこそそれを推理するのは愉しい(*^^*)
LINK:モーパッサン傑作選

この時の女のシチュエーションは
男が来るのをホテルの部屋で待ってるのだが
その男とは先ほど知り合ったばかりなのであるるる~

太陽と月に背いて [DVD]

裸でベッドに横たわって男を待つ光景と言えば
『太陽と月に背いて』にまさにそんなシーンがあるが
これはかつては愛し合って夫婦になったが
夫を【男】に寝取られて駆け落ちされて離婚の危機に瀕してる妻が
なんとか夫とよりを戻そうとして【女】を最大限に生かして
これを武器に戦いに挑むp(-_-+)q

『ロンドリ姉妹』の女の場合は男とは初対面で
かつて愛し合ったコトなどナイ
ただその晩の宿を提供してくれる男に対してお礼のつもりか
実は男に一目惚れだったのか
はたまた・・・???
意図は今一つはっきりしナイ

しかし愛し合った経験のある相手を待つ女なればこそ
そうして確信犯で男を迎えられると思うのだ
かつての夫や恋人ももちろんだが
すぐさま衣服を剥がし合って愛し合う図が想像できる間柄が
既に築かれてるからそこまでできるワケで
娼婦だって素っ裸で客を迎えはしナイだろうに・・・?

自分などはやはりランジェリー姿とかも愉しみたいから
相手が女なら女が素っ裸で待ってるよりは何か纏ってる方が゚+.(・∀・)゚+.゚イイし
部屋は明るい方が相手の表情も存分に味わえるから
わざわざ電気を消すなんて有り得ナイ!
相手が男なら男の趣味に合わせるのも悪くはナイが
素っ裸で待つように願う男もいまいw

ティツィアーノの絵画の中に『ダナエ』が2つあり
これらがまさに大柄の女性で裸でベッドに横たわってるが
このエピソードは最高神ゼウスが金の雨になって(さすが雷神だな)
純潔を守るために閉じ込められてるダナエを襲いに行くとゆーモノで
ダナエはゼウスに犯されるのを待ってたワケではナイヽ(゚∀。)ノ

それでも神に、そして運命に身を委ねる処女の表情には
絶望よりは希望が色濃く見える

捨てる神あれば拾う神あり、と諺があるではナイか!
拾ってくれた男が神なら身を委ねてしまおう!!

そんな決心をしてたのだとしたら
『ダナエ』のように見えたのかもしれナイ

またティツィアーノが描く横たわる裸婦と言えば『ヴィーナス』連作だ

『ヴィーナスとオルガン奏者』

オルガン奏者には目もくれずそっぽを向いて
音楽そのものに感じ入ってるが
見詰め合うのは息子のエロスでしかもプットタイプなので
ヴィーナスに欲情して官能的な音楽を奏でてるオルガン奏者の想いが
一方通行がゆえに更に音に託すしかなくなってて
見てる方は今にもその聴こえナイ音色に情熱を掻き立てられそうだ

『ヴィーナスとアドニス』

代わって今度はヴィーナスの方が
アドニスに対して一方的に恋焦がれてるが
狩りの最中のような着衣のアドニスに
素っ裸のヴィーナスがタックルをかまそうと腕を伸ばしてて
よく見ると奥の方でキューピッドが寝こけてて
母親の恋路には関わり合いたくナイ、とでも言わんばかりなのが笑えるw
息子もたじろぐほど恋愛にかまける母親はある意味最強だ

そして『ウルビーノのヴィーナス』・・・[全体] [クローズアップ]

見る者を見返して虜にするこのヴィーナスは
一見してまるで情欲の女神だが
よく見ると嫁入り支度の整ったお嬢様なのである!
これは既に夫となる男以外ともしたたかに通じてるのか
あるいは処女の無垢ゆえの奔放な魅力なのか

『ロンドリ姉妹』での例えは
どうも『ウルビーノのヴィーナス』のような気がしてならナイ