映画『クォ・ヴァディス』のユーニス

ポーランド人の作家シェンキェヴィチの
歴史長編小説『クォ・ヴァディス』は
1951年に映画化された

ハリウッド映画なので
登場人物の名は英語読みされてて
ペトロニウスの愛人となる奴隷女の名は
Euniceでユーニスだった

偕成社世界少女文学全集の『クォ・バディス』や
岩波文庫『クオ・ワディス』での
エウニケの呼び名の方が自分的にはしっくりくるが
以下は映画についてなので
ユーニスで統一する

このユーニスを演じてたのは
Marina Bertiなる女優で
画像のように圧倒的な美貌の正統派の美人

地中海を越えて
ローマに連行されて(と、自ら語ってるが)
折りしもペトロニウスに仕えるコトになったのだが
そんな境涯の不遇は全く気にかけておらず
むしろ愛しい主人の傍に仕えて
幸せを噛み締めてるような女である

なんせ主人のペトロニウスにメロメロでも
奴隷が主人に告白をするなんて
身分が違い過ぎて到底できなかったので
ユーニスにとって唯一の不幸は
想いを秘めねばならナイコトだった!

ところがある日
ペトロニウスの甥の元にやられそうになり
それを激しく拒絶するるる~

どんな罰を受けても構いません、どうか、おそばに!!

ユーニスを貰い受けるはずだった男こそが
主人公のヴィシニウスなのだが
元より彼には別に貰い受けたい女がいたのもあり
ペトロニウスはユーニスを手放すのを諦め
主人に逆らったコトに対して
ユーニスにムチ打ち5回の罰を与えるも・・・

ペトロニウス「ムチ打ち5回だ」
ユーニス「ここにいても?」
ペトロニウス「行い次第だ」
ユーニス「ありがとうございます」

どんな罰を受けても
愛するペトロニウスの元を離れたくナイp(-_-+)q

そうしてユーニスは
したたかムチ打たれた後で
秘かに主人の胸像にキスをしながら
さも愛しそうにささやく

愛しいご主人様、お慕いしてます、お伝えできたらいいのに・・・

美女がうっとりとした表情でつく溜息の
なんたる甘やかさ・・・ホゥ(*-∀-)
そんなユーニスを作品にしたミュシャは天才だ!

そしてまたある日
ついに告白するチャンスが訪れた

ユーニス「老婆の予言の詩があるんです」
ペトロニウス「どんな?」
ユーニス「すみれ色のローマの海に/ヴィーナスが現れて/恋人たちを結び付ける/彼女の腕で永遠に」

ペトロニウスはこの時まで
ユーニスの気持ちには全く気付かず
使用人の誰彼と相手の名を挙げるのだが
ユーニスは総てにうなだれながら首を振り続け
最後に主人をまっすぐに見据えてこう言う

He’s my lord.

一瞬硬直したペトロニウスだったが
ユーニスほどの美女に言い寄られては
拒絶できるワケもなく

すみれ色の海へ私が誘ったらどうなる?

なんて返しができるトコロが
いかにも洒落モノらしいw

そんなペトロニウスに対して
逆にユーニスは全く捻りがなくて
えくぼまで作って顔を輝かせながら
小犬のように足下にすがり

嬉しくって気絶します!

しかしどうするかを問いかけただけで
まだ誘われたワケではナイのだ
と気付いた瞬間にしゅんとしてしまう

あとはお誘いだけ・・・

てか、この一言こそが誘いでなくて何なのだ?!
そして男の方からがっつり誘わなくてどうするのだ!!

ペトロニウス「それではアンティオキアへ」
ユーニス「ポカ~ン(゚ o ゚*)」
ペトロニウス「気絶しないのかね?」
ユーニス「支度をします、今すぐに(^▽^*)」

愛するコトしかできナイ女が
愛されるコトで幸せの絶頂へ・・・
だが、幸せな日々は続かなかった。・゚・(ノД`)・゚・。

ペトロニウスには死を予見してた

ユーニスが奏でる竪琴にも死の影を感じ
遂にネロに自殺を命令され
友人を呼んで最期の晩餐の場で
自殺を宣言し決行

ユーニスは何の迷いもなく一緒に果てた
寄り添って眠るように死んでる2人が
なぜか幸せそうに見えた

こんな美しい女に命懸けで愛される男は
そりゃあ幸せだったろう

『クオ・ワディス』のペトロニウス

完訳を最初から読んでたら
恐らく平静に読み進めるだろうが
読み慣れた児童版には
「隠されてた秘め事」があって
それが露見すると思いつつ読むと
無駄にどぎまぎしてしまう

幼少の砌
偕成社の世界少女文学全集を愛読してたが
その中に『クォ・バディス』があった

ポーランド人作家シェンキェヴィチが
ネロの時代のローマを描いた歴史長編小説で
ハリウッド映画『クォ・ヴァディス』の
原作となった

児童版は何度も読んでて
映画も何度も観てて
その差異にずっと違和感を感じてたのに
完訳版の『クオ・ワディス』を
岩波文庫の上中下巻で読んだのは
恥ずかしながら四十路を過ぎてからだった

児童版として改訳したモノだと
削除(省略)されてる部分は
通常は暴力とかセックスとかの描写で
子供の教育上よくナイ
=子供がそれを真似たら困るからだ

初めて読む本へのときめきとは別に
児童版で既知の物語の完訳版を読む時には
何かしらの【禁忌】を破るはずなので
妙な興奮が伴うのはそのためだ

まるでパンドラやイヴになった気分だw

しかし完訳版『クオ・ワディス』を読んで
児童版と映画とで同じ箇所が
意図的に省かれてたのに気付き
【禁忌】を破る以上に衝撃的だった

例えば
この物語はネロの頃のローマ帝国だが
主要都市やそこに実在した人物についての噂話など
譬え話や際どい洒落に悉く引用されてて
無垢な子供には当然ながら意味不明だろうが
大人でも教養や経験値がなければ
まるで面白味を感じられまい

そんな危惧のために省かれた描写であり
物語の筋には直接関係ナイワリに
註釈が冗長になり過ぎるきらいがあるせいか
そのほとんどがスルーだったのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

It’s Greek to me !
(それって、自分にはギリシア語だわ!)

てのは、ちんぷんかんぷんって意味だヽ(゚∀。)ノ

英語を母国語とする民族に
そんな表現があるくらいなので
無教養な一般大衆にとって
古代ギリシア(ローマ)の古典は
ちんぷんかんぷんなのだw

で、マイケル・マクローンの
古代ギリシア・ローマの古典由来の
慣用句の解釈本の原題が
まさに『It’s Greek To Me !』なのだ!

ともあれ
まだ無分別な子供以上に
インテリジェンスと無縁な大人には
ちんぷんかんぷんの応酬が続く映画なんか
総スカンを食らうのは明らかで
そりゃあ省くよな。(´д`;)ギャボ

自分からしたら
その無教養さからゴーインに展開するような
所謂アメリカン・ジョークの方が
理解不可能だがな。(゚д゚lll)ギャボ

両者は笑いのツボが違うのだよ
疑似体験も含めて
当て嵌まるエピソードが脳裏に浮かぶと
思い出して重ね合わせて
「なるほど」とほくそえんでしまうのだが
無垢な子供や無教養な大人は
奇を衒ってるだけでおかしくて笑うし
むしろ意味があっても
その意味がわからなければ笑えず

そう考えると
真に享楽的な人間とは
勤勉で教養があり
人生経験豊富で
とりわけ失敗談に尽きナイのが
望ましいかもしれナイなw

自分にとっては本でも映画でも
【It’s Greek to me !】な部分こそが
わかれば楽しいし
わからなくても謎を解く愉しみがある

『クオ・ワディス』においては
ペトロニウスが登場してる場面では
これが凄まじいほどで
さすが「趣味の審判者(アルビテル・エレガンティアルム)」と
うっとり失笑するのだwww

ペトロニウスは身分的には貴族で
地位は執政官ではあったが
ネロに重用されてたのは
政治的な立場においてではなく
あくまでもペトロニウスの芸術的趣味が
世間から持て囃されてたのを気に入られたのだ

ネロとペトロニウスの趣味趣向が
具体的にどうだったのか
その最も知りたかったコトが仔細に綴られてて
著者のシェンキェヴィチも
相当なヲタだと改めて感服した・・・ホゥ(*-∀-)

特にペトロニウスの容貌についても
まだ1段落目の終わりくらいで
決定的に胸熱な表現があり・・・

《神のごとき》アレクサンドロスがあなたに似ていたとすれば――ヘレネがああなったのも不思議はありませんね

アレクサンドロスキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

この場合のアレクサンドロスとは
トロイの王子パリスで
葡萄の房の巻き毛を持つ美麗な王子だ

しかもこれはペトロニウスの姉の息子
ウィニキウスの台詞なんである

実はウィニキウスこそが
この物語の主役の美青年なのに
叔父のペトロニウスの美貌について
お世辞抜きでそう言ってるワケで
参考画像はアルフォンス・ミュシャ作の
『Quo Vadis(クォ・ヴァディス)』

美しい巻き毛もアレクサンドロス・パリスらしい
ペトロニウスの彫像(左)と実物(右)

これはご主人様ペトロニウスを慕う奴隷のエウニケが
こっそりと彫像にくちづけをしに来てる図で
この時エウニケは主人に逆らったので
鞭打ちされた後なんである

それはペトロニウスが
甥のウィニキウスを元気付けるために
美女の奴隷を賜ろうとしたのを
当のエウニケが断固として拒否したからだが
想いが叶わずとも罰に鞭打たれようとも
ペトロニウスの傍を離れたくなかったからだ

そうしてエウニケは最期まで・・・
ペトロニウスがネロの命で自殺をする時も
一緒に自死する

その2人の身分を超えたロマンスの
始まりの場面をなんと美しく切り取ったコトかと
ミュシャの感性に絶対的な信奉を齎したのが
この作品である

実物を観れた時は
2時間近く並んだ甲斐があったと
この1点だけでも狂喜乱舞モノだった!

話が逸れたが
《神のごとき》とは
もちろんその美貌が人並み外れてるからだが
「趣味の審判者」と呼ばれる程に
美意識の高い人間が
自らもその美意識に適ってるのだp(-_-+)q

そんな男なればこそ
アレクサンドロス・パリスは
世界一の美女ヘレネが一目惚れした末に
9歳の娘を置いて駆け落ちするに至り
それが元でトロイ戦争が始まったとな!!

児童版や映画ではいかんせん
ここの詰めが甘かったので
自分はペトロニウスを侮ってたが
今や完璧な敗北感を味わってるるる~
但しとても気分が゚+.(・∀・)゚+.゚イイ負けだが♪

児童版の人物紹介の
ペトロニウスの項を読み返してみると・・・

ローマでもっともすぐれた貴族。その賢さのために皇帝ネロの信頼が厚い。ネロの詩の先生であり、また辛辣な批評家でもある。(後略)

訳者である野田開作の苦心を考えると
申し訳ナイが笑ってしまう!

「すぐれた貴族」なる表現自体が不可思議だが
「賢さのために~信頼が厚い」も
「ネロの詩の先生」も
ペトロニウスの奥深い人物像を
人生経験の浅い子供に対して
わかるように解説するコト自体が
不可能だろうてヽ(゚∀。)ノ

ロシナンテ

日本では今や「ドン・キホーテ」と言えば
年中無休24時間営業のディスカウントストアのコトだが
これも間違いなくセルバンテスの小説の主人公の名からとってるだろう

ドレの絵で読むドン・キホーテ

しかしなぜこんな名称にしたのか?
ググってみたらYAHOO!知恵袋に中の人が答えてるぽい
LINK:ディスカウントショップ「ドン・キホーテ」の名前の由来は?

しっかり『才智あふるる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』に由来してるようだが
社員の中でこの長く退屈な小説を読破した兵は果たしてどれほどいるのだろうか?
なんせ現代日本人には意味不明な要素が盛りだくさんで
それらが話の腰を折るように次から次へと割り込んでくるのだから
次のエピソードに辿り着くまで緊張感を保てナイのだ。(´д`;)ギャボ

むしろ自分はその意味不明な部分にこそ愉しみを見出すのでうってつけなのだが
それでも前・後編のうち前編の半分ほどで挫折・・・
前編の後半にある有名な風車のエピソードは一応読んだがねw

確かに面白いと思える滑稽さが漲ってるのだが
そういうドン・キホーテの道化ぶりを素直に笑えナイのだ
そもそも道化ってキャラクタにはおかしさより憐憫を感じてしまう性質で
そこが合ってナイような気がするるる~

とか、ずっと敬遠してたのだが数年前にふとしたきっかけで読み始めたら
ハマった(゚*゚;)

トリストラム・シャンディ (研究社小英文叢書 (264))
エル・シードの歌 (岩波文庫)
ル・シッド
エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]
アレキサンダー【Blu-ray】

もう四十路に程近くなって還暦に向けての自分の人生の再構築をしてたその時
20歳からの20年間の義務を果たすための人生とは訣別して
余生はただひたすら幸せに、幸せのために生きたい、と思ってた

自分の幸せの在り処・・・それはかつて本の中にあり
読んでから反芻しながら散歩するのが至福だった・・・ホゥ(*-∀-)

もちろんそれだけの悠長な生活を送れる身分ではナイので働かねばならナイが
仕事と家事以外の時間は全て自分のためだけに使おうォゥ( -∀-)/

ところがふとしたきっかけで『ドン・キホーテ』を読み始めてしまい
読み進むほどに考えが変わって行った

なんせ主人公のドン・キホーテは中年もほど過ぎた冴えナイオッサンだが
自分と同じように本から与えられた夢の世界を愉しんでたのだ
それも現実に夢を再現して思いっきり愉しんでるのだった。(゚д゚lll)ギャボ

本の中、過去と未来、現実と夢、昨夜の酔いと今のまどろみ・・・
時空を超えて、交錯して、巡り会い別れ、でも繋がったまま・・・

ドン・キホーテはいつでもどこでも我武者羅に愉しんで
それを皆が見て笑う、嘲笑も気にならナイ、だって愉しんでるから♪

他人をおもしろがらせようとしても道化にはなれナイが
己の信じるままに大真面目に生きてると他人からは道化に見えるのだ
そう見えたら大いに笑ってくれたまえ

サンチョ・パンサはいつも酷い目に遭う予感がして
ドン・キホーテに忠告しながらも予想通りの災難を愉しんでる
信頼しきって迷惑かけまくるドン・キホーテを心配するのも愉しそうだ

人間ってやっぱり内に篭ったらつまらナイな・・・
まだまだバカやれる内に迷惑かけまくって笑われておこう!
見栄を張るのはあの世に行ってからで゚+.(・∀・)゚+.゚イイや!!

将来飼う犬の名前を1匹はブケファラスと決めてたが
もう1匹はロシナンテにしようかな(*^^*)

そう、ロシナンテだ
このドン・キホーテの愛馬の名が何て意味でどうやって名付けられたか
それが知りたくて再読したのだ

折りしもロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』を読み始めて
まだ第1巻の第10章めだったが
そこに産婆を救った牧師が乗ってた馬(またなぜそんな馬に乗ってるのか)の話があり
その中でその馬に例えられてるのがロシナンテだった

『ドン・キホーテ』の第一篇第一章には次のようにある

『さきの痩せ馬(ロシナンテ)』と呼ぼうと思いついたが、これは彼の見るところでは、気高く、口調もよく、しかも現在の身分になる前に駄馬(ロシン)だった身の上を現わしたばかりか世のあらゆる駄馬の中でまず筆頭だということをこよなく現わした名前だった。

ドン・キホーテがドン・キホーテと名乗るコトにする一週間前に
馬の名がロシナンテと決まったのだが
馬に名付けるのには4日悩んで自らの呼称には1週間「も」悩んだってワケだヽ(゚∀。)ノ

アレクサンドロス大帝のブケフェルスも、エル・シードのバビエカもてんで足もとにもよりつけないと思われた。

とドン・キホーテの眼には映ってたらしい。(゚д゚lll)ギャボ

ブケフェルス・・・スペイン語だとそうなのかな、ブケファラス、ブーケファラス、ブケパロス・・・そんな読み
オリバー・ストーンの『アレキサンダー』では理想的なブケファラスだったな(*^^*)

バビエカは『エル・シードの歌』に出てくる英雄的騎士エル・シードの愛馬・・・らしい
とゆーのも原著の『エル・シードの歌』が未読だからだが
同じ題材を扱ったコルネイユの戯曲『ル・シッド』なら持ってるし
チャールトン・ヘストン主演の映画『エル・シド』もソフィア・ローレンのために買った
しかしバビエカの名には覚えがナイのである。(´д`;)ギャボ

このコトでヲタを自認してた自分はセルバンテスに惨敗した悔しさに
『ドン・キホーテ』を一気読みするに至ったのだった・・・ヽ(゚∀。)ノ

Edward Burne-Jones Exposition

岩波書店、紀伊國屋書店、勁草書房、東京大学出版会、
白水社、法政大学出版局、みすず書房、未來社の出版社8社が
合同で「書物復権」(※)なる復刊事業に取り組んでるのを知ったのは
ジョージ・バーナード・ショーをググったのがきっかけだった
書物復権2012書物復権2013

バーナード・ショー名作集

これで復刊されたのが『バーナード・ショー名作集』
以下の代表作6篇が収録されてた

カンディダ
悪魔の弟子
人と超人
ピグマリオン
聖女ジョウン
デモクラシー万歳!

¥7,000近かったが迷うコトなく購入し
念願の『聖女ジョウン』と『ピグマリオン』を読み
併行してショーの戯曲の解説書『バーナード・ショーの劇』や
ジュール・ミシュレの『ジャンヌ・ダルク』や
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』と
梯子酒ならぬ梯子読書を大いに愉しんだ末に
奇妙なシンクロニシティに見舞われた・・・のは昨年の夏

『ピグマリオン』の第3幕に次のような一節があるのだが
この描写だけでヒギンズ夫人が趣味の良い女性であるのがわかるるる~

ヒギンズ夫人は、ウィリアム・モリスやバーン・ジョーンズの雰囲気のなかで育てられたので、ウィンポール街の息子の部屋とはちがい、家具や小さなテーブルやこまごまとした物が、雑然とおかれているようなことはない。部屋の中央には、背のない大きな長椅子が一つ。これと、じゅうたん、モリス風の壁紙、モリス風のサラサの窓かけ、長椅子にかけた錦のカバーとクッション類が、立派な装飾となっているので、つまらない物をごたごた並べたてて、その美しさをかくすことはないのである。三十年前グローヴナー・ギャラリーに陳列されていた、いい油絵が数点(ホイスラー派のものではなく、バーン・ジョーンズ派のもの)、壁にかかっている。(後略)

息子のヒギンズがヲタになったのも独身主義を貫いてるのも
きっとこの出来過ぎの母親のせいなのだろう
そんな考えを巡らせながら新宿の地下街を歩いてた際に
バーン・ジョーンズ展のポスターが目に入った

ポスターにあったペルセウスには全く興味なかったが
予感がしたのでサイトをチェックしてみると
ウィリアム・モリス商会で製品化したタペストリーが展示品目にあった!
バーン・ジョーンズに原画を描かせて刺繍させたタペストリー・・・ホゥ(*-∀-)

シンクロニシティだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

これだけでも手芸好きの自分には観に行く理由として十分だったが
連作『ピグマリオン』も一揃い(4枚)あるらしい!!

シンクロニシティしまくりだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

そもそもバーナード・ショーの『ピグマリオン』は
モリス夫妻によってインスピレーションを得て描かれたに違いナイ
とゆーのもウィリアム・モリスの妻ジェーン・モリス(旧姓バーデン)は
バーン・ジョーンズとロセッティによって見出されたモデルで
ウィリアム・モリスにもモデルとして紹介したトコロ
2人が恋に落ちて婚約してしまったのだが
この婚約→結婚の間に恐らく極貧で教育を受けてなかったジェーンは
上流社会の一員としての教養を一から身につけた・・・
なんて、まるで『ピグマリオン』のイライザそのものだ!!

☆・・・☆・・・☆

会場に着いてすぐの展示室へ向かうエレベーターの前に
連作『ピグマリオン』の一部のプリントがでかでかと貼られており
この迫力に比べたら実物はしょぼいかと思いきや
そこは連作ならではの見応えだった
(唯一、女神が鳩を踏んづけてたのが気になったのは自分だけかね?)

しかしラファエル前派は一見すれば繊細な作風なのだが
ダヴィンチのような精密さには事欠いてて
背景の花などがワリと杜撰に描かれてたりするので
近寄ってじっくり愉しむよりは遠見で全体的に観るとか
現代ならネットで観るのにうってつけだと思われ

それに比してタペストリーは期待以上に素晴らしく
絹糸1本の寸分の狂いもナイのに感動した。・゚・(ノД`)・゚・。
改めて考えたらウィリアム・モリスは日本の柳宗悦みたいな人なのだな?!
美意識にお国柄がそれぞれ表れてるのでそこに違いがあるが・・・

またジェフリー・チョーサーの『チョーサー著作集』の
ウィリアム・モリス商会によるケルムスコット・プレス刊(※)があり
豪華装丁本の現物を目にするコトができたのは収穫だった♪
※LINK:ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』

おみやげには『ピグマリオン』連作のワイドプリントにブックマーク
そして『チョーサー著作集』のポストカードとノートにしたが
もしケルムスコット・プレスのグッズがなければ図録を買うつもりだった
自分は究極的には紙の書物が何にも増して好きなようだw

↑改めてじっくり見てみたら『Troilus and Criseyde』だった(゚ ゚;)
これチョーサー版は『トロイルスとクリセイデ』だけど
シェイクスピアになると『トロイラスとクレシダ』になって
逆にボッカッチョのはタイトルが『フィローストラト』でトロイオロとクリセイダ
もちろん時代順にボッカッチョ→チョーサー→シェイクスピアだ

あとの2枚は残念ながら何かわからなかった・・・うぅ(-_-;)

byblos

フェニキア人の都市ビブロスの名から
イタリアのファッション・ブランドのbyblosを思い出した

青山とニュー・オータニ(サンローゼ赤坂)にショップがあって
前を通ればショウウィンドウはチェックしてた

切り替えが多いワリに直線的なデザインの服のイメージがあって
モデル体型でなければとても着こなせまいと思ってたが
オレンジやフューシャの色味が綺麗だったので
自分はユーザではナイが見た目には好きなブランドだった

1着だけ目にも眩しいオレンジの夏物のスーツを持ってて
大きな白いボタンに合わせて白いサンダルとバッグ
ゴールドのインナーとアクセサリ
そんなコーディネイトで着てた・・・若かったw

でも実はbyblosで好きなのは香水、正しくはその印象的なボトル!

このボトルの群青色が地中海を髣髴とさせるが
海洋民族であったフェニキア人に思いを馳せられるし
キャップの上に施された薔薇の花が
それこそビブロスの遺跡から発掘されたような温かみのある愛らしさだった!!

ロゴの「b」を模ったボトルもカッコよかったな~
これもアルファベットを発明したフェニキア人ぽいデザインと言えばそうかも

あと太陽を紋章にしたようなマークがついてるのがあって
これも遺跡に刻まれてたと言われたらそんなカンジ(画像見つからずざざざんね~ん)

どれも自分の中のビブロスのイメージとかけ離れてなくて素敵だったが
さすがにボトル目当てで購入したコトはなかったのだよ
それが今回はちょっとググってみたら劇安だったのでついお試し購入(*^^*)
買ったのはWater Flower↓

同じ値段のPassionと迷いに迷ってこれからの自分にはこっちが似合うかと・・・
でもPassionは上記の写真もカワ゚+.(・∀・)゚+.゚イイディスプレイだけど
ピンクの薔薇がハート型に敷き詰められてるイメージが゚+.(・∀・)゚+.゚イイね

モデルも彼女のTATOOも゚+.(・∀・)゚+.゚イイな

こっちのモデルはまた全然違う雰囲気だけど゚+.(・∀・)゚+.゚イイよ

てか、香水買うの何年ぶりだろう?!

本トは四十路になったら欲しかった香水があった
ARAMISのTUSCANY Per Donna(タスカニーペルドンナ)

香りも凄く気に入ってたがこれはこのゴブラン織り柄の箱に惚れた・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
だから広告にあるような平べったいボトルだと箱の模様も下半分しか出ナイから
購入するとしたら細長いボトルでなくてはダメなのだp(-_-+)q
だがしかしこれがいつのまにか日本では取扱店がなくなり入手困難となってるるる~
しかもペアのメンズの方は売ってるのになななぜ~。・゚・(ノД`)・゚・。

まあ昔から自分が欲しい香水(CARONとか)は入手困難なのだがな。(´д`;)ギャボ
今回はbyblosがたまたま手に入ったが(しかも安かったが)
これも日本では取扱店がナイ

だから中でも手に入りやすかったGUERLAINのSAMSARAを愛用してたのだが
それももう10年以上前の話だ。(゚д゚lll)ギャボ

ここ数年は特に化粧品の香りが苦手な彼と付き合ってて遠慮してたが
普段は少し香水でもつけようかね
加齢臭緩和できる程度のあっさりした甘さのナイ香り・・・
そういう香水をつけようと思ったコトはなかったからこれから研究のし甲斐があるね

そういえば冬に編み物してる間は部屋がラベンダーの香りで充満してた
毛糸を収納してる引き出しにラベンダーのポプリを入れてて
編んでる時にはラベンダーのアロマを炊いてるのだ

出来上がったモノはティッシュにラベンダーオイルを数滴つけて
一緒にたたんで袋に詰めておくので取り出した時に゚+.(・∀・)゚+.゚イイ香り♪

今週からは早朝に居間でさくらんぼの紅茶(※)を煮出してて
朝の澄んだ空気と一緒にスズメを見ながらいただくのが日課になってて
頭がすっきりして凄く゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
サクランボ・ヴェール、Vertって緑だからベースは日本茶なのだった

休日用には優雅にくつろげるようにダマスク・ローズ・ティー(^▽^*)

大天使ガブリエルとの出会い

生物学上の女に生まれたコトを後悔したコトはナイ
女であるコトの意識から遠のいて
女らしくより自分らしくの方が先に立ってて
そこに無理がナイから女として生きる窮屈さを感じたりしナイのだ

何よりも嫌なのは人間を理解する以前に男らしさや女らしさを求めるコトだ
性差があるのは生物学的に確実なので覆すつもりはナイが
それをわざわざ再認識しようと頑張らなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイのでは?

両性具有 (書物の王国)アンドロギュヌスの神話

美意識として性別を感じさせナイ方がより美しいと思うから
一見して男か女かわかりづらい外見とそれに伴う内面を持つのを愉しんでる
まあ単純に人を煙に巻くのはおもしろいよw

自分はパーカーに短パンにブーツとゆースタイルが1番好きだが
女らしくナイし最近では更に年甲斐もナイとは認識してる
それでも自分らしさが表現されてるから性別と年齢は気にせず愉しんでる

ファッションってポリシーをいかにテイストとして表わすかにあるワケで
人の真似をするのはファッショナブルではナイのだよ
流行をちょっとだけ自分らしく取り入れるのぱ+.(・∀・)゚+.゚イイが
全く自分自身の存在がナイ流行のつぎはぎみたいなのはダサっっっ。(´д`;)ギャボ

言いたいのは
きっと逆の性別だったとしても変わらナイ自分がいたってコト

女性的になりたくて女装をする人とは微妙にして大きな違いだが
結構マツコデラックスとは近いかな。(゚д゚lll)ギャボ
どんだけ女装してても女と間違える人は絶対いナイとゆーヽ(゚∀。)ノ
自分もそこは確信してる、男に間違えられたくはナイ

ちなみに性転換願望を持つ人を否定的に受けとめてるワケではナイ
むしろ自身の性別に何の疑問も抱かず受け容れてる人間は不思議だがね

人間の理想像(理想の人間像ではナイ)として描かれる天使は
性別を感じさせナイとゆーか性を超越した美しさを持つ
対照的な存在の悪魔の方がより魅力的かな・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
悪魔は性だけでなく美醜も超越してしまってるからな

物心ついた時には常日頃願ってた

「早くこの世の究極の美と断言できるモノに巡り会いたい」

そんな自分が1番最初に目をつけたのが天使で
イースターだのクリスマスだののキリスト教の行事を
信者でもナイのに毎度楽しみにしてたのは
その際にシスターに御絵(ごえ)なる美しいカードをもらえたからだ(*^^*)

御絵にはキリスト教由来の絵が描かれてたが
震えがくるような美麗さでお気に入りだったのは大天使ガブリエルだ

ガブリエルと言えば聖母マリアに処女懐胎のお告げをしにやってくる天使だが
その【受胎告知】の場面は多くの画家によって描かれてて
たいていはマリアが処女の証のユリの花を手にしてるガブリエルと向き合ってる

【受胎告知】では一様に
ガブリエルがひたすら美しくマリアは引き立て役だが
その中でも際立ってるのがこのボンフィーリの1枚

透明感のある色彩の素晴らしさも手伝ってこの世のモノとは思えナイ美しさ!!
いや、確かに天使ってのはこの世のモノではナイのだがねw
処女懐胎とゆー非生物学的かつ非現実的な事態を受容しきってる存在が
天使とゆーやはり非生物学的かつ非現実的なモノだってコトで
奇妙な経路で辻褄が合ってるのが深いなあ・・・

フラ・アンジェリコの『受胎告知』では
ガブリエルの容貌よりもその翼の見事さに心を奪われるるる~

先述の御絵のガブリエルも虹色の翼をしてるが
こちらは羽の1枚1枚に孔雀様の模様さえ確認できる(゚ ゚;)
更にそのローブにも要所要所に刺繍が施してありカナ~リオサレなのだが
ガブリエルであるコトを象徴するユリの花を持ってナイのは
もしかしておしゃれに気を取られて忘れたんだろうか・・・バタリ ゙〓■●゙

ロットの『受胎告知の天使』はタイトルの通りにガブリエルが主役で
そのキャンバスには聖母マリアの影も形もナイヽ(゚∀。)ノ

これだけ麗しいガブリエルもなかなかいナイから
マリア如きが隣に居並ぶコトは出来ようはずもナイかもな。(´д`;)ギャボ
マリアはいなくても白鳩がマリアの処女懐胎を祝福してるのだ

正統派の天使画画家としてボッティチェリは『受胎告知』を何点も描いてるが
ガブリエルが1番美しく描かれてるのはこのフレスコ画

ボッティチェリは筆致自体の素晴らしさもさるコトながら
画面構成の構想が優れてる点でも高く評価したいし
衣服や髪の流麗さで風を感じさせて動的に見せる技は他の追従を許さナイと思われ
その総力結集の渾身のガブリエルである

でもボッティチェリはガブリエルよりも
『マニフィカトの聖母』での聖母マリアと幼いイエス・キリストを取り囲む
美少年の見本市のような5人の天使が居並ぶ図は壮観!!

これだけ魅力的な美少年を描いてるって
ボッティチェリ自身も好きなんだろうかね?!

個人的な趣味からすると
端正なだけでなくて華麗にして甘美な雰囲気の顔が好きで
コレッジョの『聖母子と聖ヒエロニムスとマグダラのマリア』の天使が
1番好みだったりする

しかも天使なのに小悪魔的な笑み(*^^*)

これはダ・ヴィンチで『岩窟の聖母』からの抜粋
聖母マリアの傍らでイエス・キリストが宿ったことを指し示し
微笑するこの天使の圧倒的美貌は芸術作品としても『モナ・リザ』を凌ぐモノだ

それから忘れちゃならナイのがギュスターブ・モローの『聖セバスチャンと天使』

殉教者セバスチャンとそれを迎える天使とのカラミは
両者とも性を感じさせナイ容貌にして非常に艶めかしく描かれてる(矛盾してるw)
この作品は岐阜県美術館蔵なのでいつか本物を見に行きたいp(-_-+)q
LINK:岐阜県美術館

変わりドコロではパウル・クレー



正統派の緻密な筆致で描かれたモノとは比べようもナイシンプルさ!
上から『忘れっぽい天使』『天使、まだ手探りしている』『疑心暗鬼の天使』
タイトルからして頭から?マークを放出してしまうカンジだが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

クレーの天使 (講談社ARTピース)いにしえの響き-パウル・クレーの絵のように-