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人生において恐らくもう2度と外タレのLIVEに行くコトはナイな

悲観的にではなく、観たいモノは総て見尽くした満足感からだが
1999年には既にそんな風に感じてて
最期にMötoley Crüeを東京、大阪、名古屋で観た

モトリー・クルー~THE BEST 2000 DVD
Vanilla Fudge
パンドラの箱
パンドラの匣(紙ジャケット SHM-CD)
ラフ・ジャスティス(DVD付)

その後、予期してなかったVanilla Fudge再結成(再々々結成?)とか
BBAならぬCBA(って外タレかどうかびみょ~)とかあって
結局、年に1度くらいはLIVEに行ってたのだが
さすがにこの5年ほどは全く行かなくなってたのだった

今回来日してたAerosmithも過去に何度もLIVEに行ったので
今更どうしても行こうって気にはならなかったが
一時期は踊ってて1番楽しいBANDだったので
周囲がLIVEに行って楽しそうにしてるのが羨ましくなった

仕事の都合上(早くても19時あがりだし零細企業に有休はナイ!)
LIVEには行きようもナイが無性に踊りたくなった

正直、Aerosmithの音源はCD1枚(※)しか持ってなくて
そんなだからヒットした曲には馴染みがあるが
アルバムのタイトルの1つも思い浮かばナイ
30数年来の筋金入りのにわかファンだったりするるる~
グレイテスト・ヒッツ1973-1988

なので「パンドラの箱」とアマゾンで検索してみて初めて
AerosmithのBEST盤に『パンドラの箱』てのがあると知った

全42曲入りで中古盤だと700円台からあったので
うっかりカートに入れそうになったがやめた
もう何年も家でロックを聴くコトはなく
そもそもAerosmithは踊れるトコロで聴きたいのだp(-_-+)q
ロックバーで聴くのが妥当だな♪

これが「箱」ではなくて『パンドラの匣』だとRod Stewartだが
「匣」の字を使ってるトコロからすると
この邦題をつけたのは太宰ファンか?
原題は『Foolish Behavior』で「愚かな行動」・・・
パンドラなんてどこにもナイのだがw
これってパンドラが禁忌を破ったのを「愚かな行動」だとしてる?!

う~ん。(´д`;)ギャボ
太宰ファンは読みが深くても思考は短絡的なのだろうか???

パンドラとゆーのはギリシア神話に出てくる人間の女の名で
『パンドラの箱』の挿話は日本でもお馴染みだが
先に考える男、の意味のプロメテウスと
後から考える男、の意味のエピメテウスの兄弟は
人間ではなく巨人族(Tytan)でイアペイトスの子らだ

Tytan:ティタン(もしくはタイタン)と言えば
80年代のNew Wave of British Heavy MetalのBANDだが
アマゾンで検索してみたら
なんと唯一のアルバムが21世紀になってCD化されてたり
それにDVDまで付いてたりって
オンタイムのファンの自分には驚愕だった。(゚д゚lll)ギャボ

メタルはマイナーで一般的にはもれなく嫌悪される音楽だが
こよなく愛するファンがいるとこうして残るのだな!
そんな事実に改めて感動した!!

☆・・・☆・・・☆

ミルトンの『失楽園』によれば
パンドラではなくイヴ(エヴァ)こそが人類初の女であり
更にパンドラはエピメテウスの嫁ではなく
旧約聖書のヤペテの息子の嫁とされてるのだが
これはエピメテウスの父親の名が「イアペイトス」で
「ヤペテ」と語感が近いかららしい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

それをトマス・ブルフィンチは至極当然とばかりに
『ギリシア・ローマ神話』で以下のように取り上げてるるる~

 プロメーテウスとエピメーテウスとはイーアペイトスの息子でしたが、ミルトンはイーアペイトスをヤペテに変えているのです。

ノアの3人の息子の1人がヤペテ(他の2人はセムとハム)だが
ヤペテの息子となるとゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラスで
この中の誰がプロメテウスで誰がエピメテウスなのだろう?

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)旧約聖書 創世記 (岩波文庫)完訳 ギリシア・ローマ神話〈上〉 (角川文庫)

またギリシア神話でもノアの方舟級の大洪水があったりするのだが
エピメテウスとパンドラの娘がプロメテウスの息子と結婚した後の話で
ノアとその息子ヤペテの時とは別に
子孫が再度大洪水にあったとはもちろん聖書の記述にはナイ

旧約聖書・創世記ギリシア神話
ノアの代ノアウラノス(妻はガイア)
ノアの息子の代セム、ハム、ヤペテイアペイトス
ノアの孫(ヤペテの息子)の代ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラスプロメテウス、エピメテウス(妻はパンドラ)
ノアの曾孫(ヤペテの孫)の代省略デウカリオーン(プロメテウスの息子)
ピュラ(エピメテウスとパンドラの娘)

ブルフィンチはギリシア神話の辻褄が合わナイ部分を正すワリに
キリスト教には従順で聖書の矛盾には言及しナイようだヽ(゚∀。)ノ

まあパンドラのエピソードなど
所詮はイヴと同様【禁忌】を破った女の話として
その肝心な部分が伝われば瑣末なコトは気にしなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
てのが男の身勝手な言い分なのだよ

女は【禁忌】を遵守して男に仕えるべし!
不貞は禁ずるるる~!!
でも、むしろ男には守れまい、誘惑されたら破るだろうに?!

そんな男の世迷言の呪縛に初めて打ち勝った女が
ギリシア神話ではトロイ戦争の原因となったスパルタ王妃ヘレネで
夫の留守中に他国の王子と駆け落ちをしてしまったのだが
その双子の姉のクリュタイムネストラも
後に元夫を殺した現夫を不貞の相手と共謀して殺害し復讐を遂げたし
むしろこの姉妹の母親はスパルタ王妃レダだが
白鳥に化けたゼウスと不貞してこの姉妹を産んでるので
もれなくレダこそが夫である男(ましてや一国の王)に対して
裏切り行為をした初めての女だろうか?!

パンドラの匣―変貌する一神話的象徴をめぐって (叢書・ウニベルシタス)

ちなみに自分が冒頭で探してたのは
『パンドラの匣―変貌する一神話的象徴をめぐって』だったが
これも「匣」ってコトは訳者が太宰ファンかね・・・

☆追記...
どうやら人生最後のLIVEはRolling Stonesになりそうヽ(゚∀。)ノ

今現在、どうやらソチ・オリンピック開催中らすぃ

自分は現代のオリンピックには余り関心がナイとゆーか
スポーツとしてはサッカーとテニス以外に全く興味がナイので
オリンピックは基本的に観ナイ主義だが
寒いのが大嫌いで雪を見てると憂鬱になるので
例えテレビ画面においてでも冬季五輪はまず観たいと思わなくて
母親がフィギュアスケートを観てるとチラ見するレベル

そんな自分がうっかり開会式まで観てしまったのは
2004年にギリシアの首都アテネでオリンピックが開催された時で
古代ギリシア的な風情を期待してたのだろう

それでもアテネ五輪の開会式がどんなだったかまるで記憶にナイが
今年の開会式は観てなくても印象深かった
なんせ五輪の輪っかの1つが輪にならなかったのだからしてヽ(゚∀。)ノ

☆・・・☆・・・☆

そんな記憶に薄いアテネ五輪の真っ最中に
本屋の店頭でこんな帯タタキの本が目に留まったコトは
今でも鮮烈に覚えてるるる~

オリンピックもトロイの木馬もすべてはここから始まった!

同年、オリンピックより一足お先に映画『トロイ』が公開され
これがブラピ効果か、予想以上に日本でもヒット(※)してたのだ
自分はトロイ戦争ヲタとしてDVDを購入予定だったので
わざわざ混んでる映画館にまでは足を運ばずにいたのだがw
2004年の配給収入がなんとドラえもん超え(ポケモンには及ばず)!

トロイ 特別版 〈2枚組〉 [DVD]

いかにも、流行にだけは敏感で無教養な日本人に対して
盛り上がってる間に売り切るつもりのキャッチコピーってカンジで
胸糞悪くなりながらも手に取ってみれば
タイトルは『完訳 ギリシア・ローマ神話』で
著者はトマス・ブルフィンチだった。(゚д゚lll)ギャボ

トマス・ブルフィンチと言えば『中世騎士物語』が愛読書だったが
ギリシア・ローマ神話にも造詣が深かったとは知らなんだ!
しかも訳者が大久保博とな!!

☆・・・☆・・・☆

完訳 ギリシア・ローマ神話〈上〉 (角川文庫)完訳 ギリシア・ローマ神話〈下〉 (角川文庫)

あれ?!
自分が持ってるのは上・下巻とも表紙がアングルだったが
いつからこんな安っぽい表紙になったのだろうか?
ブルフィンチ(大久保博訳)の格調高い文体にこのイラストは
余りにも不似合いで萎えるのだが。(´д`;)ギャボ

【上巻】
  • はしがき
【第1章】
はじめに
【第2章】
プロメーテウスとパンドーラー
【第3章】
アポローンとダプネー、ピューラモスとティスベー、ケパロスとプロクリス
【第4章】
ヘーラーとその恋仇のイーオーとカリストー、アルテミスとアクタイオーン、レートーと農夫たち
【第5章】
パエトーン
【第6章】
ミダース、バウキスとピレーモーン
【第7章】
ペルセポネー、グラウコスとスキュラ
【第8章】
ピュグマリオーン、ドリュオペー、アプロディーテーとアドニス、アポローンとヒュアキントス
【第9章】
ケーユクスとアルキュオネー、かわせみの話
【第10章】
ウェルトゥムヌスとポーモーナ
【第11章】
エロースとプシューケー
【第12章】
カドモス、ミュルミドーン
【第13章】
ニーソスとスキュラ、エーコーとナルキッソス、クリュティエー、ヘーローとレアンドロス
【第14章】
アテーナー、ニオベー
【第15章】
グライアイ、白髪の処女たち、ペルセウス、メドゥーサ、アトラース、アンドロメダー
【第16章】
怪物――ギガンテス、スピンクス、ペーガソスとキマイラ、ケンタウロス、ピュグマイオイ、グリュプス
【第17章】
黄金の羊の毛皮、メーデイア
【第18章】
メレアグロスとアタランテー
【第19章】
ヘーラクレース、ヘーベーとガニュメーデース
【第20章】
テーセウス、ダイダロス、カストールとポリュデウケース
【第21章】
ディオニューソス、アリアドネ
【第22章】
田園の神々――エリュシクトーン、ロイコス 水の神々――カメーナイ、風
【第23章】
アケローオスとヘーラクレース、アドメートスとアルケースティス、アンティゴネー、ペーネロペー
【第24章】
オルペウスとエウリュディケー、アリスタイオス、アムピーオーン、リノス、タミュリス、マルシュアース、メラムプース、ムーサイオス
【第25章】
アリーオーン、イービュコス、シモーニデース、サッポー
【第26章】
エンデュミオーン、オーリーオーン、エーオースとティートーノス、アーキスとガラテイア
  • 読書案内[上]
【下巻】
【第27章】
トロイア戦争
【第28章】
トロイアの陥落、ギリシア軍の帰還、オレステースとエーレクトラー
【第29章】
オデュッセウスの冒険――ロートパゴス、キュクロープス、キルケー、セイレーン、スキュラとカリュブディス、カリュプソー
【第30章】
パイアーケス人、求婚者たちの最後
【第31章】
アイネイアースの冒険――ハルピュイアたち、ディードー、パリヌーロス
【第32章】
下界――シビュレー
【第33章】
カミラ、エウアンドロス、ニーソスとエウリュアロス、メーゼンティウス、トゥルヌス
【第34章】
ピュータゴラース、エジプトの神々、神託所
【第35章】
神話の起源、神々の彫像、神話の詩人(うたいて)
【第36章】
近代の怪物たち――ポイニクス、怪蛇バシリスコス、一角獣、サラマンドラ
【第37章】
東洋の神話――ゾロアストラ ヒンドゥー教徒の神話――カースト、ブッダ、ダライ・ラマ
【第38章】
北欧の神話――ワルハラ、ワルキュリアたち
【第39章】
ソールのヨツンヘイマル訪問
【第40章】
バルデュルの死、妖精たち、ルーン文字、スカルドたち、アイスランド
【第41章】
ドゥルイたち、アイオウナ
  • 解説
  • あとがき(増補改訂版によせて)
  • 読書案内[下]
  • ことわざ集
  • 索引

上巻は古代ギリシア・ローマの神々と英雄のエピソードで
下巻(※)はトロイ戦争が時系列に物語られてて
なぜかギリシア・ローマ以外の神話も収められてるが
原題が『The Age of Fable;or,Stories of Gods and Heroes』で
訳すと『寓話の時代;もしくは、神々と英雄の物語』なので
確かに古代ギリシア・ローマ限定ではナイのだな
巻末に上・下巻合わせての索引と諺集があり、本文自体は上巻441頁/下巻290頁

目次には登場人物(神)名が概ねギリシア名で記されてるが
本文中にはこれにローマ名と英語名も併記されてて

アプロディテ→アプロディーテー(ウェヌス)(ヴィーナスのこと)

てなカンジで初心者にはわかりやすいかと思われ

白黒なれど有名な絵画や彫刻が豊富に掲載されてるのも
もちろん自分のような美術愛好家には嬉しいが
それ以上に初心者がイメージを捉えやすい

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)

著者のブルフィンチはヲタだったが
この本は決してそういう向きに書かれたのではなく
無教養なアメリカ人に向け教養便覧のようなモノを目指してたので
オウィディウスの『変身物語』を典拠としてる部分が多く見受けられるが
娯楽的要素の長台詞などはカットして概要のみにとどめて
その分、英文学からの引用が挿入されてるるる~

☆・・・☆・・・☆

それにしても帯タタキで煽ってるワリには
オリンピックについては僅か1ページだったりして(-_-;)

古代オリンピック (岩波新書)驚異の古代オリンピックギリシアの古代オリンピック

恋愛は甘美な倒錯である

現実にこれを持ち込んでしまえばすっかり色褪せてしまうし
浮世離れしてこれに陶酔しきってしまうと生活はままならなくなる

酒と同じようにほろ酔いが望ましいのかもしれナイが
まるで明日が来ナイかのように没頭できる恋愛なら
惜しみなく愉しめば゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

それができるのが若さの醍醐味だ

匙加減のわからナイ相手との破滅的な恋愛だって
わざわざ望んではいナイが悪くナイ

でも忠誠を誓える相手に対しては
あえて何かに懸けて誓ったりはしナイが決して裏切るコトはナイ

中世騎士物語 (岩波文庫)

ロマンス(中世騎士物語)のように・・・

☆・・・☆・・・☆

【ロマンス】はもうすっかり日本語になってしまってて
誰もが「男女の恋愛に纏わる事件や物語」を思い浮かべるだろうし
他にも【ロマンチック】とか【ロマン】とかあって
前者はより乙女風味が強まり
後者は「男の【ロマン】」など対象が男女の恋愛限定ではなくなる

しかしこれらは日本独特の使い方で何か釈然としナイので
元の語源や世界標準的な正しい意味合いや
どのような経緯で日本に定着したのか
気になって調べたのは2005年のコトだった・・・

まず、【ロマンス】の語を片っ端から辞書でひいてみると
英語と仏語以外には該当する発音の単語がなく
日本人の解釈に近いのが英語の【romance】だったので
この語を輸入したのは英語圏からと推察してたのが確信に変わった

【romance】 [英]
━━n.中世騎士物語,伝奇小説,恋愛[冒険]小説;≪楽≫ロマンス(曲);情話;小説的な事件,ロマンス(love affair);作り話,空想(物語);ロマンチックな雰囲気[気分];(R-)ロマンス語(派).
━━a.(R-)ロマンス語(派)の.
━━vi.作り話をする,空想する((about));求愛する((with)).
→三省堂のエクシード英和辞典より

【romance】 [仏]
━━f.恋愛詩,小詩曲≪楽≫無言歌.
→白水社刊の杉捷夫編新仏和小辞典より

単語romanceが形成されたのは
8世紀以降の中世西欧においてであるのは確かだ
ローマ帝国が分裂~崩壊してくと同時に
ローマ人の日常語だったラテン語が各地でそれぞれに発展し(※)
それらローマ人の諸言語は総括して【ロマンス(ロマン)語】と呼ばれた
現在のフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語に至る途上の段階で
まだ「ラテン語の方言」と言った方が似つかわしくもあったかもしれナイ
また複数を指すので【ロマンス諸語】が正しいかもだが便宜上【ロマンス語】とする
参照→参考分布図
発音には地域差があるので【ロマンス】だったり【ロマン】だったりした以上に
語尾の変化は多様だったと思われる

口語はロマンス語へと移行したが
文献は依然としてラテン語で書かれており
ダンテがトスカナ語(ロマンス語の1つ)で『神曲』を著すまで
殆ど総てラテン語表記だった

ドレの神曲

そもそもダンテの頃の14世紀の西欧では
製紙法が広まりつつあっても印刷術はまだなかったので
本はとても高価で手にするコトは稀だっただろうし
手にしたトコロでラテン語では読めず
文芸はとても敷居が高かったのだ!

そんなだからルネサンスまでは
唯一の文芸ったら聖書だったりしたのだ。(゚д゚lll)ギャボ
それも坊主が持ってる聖書を読書するってよりは
実体としては丸暗記してたのだよ。(´д`;)ギャボ
だから「中世文学」ってジャンルは一応あるが
これって実は口承文学なのだなw
古代ギリシアで『イリアス』や『オデュッセイア』が
ホメロスの名の下に書物となるまで
吟遊詩人が連綿と歌い継いできたように
中世の吟遊詩人(※)も騎士道に名を馳せた英雄の伝承を
文字に綴ったのでなくロマンス語で歌ってたのだ
そしてその「中世騎士物語」が
【ロマンス】即ち「ロマンス語で詠われた物語」と呼ばれた
より正確には吟遊詩人が歌ったロマンス語は
主に南仏で使われてたプロヴァンス語だったようだ
LINK:プロヴァンス語 Dialectes provencaux
仏語でtroubadour(トゥルバドゥール)、独語でMinnesinger(ミンネジンガー)、英語でBard(バード)

ところでどちらも解さナイので想像しづらいのだが
ロマンス語とラテン語の隔たりはどの程度だったのだろうか?

上記の辞書からの引用【romance】 [英]を見てて思ったが
テュートン語圏のイギリス人からしたら
ローマ人がラテン語に代わって話すようになった言葉も
その言葉による「中世騎士物語」も
「ローマ人の言葉(で詠われた物語)」で【ロマンス】だったのかも?!
同じテュートン語圏でも独語では【romance】の語はなくて
英語や仏語の【ロマンス】の意味に近いのはRomanとRomanzeだった

【Roman】 [独]
━━m.(-s,-e)散文の長篇小説,物語;情話風の;『比』作り話,虚構.
→研究社のポケット独和辞典より

【Romanze】 [独]
━━f.民謡調の物語詩(Balladeと似た詩形式でスペインから起こった);≪楽≫ロマンス(感傷的な性格を持った愛の歌で、美しい旋律を主体としたゆるやかな楽曲).
→研究社のポケット独和辞典より

大雑把に訳せば文芸の方がRomanで音楽の方がRomanzeだが
この独語のRomanとRomanzeにあたるのが伊語ではromanzoとromanzaだ
また、独語のRomane(ロマンス語を話す民族)は伊語のromano(ローマ人)
独語のRomanisch(ロマンス語)は伊語のromanzo(ロマンス語)だ

【romanzo】 [伊]
━━m.長編小説)作り話.
━━agg.ロマンス語の.
→大学書林のイタリア語小辞典より

【romanza】 [伊]
━━f.≪楽≫ロマンス,華想曲.
→大学書林のイタリア語小辞典より

なぜかイタリアとイギリスとでは発想が類似で
「ロマンス語=ロマンス語で詠われた物語」なのだな

☆・・・☆・・・☆

で、Ralph LaurenのフレグランスRomanceは
男女の恋愛がテーマなのだよな

ラルフ ローレン ロマンス 30ml (EDP-SP)

人生において最良の本を10冊選ぶとしたら、何を選ぶか?

30年前に選んでたと思われる10冊(タイトル)なら

生きている地球(学研学習マンガ)
ビーグル号航海記(チャールズ・ダーウィン著)
幸福な王子(オスカー・ワイルド著)
にんじん(ルナール著)
シートン動物記(アーネスト・T・シートン著)
ハックルベリー・フィンの冒険(マーク・トウェイン著)
宝島(スティーヴンソン著)
クォ・バディス(シェンキェビチ著)
埋もれた世界(A・T・ホワイト著)
キュリー夫人 愛と科学の母(清閑寺健著)

これらは人生の初期段階で世界観を構築するのに役立ったが
人生の岐路においても常に道標となった

生きている地球 学習漫画 地球の歴史 (3) (学習漫画 地球の歴史)

『生きている地球』は虚弱体質だった幼少の砌に
通ってた小児科の待合室に置いてあり
【ビッグバン】から始まる地質時代の様子が描かれてて
それはまさに知りたかったコトだったので
読んでは興奮して更に熱が上がったw

生命の誕生から人類の誕生までの道程
要するに【進化論】には魂を揺さぶられたが
特に生命の誕生についてのオパーリンの【コアセルヴェート説】は
以来、「干潟」と聞いただけで涙が溢れてくるほど
神々しく美しい生命のスープの光景が胸を打った。・゚・(ノД`)・゚・。

そうして生きている地球を実感した自分は
更にダーウィンの『ビーグル号航海記』(※)によって
自然の厳しさ(ある意味無慈悲さ)と
そこに生きる生物の力強さと儚さ、強靭さとしなやかさといった
地球が織りなすドラマに感じ入った
【進化論】を構想するに至った経緯が綴られてる航海日誌

だから同時期にキリスト教かぶれの母親から
旧約聖書の冒頭の創世記による世界の始まりを押し付けられるも
話が矛盾しまくりで突っ込みドコロ満載な寓話としか思えなかったのだ

生温いお人好しの江戸っ子だった自分は
『幸福な王子』でワイルドのペシミズムに衝撃を受け
自分だけが母親に嫌悪されてると悲観してた時
『にんじん』で同士を見出してほっとした

『シートン動物記』で動物の生態に興味を持ち
とりわけ「狼王ロボ」でオオカミが大好きになり今に至るが
その後、椋鳩十の動物モノにも夢中になり
扱われてたワシ、イヌ、シカなども格別に好きになった

『ハックルベリー・フィンの冒険』や『宝島』は
後に海洋小説とそれを原作とした映画にハマるきっかけになったが
元より『ビーグル号航海記』からしてそうかもしれナイ

『クォ・バディス』(※)はキリスト教寄りの歴史小説だが
最も魅力的と思えた登場人物はペトロニウスで次いでネロとセネカだった
当時はまだキリスト教に対して反感は抱いておらず
もれなくこの小説こそが不信感を募らせる要因になったのだヽ(゚∀。)ノ
映画のタイトルでは『クォ・ヴァディス』、新訳(岩波文庫)だと『クオ・ワディス』

『埋もれた世界』はトロイア、エジプト、メソポタミア、マヤの
遺跡を発掘する夢に人生を懸けた考古学者たちについて
子供にもわかりやすく書かれてて(翻訳されてて?)
ここでまた古代文明、中でもトロイアに惹かれた

たくさんの伝記を読んだ内では『キュリー夫人』に1番感銘を受け
化学者としてノーベル賞を受賞した女性、なる肩書きに憧れて
自分も化学だけは執り憑かれた様に勉強したのだが
物理学を理解できるほどの知能は持ち合わせておらず。(´д`;)ギャボ
『クォ・バディス』の著者シェンキェヴィチも
同じくノーベル賞を受賞してるポーランド人なのだが
とは言え、2人の時代にはポーランドは地図上から消えてて
2人とも祖国独立を悲願してたのだった
結局、シェンキェヴィチは独立を目にする前に命尽きたが・・・

Bulfinch's Greek and Roman Mythology: The Age of Fable (Dover Thrift Editions)

上記10冊の他に世界観を構築するのに補助的な役目を担ったのが
山川出版の日本史用語集と世界史用語集と
旧約聖書・新約聖書、古事記、ギリシア神話など
愛読書と言うよりは便覧のように何かにつけ参照しまくった

自分はこの時点で最早、読書の醍醐味は
1冊の本を最初から最後まで読みこなして消化するだけに非ず
ふと目にした部分から読み取った魂の共鳴を通じて
時空を超えて改めて世界を読み解くコトにあると気付いて
それからは生真面目に読書をしなくなった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして30年経った今、これらが電子書籍化されてるのを見つけると
再読したくなって、あるいは違う訳で読んでみたくて
とにかく買わずにはいられナイのだが
そうしてダブったトコロで手元にある本が手放せるかと言えば
愛着もあるのでなかなか難しかったりするるる~

それにしても電子書籍の販売サイトはどこも
哲学、科学、古代史、仏文学、独文学などのジャンルがなくて
欲しい本が探しづらいったらナイ!
三省堂は本店の4階をこよなく愛してるが
BookLive!では哲学書がどこに分類されてるか一見してわからん!!

岩波書店、紀伊國屋書店、勁草書房、東京大学出版会、
白水社、法政大学出版局、みすず書房、未來社の出版社8社が
合同で「書物復権」(※)なる復刊事業に取り組んでるのを知ったのは
ジョージ・バーナード・ショーをググったのがきっかけだった
書物復権2012書物復権2013

バーナード・ショー名作集

これで復刊されたのが『バーナード・ショー名作集』
以下の代表作6篇が収録されてた

カンディダ
悪魔の弟子
人と超人
ピグマリオン
聖女ジョウン
デモクラシー万歳!

¥7,000近かったが迷うコトなく購入し
念願の『聖女ジョウン』と『ピグマリオン』を読み
併行してショーの戯曲の解説書『バーナード・ショーの劇』や
ジュール・ミシュレの『ジャンヌ・ダルク』や
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』と
梯子酒ならぬ梯子読書を大いに愉しんだ末に
奇妙なシンクロニシティに見舞われた・・・のは昨年の夏

『ピグマリオン』の第3幕に次のような一節があるのだが
この描写だけでヒギンズ夫人が趣味の良い女性であるのがわかるるる~

ヒギンズ夫人は、ウィリアム・モリスやバーン・ジョーンズの雰囲気のなかで育てられたので、ウィンポール街の息子の部屋とはちがい、家具や小さなテーブルやこまごまとした物が、雑然とおかれているようなことはない。部屋の中央には、背のない大きな長椅子が一つ。これと、じゅうたん、モリス風の壁紙、モリス風のサラサの窓かけ、長椅子にかけた錦のカバーとクッション類が、立派な装飾となっているので、つまらない物をごたごた並べたてて、その美しさをかくすことはないのである。三十年前グローヴナー・ギャラリーに陳列されていた、いい油絵が数点(ホイスラー派のものではなく、バーン・ジョーンズ派のもの)、壁にかかっている。(後略)

息子のヒギンズがヲタになったのも独身主義を貫いてるのも
きっとこの出来過ぎの母親のせいなのだろう
そんな考えを巡らせながら新宿の地下街を歩いてた際に
バーン・ジョーンズ展のポスターが目に入った

ポスターにあったペルセウスには全く興味なかったが
予感がしたのでサイトをチェックしてみると
ウィリアム・モリス商会で製品化したタペストリーが展示品目にあった!
バーン・ジョーンズに原画を描かせて刺繍させたタペストリー・・・ホゥ(*-∀-)

シンクロニシティだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

これだけでも手芸好きの自分には観に行く理由として十分だったが
連作『ピグマリオン』も一揃い(4枚)あるらしい!!

シンクロニシティしまくりだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

そもそもバーナード・ショーの『ピグマリオン』は
モリス夫妻によってインスピレーションを得て描かれたに違いナイ
とゆーのもウィリアム・モリスの妻ジェーン・モリス(旧姓バーデン)は
バーン・ジョーンズとロセッティによって見出されたモデルで
ウィリアム・モリスにもモデルとして紹介したトコロ
2人が恋に落ちて婚約してしまったのだが
この婚約→結婚の間に恐らく極貧で教育を受けてなかったジェーンは
上流社会の一員としての教養を一から身につけた・・・
なんて、まるで『ピグマリオン』のイライザそのものだ!!

☆・・・☆・・・☆

会場に着いてすぐの展示室へ向かうエレベーターの前に
連作『ピグマリオン』の一部のプリントがでかでかと貼られており
この迫力に比べたら実物はしょぼいかと思いきや
そこは連作ならではの見応えだった
(唯一、女神が鳩を踏んづけてたのが気になったのは自分だけかね?)

しかしラファエル前派は一見すれば繊細な作風なのだが
ダヴィンチのような精密さには事欠いてて
背景の花などがワリと杜撰に描かれてたりするので
近寄ってじっくり愉しむよりは遠見で全体的に観るとか
現代ならネットで観るのにうってつけだと思われ

それに比してタペストリーは期待以上に素晴らしく
絹糸1本の寸分の狂いもナイのに感動した。・゚・(ノД`)・゚・。
改めて考えたらウィリアム・モリスは日本の柳宗悦みたいな人なのだな?!
美意識にお国柄がそれぞれ表れてるのでそこに違いがあるが・・・

またジェフリー・チョーサーの『チョーサー著作集』の
ウィリアム・モリス商会によるケルムスコット・プレス刊(※)があり
豪華装丁本の現物を目にするコトができたのは収穫だった♪
※LINK:ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』

おみやげには『ピグマリオン』連作のワイドプリントにブックマーク
そして『チョーサー著作集』のポストカードとノートにしたが
もしケルムスコット・プレスのグッズがなければ図録を買うつもりだった
自分は究極的には紙の書物が何にも増して好きなようだw

↑改めてじっくり見てみたら『Troilus and Criseyde』だった(゚ ゚;)
これチョーサー版は『トロイルスとクリセイデ』だけど
シェイクスピアになると『トロイラスとクレシダ』になって
逆にボッカッチョのはタイトルが『フィローストラト』でトロイオロとクリセイダ
もちろん時代順にボッカッチョ→チョーサー→シェイクスピアだ

あとの2枚は残念ながら何かわからなかった・・・うぅ(-_-;)

エウリピデスの『トロイアの女たち』の新訳が
なぜか、突如として昨年末に出てた

そう、なぜ、エウリピデスの悲劇の中でも
今、これだけが単品で出るのか、訝しく思ったが
ちょうど蜷川幸雄演出の『トロイアの女たち』の公演があり
それに合わせてだったのだろうか?!

いや、WOWOWで観たらサルトルVer.だったw

トロイアの女たちギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

そう言えば『トロイアの女たち』は
エウリピデスのなら松平千秋訳のをダブって持ってるし(※)
『サルトル全集【33】トロイアの女たち』を
神保町の古本屋で奇跡的にゲトできたが
肝心のセネカ版が未だ手元になかったと思い出した
ちくま文庫のギリシア悲劇【III】エウリピデス(上)筑摩世界文学大系【2】ギリシア・ローマ古典劇集

セネカの『トロイアの女たち』は
京都大学出版の西洋古典叢書の『セネカ悲劇集』に収められてるるる~

セネカ悲劇集〈1〉 (西洋古典叢書)

セネカ悲劇集【1】
狂えるヘラクレス(小川正廣訳)
トロイアの女たち(高橋宏幸訳)
フェニキアの女たち(大西英文訳)
メデア(小林標訳)
パエドラ(大西英文訳)

セネカ悲劇集【2】
オエディプス(岩崎務訳)
アガメムノン(大西英文訳)
テュエステス(宮崎徳也訳)
オエタ山のヘルクレス(竹中康雄訳)
オクタウィア(木村健治訳)

【1】は『トロイアの女たち』以外にも
『フェニキアの女たち』も『メデア』も『パエドラ』(※)も
エウリピデスと比較して差異を読み解きたい
エウリピデスの『ヒッポリュトス』に当たる、ラシーヌだと『フェードル(とイポリート)』

しかし最も興味深いのは【2】の『オクタウィア』だ!
なんせセネカのオリジナルでネロが題材の史劇なのだからして!!

久々にアマゾンで両方チェックしてみたら
【2】が半額以下で出品されてたのでそっちをポチったった♪
トロイヲタとして【1】も絶対いつか購入するだろうがw

とりあえず蜷川の『トロイアの女たち』はサルトルに倣ってたが
現代日本人の常識の範疇に「トロイ戦争」はナイので
そりゃあ誤解のナイようにポセイドンが説明せねばなるまいて
改めてサルトルの手腕に脱帽しつつ
蜷川の奇異なアイディア(3ヶ国語でコロスを繰り返し)にも
よくもこんな鬱陶しいコトをやり通したモノだ
と、感心したし、感動した。・゚・(ノД`)・゚・。

☆・・・☆・・・☆

蜷川はちょっと前に『トロイラスとクレシダ』もWOWOWで観た(※)が
シェイクスピアの全作をオールメールでって試みの一環で
その発想からして素晴らしいと思ったね
しかも『トロイラスとクレシダ』は中でも1番厄介だったろうに
納得の行く出来映えだったのには度肝を抜かれた。(゚д゚lll)ギャボ
参考URL:http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/102292/

クレシダには穢れを知らナイ澄んだ美しさがあり
絶世の美女ヘレネの方が蠱惑的ではあるが
決して見劣りはしナイ美貌なはずと思われ。(´д`;)ギャボ
その点、2人とも性別を乗り越えた以上に美的に釣り合ってたが
恐らく女性がやると想像すると
主役のクレシダはでしゃばって美貌から儚さを失するだろうし
ヘレネも美しさよりいやらしさが目立ってしまいそうだ(-_-;)

でも何よりもカサンドラにはぞっとさせられた
『トロイアの女たち』でも運命に憤り、怒りながら舞うカサンドラがいたが
『トロイラスとクレシダ』のカサンドラの方がしなやかな動きで
巫女の資格を失った悲しみが舞踏に表現されてたし
狂気もそれらしく見えた

基本的にカサンドラは狂ってるのではなく
予言を口にすると狂ってるように見えてしまうだけだから
発狂してるだけだと白けてしまうのだよ
カサンドラはアポロンから予言の術を授かったが
引き換えにアポロンの恋人になる約束だったのを破ったので
それでアポロンによって予言が信じてもらえナイようにされたのだ

☆・・・☆・・・☆

宮本亜門の『サロメ』もWOWOWでやってて(※)
観る前はキャスティングに仰天したが
もれなく多部未華子ちゃんのサロメこそがサイコーだった
サロメは無垢ゆえに残酷なのだな・・・
参考URL:http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/101601/

サロメ (岩波文庫)

古典劇はハリウッド映画とかブロードウェイ・ミュージカルでも
原作の魅力が減退しまくりなのが多くてウンザリするが
日本の新劇が魅力を損なわずにやってるなんて
目にするまで思いもよらなかったね

とにかく戯曲は本で読んでるより
舞台で演じてるのを観る方が断然゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
てのは、当たり前かヽ(゚∀。)ノ

ここは一つ、宮本の『キャンディード』のDVDを購入すべきか?!

シェンキェヴィチは1846年のリスワニアで生まれたが
この頃のリスワニアはポーランドの一部で
ポーランド自体は分割されロシアやプロイセンに支配されてた

ワルシャワ大学を出てアメリカに渡り
カリフォルニアの農園で働きながら「アメリカだより」を書き
これがポーランドの新聞に掲載されてた

三十路も過ぎてポーランドに帰ってきてからは
ポーランド独立に向けて国民を奮い立たせるような小説を書き始め
政府に取り締まられるようになったが屈するコトなく
1896年に『クォ・ヴァディス』を書き上げた

クオ・ワディス〈中〉 (岩波文庫)

2000年前のローマ帝国を舞台に
腐敗する政治とそれに付き従う軍隊
その恩恵を受けたり犠牲になったりする民衆
贄として闇に葬られようとする新興宗教の信者の姿
まるでその時代の全てを見てきたように克明に描いた作品で
後にロバート・テイラー主演でハリウッドで映画化された

登場人物のキャラクターが練れていてリアリティーがあるのは
実在の人物が多いからに他ならナイ
暴君ネロの狂態の凄まじさや
ネロの指南役ペトロニウスの趣味の粋さや
新興宗教の開祖キリストの弟子ペテロの信心の抹香臭さが
主人公の活躍以上に興味深く、歴史小説として出来過ぎの感があるが
それは抄訳で、ましてや児童版の『クォ・バディス』でさえもそう思わせた

1冊の本を何度も読むのは2つの理由がある

1つには確認したい事項があるからで、必要最低限の部分だけを探して読む
もう1つは感動したいからで、感銘を受けた部分の前後も含め読み返す

『クォ・バディス』は実在の人物が出てくるし
実際にあった歴史的事件を追って物語が展開するので
歴史的事実との照合のための拾い読みが格別に愉快だった

ネロ、ペトロニウス、セネカの人となりをもっと深く知りたい!
そんな希求が自分の原点(ルーツ)でもあるが
それを知り得た時が終着点でもあるような気がするので
大袈裟かもしれナイが『クォ・バディス』は人生の一端を担ってるのだ!!

ところが『クォ・バディス』は現在では児童文学としては存在しておらず
それだけでなく、自分の子供の頃(昭和の後期)に図書室に必ずあったような
子供向けに編纂された世界の文学や偉人伝のほとんどが存在しナイのだ

つまり、今や『クォ・バディス』はもちろんのコト
不朽の名作のあらすじや偉人の生い立ちなどを知る小学生は
絶滅危惧種並みの稀有な存在なのだ

てか、フツーに原作を忠実に訳した通常版さえ
今となっては入手困難なモノが結構あり
子供の情操教育のレベルが如何に低下してるのか以上に
大人も含めて無知蒙昧な人間が如何に蔓延ってるのかを痛感する

人類の歴史が編み出した尊い遺産は蔑ろにされてるるる~
つくづく世の中に幻滅し、またしてもハリー・ハラーの心境だ・・・

☆・・・☆・・・☆

完訳 イリアス

ハリー・ハラーは同胞だと思えるが
死の間際に『イリアス』の一節を口にしたネロ(※)は同好の士だ
タキトゥスの『年代記』にもスエトニウスの『ローマ皇帝伝』にもある

ネロを知ったのは偕成社の少女世界文学全集『クォ・バディス』で

知性と情操を培う世界の文学!

と冠された児童向けの本で編集者には川端康成も名を連ねてたほどだから
決してよくある子供騙しの抄訳ではなかった
作者についての解説も充実してた

これを読んだ小学生の時は
まだキリスト教に否定的ではなかったので
キリスト教徒を見せしめに虐殺するネロに対して
最初は定石通りに反感を抱いたw

ところがもれなく聖書を旧約~新約と読破してみると
ユダヤ人の道徳観念は日本人の根底にある不道徳に一致してると思えたし
イエス・キリストはその神性以前の問題として
人間性がなってナイ(※)、と不信感を抱いてしまった
働かざる者食うべからず、この庶民の義務を軽んじてる、当人も三十路までニートだし

その後、ローマ・カトリック教会が
神を畏れずに科学的思考をする人間に対して
残忍な制裁処置を執り続けてきた歴史を知るにつけ
ユダヤ教徒以上にキリスト教徒の方が怖くなってきたが
それとは逆に知れば知るほどネロの人物像には深みが増してきた

歴史上で暴君・愚帝として名高いネロだが
どう転んでも皇帝には不向きの内向的な快楽主義者が
しかもかのローマ帝国の皇帝職に就いてしまったのだからしょうがナイ

そのワリにはどれほど悪政によって人民を苦しめたかって
むしろ治世とゆー点では永らく安定してたし
怪しい新興宗教団体も厳しく罰して、ローマ市民の平和に貢献してたw

シェンキェヴィチは悪い面を殊更誇張し過ぎかと思われ・・・

ローマ皇帝の中でもとりわけネロが好きな自分は
ネロについて書かれてる本を蒐集してるので
ラシーヌの『ブリタニキュス』もいつかは欲しいと思ってた

だから岩波文庫から出てる『ブリタニキュス』を古本屋で見かけては
購入すべきかどうか何度も迷いに迷ってた
迷いがあったのはこの本がちょうど岩波文庫の紙質が悪い時代に出てて
その後に重版されずにいたコトによる
時を経て紙面はすっかり褐変してるよれよれのモノばかりで
どうしてもコレクションに加え難い品質だった

だからいつかこれが奇跡的に復刊されるか
もしくは更に望み薄だが新訳が出たりした折には購入しようと決心してた

とはいえ、いずれにしろ随分気の長い話だと思ってたが
2006年夏に先に渡辺守章訳の『フェードル / アンドロマック』が復刊され
続いて2008年に遂に『ブリタニキュス / ベレニス』が同じく渡辺守章訳で出た!

ブリタニキュス ベレニス (岩波文庫)

古く『ブリタニキュス』は『星の王子さま』の訳で名高い内藤濯の訳だったので
きっと真意を深く追求した意訳だと予想できて魅力的だったが
『ブリタニキュス / ベレニス』の渡辺守章訳の方は
実際に脚本として用いられた口語訳なのがむしろ非常に読み易かった!!
これは既に『フェードル / アンドロマック』で馴染んでたせいもあるだろう

しかし渡辺訳版の秀でた点は本文以上に訳注と「解題」にあるるる~

ためつすがめつ購入を迷い続けた『ブリタニキュス』には
『ベレニス』が未収録であったのは言うまでもナイが
これが『ブリタニキュス / ベレニス』に比して1/4くらいの薄さだったのは
『ベレニス』が途轍もなく長い戯曲だったからではナイ
(実際『ブリタニキュス』より短い)

『ブリタニキュス』と『ベレニス』とで訳注が合わせて100ページ以上あり
「解題」がこれまた100ページ以上に及ぶために
200ページ強分の厚みが増してたのだった。(゚д゚lll)ギャボ

200ページとゆーページ数からも歴然としてるが
訳注も「解題」もとにかく詳細で隙がナイ。・゚・(ノД`)・゚・。

とりわけ「解題」の中の「ラシーヌの生涯と作品」には
各作品の紹介と共にその作品に対する当時の評価などもあったので
これを読んだら元の話を知ってるだけに(※)
ラシーヌの脚本をちゃんと読んだような気にすっかりなってしまえてたが
既出の4作(フェードル、アンドロマック、ブリタニキュス、ベレニス)以外は
後に筑摩書房の『世界古典文学全集【48】ラシーヌ』を入手して読んで
そういえば全く未読であった、と改めて気付いたくらい
渡辺の「解題」は詳し過ぎたのだったヽ(゚∀。)ノ
『アレクサンドル大王』は伝記の邦訳本を総て持ってたし、『アタリー』も『エステル』も『旧約聖書』にある

そうなのだ、ラシーヌにすっかり魅了された自分は
絶版の全集をついに手に入れたのだった!

しかもかねてから中公世界の名著と筑摩世界文学大系は
「解説」の充実度で他に比肩するモノはナイと確信を持ってたので
迷わず筑摩書房の『世界古典文学全集【48】ラシーヌ』を購入したのだが
これが予想以上に素晴らしい内容だった!!

ラシーヌ執筆の全作品がもれなく年代順に収録されており
時代背景、公演の評判、ラシーヌが参考とした資料などの詳細が
各作品の冒頭の「解説」にあり
それとは別にラシーヌ自身が書いた序文や
時の権力者に送った作品についての書簡などもあり
要するにこれ一冊でラシーヌを完璧に網羅できてしまうのだ

それでも『ブリタニキュス / ベレニス』も買っておいて損はなかった
てか、この岩波文庫版新訳の訳注と「解題」は
ネロヲタの自分としては最強に俺得で死ねる・・・バタリ ゙〓■●゙

それにしてもラシーヌの扱う題材は
どうしてこうも自分のヲタ趣味と合致するのだろうか?

トロイ戦争ヲタには既読の『アンドロマック』も俺得だったが
未読の中にも『イフィジェニー』があり
ゲーテの『タウリス島のイフィゲーニエ』と読み比べれば
一粒で2度美味しく愉しめるってモノだ♪

そして未読の目玉はなんと言っても『アタリー』と『エステル』だが
これはフローベールの『ボヴァリー夫人』の中で
最も個性的な登場人物オメーが娘にアタリーと名付けてるのが
まさしくラシーヌの『アタリー』由来なのだった
ましてやそうと名づけたオメーの真意を推し量るためには
実際に読んでみナイコトには考察のしようもナイ以上に
作中でオメーが信仰する神ヴォルテールの著書『ルイ十四世の世紀』で
『アタリー』を高く評価しつつ『エステル』を貶してる
と知らなけらばいかんせん意味不明なのである。(゚д゚lll)ギャボ

『エステル』と『アタリー』はプルーストの『失われた時を求めて』でも
「スワン家のほうへ」第一部の「コンブレ」で比喩に使われてるが
もちろんこの2作品をただ読むだけでなく
完璧に理解してなければやはり意味不明なのである。(´д`;)ギャボ

しかしアレクサンドロス大王ヲタである自分にとって
未読の中で真っ先に読んだのは『アレクサンドル大王』だったがw

それとゆーのも自分の読書の仕方がいつも決まってて
未読の本はまず目次や索引からアレクサンドロスを探して
そこから読み始めるからだ

racine

フローベールの『ボヴァリー夫人』に出てくるオメーは
科学の最先端の職種だったであろう薬剤師であり
粋人気取りでやたらと高尚なモノに憧れては
純朴な民衆を俗物と見下してるような人物なのだが
お気に入りだったりするのは自分と似てるからだろうか。(゚д゚lll)ギャボ

オメーは4人の子持ちで上から順に
長男が栄光の象徴ナポレオン、次男が自由の象徴フランクリン
などとたいそうな名前をつけてるのだが
次のイルマのローマン主義への譲歩、てのがわからナイし
1番下のアタリーがフランス演劇最大不朽の傑作に敬意を表して、だそうだが
初めて読んだ際には意味不明だった。(´д`;)ギャボ

すぐに調べようともしたがなんせ20ん年前のコト!
今みたいにググれなかったから専ら本に頼るしかナイのだが
おおよその見当くらいつかなければ本屋や図書館でも調べようがナイ!!

イルマのローマン主義ってのはフランスのロマン主義文学だろうか?
シャトーブリアンやユゴーの作にはイルマは見当たらナイが
それも自分が未読なだけだろうか?

アタリーのフランス演劇はフランス古典主義演劇だろうとは思ったが
それこそ当時は全く未読で未知の世界だったから
コルネイユか?モリエールか?ラシーヌか?
と絞るコトさえままならなかったのだ

そうして謎のままに年月は過ぎて
2006年の夏の岩波文庫の一括重版28点35冊の中に
ラシーヌの『フェードル / アンドロマック』があり
トロイ戦争ヲタの自分はアンドロマックがヘクトルの妻アンドロマケであるとピンときて
それ以上深いコトは何も考えずに購入した

フェードル アンドロマック (岩波文庫)

フランス古典主義演劇作家ラシーヌの作品に初めて触れたのがこの時で
それまではラシーヌ本人についてや作品について全然何も知らなかったので
本編を読む前にまず巻末の「解説」と「ジャン・ラシーヌ略年譜」にとりかかったが
訳者の渡辺守章による「年譜」は【略】とあるワリには15ページに及び
これをじっくり読み進んでいったら『アタリー』の作品名を発見!

1691年(53歳)
一月、サン・シールにおいて、悲劇『アタリー』の御前稽古。『エステル』で試みた実験、すなわちコロス(合唱隊)が重要な役割を占める古代悲劇に比肩しようとする計画であり、更には、オペラが流行させた壮麗な装置が効果を挙げるべき芝居でもあり、しかもラシーヌの「異教的悲劇」の「偉大な悪女」に匹敵する女王アタリーを主人公に据えた極めて野心的な作品である。しかし前作『エステル』が、宮廷内で余りに世俗的に評判になったことへの批判もあって、衣装なしで御前上演がなされただけである。(『アタリー』のコメディー・フランセーズ初演は1716年3月。)

これがオメーの言うフランス演劇最大不朽の傑作なのだな!
そうとわかればアマゾンで検索!!

だがしかし・・・『アタリー』の個別の邦訳本は見当たらナイし
全集には入ってるかもしれなかったが総て絶版状態にあり
収録作品リストがなくてどれに入ってるかわからナイのに
年代も古く状態も微妙なのに値段は破格な全集を買い漁るワケにもいかず
『アタリー』の入手を一旦は諦めざるを得なかった

但しこの時点までで以下のコトが判明した

1.ラシーヌ53歳の時の作品でこれが最期の作品となった
2.マントノン夫人の主催するサン・シール女子学院(貴族の孤児たちの教育機関)の生徒が演じた
3.ラシーヌの生前には衣装ナシの御前稽古のみで上演されなかった
4.コメディー・フランセーズによる初演は1716年でラシーヌの死後17年後だった

Racine's Athalie, Ed. with an Introduction, Containing a Treatise on Versification

そしてこれらの事実からどうも疑わしく思えてきたのが
『アタリー』がフランス演劇最大不朽の傑作だ、とのオメーの評価の真意だ

通常だったらプロの演劇集団が商業的成功を収めてこそ世間の評価も高まるのだが
既に前作の『エステル』から以降は素人の女学生が演じてるだけで
『アタリー』に至ってはそれさえ上演されてナイのだ?!

それでも『エステル』は

宮廷内で世俗的に評判になった

とゆーのだからこれはどう考えてもおかしな話だヽ(゚∀。)ノ

ラシーヌの『アタリー』(と加えて『エステル』)が
なぜルイ14世の愛妾マントノン夫人の許でのみ上演されてたのだろうか?
そしてなぜ(『エステル』の宮廷での成功があり)『アタリー』は上演前から不興を買ってたのか?
オメーが『アタリー』を絶賛してるのはどういう思惑からなのか?
いや、著者フローベールがオメーの人間像をどう見せようとしてるのか?

謎が深まるほどに魅了されるるる~

トロイ戦争におけるギリシア勢の武将大アイアスの最期なんて
今まで気にしてなかったが改めて読んでみるとなかなか壮絶だった。(゚д゚lll)ギャボ

そもそもオウィディウス以外のギリシア神話の挿話集には詳しく載ってナイのだが
トロイ戦争について詳述されたいくつかの文献には
オデュッセウスとの亡きアキレウスの武具の取り合い~アイアスの自殺まで
カナ~リドラマティックに描かれててうっかり胸を打たれた

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)
Music of Ancient Greece

とりわけソポクレスの悲劇『アイアス』
アイアスの妻テクメッサの心痛が
『Plainte De Tecmessa(テクメッサの嘆き)』の調べ通りに表現されてた
オデュッセウス贔屓なのがありありとわかるのは唯一癇に障ったがねw

代わってローマ期のクイントゥスの『トロイア戦記』は
ちょうどホメロスの『イリアス』に続くヘクトルの死後~トロイ陥落後までが
400ページ以上のボリューム感だが内容も濃くて
第五巻「アイアースの自殺」は武具の取り合い~自殺までなんと30ページ!
しかもその内でオデュッセウスの言がたった2ページで
オデュッセウス嫌いの自分にとっては好感が持てる構成だヽ(゚∀。)ノ

それでいて代わりにアキレウスの武具についての仔細があり
楯に施された絵柄について4ページもあるのがヲタ的には嬉しい限りだ!!

これでこの本のタイトルが似つかわしいモノであれば言うコトなかったのだが・・・
『トロイア戦記』ではトロイ戦争全編に及ぶと思い込んでしまい
当然ながら『イリアス』の名場面もあって然るべきと期待してしまうが
そうして手に取った人にとっては肩透かしを食らうのだ。(´д`;)ギャボ
訳者松田治の解説によればタイトルがなかったので様々に呼ばれてきたそうだが
どれも『イリアス』以降の話とわかりやすい呼ばれ方をしてたらしい
なのになぜかこれを『トロイア戦記』としてしまったのだな???

トロイア戦記 (講談社学術文庫)

ともあれアイアスの妻テクメッサについては最も興味深く描かれてた

戦争捕虜ではあったが、アイアースは彼女を妻にしていた。

元はフリュギアの王女であった、と訳注にはあるので
それだけで彼女がアイアスにはもったいナイ女であったと予想できるが
そんなだから一時は王女の身分から奴隷に身を落としても
サラミス王家の嫡男であるアイアスの寵を受けて
再び王家の一員となりいずれ王妃となる運命を享受し得たのだろう

夫アイアスが無事の内に長かった戦争も終わり
跡継ぎとなる一児も儲けて身の安全が約束されたテクメッサだったが
まさかそこでアイアスに自殺されるとは想定外だったろう

さてここであえて穿った見方をしてるワケではナイのだが
どうも自分にはテクメッサの台詞から感じ取れてしまうのだ
夫を失った悲しみよりも自身の身を案じて絶望してる割合が大きいと・・・

(前略)あなたは間違いなくこの世を去りました。あなたにとっては私のことも子供のこともどうでもよかったのです。この子が父の心を楽しませることも、お国の王位につくこともありますまい。むしろ、他の人々がこの子をみじめな奴隷にしてしまうでしょう。父親がもはやいないとき、幼な子らは、はるかに劣った男たちによって育てられるのが決まりですもの。孤児になるのは身の破滅で、子供にとって生活は耐えがたく、様々な災難がふりかかるもの。不幸せな私にもまたすぐに隷従の日が訪れるでしょう、あなたが身まかった後では。あなたは私にとって神だったのです。

う~ん・・・(-_-;)
最後の「神」は救いの神なのだろうか?

テクメッサの祖国フリュギアがトロイと隣接してたであろうコトは
ルーブルのトロイの王子ガニュメデス(もしくはパリス)像が
フリュギア帽を被ってる事実から明らかだが
トロイ戦争の10年間ずっと周辺諸国はギリシア勢の暴挙に晒されてたワケだ

10年分のギリシア勢全員の生活必需品は果てしナイ量になるが
それらを生産もせず代価も払わずどうやって賄ってたのか・・・?!
考えるだに怖ろしいが罪のナイ人々から略奪してたのだ

フリュギアもそうしてギリシア勢の犠牲になり
王女であったテクメッサも総てを失ってその身一つとなり
その身もギリシア勢の奴隷となったのだが
この時の心境もアイアスの死後にテクメッサの回想として次のように語られてる

(前略)もっと早く、養いの大地が私を飲みこんでくれたらよかったのに、あなたのむごい死をみる前に。というのは、この私の心の中にこれほどひどい苦悩が入りこんだことは1度もないし、また、あなたが、初めて私を他の女たちとともに、祖国と両親から奪い去ったときでさえ、こんな思いはしなかったのです。たしかにあのとき私はひどく嘆きました。それは、そのときまで王女としてうやまわれていたその私に、隷従の日がやってきたからです。

王女から奴隷への転落・・・このギャップはなんとも痛々しい(;つД`)
どこぞの王に嫁ぐかもしくはどこぞから立派な王となるべき者を迎え入れるか
そのため(だけ)に生きてきた王女としての誇りを踏み躙られるのだから
これは確かに嘆いて余りある。・゚・(ノД`)・゚・。

この【踏み躙られた王女テクメッサの嘆き】は
アイアスの妻になって一旦止むのだがアイアスの死によってまたぶり返す

でも、あなたが身まかった今となっては、なつかしい祖国も世にない両親も、私にはさほど大切ではありません。というのは、不幸な私の心をなごませるため、あなたはあらゆることを計画していらしたのですもの。私を一心同体の妻にしてくださったし、さらには、トロイアから帰郷したらすぐにも私を、堅固な構えのサラミースの女王にしてやろうともいってくださった。どこかの神様が私たちのこの夢を打ち砕いてしまいました。

う~ん・・・(-_-;)
最後の「神」は先述の救いの神とは違う神なのだろうか?

この台詞からだとテクメッサにとってのアイアスの死の無念さは
サラミスの女王となる約束が果たされなくなるからであって
愛する夫を失った、とゆー純粋な悲しみではナイコトだけは明白では。(´д`;)ギャボ゙

つくづくアイアスが可哀想になった・・・