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une-vie

時代背景は特定されてナイがたぶんヴィクトリア朝のイギリス

ピューリタン革命と名誉革命を経て
立憲王政を確立したイギリスは近代化への第一歩を逸早く歩みだした

Pamela: Or Virtue Rewarded (Oxford World's Classics)

貧しい両親の許で清く正しく美しく育った娘パミラは
お屋敷に奉公に出て奥様の大のお気に入りの小間使いとなった

パミラが仕えてた奥様は亡くなったが
跡を継いだ息子の小間使いとなり、この男に見初められてハッピーエンド

あらすじを簡略にまとめると余りにもありがちでお粗末な物語のようだが
パミラにご主人が恋するまでがこの小説の1/50ほどで
ご主人とパミラの操の攻防だけで物語の2/3を費やした挙句
やっと結婚してもそれで終わりではなく
パミラが愛人でなく正妻として周囲の人間に認められるまでが残りの1/3だ
真の大団円までの展開がどれほど長いか。(´д`;)ギャボ

しかし長くても冗漫ではナイのだ
純潔至上主義者のパミラが操を守ろうと奔走する道化ぶりと
それに振り回されるご主人や周囲の茫然自失の様相が
非常に愉快痛快で飽きさせナイから゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ

とは言え、そう思えるのはリチャードソンの『パミラ』を読んだのが
アラフォーになってからだからだろう
若い時に読んでたらもれなく駄作として封印したなw

女の一生 (新潮文庫)
Une Vie (Le Livre de Poche)

そうして封印したモノの中にモーパッサンの『女の一生』があるが
これはアラフォーになってうっかり読み返したら
なるほどトルストイが絶賛しただけのコトはあると感心した
但し自分としてはモーパッサンの傑作なら他にもっとあると思えるがね

時代背景はナポレオン流刑後のフランス

イギリスに立ち遅れて近代化を目指し始めたフランスで
貴族はまだ93年を苦々しく思ってた

裕福な両親の許で清く正しく美しく育った娘ジャンヌことジャネットは
純潔を守るためにか思春期には修道院にやられてて
適齢期(17歳)になったので帰ってきた

ジャンヌが初めて恋した好青年子爵を両親も気に入り
数ヵ月後には難なく婿に迎えてハッピーエンド

かと思いきや、この結婚相手の男がダメンズ過ぎて
結婚を機にジャンヌは女としての不幸を次々と体験してくのだが
その人生の暗転の転機となった結婚までが小説の1/5だ

まずは幸せなはずの新婚旅行中に将来を予見するような男の金汚さが垣間見えるが
これをジャンヌは気のせいだと見過す・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そのうち女癖の悪さが際立ってくる頃に男は業突く張りも大概になり
女中との肉欲に溺れ、ジャンヌと息子は捨て置かれる。(゚д゚lll)ギャボ

ついに女中が不義の子を産んで出て行くと
今度はジャンヌの友人の女と関係を持ち、その夫にバレて女共々殺される
いや、実際には殺人でなく、一応は事故死なのだが・・・。(´д`;)ギャボ

ダメンズ旦那が死んだのでほっとしたジャンヌだったが
心の拠り所の息子を甘やかし過ぎたせいで今度は息子の放蕩に悩まされる

借金と女をこしらえる才能に長けた(?)バカ息子の便りは金の無心ばかりで
ジャンヌは母親として身の破滅へと暴走する息子を止めるドコロか
借金の肩代わりをして息子の放蕩を加速させるヽ(゚∀。)ノ

こうして冒頭では清く正しく美しい貴族の娘だったジャンヌは
結末では不幸に身をやつした極貧ババアに様変わりしてて
かつての旦那が御手付きした女中に生活の面倒を見てもらってた(-_-;)

こうしてあらすじをまとめて比較してみると
単純に『パミラ』と『女の一生』は全く逆のパターンであるコトがわかる

『パミラ』の主人公は女から見た理想の女性かもしれナイし
『女の一生』の主人公の境涯は女として1番不愉快に感じるかもしれナイ

しかし小説の主人公でなく実在の人物だったらどうだろうか?
パミラはたいていの女には羨まれるだろうし、妬む女もいるに違いナイ
ジャンヌは殆どの女の同情を買いつつも影では呆れられるだろう

実際にはジャンヌほどでなくとも
恋愛や結婚によって(要するに男のせいで)傷を負った女性は少なくナイので
同情を禁じえナイのはジャンヌの方だろうが
その生き方に共感されはしナイ

なんせジャンヌは働かざる者であっても
食うに困らナイばかりか家事さえもせずにのうのうと生きてるのだp(-_-+)q

それを言ったらパミラも両親は貧しかったかもしれナイが
女中の分際でありながらほとんど何の仕事もせずに手紙ばっか書いてるのだがヽ(゚∀。)ノ

1日10時間以上も仕事で時間を失い続ける身の上の自分には
どちらも羨まし過ぎる身の上だが
もしジャンヌだったら毎日散歩して庭作りして料理や刺繍をして
それだけで幸せだからダンナがダメンズでも放っておくがな~

自分が働かなくても生きていけるなら
たかがダメンズのダンナくらい飼ってやれよってw

いや、そのダメンズのダンナを自分が働いて養うとかなるとね
それはさすがに無理っつ。(´д`;)ギャボ
でも若かったらそこまで頑張ってしまったかも。(゚д゚lll)ギャボ

しかしこの2作は比較すればするほど興味深く
パミラは神に忠実であるように育てられてるのだが
ジャンヌは夫に従順になるように育てられており
これはピューリタンとカトリックの差なのではなかろうか?

それにしても
パミラの旦那様は金持ちの美男かもだが朴訥なイギリスの紳士で面白味がナイし
ジャンヌの夫は酷い男だが洒落たフランス男の不埒さを発揮してて愉しめそうだな♪
なんて、確実にダメンズ好きなのだな、自分(-_-;)

marie-antoinette

何年かぶりに『日曜美術館』を見たが
マリー・アントワネットの肖像画家「ヴィジェ・ルブラン展」開催中とのコト

王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
図説 ヴェルサイユ宮殿―太陽王ルイ一四世とブルボン王朝の建築遺産 (ふくろうの本)
ルーヴル美術館―時を超える美の空間
侯爵夫人ポンパドゥール―ヴェルサイユの無冠の女王
ポンパドール夫人 [DVD]
ドレの絵で読むドン・キホーテ

アントワネットの肖像画は数多存在するが
自分の気に入ったモノとはこれまでに巡り会ってナイので興味津々で見てたが
やはりどれも今一つの印象だった

ところがヴィジェ・ルブラン自身の自画像が素晴らしいw
瑞々しい美少女が素朴な微笑で真っ直ぐにこちらを見据えてるので圧倒されるるる~
近くでやってるならこの絵だけでも実物を見る価値はあるp(-_-+)q

早速ググってみたが開催してるのは三菱一号館美術館だった
それにしてもこのサイトは美術館のサイトとして見づらい・・・
美術館のトップページに移動するのにヘッダーにあるロゴから飛べナイし
開催日時と休館日と開館時間なんて探さなくても゚+.(・∀・)゚+.゚イイ場所に配置すべき
まず情報を得たくて見て、ヨユーがあれば(むしろ観てきた後で)細部も読む
なんてのがこういうイベントのページの主旨だと思うのだけど?

「ヴィジェ・ルブラン展」はとりあえず時間があれば行ってこようと思うが
1点でも気に入るアントワネットは見つかるだろうか・・・???

自分がアントワネットの肖像画全般に徹底的に失望したのは
2008年のルーヴル美術館展
それまでもアントワネットの肖像画は1つも気に入らなかったのだが
ルーブル所蔵のモノもこんなのか・・・と思ったら酷くガッカリしたのだ

そりゃあ池田理代子の『ベルばら』でのアントワネットに慣れてたら
しもぶくれのおばさんのアントワネットなんか受け付けナイってば(;つД`)

それとは別に自分はポンパドゥール夫人に好意的だったので
彼女の趣味を反映した家具調度が見れる機会としてそこには凄く期待してた

入場して1番最初に眼に入ったのはなんとミラボーの肖像画で驚いた!
しかもこれが自分の知ってるこういうブサイクなオッサンのミラボーではナイのだ!!

若き日のイケメンぶりにあっけにとられつつも惚れ込んでしまい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
帰宅後にネットをくまなく探してみたのだがそれらしい画像がなく
ただ息子の肖像画を発見してしまったら確かにハンサムだ

やっぱりミラボーも若い時はこんなだったのだろうか?
たった数秒見ただけの幻のハンサム(理想化)ミラボーが本トに観たのか
記憶が曖昧になるちょっと前にそれらしい画像をネットで発見↓

しかしこの美青年はミラボーでなくボーマルシェだ。(゚д゚lll)ギャボ

おかしいな~???
確かに「ミラボー」のキャプションがあってこの絵を見たはず・・・
なんせミラボーの肖像画があるとわかれば
自分が次に期待するのはラファイエットの肖像画だp(-_-+)q
これは結論から言うとなかったがそう期待をしたのだから
とりあえず「ミラボー」だったコトは間違いナイ

まあこのルーヴル美術館展の主旨はミラボーでもラファイエットでもなく
ポンパドゥール夫人とマリー・アントワネットなのだがねw
しかもこの展示の趣旨は宝飾品や家具調度で
ポンパドゥール夫人とマリー・アントワネットはもちろんルイ15世~16世の
つまりブルボン家の趣味が反映されたモノばかりなのである

その前の太陽王と呼ばれた14世の時代には
華美と荘厳の限りを尽くして悪趣味に近くなってた(※)のだが
それが15世~16世の時代に奥方や愛妾の女性の趣味が尊重されるようになって
繊細で優美に洗練されてきたのだ、と予想してたが予想通りだった
建築様式としての当時のゴシックね、現代のゴスロリファッションは別

観ててまず思うのは基本的に総て同じデザインだとゆーコト!
あえてそうして揃えるのがオサレだったのだろうね

ワビサビ文化を理解できてる日本人の感覚からしてみると
いくらだだっ広い部屋でも豪華絢爛の品が相争うように隣り合って並べてあるのはいただけナイ
趣味に全く統一感のナイ派手さは成金趣味の虚栄心の象徴のような客間になってしまうが
グロテスクさを嘲笑する以外には鑑賞のしようがナイ。(´д`;)ギャボ

それとは対照的なのが今回の展示品だ
広大な敷地にある邸内のどの部屋にいても不和を感じさせナイようにか
一貫したデザイン(テイスト)で
それぞれの特徴(用途)を生かした微妙な違いを持たせながら
同じように作らせる、そのヨユー・・・
これこそが貴族趣味と言うモノなのではナイだろうか・・・ホゥ(*-∀-)

もちろんそうして作らせたモノは
必要なモノがあるべき場所にあるだけなので
居並んでたとしても空間を奪い合ったりしてナイから鬱陶しくナイ
但しそれを展示品として陳列してる場合は
十分なスペースが与えられてナイのでぶつかり合ってしまい
鬱陶しいコトこの上ナイヽ(゚∀。)ノ

しかもどっちを向いても一様にキンキラしてるだけだと成金趣味より煩わしくなり
仕方がナイのだがその事態に気付いた瞬間には観る気を失った
(そう気付くまでに数点観ただけだったがある意味全部観たのと同じだしねw)

会場を出てショップでは3枚ほどポストカードを買うのが習慣で3枚選抜・・・
したかったがマリー・アントワネットで気に入るモノがなくて
薔薇の時計とアントワネットの肖像画がベルばらチックな栞にした→

ポンパドゥール夫人も特に気に入ったのがなかったので
消去法で有名な1枚に決めたが
むしろミラボーのがあったらそれが欲しかったな・・・
でも展示品の中で1番のお気に入りの『ドン・キホーテ』のタペストリーが
意外にもポストカードになってたのが収穫、収穫(*^^*)ムフフ

『ドン・キホーテ』を心底愉しむヨユーあるフランス貴族の洒落た趣味(ギャグのセンス)
これがわかったのが何よりも収穫だったね

roman-catholic

中世のフランスでジャンヌ・ダルクは異端審問により「異端」と見做されたため
火焙り(Autodafé)にされ
近代のフランスでマリー・アントワネットは国民議会の革命裁判で「有罪」となり
ギロチン(Guillotine)に処された

フランス史 2 中世 下
フランス史 5 (18世紀 ヴェルサイユの時代 (全6巻))
ジャンヌ・ダルク [DVD]
マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

異端だとなぜ罪もナイのに火焙りなのか?

ローマ・カトリック教会を頂点とする組織が度々行ったこの処置に
小学生の自分は憤怒と憐憫を覚え疑問を持ったが
そこにまるで疑問を抱かナイカトリック信者の心情はもっと謎だった

しかもそれでいて同じ刑罰を
ローマ皇帝ネロが大火の犯人に行ったのは悪魔の仕業だ
などとと嘆くのも不思議だった

ジャンヌを冤罪で火焙りにしといても
死んだ(殺した)後で聖人に加えたコトで贖われてる
とか、そういう納得の仕方をしてるのだろうか?
それならネロの場合も同じようにすれば
キリスト教信者にここまで忌み嫌われなかったんだろうかw

近代国家での刑罰は罪状に対して負わされるモノだが
どちらかといえば犯罪者には甘い措置で
死刑のような極刑が下されるコトなどほとんどナイし
それが公開処刑なんてあり得ナイ!
とゆーのが現代日本人のフツーの感覚だろう

「異端」だから殺しても差し支えナイ!!
ましてや
見せしめのためには公開処刑で火焙りに!!
なんて発想にはとてもついて行けナイ。(´д`;)ギャボ

でもそれがジャンヌの時代では罷り通ってたのだし
その後ルネサンス期になっても早過ぎた天才たちは「異端」として
火で焼かれたのだ。(゚д゚lll)ギャボ

つまり「異端」とは
ローマ・カトリック教会の主旨に適わぬ考えを持つ者で
同じキリスト教信者でもプロテスタントは「異端」だったのだが
それならローマ・カトリック教会とは何ぞや?

実際はローマ法王を中心としたキリスト教の一組織でしかナイが
古くは法王は神直属で神に任命されたとしてたw

このローマ・カトリック教会の長年に渡る大罪を
ヴォルテールが『カンディド』でわかりやすく揶揄したのだが
そのヴォルテールら啓蒙思想家の死後に
イギリスより大幅に遅れて近代化を歩み出したフランスで
今度は教会に替わって庶民がこの大罪を担った

無知ゆえの妄信が引き起こす集団ヒステリー状態が
庶民を無意識のうちに革命へと駆り立て
まずは犠牲者として選ばれた国王をギロチンで処分した

ルイ16世の処刑に対しては罪状が何もなかったが
言うなれば庶民による新しい【異端審問】で「異端」とされた

それに比べて王妃は近代国家的に一応「有罪」とされたのだが
罪状はたぶんでっちあげたのだろうと思われ
なんたって8歳の息子との近親相姦だヽ(゚∀。)ノ

それにしても皮肉なのは
処刑道具としてギロチンを認定した張本人こそが
ギロチンにかけられたフランス国王ルイ16世だったってコトだ・・・

ちなみに通常は「オトダフェ」ではなく「アウトダフェ」とかな書きするのだが
ヴォルテールによったのでフランス語読みの「オトダフェ」とした
所有してるヴォルテールの『カンディド』では【異端審問】が【異端糾問】と訳されてるが
これは汎用の【異端審問】の方で統一してる(訳者は丸山俊雄と新倉俊一)
またこの『カンディド』の「火刑(オト・ダ・フェ)」の註には次のようにあった

スペインやポルトガルで行われた、異端糾問所(Inquisition)の判決宣告、及び、その宣告を受けた異端の徒に対する刑(通常は火刑)の執行をいう。

2007年はなぜかフランス革命づいてたw

正月早々に映画『マリー・アントワネット』を観た
画面的には砂糖菓子のようだが音楽はパンキッシュな映画で
ゴスロリ好きにはたまらナイ作り・・・

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フェルゼンとの不倫のシーンで使われる曲が
アダム・アントの『Goody Two Shoes』だったのが個人的には1番嬉しかったり(*^^*)

Marie Antoinette

春先にはこの映画で使われた衣装が
なぜか明治記念館に展示されてたので観に行った



お茶をしてから新宿御苑のフランス庭園を巡り
渋谷Bunkamura Museumのティアラ展にも行ったりして
なんとも優雅な1日だった・・・ホゥ(*-∀-)

こういうのは庶民だからこその愉しみなのであるるる~

ここからフランス革命はもちろん
フランス革命前の啓蒙思想家の本も次から次へと購入して
ヴォルテールの『ルイ十四世の世紀』の第1巻もこの年の5月に購入したのだが
とにかく何かに執り憑かれたかのように買い漁り
しまいにはそのために本棚を買う羽目に・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

元よりお気に入りのラファイエット熱もぶり返すし
ユゴーの『93年』を読んでヴァンデ軍にハマったりもしたが
そこへきて更に新宿紀伊國屋書店の紀伊國屋画廊にて
2007年10月25日(木)~10月30日(火)と短い期間だったが
『フランス革命下の民衆と自由・平等(歴史資料)
―専修大学「ベルンシュタイン文庫」が語るフランス革命―』
なる展示があった

専修大学の創立130年記念事業だそうだが
なんてタイムリーに(ユゴーの『93年』読んでる時に)
まさに欲してた展示をやってくれたのだろうか。・゚・(ノД`)・゚・。

当初ベルンシュタインときて「あれ?ドイツ???」と思ったが
フルネームはミシェル・ベルンシュタイン=ロランで
フランスの古書籍商で書誌学者だ(2003年没)

展示品はこの方のコレクションで
フランス革命期に刊行、または記録された印刷史料と手稿史料で
具体的には人権宣言の公布書や『93年』に出てくるアッシニヤ紙幣
ロベス・ピエール、サン・ジュストの処刑判決書も見れたが
やはりルイ16世とアントワネットの処刑判決書にぐっとくるモノがあった(;つД`)

全く予想外にロゼッタストーンの写しもあり大興奮!!
と同時に残念で仕方がなかった!
なぜフランス語を解さナイんだ、自分・・・。(´д`;)ギャボ
まあでもほんのいくつかの単語が読めた時には
嬉しくて飛び跳ねそうになったり(*^^*)

ところでルイ16世が処刑直前に書いた家族への遺書は
結局家族の手に渡らなかった、と自分の頭にはインプットされてて
だからこそ、そのまま現存してたのだろうか?
展示されてたのは写しだったが・・・真偽は不明だ

それとは別にヴァレンヌ逃亡直後に書かれた遺書「すべてのフランス人に告ぐ」の方は
2009年にアメリカで直筆のモノが発見されたらしい

無料でこれだけのモノが見れるとは感無量(いや、別に洒落のつもりではw)だったが
その上お土産がすごかった!!

  1. 当時描かれたフランス革命史画のポストカード4点
  2. 当時描かれたフランス革命史画の解説
    (画廊前廊下に展示してあったモノの史料でプリント2枚)
  3. 革命の詳細な年表(プリント1枚)
  4. 図録(20ページフルカラーで表紙はこの記事トップの画像)
  5. 以下のクリアファイル2種


こりゃ専修大学には足向けて寝られナイわな・・・(-人-;)

と、そういうワケで2007年の終わりに近い頃は
ディドロの『運命論者ジャックとその主人』を読んでて
続けてこの元ネタとなった『トリストラム・シャンディ』に至り
読み始めて10日目くらいにまだ第1巻の第9章を読んでたが
ここで次の引用にぶち当たった

 かがやく月の女神よ、 おん身もしカンディードとキューネゴンド女史の身の上に心身を労してなお余力あるならば、――願わくばトリストラム・シャンディの身に起こることもまたおん身の庇護下に包容したまわんことを

カ、カンディドかよ。(゚д゚lll)ギャボ
なんだ、先に『カンディド』読んでおけばよかった。(´д`;)ギャボ
と、元の木阿弥のヴォルテールの『カンディド』を
『トリストラム・シャンディ』を中断して先に読むコトにw

何が元の木阿弥かって
自分を『トリストラム・シャンディ』に導いた『運命論者ジャックとその主人』と
同じ本に収まってるるる~

ちなみに元の木阿弥は、三省堂の辞書に以下のようにあった

一説に、戦国大名の筒井順昭が病死したとき、その子順慶が幼かったので、死をかくして順昭に声の似た盲人木阿弥を替え玉として病床に置いた。順慶が成長したのち、順昭の死を公にし、木阿弥はまたもとの生活にもどったという故事から

lumen-naturale

フランス革命勃発は1789年のバスティーユ襲撃で
終結は一般的には1799年のナポレオンのクーデターらしいが
ここでは自分の主観(ユゴーの『93年』に依るるる~)を優先して
ルイ16世が処刑された1793年で区切った

ルイ十六世 上
ルイ十六世 下
王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
フランス革命の肖像 (集英社新書ヴィジュアル版)
ベルサイユのばらカルタ
マリーベル (1) (講談社漫画文庫)

自分の興味の度合いがが選抜の基準なので
偏った列挙となってるため主要人物であっても漏れてる可能性大w

モンテーニュ 1533~1592
(ベーコン 1561~1626)
デカルト 1596~1650
コルネイユ 1606~1684
ラ・フォンテーヌ 1621~1695
モリエール 1622~1673
パスカル 1623~1662
(スピノザ 1632~1677)
ラシーヌ 1639~1699
(アイザック・ニュートン 1643~1727)
(ライプニッツ 1646~1716)
モンテスキュー 1689~1755
ヴォルテール 1694~1778
(リンネ 1707~1778)★
ビュフォン 1707~1788★
ルソー 1712~1778
ディドロ 1713~1784
ダランベール 1717~1783
・・・・・・・・・・・・・1789年バスティーユ攻撃
(カント 1724~1804)
サド 1740~1814
ラマルク 1744~1829★
(ゲーテ 1749~1832)★
ラファイエット 1757~1834
(シラー 1759~1805)
シャトーブリアン 1768~1848
ナポレオン 1769~1821
キュヴィエ 1769~1832★
(ヘーゲル 1770~1831)
サン・チレール 1772~1844★
ベランジェ 1780~1857
スタンダール 1783~1842
・・・・・・・・・・・・・1793年ルイ16世の処刑
ミシュレ 1798~1874
バルザック 1799~1850
ユゴー 1802~1885
(ダーウィン 1809~1882)★
(メンデル 1822~1884)★

フランス人でナイ人物は()で括り
当時の博物学に縁がある人物には★をつけた

啓蒙思想家たちは革命の起爆剤だけ用意して
皆、革命の前に亡くなってたり・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして『93年』を書いたユゴーはもちろんだが
『フランス革命史』を書いたミシュレも
上記にある実質的なフランス革命を体験してなかったりヽ(゚∀。)ノ

ミシュレと言えば先月『フランス史』全6巻の5巻が出てた
「18世紀――ヴェルサイユの時代」って
これはもう『ベルばら』ファン必読ではなかろうか?!
もちろんオスカルは出てこナイがねw

既刊の【中世】【ルネサンス】【ルイ14世の時代】も愉しめたが
やっぱフランス史のメインはフランス革命であろう

てか『ベルばら』ともう一つ『マリーベル』てのもあったが
フランス革命を描いた少女漫画はなんでこうも名作揃いなのだ?

ところで『マリーベル』では貴族の美少年フランソワがお気に入りだったが
革命勃発で市民に襲われる場面がなんとも強烈に印象に残ってる
読んでる殆どの人が気にも留めてナイシーンだと思うが
悪意のナイ庶民が集団心理によって無意識の悪意を剥き出しにしたコトに
しかも罪のナイ脆弱な少年に対して憐憫の情を抱かずに暴力を行使したコトに
慄然としたのだった・・・

続く

泣けた・・・。・゚・(ノД`)・゚・。

『レ・ミゼラブル』より涙してしまったのは
『93年』の以下の件(くだり)だ

ゴーヴァンは勝利者だ。しかも民衆のために勝利をもたらした英雄であった。彼はヴァンデにおける革命の大黒柱であり、しかもこの柱石を共和国のために築いたのはシムルダンその人ではなかったか。この勝利者こそシムルダンが手塩にかけて育てた教え子であった。共和国のパンテオンにやがてはまつられるであろうあの若々しい顔にシムルダンが認めているかがやき、それすなわちシムルダン自身の思想であった。彼の弟子、そして精神上の子供は今の今から英雄となり、やがて近い将来に祖国の栄誉を一身に担うようになるだろう。シムルダンは擬人化した自分の魂と再会した心地であった。彼はつい今しがたゴーヴァンの戦うありさまをその目で見たばかりだった。それはアキレウスの戦闘を目撃していたケイロンのごとき心情であった。僧侶と半人半馬族(ケンタウロス)のあいだには不思議な類似がある。僧侶もまた上半身しか人間ではないからである。

ヴィクトール・ユゴー『93年』より今日出海訳(筑摩世界文学大系)

ボッティチェリ「パラスとケンタウロス」 インテリア アート 絵画 プリント 額装作品 フレーム:木製(黒) サイズ:XL(563mm X 745mm)

野蛮な習性とされるケンタウロスの中にあっては
変わり者であったらしいケイロンは
アキレウスを乳幼児~9歳まで養育してる
(この辺りの詳しい事情は[アキレウスの誕生]参照)

その後アキレウスはリュコメデス王の許で女として育ち
オデュッセウスに見破られてトロイ戦争に赴いて
最大の英雄であった敵の大将ヘクトルを討ち
超英雄の座を得た(のもつかの間で戦死する)が・・・
(この辺りの詳しい事情は[アキレウスのトロイ出征]参照)

そんなアキレウスのトロイ戦争での活躍を
ケイロンが目にしたとゆー記述はどこにもナイし
ギリシアの山奥でひっそりと暮らしてるはずのケイロンは
フツーに考えて物理的にトロイに出没しようもナイ
もちろんユゴーだって勘違いしてるのでなく
そうと知っていながら、わざとそんな例えを引き合いに出してるのだが
だからこそこの例えは胸を打つ!

英雄と女神(海の精)とゆー立派な両親の元に生まれながらも
乳飲み児の内に親元を離れた・・・
換言すれば親に捨てられたアキレウスが
ケイロンを師と敬う以上に(以前に)父とも母とも慕ってたのは明白で
それはケイロン自身も気付いてただろう

ところがケイロンからしてみれば
人間のアキレウスとはそもそも棲む世界が違うので
成長した暁には手放す運命が確定してるし
言い切ってしまうと、本来、引き取って育てる義理もなければ
どう育てたトコロで何の見返りもあるワケでもナイのだ

それでもケイロンがアキレウスを世話し
共に生活する中で必要な知識を与えてったのは
江戸っ子に言わせれば、人情ってヤツに他ならナイので
そこに感じ入ってしまうのだが
更にその教育が理想的に思えるから胸熱!!

神話を紐解いても詳細は見当たらナイが想像に難くナイのは
指導と呼ばれる思想の刷り込みや
最初から考えさせナイようにする洗脳といった
素直な子供であるほどに持って生まれた自身らしさを失い
不自然な大人にしてしまうような教育を施してなかっただろうからだ
たぶんルソーも納得の理想的な教育ではナイだろうか?

エミール〈上〉 (岩波文庫)エミール〈中〉 (岩波文庫)エミール〈下〉 (岩波文庫青 622-3 )

ケイロンはアキレウスをアキレウスとして育んだのだ

シムルダンもゴーヴァンをゴーヴァンとして育んだに違いナイ

もしもケイロンが立派に成長したアキレウスの姿を目にしたら・・・
ゴーヴァンと再会したシムルダンの心情を表現するのに
これほど的確な例えはあるまい

実の親と子の縁は切れナイがその縁より強い絆もある
血を分けた、それだけの理由に依らナイ人情がその絆を強くする
これは何も師弟関係に限らず、夫婦間や友人同士もそうだ

人情・・・無償の愛情、と言えばわかりやすいだろうか?
尤も無償ではなく何らかの補償が伴う愛は
相手を「愛してる」と錯覚してるだけの自己愛でしかナイがなw

自分はケイロンのようにシムルダンのように
愛する人を育みたい

そういう想いからケイロン=ケンタウロス、に対して
格別な敬意を抱くのだろう

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)九十三年〈下〉 (潮文学ライブラリー)

louis14

フランス革命前のフランスで
貴族とも教会とも対立的な立場にあった啓蒙思想家のヴォルテールが
太陽王ルイ14世についてどんな描き方をしてるのか
興味津々で『ルイ十四世の世紀』第1巻を購入したのは2007年だった

永らく岩波文庫ではよくある重版未定となってたので
神保町界隈で4巻セットで1万円以下で(できればもっと安価で)探してたが
好奇心に負けてアマゾンでとりあえず1巻のみ購入

巻末の解説から読み始めたが、そこにはヴォルテールの以下の言葉があった

コルネーユ、ラシーヌ、或は、モリエールの筆になる台詞、フランス人のはじめて耳にするリュリの音楽、・・・ボシュエやブルダルーの声等が、ルイ14世、趣味のよいので有名な王弟妃殿下(マダム)、コンデ、チュレンヌ、コルベールのような人々をはじめ、あらゆる分野における卓抜な人士に味われた・・・こういう時代には、後人の注目に値する、といって差し支えなかろう。『箴言』の著者ラ・ロシュフーコー公が、パスカルやアルヌーと談笑した上で、コルネーユの作品の上演を見に出掛ける・・・こういう時代が、またとあるだろうか。

自分はほとんど滅多に人を羨むコトはナイが
これは素直にラ・ロシュフーコーが羨ましいと思えた一文で
ヴォルテール自身も同じ気持ちで書いたと思われ・・・ホゥ(*-∀-)

運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)

更に冒頭にはルイ14世の世紀の定義付けがあり
第一の世紀としてフィリップとアレクサンダーを挙げ
第二の世紀にはシーザーとアウグスツス
第三の世紀がメディチ家によるイタリアのルネッサンスで
ルイ14世の時代を第四の世紀としてて、自分にはどの世紀もツボだったのだが
実際の文面では以下のように哲学者や詩人を挙げてて
絶大な権力者が台頭しただけでなく、文化の円熟期であったのを踏まえてたので
解説と1ページ目だけで既に感動の坩堝。・゚・(ノД`)・゚・。

(前略)まず指を屈するのは、フィリップとアレクサンダーの時代だが、ペリクレス、デモステネス、アリストテレス、プラトン、アペレス、フィディアス、プラクシテレス等の代といってもよい。(中略)第二は、シーザーとアウグスツスの時代で、これもルクレティウス、キケロ、リヴィウス、ヴェルギリウス、ホラチウス、オヴィディウス、ヴァロ、ヴィトルヴィウス等の名前で知られている。第三は、(中略)トルコ人に国を追われたギリシアの学者達を、メディチ家でフィレンツェへ招聘したのである。

他にもミケランジェロ、ラブレエ、ガリレイが挙げられてて
この後の展開は否が応でも文化史を中心に記され
さぞやルイ14世の時代の華々しさが綴られるのだろうと期待に胸が膨らむが
第2章から第24章まではフランス戦史を忠実に記述してるだけなので
史料としては申し分ナイのだがいかんせん面白味には事欠く。(´д`;)ギャボ

ここではまず、王の治下の戦争と外交に関し、主な事件を述べることにする。

と、確かに第1章の最後にあるのだが
まさか第24章までそれが延々続くとは思わなんだヽ(゚∀。)ノ
ちなみに第1巻は第16章までなのであるるる~

それでも17世紀フランスの絶対王政の史実を踏まえてこそ
その行き詰まり・・・要するに18世紀のアンシャン・レジーム(旧制度)だが
改めて的確に感じ取れたし、各国の様子も把握できたのは収穫だった

ルイ14世の頃のイギリスではイングランド王ジェームズ2世が専制を強行したのを最後に
名誉革命で一足お先に絶対王政が崩壊し、替わって議会が国政を掌握し
近代民主主義の根本原則である立憲政治が早くも実現してたが
この時のイギリスとフランスの時代の差がどれほど大きく水をあけたか。(゚д゚lll)ギャボ

ヴォルテールは『哲学書簡』でイギリスの文物をフランスに紹介するが
イギリス賛嘆を持って暗にフランスの後進性を批判してた

それにしてもいくら戦勝に次ぐ戦勝だとしても
ルイ14世の人間性が全く語られナイままに第1巻の第13章で

この頃が、王の全盛時代だ。

といきなり締め括られてもね、ポカーン。(゚д゚ )

確かにルイ14世は即位以来ずっと全戦全勝で領土は拡大する一方なのだから
そういう意味では全盛期には違いナイのだろうが
アレクサンドロスやカエサルと等しく「偉大な」と思えるような
個人的に秀でた活躍が何ら見当たらナイので
「全盛」と言える盛り上がりの華やかさが微塵も感じられず、意外な気さえしてしまう

同じく第1巻の第13章にはそれこそアレクサンドロスやカエサルと比して
「大王」の称号が与えられたコトが記されてた

(前略)パリの市当局が、祭典を催して大王の尊号を奉呈(1680年)、(中略)ただし、民衆の間では、ルイ14世の方が、大王より通りがよかった。何もかも習慣しだい。(中略)大ヴェルギリゥス、大ホメロス、大タッソーなどと、いうものはあるまい。アレクサンダー大王も、いつの間にか、呼び捨てにされるようになった。
シーザー大帝(セーザール・ル・グラン)では、とうてい話にならぬ。(中略)尊号など、後世の人には無用の長物だ。立派な仕事をすれば、名前だけで十分、余計な言葉を並べたのより、はるかに襟を正させる。

ここへきてやっとウェルギリウスやホメロスの名を目にしたが
このくだり以外には第24章まではもうそういった感性の豊かな人物は見当たらナイので
第1巻(第16章まで)を読んだだけでは
著者のヴォルテールがワリとつまらナイ人物と誤解されるやもしれん(゚*゚;)