愛されてなかった?!その時、私は・・・

愛されてなかった?!

と気付いた時に
こちらも愛してなければ
もれなく合意の上で
別れれば゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

でもこちらは愛してたとしたら
どうするのがベストか?

過去に愛されてなかったならば
これからもずっと未来永劫
相手に愛されるようにはなるまいと
確信を持って絶望するに至るのがフツーだ

ところが不思議と絶望するほどに
愛する気持ちに拍車がかかってきて
より一層、無駄と知りつつも
愛情を求めてしまったりするのだ

いや、愛情なんて
そんな贅沢は望んでなくて
人並みに優しくして欲しいだけ・・・とかね

そんな風に一見、謙虚ながらも
優しい態度を強要するようになると
相手にとっては嫌気が差す決定打となる

しかも絶望を感じる方はたいてい
後追いで愛した方だったりするのだヽ(゚∀。)ノ

その場合は
「惚れた弱味」てのは間違ってる

人情味溢れる御仁であれば
惚れられた弱味なんてコトもあり
気持ちを受け止めようとして
相手の良さを認める努力をしてる内に
何でも許せてしまえるようになり
遂にはすっかり愛してしまえるのだ。(゚д゚lll)ギャボ

ところが惚れた側は逆に
惚れたその時のヴォルテージは最高潮だが
あとは下降する一方・・・。(´д`;)ギャボ

理想に適う相手と勝手に誤解しといて
実際に付き合ってみて
違うと気付く都度
気持ちは醒めるばかり・・・なんてね

惚れられた方が相手に対して
完全に愛情を傾けた頃
惚れた方は相手に辟易してたりして
「愛してなんかいなかった」って
そんな惨いセリフを吐けるようなのは
そりゃあ惚れた強みだね!

恋愛は先手必勝!!

とはいえ
恋愛はどちらかの勝ち負けの勝負ではなく
お互いに勝利者になるのが
成就なんだろうがね・・・

まあでも成就しなかった場合には
後追いで愛情を育んだ方が
どんどん醒めてく方に
負けるのだ(;つД`)

恋愛だけでなく
人生は負けたと思ったら
潔く降参するが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

で、勝った方に負けた方が
今後どうするかを決めてもらって
それに素直に従うのが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

他人の気持ちや態度を変えるより
自分の気持ちや態度を制御する方が
まだしも簡単だからだ

それに悩むのは決めかねてるからで
だったら相手に決めてもらえば
悩みは解消するってモノだ

また、絶望するのは
希望通りに行かなかったからするので
だったら希望をこそ捨てれば
絶望に至らずヽ(´▽`)/

ちょうど10年前(2008年)
オルダス・ハクスリーの『恋愛対位法』を
筑摩世界文学大系で読んでた

この小説の冒頭には
まさに惚れた強みの男と
愛されてなかったと気付いた女の
駆け引きの場面から始まる

かつて他の男の妻だった美女を
無理矢理奪ってまで
なんとか妻にしたはずの夫だのに
どうにもその女がウザくなってしまう。(´д`;)ギャボ

そうして男はイラつきながら
憂さ晴らしに浮気をしに行こうとするが
女に勘付かれて引き止められ
なんとかしてウソで切り抜けようと
必死で食い下がるのだ

この時の男の心理描写が絶妙で
余りの屑っぷりに思わず笑えたが
女を自分に置き換えたら
泣いても泣ききれナイ状況だわな(;つД`)

恋愛小説でありがちな
美男美女のハッピーエンドモノは
殆どただの御伽噺でしかなく
自分には胸糞悪いだけだが
恋愛のリアルを淡々と描いてて
コミカルながら切なくなるようなのは
ちょっと胸が痛いけど
ワリと好きかもしれナイと気付いた

それにしても昨年末から
やたらとホフマンとハクスリーが
シンクロニシティを引き起こしてて
不気味ながらも面白い

ホフマンの『砂男』の目玉の寓意を探るべく
平凡社のイメージの博物誌のシリーズの
『眼の世界劇場ー聖性を映す鏡』を
買おうと決心を固めてた時だ

このシリーズを信頼してはいたものの
一応、著者のフランシス・ハクスリーを
ネットでプロフィール確認してみたら
ハクスリー一族と判明!

しかもジュリアン・ソレル・ハクスリーの
息子だったのだ!!

ジュリアン・ソレル・ハクスリーてのは
オルダス・ハクスリーの兄で
このジュリアンとオルダスの祖父は
あのトマス・ヘンリー・ハクスリーなのだヽ(´▽`)/

まあ「あの」と言っても
わからナイ人が99.9%だと思われヽ(゚∀。)ノ

進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンの
「番犬(ブルドッグ)」と称されてて・・・

教会からも学会からも風当たりの強かった進化論を
当人に代わって擁護した生物学者なのだ

そんな系譜をつらつら見てると
意外にもマシュー・アーノルドの名が・・・?!

彼の著書『教養と無秩序』を
つい先日、購入したばかりだったが
それはトマス・ハーディの
『ダーバヴィル家のテス』の
ブログ記事を書いてて
19世紀ヴィクトリア朝の
イギリスの一般庶民について
特に宗教観を知りたかったからだ!

このマシュー・アーノルドは
ジュリアンとオルダスの兄弟の大叔父だった!!
ハクスリー家は父方だが
母方がアーノルド家なのだった

それらとは別に
オルダス・ハクスリーの著書を
今更ながら買い集め始めてしまった

とりわけ神秘主義思想や
それを体現すべく幻覚剤を用いて
自らが行った実験の記録など
手当たり次第に購入して読んでるが
LSDを筆頭に幻覚剤を多数発明・発見したのが
アルベルト・ホフマン博士で
この人はスイス人の化学者なので
ドイツ人作家のホフマンとは無縁なれど
それにしても「ホフマン」かよ(゚ ゚;)

『砂男』と『ネオン・デーモン』

早朝に映画を観てたのは
前夜に1度観た『ネオン・デーモン』の
細部を確認したかったからだ

こんな衝撃的なシーンから始まるが
一緒に観てたダンナは
これがドールだ(人間ではナイ)と断言。(゚д゚lll)ギャボ

自分はモデルの物語だと知ってたので
ドールに見立ててる人間だと思いつつも
100%の自信がなく・・・

クローズ・アップになってみて
その瞳を確認してから
やっと人間だと確信・・・ホッ(*-∀-)=3

そうして人間かドールかの区別をするのに
自然と瞳に注目するのは
自分だけではナイだろう

今はカラ・コンが普及したので
ドールぽい目にも見せかけられるが
だからこそ、逆に
いかにもドールぽい目ならば
人間が意図してやってるのがわかる

ましてや今の自分は
『眼の世界劇場』なんて本を読んでる最中で
目玉に対して敏感になってるのだがw

そもそも先週(あ、もう先々週か)
『ホフマン物語』のオペラを観に行って
どうにも腑に落ちナイ部分を
ホフマンの原作や原文のドイツ語まで
検証してる最中だったのだ

オートマタ(自動人形)のオランピアと・・・

彼女を創ったスパランツァーニ博士以外に
その目玉部分だけを提供してるコッペリウスの
存在の奇妙さに引っ掛かってた

見ての通り
象徴的に目玉を配した衣装も
渦巻や螺旋を配したオランピアの巨大ドレスに
引けを取らずヽ(゚∀。)ノ

原作では
夜遅くまで起きてる子供の
目玉を砂男が抉り出すなんてコトを
乳母やがまことしやかに話して
幼かったナタナエルを怖がらせてる

そこまでで済めば
大人になったナタナエルは
忘れるか、思い出して笑うレベルだろう

しかし実在した弁護士コッペリウスの正体が
砂男だと確信してたナタナエル。(´д`;)ギャボ

青年になってからも
そっくりの晴雨計売りのコッポラに遭遇したら
すっかり現実として砂男が蘇えるるる~

しかも理想の女性と思って恋したオランピアが
コッポラに目玉を刳り貫かれてて
実はオートマタだったと気付くなんて
夢にしたって酷い悪夢でおかしくなりそうだが
残酷にも現実なのだった

((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

思いっきりネタバレしてしまうと
『ネオン・デーモン』でも
目玉が象徴的に出てくる(以下、グロテスク画像注意)

これはラスト・シーンで
モデルが吐き出した目玉だが
これをもう1人のモデルが拾って
呑み込んだトコロで終わり
文字通り後味が悪い結末となってる(゚*゚;)

目玉を吐き出すきっかけになったのは
その時、プールサイドでの撮影だったが
水底に見える2つ並んだ栓が
まるで目玉のように見えてた(のは気のせい?)

それが水流によって揺らいで見えてて
吐き気を催してしまい
控え室へ駆け込む(最終的には嘔吐)

そのずっと前の場面で
鏡に描いてるこれ・・・

この×が2つ並んでるのも目玉(が無い状態?)・・・
てのは考え過ぎだろうか?

そんなワケで色々気になって
翌朝、再度、じっくり観てみたら
主人公の少女と契約するモデル・エージェンシーが
ロバータ・「ホフマン」・・・バタリ ゙〓■●゙

やはり『砂男』の不気味なモチーフを
意識して使ってる・・・のか?

いや、鏡が出てくるシーンも多いから
むしろ『砂男』だけでなく
『ホフマン物語』なんだろうか???

特にモデルの1人が
整形しまくりの人工的美女って設定で・・・
(彼女にとっては歯を磨くのと整形は同義らすぃw)

その彼女がランウェイのバックステージで
独特の奇抜なメイクを施されて
まるで他人のように鏡の中の顔を見てたりするが
その鏡像はまるでピエロ。(゚д゚lll)ギャボ

整形しまくりの時点で彼女自身の本来の顔と
鏡に映る姿はかけ離れてしまってるのに
美しさを極めてトップモデルの座を手にしても
鏡像がピエロ。(´д`;)ギャボ

何とも皮肉な事態だw

そして別のモデルは
オーディションに落ちた際に
鏡をぶち割った!

それまではナルシストで
鏡を見ては惚れ惚れしてただろうが
恐らく初めて
第三者に拒絶されてしまったので
今まで信じてた鏡像に
裏切られた感がそうさせたのだろうか(゚ ゚;)

そして主人公の少女が
ランウェイのラストの1番気合の入ったドレスを着て
登場するシーンがこんな・・・

三角3つからなるこのネオンが
タイトルのネオン・デーモンなのか???

個人的にはこの主人公の気絶シーンが
最も美しさを堪能できた

それにしても『砂男』のまとめ中に
なんでこんな映画を観てしまったのか?!

凄いシンクロニシティだヽ(´▽`)/

ホフマンの『砂男』のあらすじ(続き)

帰省したナタナエルは
愛しいクララを目前にして
一時的に平静を取り戻したようだったが
やがて悪夢に苛まれて
僅かながら常軌を逸してくる

分別のあるクララはこれに気付くと
真っ向から否定しはしなかったものの
あくまでも姿勢は崩さず

しっかりして!
全部、思い過ごしよ!!

クララはそう唱えながら
ナタナエルの熱狂に乗せられて
一緒におかしくならナイように
なるべく冷静に接するようにしてた

しかしナタナエルにはこれが
狂人を扱うような態度に感じたようで
まるで取り合ってもらえてナイと
クララに対して腹立たしささえ覚えるようになる

いや、ナタナエルにしてみたら
最初の手紙の返信を受け取った時点から
冷静なクララに腹を立ててて
だからこそその返信はクララにでなく
ロータルに宛てたのだろう

晴雨計売りのコッポラがどうであれ
老弁護士のコッペリウスは確かに存在してて
事実、家で爆発が起こって、父親を失ったのだから
コッペリウスの忌むべき存在自体が
ナタナエルにとってはトラウマなので
そこを認めてくれなくては気が済まなかった

だいたい男は自身の中の熱狂を語りたがるモノだし
それを受け入れてくれる者を友や仲間と呼び
反駁する者を敵と見做すモノ

そして通常、男は女を見下してて
女にはどうせわかりっこナイと見做して
熱狂を語ったりしナイモノ
(ナタナエルもロータルにだけ打ち明けるつもりで
ロータル宛ての手紙しか書いてなかった)

でも稀に
女に対してもそれをやってしまう場合
男にのぼせてる女だけがその様子を真剣に捉える

なぜなら男の熱狂を受け入れてやれば
男が自身を唯一の味方と思ってくれると直感して
是非でなく、自身が可愛くて同調するのだ

そして女がこれまでの人生に満足してなければ
「新しい世界観」を齎してくれた男を
「神」のように敬ってしまったり
「忠実な僕」として男に仕えるようになるやも・・・?!

でもまともな女ならば
男が熱狂を語ってるような状態なんて
単に現実に向き合えなくなってるだけにしか見えず
そんな心弱い男は相手にしナイ

子供を産み育てる本能があれば
そういう自身との葛藤にさえ負けてる男は
危険だと察知するはずだから
絶対に享受しナイように
熱狂に対して聴く耳なぞ持っちゃいナイw

クララはしかし
それが既に愛を誓った相手だったので
冷静な彼女はもちろん聴く耳は持たずとも
なんとか正気を取り戻してもらおうと
ナタナエルを慎重に取り扱った

でもそんなクララに気付かず
取り合ってもらえなくて苛立つナタナエルは
自身の心象風景のような怖ろしい詩を書きとめる

それはナタナエルとクララの婚礼の祭壇に
コッペリウスが現れて
クララの目をくり抜いたと思ったら
その目玉を投げつけられ・・・などとゆー
病的な描写が続くモノだった。(゚д゚lll)ギャボ

いつもならナタナエルのつまらナイ詩を
編み物をしながら聞き流してやってたクララだったが
今回ばかりは聞き流すワケにはいかず
面と向かって完全否定してしまい
クララに邪険に扱われてると感じたナタナエルは
かっとなってクララを突き飛ばして
捨て台詞を吐いて走り去った

Du lebloses, verdammtes Automat!

Google翻訳
→あなたは生命の欲しいオートマトン!

大島かおり訳
→きみはいのちのない自動人形だ!

クララを傷つけたとして
兄のロータルはナタナエルに詰め寄り
遂には決闘をするコトになるが
その場に現れたクララの悲痛な叫びで
2人共冷静さを取り戻し
ナタナエルは正気も取り戻して
クララに詫びた

それにしたって
ナタナエルのクララに対する見解が
「ロボットのように冷たい」だなんて
バカげてる。(´д`;)ギャボ

まあでも熱狂に執り憑かれた男は
それに同調しナイ賢い女を
バカ扱いしたがるほど
大バカだ!!

クララが本トに冷たかったら
いや、冷たくなくても
ナタナエルを心底愛してなければ
最初の手紙が来た時点で
呆れて見捨ててしまってるだろうに・・・

それなのに、ナタナエルの方こそが
クララを捨てようとするのは
他の女に惚れたからだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

それはスパランツァーニ教授の娘のオリンピアで
容姿の類稀なる美しさもさることながら
ナタナエルにとっては
唯一無二の自身の理解者に思えた

なんせナタナエルが話をする際
オリンピアは一言も発せずにじっと見つめ続け
話終わってしかと手を握れば
「あぁ・・・」と恍惚の溜息を漏らしながら
手を握り返してくるような
ナタナエルの理想の女性だったからだ

男が理想の女性と言うのは
えてして自身に対して都合好い女だ

例えばくだらナイコトに熱狂してる自身に
文句一つ言わず認めてくれる女

大酒呑んでも
大博打を打っても
どれだけお金にだらしなくても
どれほど女にだらしなくても
一切赦してくれる女

知り合いの女の中では1番の美人で
賢く心優しいとも周囲に認められてて
そんな女をモノにしてる男と
羨望の眼差しを受けていられるように
いつも配慮してくれる女

やりたい時にやらせてくれて
かまいたくナイ時には放っといてくれて
やってる時は奉仕してくれて
感じてくれて愉しませてくれて
それでいて妊娠し難い女w

もうね
挙げたらキリがナイwww

そういうのを満たしてくれる女は
最後の「やりたい時に・・・」のくだりを外せば
唯一、これらを赦すような女って
母親だったりする、しかも愚かな母親!

そうしてナタナエルは
情の深い人間の女性のクララを厭い
からくり仕掛けで動くだけのオリンピアを愛する

でもナタナエルは当初
オリンピアが精巧に出来たオートマタだったため
人間ではナイとは気付かず・・・

恋は盲目
これはまさにナタナエルにあるような言葉

そしてオリンピアがオートマタと知って
ナタナエルは遂に壊れてしまい
最期には飛び降り自殺を図るに至るのだった

とゆー、理想の女性を求める男の憐れさを
戦慄のサイコホラーに仕立てた最高傑作だろう!!

とはいえ
話が終わっても
何一つ謎が解けてなかったり・・・

結局のトコロ

砂男は本トにいたのか?

コッペリウスは砂男だったのか?

ナタナエルの父はなぜコッペリウスと密談してたのか?

コッペリウスと晴雨計売りのコッポラは同一人物だったのか?

物語は終われど
謎は果てしなく続くのだった

ホフマンの『砂男』のあらすじ

ホフマンの『砂男』が
2014年に光文社古典新訳文庫から出てて
てっきり最近の訳と思い込んでたら
1970年代に旺文社文庫から出てたのと同じく
大島かおり訳だった

かつての旺文社文庫では
『黄金の壺』とのカップリングだったが
光文社古典新訳文庫では
『クレスペル顧問官』と『大晦日の夜の冒険』が
収録されてた

要するに
オペラ『ホフマン物語』の原作3編が
収められてたってワケ^^

オペラ『ホフマン物語』の概略は
Wikipediaでは以下のように説明されてる

主人公の詩人ホフマンが、歌う人形のオランピア、瀕死の歌姫アントーニア、ヴェネツィアの娼婦ジュリエッタと次々に恋に落ちるが何れも破綻するという内容。

一言で言えば
詩人の悲恋が主題で
酒場での過去の悲恋の追想仕立てのオペラ

但し、原作の方は
主役は著者のホフマン自身でなく
オペラにしたオッフェンバックの脚色

以下に紹介するのは
オペラでなく原作のあらすじで
まずは『砂男』から・・・

主人公の大学生の青年ナタナエルが
自身が陥ってる危急の事態を
旧友ロータル宛てに綴った手紙から
この物語は始まる

危急の事態・・・それは
数日前の恐怖体験なのだが
他人からすれば取るに足らナイコトだった

なんせ、たかが晴雨計売りの来訪だw

晴雨計=気圧計で
英語ではbarometerだが
これを行商してるってのがピンと来ず
プロジェクト・グーテンベルクで原文をチェック
Der Sandmann

原文では Wetterglashändler とあり
Google翻訳にかけるとバロメーターディーラー

なるほど晴雨計売りだな

で、晴雨計(気圧計)は
アマゾンだとこんなのを売ってたりするが

売り歩いてたので、こういうタイプかと思われ

そしてその晴雨計売りが
ナタナエルにとって恐怖の対象だったのは
過去の忌まわしい記憶の中の男にそっくりだったからだ

もし同一人物だったとしたら
記憶の中に沈んだはずの恐ろしい出来事が
また起こるのではナイか?!

そういう恐怖に捉われてるのだった

ここで冷静に考えれば
この後、長々と過去の告白をせずとも
同一人物でナイと証明できれば
恐怖に捉われる必要はナイ

自分が読み進みながらそう思った時に
以下のような一文が挿入されてた

いいとも、笑ってくれ、肚(はら)の底からぞんぶんに笑ってくれ!ぜひとも、そうしてほしいよ!だがなんてこった!そう頼んでいるぼくは、髪の毛が逆立っているんだ。フランツ・モールが狂わんばかりの絶望にかられて、笑い飛ばしてくれとダニエルに頼んだときのように。――さて、本題にはいろう!

いや、待てw
本題はその晴雨計売りが同一人物かどうかで
過去のトラウマは同一人物と確定されてからの話だ
落ち着けwww
と、返したくなるのは自分だけでなく
この書簡を第三者の立場から読む人全員に
共通の突っ込みドコロだろう

ところがこの手紙を開封するべきロータルは
さりげなく挟んだ「フランツ・モール・・・」のくだりで
全身の血が燃え滾ってしまい
冷静さを失してナタナエルに同調し
突っ込む余地なく読み進んでしまうだろう!!
と、自分は突っ込みつつも感心した!

フランツ・モールなる人物は
シラーの戯曲『群盗』の登場人物で
孤高のダーク・ヒーロー的な役ドコロだ

なんせ敵対してるのが実の兄や父で
本来なら愛し合い赦し合うべき家族なのだが
兄しか認めナイ父親に対して
弟は可愛さ余って憎さ100倍で
復讐に走ってしまうのだ

そもそも復讐なんてモノは
やり遂げたトコロでハッピーエンドには至らナイ

幸せになりたいと思って
努力が実るから幸せになるのだが
他人を呪い、陥れる代わりに何かを得たって
ましてや、それが他人でなく
家族に対してともなれば
果たすまで常に葛藤があるだろう

復讐を遂げれば
その葛藤さえなくなってしまうので
寂寥感しか残らず
フランツがその心情を吐露するのが
このキメ台詞だった

このシラーの戯曲は
とにかく当時の若者を熱狂させて
現代に例えれば
ロック・コンサートのようなノリか?!

ナタナエルもロータルも
その熱狂を体験してたのだとしたら
この一文がロータルの冷静さを消し飛ばし
熱狂の渦に呑み込まれてみれば
ナタナエルに狂気を呼び覚ます原因に対しても
共感を促せると直観したのでは?
(とゆーのは勘ぐり過ぎ???)

続けて
ナタナエルの幼児期~少年期の
トラウマとなった恐怖体験が長々と綴られるが
かいつまんで要点を説明すると
トラウマになったのは
爆発によって父親が死んだからだろう

その爆発は夜中に父親の部屋で起きたのだが
老弁護士のコッペリウスが
父親を来訪中で一緒にいたのだった

だがしかし
爆発直後から姿を消して
以降、行方をくらませてしまったのだ

コッペリウスはナタナエルの家に
ランチを食べに=昼間にやって来てたが
その醜怪な外見と不愉快極まる言動は
子供の恐怖心を煽るには十分過ぎた

でもまさか夜分遅くに
父親を訪問する砂男の正体がコッペリウスだとは
ナタナエルは10歳になるまで知らずにいたが
ある晩、好奇心に駆られたナタナエルは
父親の部屋に隠れて砂男を待ち伏せしてみれば
なんとコッペリウスだったのだ!

父親を訪ねてくる男が砂男だと
ナタナエルが信じてたのは
子供たちを寝かしつけようとする母親が
「砂男が来るから寝なさい」と言ってたからだ

更に砂男が来るコトについて
婆やに詳細を訊いてしまったのが不味かった

寝ようとしナイ子供の目に砂をかける
ってトコロまではフツーの伝承の範囲だが
それを血だらけになって目玉が飛び出すまでやって
しかも飛び出した目玉を袋に入れて持ち帰り
半月の巣にいる砂男の子供らが
曲がった嘴で啄むんだなんて脅かすのだ!!

そして実際にあったコトなのか
ナタナエルが恐怖の余り
夢と現実の区別がつかなくなってるのか
待ち伏せしてるのが見つかった時
コッペリウスに目玉を取られそうになったり
手足の関節を外されて(?)
別の場所に付け替えられたり(?!)
怖ろしい目に遭って
しばらく寝込んでしまう。(´д`;)ギャボ

そうして老弁護士コッペリウスが砂男で
最近現れたコッペリウスにそっくりの晴雨計売りが
ジュゼッペ・コッポラと名乗ってるコトを
最後に書き添えて手紙を締め括る

ところで
ナタナエルはこの手紙を
親友のロータルに宛てて書いたが
動揺してたせいか
ロータルの妹のクララ宛に送ってしまってるw

実はロータルとクララの兄妹は
ナタナエルの遠縁にあたり
両親を亡くしてからは
ナタナエルの一家に引き取られてて
クララはナタナエルと既に婚約をしてた

ナタナエルが家を離れてるのは
物理学の講義を聴くためだったが
それによって学歴にハクをつけるだけか
プロフェッショナルを目指すのかは別として
それは就職に繋がるだろうし
職業に就かなければ結婚は困難だろうから
ひいては婚約者クララのためでもあったワケだ

それなのにトラウマにやられたナタナエルは
先述のような手紙をロータルに書いて
しかも宛名を間違えて
クララに読まれてしまったんである。(゚д゚lll)ギャボ

まああんな手紙を読まされたら
ナタナエルがかなりヤバイ精神状態だと
誰だって危惧するだろうから
クララが特に理性的とか合理主義でなかったとしても
手紙の返信には遠回しにでもこう書くはずだ

しっかりして!
全部、思い過ごしよ!!

そんな返信を受け取ったナタナエルは
クララにではなく
またロータル宛てに手紙を書くが
少し冷静さを取り戻したらしいナタナエルは
・物理学のスパランツァーニ教授の講義を受けてるコト
・そのスパランツァーニ教授がイタリア人で
晴雨計売りのコッポラと古くからの知人であったコト
・スパランツァーニ教授の娘のオリンピアのコト
などを書いてきてて
2週間後には家に帰るともあった

と、ここまでは
これまでの3通から構成される書簡体文学で
一切の説明などがなく物語が展開するも
突然、著者が読者に語り掛けてきて
手紙からだけでは読み取れなかった部分の
補足説明的なモノが挟まれる

そこに続く物語は
次の記事に譲る・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

ホフマンの『黄金の壺』

謎解きをし始めたのはいつのコトだったか?

それがライフワークになったのはいつからだったか?

意識の奥底でずっと燻り続けてるモノが
自分にはいくつかあって
それらを明らかにしたい想いに駆られてる

その答えズバリが載ってるか
もしくは答えに近づけるヒントが
記してあると思われる本を
読みたくて、読みたくて、堪らナイ

また、そういう書物からインスパイアされた
絵画やオペラ、バレエ、映画なども
観たくて、観たくて、堪らナイ

狂おしいくらい求めて已まナイが
そんな風に知識欲が旺盛過ぎるのは
凄く幸せなコトだと確信してる

順調に求めるままに満たされれば
至福を味わい続けられ
人生に退屈を味わう瞬間などナイのだからして!

そして謎が解けた時の絶頂感は
恐らく人間の感覚の中で
最も心地よく突き抜ける快感だろうて!!

自分にとってホフマンは
いくつもの謎を提示し続けてくれる存在だが
初めて読むに至ったきっかけは
ボードレールの『人口楽園』だった

「アシーシュの詩」の冒頭が以下

 自分自身を観察でき、自分の受けた印象を覚えている人ならば、つまり、あのホフマンのように、自分の精神の気圧計を作りあげる術を心得ている人々ならば、自分の思想の美しい季節や楽しい日々や心地よい瞬間について、これを自分の気象観測所でいろいろ記録することもあったわけである。

「あのホフマン」と言われても
どのホフマンなのか皆目見当が付かず・・・

数ヵ月か半年くらい経ってたか
古本屋でぼろぼろよれよれの岩波文庫に
ホフマンの名を確認し購入

そうして入手しただけで
ヴォルテージが最高潮になるも
読み始めてみると荒唐無稽過ぎる展開に
全然ついて行けず。(゚д゚lll)ギャボ

今や世界的な人気を誇る日本のアニメの方が
どんなに異世界を描いてたとしても
まだしも整合性があると思われ。(´д`;)ギャボ

それは『黄金の壺』だった

あらすじを述べれば・・・

主人公はフツーの男子大学生で
リラの木の下で会った緑の蛇と恋に落ちる!
って、のっけからこれで
頭から?マーク放出しまくりw

しかもこの緑の蛇の恋人は
奇遇にも主人公のバイトの雇い主の娘だった!!
って、蛇の娘を持つくらいだから
当然ながら雇い主も人間ではナイのだが
蛇でもなくて、なななんと火の精サラマンデルwww

かつてアトランティスにおいて
このサラマンデルの恋人だったのが
百合の花・・・

(゚Д゚)ハァ?

父:サラマンデル
母:百合

その間に生まれたのが3匹の蛇

(゚Д゚;)ハァア?

その内の1匹が緑の蛇で
長じてフツーの人間の男である主人公の
恋人となったのだった・・・

バタリ ゙〓■●゙

だがしかし!
人間の(と断りを入れるのもなんだが)女に
横恋慕されたり
その女に加担する魔女が
りんご売りの老婆に化けてやって来て
ガラス瓶に閉じ込められたり
散々な目に遭う!!

それでも主人公と緑の蛇は愛を貫き
アトランティスにて幸せに暮らしました
めでたしめでたし(なのか?!)

不可思議さに唖然茫然となってる内に
感情移入し損ねてたら
あれ?これで終わり???
みたいなヽ(゚∀。)ノ

愛する相手が動物だとしても
もう少しヒューマニズムが感じられれば
種の違いの壁を乗り越えて
愛が実った時の感動もあるんだろうが
心の琴線に触れるような出来事が何もなくて
ひたすら意味不明・・・

ロマン派は病的だ

とはゲーテの言で
自分が読んだのは『黄金の壺』だけなので
ドイツ・ロマン派を総括して
病的かどうかは断言できかねるのだが
『黄金の壺』に限っては明らかに病的で
ドイツ・ロマン派に対しても
苦手意識を持ったって仕方がナイ

とはいえ
ホフマン自身の奇行遍歴などは
一切(と言って問題ナイくらい)なく
司法官の職にも就いてて(と年譜にはある)
社会的には奇人変人扱いされる謂われはナイのだ

要するにそれだけ
文学作品から発せられる異様さに
読者がやられてしまう破壊力があるのだよ

結局
ボードレールの言うトコロの
ホフマンの気圧計(バロメーター)ってのは
どういう意味(ニュアンス)なのか
『黄金の壺』を読んだだけでは判然とせず
いや、読後にこそ謎が深まったやも

そして謎解きが大好物の自分は
ホフマンの作品に不気味さを感じつつも
ハマっていくのだった・・・

Hermione

オオカミの名前ならハリーに決まってる

ヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』のハリー・ハラー由来だが
そう思って作ったこのピンク色のオオカミは
どうやら女の子だったらしく、ハリーってカンジではなかった

名前には謂れがなくてはならナイって信条があるため
テキトーにはつけるコトができず
次の候補はアーネスト・シートンの『狼王ロボ』から
雌狼の名を借りてブランカとしようしたが
あれは白いからブランカ(Blanca)なのであって
モモイロだったらロサーダ(rosada)だw

しかしそれではまるで意味がなくなってしまうので
『荒野のおおかみ』に戻って、相手役の女性の名にしようかと・・・

荒野のおおかみ (新潮文庫)狼王ロボ シートン動物記 (シートン動物記) (集英社文庫)

Hermine(ヘルミーネ)、これはHermanの女性形だから
作中ではハリーの相手役なれど、実質的にはヘッセのアニマ像だろう
もちろんヘッセが自身をハリーに投影したのは言うまでもナイ

既にHermineから「へるちゃん」と呼び始めてたので
確定する前に今一度Hermineを調べてみると
フランス語読みだとエルミンだのアーミンになってしまうと知って
Hermineにするのを躊躇しつつ、ふと頭をよぎった

あれ?
HermineってHermioneとは1文字だけ違うけど
もしかして元は同じ???

ググりまくっても確たる証拠は得られなかったが
むしろHermineと関係なくともHermioneが好い気がしてきた

Hermioneは『ハリー・ポッター』のせいで
日本では英語発音のハーマイオニーが主流だろうし
名前からくるイメージもハーマイオニー=エマ・ワトソンで
知性を兼ね備えた美貌の魔女なのだろう

ハリー・ポッター コンプリート セット (8枚組)(初回生産限定) [Blu-ray]

でも『ハリー・ポッター』以前なら
Hermioneはギリシア語読みのヘルミオネーで
トロイ戦争の際にヘレネーに捨て置かれた娘の名だ

いや、ヘレネーが留守の夫を裏切って
ハンサムな他国の王子(これがトロイのパリスなのだが)と不貞の末
娘のヘルミオネーを捨ててまでの逃避行を決行したせいで
トロイ戦争が勃発するに至ったのだ

まあ、そうしてヘレネーがトロイ戦争の引き鉄を引いたのも
アフロディテの差し金なのだがね

The Trojan War トロイ戦争

それにしても改めて考えるとなんか似てね?!

ハリー・ハラー(Harry Haller) / ヘルミーネ(Hermine)
ハリー・ポッター(Harry Potter) / ハーマイオニー(Hermione)

これだけ見てると作者がヘッセのファンで
リスペクト的にこの名前を使ったように思えてくる
そうだとしたら、ハリー・ポッターとハーマイオニーはハッピーエンドにはなるまいて
実際、ハーマイオニーはロンと結婚したらすぃし

ところで『荒野のおおかみ』は原題がSteppenwolfで
カナダにはかつてそんなバンドがあった
とはいえ、そのバンドのメンバーがヘッセ・ファンだったワケではなく
プロデューサーがそう付けた、とWikiにある

Steppenwolf (BORN TO BE WILD)イージー★ライダー コレクターズ・エディション [DVD]

そうと知ってがっかりしたが
それとこれとは別にして、Born to Be Wildは好きな曲だ

偕成社の児童版全集

小学生の時に夢中になって読んでた本は
いわゆる不朽の名作ってヤツばかりだったので
児童版とてまさか絶版になろうとは思いもよらなかった

クオ・ワディス〈上〉 (岩波文庫)森鴎外全集〈10〉即興詩人 (ちくま文庫)嵐が丘 (新潮文庫)
愛の妖精 (中公文庫)マリー・アントワネット 上 (角川文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)
荒野のおおかみ (新潮文庫)にんじん (岩波文庫)赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
ゲーテ全集 (7)ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)マリー・キュリー―フラスコの中の闇と光 (グレート・ディスカバリーズ)
ビーグル号航海記 上 (岩波文庫 青 912-1)レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

神保町の古本屋でシェンキェビチの『クォ・バディス』を見つけて
懐かしさの余り購入して読んでたら
当時の想いが胸に広がって不思議なカンジがした・・・

そこで早速アマゾンで大人買いしようと探したのだが
児童版全集では『ビーグル号航海記』さえなくて驚愕した。(゚д゚lll)ギャボ

以下、少女世界文学全集一覧(【16】クォ・バディスの巻末より)

著者収録作品訳者
1モンゴメリー「赤毛のアン」村岡花子
2シェークスピア「ハムレット」「ベニスの商人」森三千代
3ハドソン「緑の館」野田開作
4アンデルセン「即興詩人」伊藤左喜雄
5チェーホフ「三人姉妹」「桜の園」大庭さち子
6シャーロット・ブロンテ「ジェーン・エア」榛葉英治
7プローティー「母の曲」宮内寒弥
8アボット「幸福の家」岸なみ
9ビョルンソン / ラーゲルレーブ「日向丘の少女」「沼の家の娘」山室静
10エミリー・ブロンテ「嵐が丘」船山馨
11ウィンスローエ「制服の処女」富沢有為男
12オルコット「若草物語」川端康成
13ツワイク「悲劇の王妃」大原富枝
14シェークスピア「ロミオとジュリエット」「夏の夜の夢」桂芳久
15ウェブスター「あしながおじさん」中里恒子
16シェンキェビチ「クォ・バディス」野田開作
17シュトルム「みずうみ」「三色菫」結城信一
18ウィギン「少女レベッカ」城夏子
19エレナ・ポーター「パレアナの青春」村岡花子
20プーシキン「大尉の娘」「スペードの女王」大庭さち子
21ゲーテ「君よ知るや南の国」森三千代
22パール・バック「大地」藤原てい
23ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「魔の沼」三井ふたばこ
24ドストエフスキー「罪と罰」伊藤左喜雄
25オードー「孤児マリー」「光ほのか」畔柳二美
26小デュマ「椿姫」宮内寒弥
27シュランパ「少女シリアの死」大滝重直
28ヘッセ「春の嵐」「車輪の下」榛葉英治
29トルストイ「戦争と平和」未定
30ドーデー「ちび君」「風車小屋だより」未定
31ルナール「にんじん」未定
32ジイド「田園交響楽」「狭き門」今官一

実際ルナールの『にんじん』はこのシリーズにはなかったが
むしろ岩波文庫の通常版はイラストもFelix Vallottonで味わい深かった
そういえば彼の描いた著者ルナールがシュールながら似過ぎてて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

メリメの『カルメン』やモーパッサンの『女の一生』なんかあったのだな
参考LINK:偕成社少女世界文学全集 1960~1970年

1番のお気に入りは『クォ・バディス』だったが
この作品でネロとセネカとペトロニウスを知ったコトで
世界観がどれほど拡がり、それによって人生がどれほど豊かに潤ったか!!

次点は3作あって『嵐が丘』と『即興詩人』と『愛の妖精』だが
成長してからもこれらの通常版がずっと愛読書だ

逆にどうしても受け容れられナイのが
『赤毛のアン』『あしながおじさん』『ジェーン・エア』で
これは今でも変わらなく大嫌いだp(-_-+)q

シェイクスピアも当時はピントがズレてる気がして
人生においてずっとイマイチ好きになれなかったのだが
ごく最近読み直して作品によって好きなモノも出てきたトコロだw

嫌いではなかったけど怖かったのは『スペードの女王』だった。(´д`;)ギャボ
まあそのお蔭で賭け事には無縁でいる=無駄な損失はナイ

そしてスタンダールの『赤と黒』はこのシリーズでは読んでなかった
とーちゃんが持ってた完訳版のを読んでたのだ

ちょうど宝塚の『ベルばら』全盛期の時に『悲劇の王妃』読んで
フランス革命にハマったのだヽ(゚∀。)ノ

後にゲーテの『君よ知るや南の国』が
『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の一部と知った時は
幼馴染みと再会したような気分だった

ヘッセについては『春の嵐』も『車輪の下』も゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだが
やはり『荒野のおおかみ』ほどの衝撃はなかったな・・・

想いは尽きナイ・・・ホゥ(*-∀-)

子供の頃に本を読んでなかったら
今の自分はナイ

実際、自分はたいした人間ではなくて
世の中の基準からしたらクズみたいな存在だろうが
自分自身ではなかなか気に入ってるし
何より愉しんで生きてる

それとゆーのも本が
広大な世界観と尊敬すべき先達を知らしめてくれたからだ

皆もっと素晴らしい本をたくさん読めば
読んだ分だけ幸せになれると思うのだけどなあ・・・

それには子供の頃から読む習慣がなければいきなりは読めまい(-_-;)
しかし読むべき本がナイのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

世界偉人伝全集一覧(少女世界文学全集【16】クォ・バディスの巻末より)

偉人表題著者
1野口英世「世界に誇る偉人」沢田謙
2キュリー夫人「愛と化学の母」清閑寺健
3西郷隆盛「維新の英傑」富田常雄
4ヘレン・ケラー「20世紀の奇跡」村岡花子
5豊臣秀吉「戦国統一の英雄」柴田錬三郎
6ノーベル「世界文化の恩人」崎川範行
7夏目漱石「永遠の文豪」多田裕計
8ナポレオン「運命の英雄」柴田錬三郎
9二宮金次郎「至誠と勤労の人」加藤武雄
10ナイチンゲール「クリミアの天使」岡田禎子
11織田信長「戦国偉大の英雄」真鍋呉夫
12エジソン「世界の発明王」中山光義
13福沢諭吉「近代日本の先覚者」沢田謙
14ベートーベン「永遠の楽聖」大滝重直
15紫式部「王朝文化の光」高木卓
16パスツール「愛の科学者」桶谷繁雄
17明治天皇「近代日本の建設者」寒川光太郎
18キリスト「愛の救世主」清閑寺健
19石川啄木「薄幸の詩人」野田開作
20アムンゼン「極地の探検家」寒川光太郎
21湯川秀樹「ノーベル賞に輝く」沢田謙
22ベーブ・ルース「世界の野球王」中山光義
23徳川家康「江戸幕府の建設者」吉田与志雄
24ジンギスカン「アジアの風雲児」尾崎士郎
25宮沢賢治「土と魂の詩人」浅野晃
26ダ・ビンチ「万能の天才」富永次郎
27勝海舟「智と意気の人」沢田謙
ミレー「愛の画聖」清閑寺健
日蓮「苦難の聖雄」福田清人
バッハ「近代音楽の父」大滝重直
島崎藤村「不滅の文学者」伊藤左喜雄
リンカーン「自由の父愛の人」那須辰三
戦国名将伝「智・情・勇の達人」浅野晃
ワシントン「アメリカ建国の父」沢田謙
一休禅師「警世の名僧」桑田忠親
ニュートン「近代科学の父」三石巌
芭蕉「自然を愛した詩人」伊馬春部
ガンジー「インドの聖雄」沢田謙
北里柴三郎「日本医学の恩人」未定
シューベルト「歌曲の王」未定
宮本武蔵「心眼を開いた剣聖」浅野晃
ファーブル「昆虫の詩人」小林清之介
樋口一葉「薄幸の才女」持丸良雄
ダーウィン「科学の偉人」中村浩
徳川光圀「憂国の名君」吉田与志雄
アインシュタイン「世紀の科学者」菅井準一
源頼朝「鎌倉文化の建設者」浅野晃
シュバイツァー「原始林の聖者」未定
聖徳太子「日本文化の建設者」未定
プルターク英雄伝「英傑群像」沢田謙

今はこういう偉人伝を読んで感銘を受けたコトのナイ子供ばかりなんだろうな・・・