白百合

白い花と言えば、真っ先に思い浮かぶのは百合だが
日本に自生の白百合となるとテッポウユリ(鉄砲百合)で
学名はLilium longiflorum

テッポウユリ
(上野不忍池付近で7月下旬に撮影)

テッポウユリは花冠筒(花弁の根元の筒部分)が長細くて
横から見ると鉄砲のような形状なのでその名がついたのだろう
ササユリ(笹百合)との比較スケッチがわかりやすい

ササユリとテッポウユリ

ササユリはその名の通り葉が笹に似てるが
学名がLilium japonicumでまさしく日本原産だ

稀に白百合(アルビノ)も存在するが
花弁が淡いピンク色で花粉は赤褐色がデフォなので
ササユリの原産地である四国・九州辺りでは
もしかしたら百合のイメージはピンクなのかもしれナイ?!

いや、鹿の子百合とか・・・

鬼百合とか・・・

山百合だってベースは白だけど
毒々しいほどの斑点模様があるるる~

百合が白いってイメージを植えつけられたのは
自分の場合は間違いなくキリスト教の受胎告知図だろうて

マリアが神の子を宿したコトを
大天使ガブリエルが告げに来る際に手にしてるのが
純潔の証しの白百合なのだよ
以下のガブリエル画像コレクションを参照してくれたまえw

バプテスマのヨハネ / 大天使 / 大天使ガブリエルとの出会い

ところでこれはダヴィンチの描いた百合のデッサンで
彼の潔癖なまでの精密さからしたら
現物と寸分違わずに描かれてるのだと断言できるが
自分には一見して百合の花と断定しづらい

いかんせん、葉が日本の百合にはナイ形で
花弁も短かめで巻きが甘いカンジ?
これはwikiの日本語版にはなかったが他言語版ではあった

英語でMadonna Lily、学名はLilium candidumで、和名はニワシロユリだ
このwikiページには数枚の写真がアップされてるが
その中の1枚のキャプションにShoshan(ショーシャーン)とあった!
ショーシャーンとかシューシャーンてのは
ヘブライ語で百合の意だ(と、『聖書植物大辞典』、『聖書象徴事典』にあった)!!

聖書植物大事典聖書象徴事典

なぜ覚えてたのかと言えば
古代ペルシアの都スーサもヘブライ語ではシューシャーンとなり
語源が百合と同じだとされてるからだが
このスサの王が『古事記』に出てくる「スサノオ」で
スサノオの別名スメラミコトは「スメラ(シュメール)の神」で
日本人のルーツが実は・・・って話に繋がるるる~

と、話が逸れた、白百合のルーツだったw
小石川後楽園の庭内のそこかしこに咲いてる白百合が
台湾固有種のタカサゴユリ(高砂百合)と知って驚愕したのは数年前のコトだ

タカサゴユリ
(小石川後楽園で8月中旬に撮影)

それとゆーのも小学生の頃に図鑑でテッポウユリとの違いを調べたら
タカサゴユリには花冠筒に薄紅色の筋が入ってる、とあったので
筋がナイ=テッポウユリ、と固く信じてたのだった(-_-;)

これがアルビノだったりで筋はなくとも
葉の形状(細い葉)でタカサゴユリであるのは明らかだったのだ。(´д`;)ギャボ
ちなみに学名はLilium formosanum

タカサゴユリ
(都市センターホテルで8月上旬に撮影)

そうと知って以来、よく注意して見てみれば
都心で見かける白百合は殆どがタカサゴユリなのだった。(゚д゚lll)ギャボ

タカサゴユリ
タカサゴユリ
タカサゴユリ

ロシナンテ

日本では今や「ドン・キホーテ」と言えば
年中無休24時間営業のディスカウントストアのコトだが
これも間違いなくセルバンテスの小説の主人公の名からとってるだろう

ドレの絵で読むドン・キホーテ

しかしなぜこんな名称にしたのか?
ググってみたらYAHOO!知恵袋に中の人が答えてるぽい
LINK:ディスカウントショップ「ドン・キホーテ」の名前の由来は?

しっかり『才智あふるる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』に由来してるようだが
社員の中でこの長く退屈な小説を読破した兵は果たしてどれほどいるのだろうか?
なんせ現代日本人には意味不明な要素が盛りだくさんで
それらが話の腰を折るように次から次へと割り込んでくるのだから
次のエピソードに辿り着くまで緊張感を保てナイのだ。(´д`;)ギャボ

むしろ自分はその意味不明な部分にこそ愉しみを見出すのでうってつけなのだが
それでも前・後編のうち前編の半分ほどで挫折・・・
前編の後半にある有名な風車のエピソードは一応読んだがねw

確かに面白いと思える滑稽さが漲ってるのだが
そういうドン・キホーテの道化ぶりを素直に笑えナイのだ
そもそも道化ってキャラクタにはおかしさより憐憫を感じてしまう性質で
そこが合ってナイような気がするるる~

とか、ずっと敬遠してたのだが数年前にふとしたきっかけで読み始めたら
ハマった(゚*゚;)

トリストラム・シャンディ (研究社小英文叢書 (264))
エル・シードの歌 (岩波文庫)
ル・シッド
エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]
アレキサンダー【Blu-ray】

もう四十路に程近くなって還暦に向けての自分の人生の再構築をしてたその時
20歳からの20年間の義務を果たすための人生とは訣別して
余生はただひたすら幸せに、幸せのために生きたい、と思ってた

自分の幸せの在り処・・・それはかつて本の中にあり
読んでから反芻しながら散歩するのが至福だった・・・ホゥ(*-∀-)

もちろんそれだけの悠長な生活を送れる身分ではナイので働かねばならナイが
仕事と家事以外の時間は全て自分のためだけに使おうォゥ( -∀-)/

ところがふとしたきっかけで『ドン・キホーテ』を読み始めてしまい
読み進むほどに考えが変わって行った

なんせ主人公のドン・キホーテは中年もほど過ぎた冴えナイオッサンだが
自分と同じように本から与えられた夢の世界を愉しんでたのだ
それも現実に夢を再現して思いっきり愉しんでるのだった。(゚д゚lll)ギャボ

本の中、過去と未来、現実と夢、昨夜の酔いと今のまどろみ・・・
時空を超えて、交錯して、巡り会い別れ、でも繋がったまま・・・

ドン・キホーテはいつでもどこでも我武者羅に愉しんで
それを皆が見て笑う、嘲笑も気にならナイ、だって愉しんでるから♪

他人をおもしろがらせようとしても道化にはなれナイが
己の信じるままに大真面目に生きてると他人からは道化に見えるのだ
そう見えたら大いに笑ってくれたまえ

サンチョ・パンサはいつも酷い目に遭う予感がして
ドン・キホーテに忠告しながらも予想通りの災難を愉しんでる
信頼しきって迷惑かけまくるドン・キホーテを心配するのも愉しそうだ

人間ってやっぱり内に篭ったらつまらナイな・・・
まだまだバカやれる内に迷惑かけまくって笑われておこう!
見栄を張るのはあの世に行ってからで゚+.(・∀・)゚+.゚イイや!!

将来飼う犬の名前を1匹はブケファラスと決めてたが
もう1匹はロシナンテにしようかな(*^^*)

そう、ロシナンテだ
このドン・キホーテの愛馬の名が何て意味でどうやって名付けられたか
それが知りたくて再読したのだ

折りしもロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』を読み始めて
まだ第1巻の第10章めだったが
そこに産婆を救った牧師が乗ってた馬(またなぜそんな馬に乗ってるのか)の話があり
その中でその馬に例えられてるのがロシナンテだった

『ドン・キホーテ』の第一篇第一章には次のようにある

『さきの痩せ馬(ロシナンテ)』と呼ぼうと思いついたが、これは彼の見るところでは、気高く、口調もよく、しかも現在の身分になる前に駄馬(ロシン)だった身の上を現わしたばかりか世のあらゆる駄馬の中でまず筆頭だということをこよなく現わした名前だった。

ドン・キホーテがドン・キホーテと名乗るコトにする一週間前に
馬の名がロシナンテと決まったのだが
馬に名付けるのには4日悩んで自らの呼称には1週間「も」悩んだってワケだヽ(゚∀。)ノ

アレクサンドロス大帝のブケフェルスも、エル・シードのバビエカもてんで足もとにもよりつけないと思われた。

とドン・キホーテの眼には映ってたらしい。(゚д゚lll)ギャボ

ブケフェルス・・・スペイン語だとそうなのかな、ブケファラス、ブーケファラス、ブケパロス・・・そんな読み
オリバー・ストーンの『アレキサンダー』では理想的なブケファラスだったな(*^^*)

バビエカは『エル・シードの歌』に出てくる英雄的騎士エル・シードの愛馬・・・らしい
とゆーのも原著の『エル・シードの歌』が未読だからだが
同じ題材を扱ったコルネイユの戯曲『ル・シッド』なら持ってるし
チャールトン・ヘストン主演の映画『エル・シド』もソフィア・ローレンのために買った
しかしバビエカの名には覚えがナイのである。(´д`;)ギャボ

このコトでヲタを自認してた自分はセルバンテスに惨敗した悔しさに
『ドン・キホーテ』を一気読みするに至ったのだった・・・ヽ(゚∀。)ノ

A Dog of Flanders

『フランダースの犬』でネロが最期に垣間見た絵画が
ルーベンスの作品であったコトから
日本でもその名はワリと知られてる気はしてたが
それにしたって予想外に混雑してたルーベンス展だった

ルーベンス展

ルーベンスの作風自体は
自分にとっては可もなく不可もなくといったトコロだが
肖像画でもナイ限りは顔がぐちゃついてるので
モノによっては無表情なのが気色悪く感じてしまう

Peter Paul Rubens: The Life of Achilles

なので、トロイ戦争ヲタの腐女子としては
アキレウス連作(※)で女装のアキレウスを描いてるのを知って
それだけのために画集の購入を検討したコトもあるが
大枚はたいて顔がぐちゃついてるとショックなので
結局は買わなかった(今はネットでタダで観れるから正解だな!)
タペストリー制作のための8点の下絵で、アキレウスの生涯の8つの場面が描かれてる

女装のアキレウス

今回はアキレウス連作の中からは
『ヘクトルを打ち倒すアキレス』だけがあって
日本初公開ってコトで間近で拝み見たが
アキレウスはすっとぼけた顔してて
へパイストスが作ったはずの甲冑も今1つ地味だし
ヘクトルも勇猛果敢な王子ってより、聖人のジーサンみたいだった

まあそれはある意味、予想通りだったのだが
意外と頭上を飛来してるアテナ(ミネルウァ)とフクロウが
主役の2人よりは見応えがあったので収穫ありかな?
特にフクロウはぎこちナイ飛び方なのがワロタw

ローマ建国伝説 ロムルスとレムスの物語 (講談社学術文庫)ローマ建国の英雄たち―神話から歴史へ

ローマ建国神話を描いた『ロムルスとレムスの発見』は
狼好きの自分には最も期待が高い作品だったが
毛並みの艶感なども見事に描かれてた
この展覧会のフライヤーにも使われてるのも納得だ

惜しむらくはデフォルメ過多にせず
双子の赤ん坊を小さく(てか現実的な比率で)描いて
狼に憐憫の情を募らせた方がぐっときたが
そうはしナイからバロックなのかね、さもありなんヽ(゚∀。)ノ

この作品のモティーフとしたルーブル所蔵の彫刻については
ルーブルのサイトには画像はナイが詳細はあるるる~

あとティツィアーノの『毛皮をまとった婦人像』の模写だが
ティツィアーノの描く人物(神含む)は皆
その表情の深さに魅力があるが
特に女性は裸婦であっても高潔な人柄を感じられて
見た目以上に魂の美しさに惹かれるるる~

それを模写したルーベンスの作品は悪くはナイが
ティツィアーノファンからすれば
いかんせん、面差しの高貴さが格段に違うように感じてしまう
肖像画なので顔の表情がはっきりしてるのだが
よく言えば、ルーベンスのは少女らしさが漂ってるので
確かに無垢な清らかさはあるるる~

つまり、どちらが徳の高い女かは一目瞭然だ

ティツィア-ノ Titian NBS-J (ニューベーシック・アート・シリーズ)

以上、3作品はどれも本邦初公開だったワケだが
それは目にするのがもれなく初めてってか
むしろもう2度と本物を観る機会はナイモノなのだろう

他の作品はなるほどルーベンスだったとしか言いようがナイ
憐憫の情に訴えて素直に感動させるより
大袈裟さで圧倒して信仰心を煽る
そんなカンジだな、宗教画としては優れてるのは間違いナイ

世界名作劇場 フランダースの犬 1000ピース 憧れの絵 1000-342

ところでアニメの『フランダースの犬』のネロが
死に際にアントワープ大聖堂で観たのは『被昇天の聖母』で
そこに描かれたマリアと同じように天に召されてったと記憶してた
アマゾンにそのシーンをパズルにしたのを売ってるが
やはりどう見てもマリアだ

キリストの降架

ルーベンス展では『フランダースの犬』グッズも売ってたが
展示物には『被昇天の聖母』はなく
単に日本人にルーベンス=ネロとすりこみされてるからかと呆れつつ
自分もちゃっかりパトラッシュのクリアケース購入したったw

しかし帰宅してからサイトを確認すると
展示されてた『キリストの降架』の版画について
以下のような解説があった

アントワープ大聖堂にある、有名な三連祭壇画の中央画面を、フォルステルマンが、ルーベンスの監督下に版刻した作品です。


ググってみるとアントワープ大聖堂にあるのは
『十字架上のキリスト(The raising of the cross)』
『キリストの昇天(The resurrection of Christ)』
『キリストの降架(The descent from the cross)』
『被昇天の聖母(The assumption of the Virgin)』
これら4つの絵で『被昇天の聖母』以外は三連の祭壇画であった

原作を読んだコトがなかったので
ちょっと読んでみたくなって青空文庫で探してみたら
なんと菊池寛訳のがあったので早速ダウンロード

菊池寛は『真珠夫人』しか読んだコトナイが
あれは日本版ピューリタン文学ってか、主人公の瑠璃子が強烈で
非常に面白い作品だった・・・何度も読み返した
瑠璃子以上に種彦のキャラが立ってて悶絶死しそうに好きだ(;つД`)
『白痴』のムイシュキンを髣髴とさせるのだよ。・゚・(ノД`)・゚・。

パトラッシュ

犬のように無垢な魂を持つ愛らしい人を
無碍にできる人の方が不思議だが
なぜか、世間にはそんな人が多いのが現実だ・・・やんぬるかな

そして今朝、菊池寛訳『フランダースの犬』を一気読みして
涙が止まらなくなって困ったが
とりあえずネロが観たかった絵は原作では
『キリストの昇天』と『十字架上のキリスト』だった

偕成社の児童版全集

小学生の時に夢中になって読んでた本は
いわゆる不朽の名作ってヤツばかりだったので
児童版とてまさか絶版になろうとは思いもよらなかった

クオ・ワディス〈上〉 (岩波文庫)森鴎外全集〈10〉即興詩人 (ちくま文庫)嵐が丘 (新潮文庫)
愛の妖精 (中公文庫)マリー・アントワネット 上 (角川文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)
荒野のおおかみ (新潮文庫)にんじん (岩波文庫)赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
ゲーテ全集 (7)ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)マリー・キュリー―フラスコの中の闇と光 (グレート・ディスカバリーズ)
ビーグル号航海記 上 (岩波文庫 青 912-1)レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

神保町の古本屋でシェンキェビチの『クォ・バディス』を見つけて
懐かしさの余り購入して読んでたら
当時の想いが胸に広がって不思議なカンジがした・・・

そこで早速アマゾンで大人買いしようと探したのだが
児童版全集では『ビーグル号航海記』さえなくて驚愕した。(゚д゚lll)ギャボ

以下、少女世界文学全集一覧(【16】クォ・バディスの巻末より)

著者収録作品訳者
1モンゴメリー「赤毛のアン」村岡花子
2シェークスピア「ハムレット」「ベニスの商人」森三千代
3ハドソン「緑の館」野田開作
4アンデルセン「即興詩人」伊藤左喜雄
5チェーホフ「三人姉妹」「桜の園」大庭さち子
6シャーロット・ブロンテ「ジェーン・エア」榛葉英治
7プローティー「母の曲」宮内寒弥
8アボット「幸福の家」岸なみ
9ビョルンソン / ラーゲルレーブ「日向丘の少女」「沼の家の娘」山室静
10エミリー・ブロンテ「嵐が丘」船山馨
11ウィンスローエ「制服の処女」富沢有為男
12オルコット「若草物語」川端康成
13ツワイク「悲劇の王妃」大原富枝
14シェークスピア「ロミオとジュリエット」「夏の夜の夢」桂芳久
15ウェブスター「あしながおじさん」中里恒子
16シェンキェビチ「クォ・バディス」野田開作
17シュトルム「みずうみ」「三色菫」結城信一
18ウィギン「少女レベッカ」城夏子
19エレナ・ポーター「パレアナの青春」村岡花子
20プーシキン「大尉の娘」「スペードの女王」大庭さち子
21ゲーテ「君よ知るや南の国」森三千代
22パール・バック「大地」藤原てい
23ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「魔の沼」三井ふたばこ
24ドストエフスキー「罪と罰」伊藤左喜雄
25オードー「孤児マリー」「光ほのか」畔柳二美
26小デュマ「椿姫」宮内寒弥
27シュランパ「少女シリアの死」大滝重直
28ヘッセ「春の嵐」「車輪の下」榛葉英治
29トルストイ「戦争と平和」未定
30ドーデー「ちび君」「風車小屋だより」未定
31ルナール「にんじん」未定
32ジイド「田園交響楽」「狭き門」今官一

実際ルナールの『にんじん』はこのシリーズにはなかったが
むしろ岩波文庫の通常版はイラストもFelix Vallottonで味わい深かった
そういえば彼の描いた著者ルナールがシュールながら似過ぎてて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

メリメの『カルメン』やモーパッサンの『女の一生』なんかあったのだな
参考LINK:偕成社少女世界文学全集 1960~1970年

1番のお気に入りは『クォ・バディス』だったが
この作品でネロとセネカとペトロニウスを知ったコトで
世界観がどれほど拡がり、それによって人生がどれほど豊かに潤ったか!!

次点は3作あって『嵐が丘』と『即興詩人』と『愛の妖精』だが
成長してからもこれらの通常版がずっと愛読書だ

逆にどうしても受け容れられナイのが
『赤毛のアン』『あしながおじさん』『ジェーン・エア』で
これは今でも変わらなく大嫌いだp(-_-+)q

シェイクスピアも当時はピントがズレてる気がして
人生においてずっとイマイチ好きになれなかったのだが
ごく最近読み直して作品によって好きなモノも出てきたトコロだw

嫌いではなかったけど怖かったのは『スペードの女王』だった。(´д`;)ギャボ
まあそのお蔭で賭け事には無縁でいる=無駄な損失はナイ

そしてスタンダールの『赤と黒』はこのシリーズでは読んでなかった
とーちゃんが持ってた完訳版のを読んでたのだ

ちょうど宝塚の『ベルばら』全盛期の時に『悲劇の王妃』読んで
フランス革命にハマったのだヽ(゚∀。)ノ

後にゲーテの『君よ知るや南の国』が
『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の一部と知った時は
幼馴染みと再会したような気分だった

ヘッセについては『春の嵐』も『車輪の下』も゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだが
やはり『荒野のおおかみ』ほどの衝撃はなかったな・・・

想いは尽きナイ・・・ホゥ(*-∀-)

子供の頃に本を読んでなかったら
今の自分はナイ

実際、自分はたいした人間ではなくて
世の中の基準からしたらクズみたいな存在だろうが
自分自身ではなかなか気に入ってるし
何より愉しんで生きてる

それとゆーのも本が
広大な世界観と尊敬すべき先達を知らしめてくれたからだ

皆もっと素晴らしい本をたくさん読めば
読んだ分だけ幸せになれると思うのだけどなあ・・・

それには子供の頃から読む習慣がなければいきなりは読めまい(-_-;)
しかし読むべき本がナイのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

世界偉人伝全集一覧(少女世界文学全集【16】クォ・バディスの巻末より)

偉人表題著者
1野口英世「世界に誇る偉人」沢田謙
2キュリー夫人「愛と化学の母」清閑寺健
3西郷隆盛「維新の英傑」富田常雄
4ヘレン・ケラー「20世紀の奇跡」村岡花子
5豊臣秀吉「戦国統一の英雄」柴田錬三郎
6ノーベル「世界文化の恩人」崎川範行
7夏目漱石「永遠の文豪」多田裕計
8ナポレオン「運命の英雄」柴田錬三郎
9二宮金次郎「至誠と勤労の人」加藤武雄
10ナイチンゲール「クリミアの天使」岡田禎子
11織田信長「戦国偉大の英雄」真鍋呉夫
12エジソン「世界の発明王」中山光義
13福沢諭吉「近代日本の先覚者」沢田謙
14ベートーベン「永遠の楽聖」大滝重直
15紫式部「王朝文化の光」高木卓
16パスツール「愛の科学者」桶谷繁雄
17明治天皇「近代日本の建設者」寒川光太郎
18キリスト「愛の救世主」清閑寺健
19石川啄木「薄幸の詩人」野田開作
20アムンゼン「極地の探検家」寒川光太郎
21湯川秀樹「ノーベル賞に輝く」沢田謙
22ベーブ・ルース「世界の野球王」中山光義
23徳川家康「江戸幕府の建設者」吉田与志雄
24ジンギスカン「アジアの風雲児」尾崎士郎
25宮沢賢治「土と魂の詩人」浅野晃
26ダ・ビンチ「万能の天才」富永次郎
27勝海舟「智と意気の人」沢田謙
ミレー「愛の画聖」清閑寺健
日蓮「苦難の聖雄」福田清人
バッハ「近代音楽の父」大滝重直
島崎藤村「不滅の文学者」伊藤左喜雄
リンカーン「自由の父愛の人」那須辰三
戦国名将伝「智・情・勇の達人」浅野晃
ワシントン「アメリカ建国の父」沢田謙
一休禅師「警世の名僧」桑田忠親
ニュートン「近代科学の父」三石巌
芭蕉「自然を愛した詩人」伊馬春部
ガンジー「インドの聖雄」沢田謙
北里柴三郎「日本医学の恩人」未定
シューベルト「歌曲の王」未定
宮本武蔵「心眼を開いた剣聖」浅野晃
ファーブル「昆虫の詩人」小林清之介
樋口一葉「薄幸の才女」持丸良雄
ダーウィン「科学の偉人」中村浩
徳川光圀「憂国の名君」吉田与志雄
アインシュタイン「世紀の科学者」菅井準一
源頼朝「鎌倉文化の建設者」浅野晃
シュバイツァー「原始林の聖者」未定
聖徳太子「日本文化の建設者」未定
プルターク英雄伝「英傑群像」沢田謙

今はこういう偉人伝を読んで感銘を受けたコトのナイ子供ばかりなんだろうな・・・

常夏随想

常夏とは撫子(なでしこ)の異名である
なでしこJAPANの優勝がこの時季なのは偶然だろうが
折りしも撫子は満開ヽ(´▽`)/

清少納言は『枕草子』の中で
唐撫子はもちろんだけど大和撫子もとてもステキ、とか
絵にすると見劣りする=絵にも描けない美しさ、とか
なでしこを愛でてるが
自分はどうも撫子にはギクッとくるモノがある

撫子に蝶〃白し誰の魂

正岡子規のこの印象的な句のせいだろう・・・

写真の河原撫子は東御苑の二の丸の休憩所前で撮ったモノだが
ここには並んで桔梗(キキョウ)と女郎花(オミナエシ)が咲いてて
桔梗の紫と女郎花の黄色と撫子の淡いピンクが
まるでお互いを引き立て合ってる仲の良い三姉妹のよう(*^^*)

源氏物語―付現代語訳 (第10巻) (角川ソフィア文庫)
与謝野晶子の源氏物語〈下〉宇治の姫君たち (角川ソフィア文庫)

『源氏物語』の「手習」にこの三姉妹が並んで咲いてる情景の描写があるが
この場合は三姉妹ではなく
1人の美女浮舟と彼女を愛する2人の男薫と匂宮だ

「手習」自体も最後から2巻目だが
要するに浮舟は『源氏物語』における最後のヒロインで
光源氏の死後の話なのはもちろんだがだからこそこのヒロインは異色で
立派な2人の男に愛されながらどちらも選べずに身を引き
遂には自殺を図る・・・ものの一命を取り留めたが後に出家(-人-;)

モテる美女なんてのは
こうしてえてして不幸なのだが
それに比べて光源氏に愛された女が
例え一夜限りでもどれほど幸せだったか・・・いや、それもどうかとヽ(゚∀。)ノ

この浮舟が女郎花に例えられてるが
確かに女郎花は繊細で儚げで何とも美しいだに物悲しい・・・

与謝野晶子の新訳『源氏物語』の「手習」冒頭では
晶子が次のような歌を詠んでる

ほど近き法(のり)の御山(みやま)をたのみたる女郎花かと見ゆるなりけれ

東御苑の三姉妹の背後には萩が
ピンクの小花をたくさんつけた枝を風にそよがせてる
花札では7月の絵柄だが満開はもう少し後で
9月になれば向島百花園で萩のトンネルをくぐるコトができる

萩、女郎花、撫子は秋の七草に数えられてるが
これは『万葉集』の山上憶良の次の歌からきてる

萩の花 尾花葛花 瞿麦の花 をみなへし また藤袴 朝貌が花

瞿麦が撫子(の異名)で尾花はススキのコト
桔梗が入ってナイのがなんか残念だな

トヨタマとシラタマ(ウミサチ・ヤマサチ)

妻のトヨタマビメに「白玉(シラタマ)のよう」と詠われたホオリノミコトが
どれほどの美形だったのかは興味がある(*^^*)

白玉とは真珠で真珠と言えば貝から作られる宝石

真珠をつくる (ベルソーブックス)真珠 (NHK美の壼)真珠の博物誌

トヨタマは海の神であるワタツミノカミの娘で
真珠は海の住人からしたら最も美しく尊い宝石だったのだろう
つまり「白玉のよう」とはトヨタマの知るトコロの最高峰の美への賛辞なのだった

そもそもトヨタマはホオリに一目惚れとかそんなまどろっこしいモノではなく
会った瞬間に堪えきれずに押し倒してすぐさまSEXしてるるる~
しかもそうして2人がコトに至るまでのトヨタマの侍女の行動からも
ホオリがたいそうな美形であったと考察できるのだ

なんせこの侍女はトヨタマの命で水を汲みにやってきて
井戸の中に【光るモノ】を見つけるのだ!
そして水面に映ったその【光るモノ】の正体を仰ぎ見ると
桂の木の上にホオリが座ってたのだ!!

実際はホオリが光ってたのではなく木洩れ日なのだろうが
木洩れ日を携えてる=逆光ながらも
燦然と光り輝くような美貌を認めたので侍女は仰ぎ見ずにはいられなかったワケだ

そうして侍女は目のあたりにしたホオリの美しさに我を忘れるほど陶酔しつつも
疑問が脳裏を掠める・・・なぜここにこんな男がいるのだろう?

海の国は海を渡ってしか行けナイ閉鎖的な場所なので
そこを統治するワタツミノカミの娘の侍女が見知らぬ男などいようはずもなく
ましてや並外れた美男なら尚のコト
誰にも知られずに佇んでるとは不自然極まりナイ

侍女はそんな不可思議さも相俟って
呆然とホオリに見とれるコトしかできナイでいたに違いナイが
そんな侍女の心中を見透かすようにホオリが声をかけてきた
「水が欲しい」

我に返った侍女・・・
いや、平常心を取り戻そうとしながらも動転したままの侍女は
持ってた水瓶に水を汲んでホオリに差し上げたが
ホオリはこれを飲もうとはせずに
首に巻いてた玉を外して口に含んでから水瓶の中に吐き出した

このホオリの不審な行動の解釈はかなり難解だが
話を遡ればホオリが海の国に来たのは無理難題を解決する知恵を授かるためで
それにはホオリに味方するシオツチノカミに言われた通り
桂の木の上に座ってるしかなかったし
そこにどんなに得体の知れないモノが現れても
そいつにすがるしかなかったのだが
現れたのはトヨタマの侍女だった

とはいえホオリには誰なのかはわからなかったので
とにもかくにもまずは声をかけたのだろうが
井戸端で水瓶を持った女に「水が欲しい」とは何のひねりもなさ過ぎw

このホオリの無骨ブリは
童貞でまるで女慣れしてナイか
逆にワザとぎこちなく装って気を惹こうと画策できるほど女に長けてるか
どちらかだろうと予測できるが
これはそのルックスに見合わナイ前者が正解だろう

日本の神話〈第6巻〉うみさち やまさち

なんせホオリはヤマサチビコ(山佐知毘古)との別名の通りに
これまで明けても暮れても山に篭って狩猟をしてたので間違いなく女っ気ゼロだ

もうひとつの日向神話―その後の「海幸・山幸」物語 (みやざき文庫 49)

そしてホオリの兄ホデリノミコトもウミサチビコ(海佐知毘古)として
やはり日々漁撈に明け暮れてたのだが
ある時何を思ったかホオリは狩猟でなく釣りをしようと思い立つ

ホオリは兄ホデリの所有する釣針ウミサチを借りて釣りをしたが
結局一匹も釣れず仕舞いで
あろうコトかウミサチを海中に落として紛失。(゚д゚lll)ギャボ

ホオリは申し訳なく思ってホデリに代用品を献上するのだが
ウミサチを返せ、の一点張りで
困り果てたホオリはシオツチノカミの導きで
問題解決の力になってもらおうとワタツミノカミの元へやってきたのだった

このホデリの執拗な責任追及の裏には
困惑するホオリの姿に嬉々とするホデリの嫉妬心が垣間見られる
何度もその美しさが称賛されるホオリに比べて
その容貌に記述がナイホデリは特筆すべきブ男でナイとしても
稀有な美貌を誇るホオリと比較されたら居た堪れなかっただろうから
元よりホデリは一方的にホオリに憎悪を抱いてたのでは?

話を元に戻すと
ワタツミの国までやってきたホオリが最初に会ったのはトヨタマの侍女で
ホオリは侍女を不器用にナンパ(?)するが
侍女の方も更にぎこちなくも言われた通りのリアクションだったw

想像するに侍女は水を汲みながら頬を紅潮させ
水瓶を持つ手も自らの動悸で震えてて
ようやく差し出した水瓶には水が入ってなかったりしてヽ(゚∀。)ノ

「水が欲しい」と声をかけて出された水瓶が空。(゚д゚lll)ギャボ

だとするとホオリとしては
首に巻いてた玉を外して口に含んでから水瓶の中に吐き出すしかなかったのか?
ってコトはナイだろう、この件はどう考えても意味がわからナイ・・・
しかもホオリが吐き出した玉は水瓶にくっついて取れなくなってしまい
侍女はこの玉がくっついたままの水瓶をトヨタマに差し出す

トヨタマがその怪しい玉の所以を侍女に問い質すと一部始終を説明したが
一部始終ったってほんの数分の出来事だったに違いナイし
ホオリがハンサムでなかったら報告するまでもナイコトだっただろうが
2人の女にとっては謎のイケメンの出現は一大事だった!
そうとわかるのは侍女の失礼極まりナイ発言とそれに対するトヨタマの行動だ!!

「お父様(ワタツミノカミ)よりも尊い風貌」ですと。(´д`;)ギャボ

フツーは国の統治者の娘の立場からしたら
当の統治者である父親に対して侍女がこんな発言したら憤慨して然るべきだが
大慌てでどれほどのモノか確認に行くトヨタマだった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして先述の「会った瞬間に堪えきれずに押し倒してすぐさまSEX」に至るのだが
そちらに長けたトヨタマにとって童貞のホオリなぞ赤子の手を捻るが如くで
男なんて挿入させてしまえばこっちのモノ、とほくそ笑むトヨタマと
知恵を授かりたいがため、とゆー建前以上に本能的に無抵抗で押し倒されるホオリが
目に浮かぶわ・・・ヽ(゚∀。)ノ

トヨタマはホオリをこのまま手元に置きたいと思い
とりあえず何事もなかったように身支度を整えてホオリの乱れも丁寧に直し
家に入って(ってコトはアオカンだったのか?!)父親にまるで他人事のようにのたまう
「美しく立派な男が訪ねて来ております」

ワタツミはさすが神様だけあってか
男がアマテラス直系のソラツヒコ(ホオリノミコトの別名)であると知ってて
ご馳走と共に娘のトヨタマも差し上げてホオリをもてなしたw
そして3年間もてなしは続いたwww

当初の目的はどうなってんだ、ホオリ・・・(゚Д゚+)ゴルァ!!

こうしてワタツミは首尾よく娘をホオリの妃にした(実はトヨタマの実力だがw)
たまたま訪れた皇子がその家の娘を見初めて交わるのはありだが
たいてい一夜限りと相場が決まってるので
3年もの間、ホオリに目的を忘れさせるほどの性戯を施し続け
その後580年もの間、ホオリは生涯トヨタマ以外に妻を娶るコトがなかったのだから
トヨタマはよほどの性豪だったのだろうと感心するるる~

さて3年後から順を追って話を進めると
3年経ってホオリはようやく目的を思い出しワタツミの国に来た理由を明かすと
ワタツミはさすが海の神だけに水底のウミサチの所在はすぐに判明した
ウミサチを取り戻すコトができたホオリはホデリにウミサチを返しに行くが
この時ワタツミはホオリに知恵と2つの玉を授けて鮫に乗せて送らせた

ホオリがホデリにウミサチを返してワタツミに言われた通りにしてから3年が経つと
ホデリは貧乏になって逆恨みをしてホオリを攻めて来た
ホオリはワタツミからもらったシオミツ玉によってホデリを溺れさせて
ホデリが助けを求めてきたら今度はシオフル玉で水を引かせて救ってやったので
これでホデリはホオリに降参して地面に頭をつけて忠誠を誓った

ホデリのホオリに対する敵対心は自らの生活苦を逆恨みしてしまうあたりにも出てるが
それに乗じて攻め込んでくるとは尋常ではナイ・・・((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

血を分けた兄弟で皇位を争って殺し合うのは珍しくナイがそれだけではナイだろう
恵まれた容姿はそれだけで他人には愛でられ賞賛されるが
それ故に肉親の妬みを買うコトもあるのだ

それにしてもホデリとホオリの間には
産まれた時の記述しかナイがもう1人ホスセリとゆー名の兄弟がいるはずで
この3人兄弟は父親に認知されナイまま産まれてるのは先述の通りだ
それでも天孫ニニギには他に子がいなかったので
この兄弟だけが皇位(?)継承者だった

天孫降臨の夢―藤原不比等のプロジェクト (NHKブックス)

この先は勝手な解釈だが
仮にも皇太子であるホオリとホデリがなぜ狩猟と漁撈に明け暮れてたのかは
まさかそれで生計を立ててたワケでもなく趣味として興じてて
2人の争いのきっかけになった釣針ウミサチ然り、両者それぞれに良い道具を持ってて
それによって大量の獲物を得るコトを愉しんでたのではナイだろうか?

一方ワタツミはそうしてウミサチによって魚が乱獲される状況を見逃すワケにいかず
魚を総て呼び寄せて隠しておいてウミサチをも盗って隠した・・・
それが偶然にもホオリがウミサチを借りて釣りをしてた日だったとしたらどうだろう?
ホオリ側(地上)もワタツミ側(海中)も事情を知ってるシオツチノカミが
ホオリの味方をしてかもしかしたら先にワタツミに話を付けといて逆に頼まれてか
ワタツミの国へ行くようにホオリに指示した・・・?!

ワタツミは海に君臨してたが地上の国と姻戚を結びたかったかあるいは娘かわいさでか
ともかく地上の国の皇子ほど娘の婿に相応しい相手は望めナイ、とホオリを見初めてたかもしれナイ
いずれにしろワタツミは地上の国の皇子であるホオリには好意的だったが
その兄の同じく地上の国の皇子であるホデリには敵対心を持ってた
ホデリがウミサチビコであり自らが海を司どっていたから・・・なんとも理に適ってるるる~

さてホオリがホデリを服従させた頃
既に身籠っていて産み月に差し掛かったトヨタマが子供を認知してもらおうと
ワタツミの国からホオリのいる高千穂の宮までやってきた
ホオリは誰かさんと違ってトヨタマを快く迎え入れていよいよ子供が産まれるとゆー時
トヨタマはホオリにこんなお願いをした
「産んでる姿を決して見ナイで」

鶴の恩返しでもあったがダンナに見られたくナイ姿は本来の姿なのだ
しかし禁じられると余計に禁を破りたくなる人の性で
見てしまった・・・(゚*゚;)

トヨタマの本来の姿はさすが海の神の娘と言おうか
鮫・・・バタリ ゙〓■●゙

鶴でも驚くが大きな鮫が腹這いになってのた打ち回ってたら逃げたくなるのは仕方ナイ
トヨタマは人の姿の時は大胆不敵な女だが鮫の姿の時は恥らう乙女のようで
恥ずかしさに耐えかねて産んだ子供を置いてワタツミの国に帰って
しかも坂を塞いで通れなくしてしまい以来2度とホオリに会うコトはなかった・・・

それでもホオリのコトが忘れられずに妹のタマヨリビメに歌を託して遣わした

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の君が装し 貴くありけり

玉は宝石のコトで赤いとなるとこの時代だからルビーやガーネットではなく
恐らく古くから印材にも使われてた鶏血石あたりかと思われる
それが緒さえも光る、つまり玉を繋げてる糸さえも赤く光って見えるくらいに美しいが
真珠のようなあなたの姿ほど尊い美しさはありません
ってなカンジか?
「白玉の(ような)君が装し」とは身に着けてるからこそ(赤玉は)尊いのです
なのかな~?

どう解釈するにしてもホオリに対して最上級の美の形容として
【シラタマ】とゆー言葉を使ってるのは間違いナイ

ホオリはこれに対して「あなたと寝たコトは一生忘れナイ」と返歌して
新たに妻を娶らずに580年を過ごした・・・
のか、天皇家の系譜に関係ナイから記述がナイだけか?

付け加えるとこの歌のやり取りに遣わされたタマヨリは
ホオリとトヨタマの一粒種の皇子を育ててのちにこの皇子の妻になり4人の子供を産む
皇子からしたらタマヨリは叔母に当たるワケだ
いや、それよりもトヨタマの姉妹とゆーコトはタマヨリも鮫のはずで
皇子自身が鮫とのハーフなんだから4人の子供は鮫とのクォーター・・・しかも1/4の方が人!
そしてこの3/4が鮫とゆー4人の子供の中で末の皇子こそが誰あろう神武天皇である!!

天皇家って・・・Σ(゚д゚lll)ガーン

更に深読みすると総てがワタツミの策略だったのだろうか・・・?!

天孫降臨

アメニキシクニキシアマツヒコヒコホノニニギノミコト・・・長―――っw
略してニニギ
このニニギはホデリ・ホスセリ・ホオリ兄弟の父親でアマテラスの孫に当たる

マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト・・・長―――っw
略してアメノオシホミミ、って略しても長いってば・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
このアメノオシホミミはニニギの父親でアマテラスの子に当たる

天孫降臨/日本古代史の闇―神武の驚くべき正体 (5次元文庫)天孫降臨の謎―『日本書紀』が封印した真実の歴史 (PHP文庫)神楽酒造 天孫降臨 芋25゜720ml陶器ボトル

遡って母アマテラスの出生からして人類とゆー生物と比較したら尋常ではナイが
アメノオシホミミも然りでアマテラスがお腹を痛めて産んだワケではもちろんなくて
アマテラスの左の角髪(ミズラ)に巻いてた玉から産まれたのだった
しかもこの玉を噛んで吹き出した息吹から産まれてるのだが
噛んで吹き出したのは誰あろうスサノオで
つまり姉アマテラスと弟スサノオの皇子なんであるるる~

ある時このアメノオシホミミが
アマテラスとタカギノカミの命で
地上の葦原中国(アシハラノナカツクニ)を治めるために
天上の高天原(タカマガハラ)から降りるコトになったのだが
その時ちょうどアメノオシホミミに次男のニニギが産まれた(※)ので
自らの代わりにニニギを遣わした
タカギノカミの娘のヨロズハタトヨアキツシヒメノミコトとの間の子

ニニギは葦原中国に降りて高千穂の峰に居を構えたが
この高千穂の宮のそばにある笠沙の岬でニニギは美しい女に出会う

眠れないほど面白い『古事記』: 愛と野望、エロスが渦巻く壮大な物語 (王様文庫)

女はオオヤマツミノカミの娘コノハナノサクヤビメで
そんなコトはさておき、サクヤと交わろうとしたニニギだったが
ちゃんと父親の許しを請うよう、サクヤに促されて
仕方なく(?)オオヤマツミノカミにサクヤとの結婚を約束すると
これをたいそう喜んだ父親はサクヤだけでなく姉のイワナガヒメも添えて
たくさんの食糧と共に早速ニニギの元に送りつけた

ところがニニギは姉のイワナガがブスだったので気に入らず
イワナガだけ送り返した。(゚д゚lll)ギャボ

オオヤマツミノカミとニニギは険悪になり
煽りを食らったサクヤも一夜の契りを交わしただけで捨て置かれてしまう
(てか、ニニギは最初からヤリ逃げするつもりだったろうがw)

これでニニギの子を宿してたサクヤは
産み月が迫るとニニギの元へ認知を求めてやってきたが
男にしてみると最中は一夜の愉しみで済んでしまえば一夜の過ち

妊娠の事実を突きつけられるとニニギは逃げ腰になりシラを切る
挙句「俺の子でなく他のヤツの子だろ?!」
自らの不埒さを棚に上げては女に罪を擦り付けて責任逃ればかり・・・
かくも男とは神代から責任の追及をすれば逆ギレするモノなのだ。(´д`;)ギャボ

そんなニニギにか男ってモノにか愛想を尽かしたサクヤは
アテツケのような凄い出産を行う

入口のない宮を構え、中から周囲を土で塗りこめ、宮に火を放ち
ホデリノミコト(火照命)、ホスセリノミコト(火須勢理命)、ホオリノミコト(火遠理命)と
3人の皇子を燃え盛る炎の中で産んだのだった

で、この悪い男の見本みたいなニニギがうちの氏神様なんですと~ヽ(゚∀。)ノ

イワナガとサクヤの姉妹はその名の通りの容貌で
イワナガは岩のように頑健であり
サクヤは咲き誇る花の如く艶やかだったので
ニニギは若い男らしく肉欲に忠実にサクヤだけを欲した

確かに艶やかな美女は若い男の肉欲を刺激するだろうが
愛情を育む前に一夜を過ごして男の征服欲を満たしてしまえば
どんな美女とてやはりお払い箱なのだ。(゚д゚lll)ギャボ

とゆー美女の悲哀のお手本がサクヤなのであるるる~

それに比して岩のような頑健さはナチュラルな美しさであり
健やかであるコトは人間にとって何よりの宝だ
しかしニニギは健康になぞありがたみを感じられナイほど
若く壮健でましてや神なのだった・・・ヽ(゚∀。)ノ

ところでイワナガとサクヤの他にコノハナチルビメとゆーヒメもいて
スサノオの息子ヤシマジヌミノカミと結婚したが
あのオオクニヌシノミコトはこの家系(※)なのである
スサノオから6~7代目とかその辺は定かではナイが・・・

唐突だがイワナガヒメ=コノハナチルビメではナイだろうか?
だとしたら悪い男には引っかからずに
幸せな結婚ができたのはイワナガの方だったりして?!

ちなみにこの天孫ニニギが降臨の際に持ってきたのが三種の神器で
八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、八咫鏡(ヤタノカガミ)、
クサナギノツルギとも称される天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)だ

平の将門 (吉川英治歴史時代文庫 (46))

それにしてもニニギは築土神社の主祭神であるが
この神社は平将門所縁で日本武道館の氏神でもあるコトから
戦の神であるような印象を受ける(天叢雲剣もそれに一役買ってる)が
実は農耕の神なのである・・・(゚ ゚;)

種蒔き本能から由来してるのだろうかw

スサノオ

天の岩屋戸の前でアメノウズメノミコトがストリップ・ショーをやったコトで
高天原に集まった神々のテンションは最高潮に達し
この盛り上がりを不審に思った天の岩屋戸に引き籠ってたアマテラスオオミカミは
岩屋の戸を少し開けてしまい結局岩屋戸を出るに至ったワケだ

古事記 (学研M文庫)古事記・日本書紀を歩く―神話と伝説の世界を訪ねて (楽学ブックス―文学歴史)とんでもなく面白い『古事記』 (PHP文庫)

尤もアマテラスが天の岩屋戸に引き籠ってしまった直接の原因は
弟であるスサノオノミコトの暴挙を姉として庇い切れなくなったからか
その暴挙が本トは自分に対する脅しだった、と気付いたからではナイかと思うが
とにかくスサノオが原因だったのは間違いナイ

アマテラスとスサノオは姉弟とはいえ
なんせ神なので産まれ方が非生物的であり
アマテラスとスサノオとその間のツクヨミノミコトの3柱兄弟は
父神であるイザナギノミコトから揃って産まれてるのだ

イザナギと妻のイザナミノミコトは日本の国土と八百万(ヤオヨロズ)の神の生産者で
その末の3兄弟に当たる(この3柱だけを兄弟と括るのもおかしな話だがw)

アマテラスは「天照」の名の通りに太陽神で高天原(天上界)を支配しており
弟のツクヨミは「月読」の名の通りの月の神で夜の世界を統治しており
更なる弟のスサノオは「須佐之男」・・・え~っと(-_-;)
とにかく海原を司ってた・・・もとい、司るよう父親のイザナギに言い付かってた
だのに言い付けを怠ってただひたすら泣き喚いてた。・゚・(ノД`)・゚・。

泣いてばかりいるスサノオにイザナギがその理由を問うと
「母の国(死者の国)へ行きたい」とのたまったのでたたた~いへん!
これに激怒したイザナギはスサノオを追放してしまう!!
それでスサノオは姉のアマテラスを頼って高天原に行くのだが・・・

だがしかしこのエピソードはスサノオも変だしイザナギも変だ。(゚д゚lll)ギャボ

イザナミはイザナギの妻なので家系図上はスサノオの母親に当たるが
産んでもらってもいなければ育てられてもいナイワケで
スサノオの中にイザナミは長じてから泣き暮れるほどに慕う母とゆー存在なのだろうか?
そうであったとしてスサノオはまがりなりにも神なのだし
ただ泣いてるなんて幼稚な方法をとらずにちゃんとした形でイザナギに申し出るとか
もうちょっと大人な解決策を得られなかったのかね?!
またイザナギもそこで追放してしまうほどにスサノオの返答に激怒したのはなぜだろう・・・
明らかにスサノオが海原の統治を怠ってたコトではなく
スサノオの母を慕う返答自体に激怒してるのだが。(´д`;)ギャボ

徹底比較 日本神話とギリシア神話 (学びやぶっく)

これがギリシア神話だともう少し叙情的な解釈に望むトコロだが
『古事記』は天皇家の正統性を追随する為に編纂されたモノだってコトと
民間に伝承してる信仰の礎的存在にあるってコトからすると
スサノオがイザナギの鼻(鼻息)から産まれた故に風の神であり
風の神であるスサノオが海原を統治する役目にあるのは
風(天候)によって千変万化する海に対しての畏怖の念からだと思われるし
スサノオが泣き喚いてた様は暴風雨や台風それ自体や
これらによって引き起こされる洪水や津波などの破壊的な自然現象を
簡潔に説明するのに都合がよかったに違いナイ

また不浄(死)に対しての拒絶反応は
科学が発展して自然現象の様々な仕組みが解き明かされた今と比べたら
相当なモノだったと予想できるので
不浄は不浄として忌むべき、とのはっきりとした認識を与える為に
不浄の実体験(※)を踏まえたイザナギに不浄の認識が甘かったスサノオに対して激怒させた
と見るとすっきりと話が片付くのだがね
イザナギは死んでしまった妻イザナミを黄泉の国まで迎えに行ったが連れ帰るのに失敗

追放されたスサノオはアマテラスを頼って高天原にやって来たが
これをスサノオが攻めてきたと勘違いしたアマテラスは武装して立ち向かった

武装とゆーのはすなわち男装で
髪をミズラに結い(直して)ユギをしょってユミを振り翳し雄叫びを揚げた

このくだりに宝塚の『ベルばら』のマリー・アントワネットを連想してしまった自分w
いや、自分だけでなくヅカ・ファンの方には雄叫びが脳裏に閃くはず

私は高天原の女王~なのです!

これでアマテラス像はオスカルとマリー・アントワネットキャラを併せ持つ
無敵の人物のように想像できるが実は神なのであるるる~((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル
しかも神として悠然と構えておらずに
一国の王(女王)として居ても立ってもいられずに挑んだのだ(゚*゚;)

ところがスサノオの方はそんな無敵の姉の言動に一切構わず
なななんと姉と契りを結ぶ・・・バタリ ゙〓■●゙

そして産まれた子をもってして
立派な子供が産まれたのだから間違いは無かった!!
と自身の身の潔白をアマテラスに納得させてそのまま高天原に居つくヽ(゚∀。)ノ

しかし以来スサノオの暴挙は枚挙に暇がなく
大酒をかっ喰らい、田の畦を崩し、用水路を埋め、神殿でウンコ(゚Д゚+)ゴルァ!!
仕舞いには機織部屋に皮を剥いだ馬を投げ入れるに至り
それまでスサノオを庇護してたアマテラスだったがさすがに庇い切れなくなって
スサノオは高天原においてもまたしても追放の憂き目に遭う

こうしてスサノオがいなくなって平和になった高天原で
アマテラスはなぜ天の岩屋戸に引き籠ってしまったのかがまた変な話だが
その前にスサノオが次々と悪事を行ったのが無意味かつ不自然だ

でも実はスサノオの悪事には一貫性があるコトにある時気付いた
総て農耕に対する妨害行為だったのだ!

アマテラスはシャーマン(巫女)としてまた女王として
村落が潤うように農耕を奨励してたワケだが
農業政策推進のウラには焼畑などの森林破壊が免れられナイ事実としてあり
木の神でもあるスサノオにはそれが赦し難かったのではナイだろうか?
またそんなスサノオの気持ちに気付いても
アマテラスは立場上スサノオに賛同するワケにもいかず
葛藤の末に引き籠ってしまうしかなかった・・・とか考えられなくもナイ

ちなみに古代日本においてシャーマンとして村落を統治してたって
誰でも邪馬台国の卑弥呼女王を思い浮かべるだろうが
神とされてるアマテラスの実体は神としてのキャラクターより
シャーマンとしてあるいは女王としてのキャラクターの方が色濃くて
どうしてもこの2人が被ってしまう
アマテラスが神らしい振る舞いを見せたのが唯一この天の岩屋戸引き籠り事件で
太陽神であるアマテラスが天の岩屋戸に引き籠ったら天地が暗黒に包まれた
ってこれはさすが神でしかも太陽神だったね

木をうえるスサノオ―ゆかいな神さま

以上は古事記からの物話だが日本書紀の異説には
スサノオが髭を抜いて放つとその髭が杉の木になって胸毛は檜に尻毛は槙に眉毛は樟になって
スサノオの子であるイタケル、オオヤツヒメノミコト、ツマツヒメノミコトの三柱の神が木種を播いた
なんて記述があって実際そんな伝承の元にスサノオを木の神として祀ってる神社もある

農耕文化の導入によって村落はクニへと発展して
人々の生活も狩猟・漁撈・採集とゆーある意味その日暮らしの不安定なモノから
計画的で安定なモノへと移行してったので
誰も農耕奨励に異論を唱えるモノはいナイ中で
ただ一人スサノオはそれによって伐採されてく木々の声を聞き
今まで恵みを与えてくれた森林の嘆きを感じてしまったのだろうか・・・

それを打ち明ける相手もいなければ術もなく
海を統治せずに泣き喚いてたせいで追放になった時と同じく
どうも直情的過ぎる行動しかとれずに目も当てられない暴挙に走ってしまったのか・・・

そしてスサノオの木の神もしくは森林の神としての脅しは現代に続くワケだ
自分の髭から作った杉と掌る風によって【杉花粉症】を起こしてる
とすると妙に納得が行くのは自分だけだろうかね

マリー・アントワネットの肖像

何年かぶりに『日曜美術館』を見たが
マリー・アントワネットの肖像画家「ヴィジェ・ルブラン展」開催中とのコト

王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
図説 ヴェルサイユ宮殿―太陽王ルイ一四世とブルボン王朝の建築遺産 (ふくろうの本)
ルーヴル美術館―時を超える美の空間
侯爵夫人ポンパドゥール―ヴェルサイユの無冠の女王
ポンパドール夫人 [DVD]
ドレの絵で読むドン・キホーテ

アントワネットの肖像画は数多存在するが
自分の気に入ったモノとはこれまでに巡り会ってナイので興味津々で見てたが
やはりどれも今一つの印象だった

ところがヴィジェ・ルブラン自身の自画像が素晴らしいw
瑞々しい美少女が素朴な微笑で真っ直ぐにこちらを見据えてるので圧倒されるるる~
近くでやってるならこの絵だけでも実物を見る価値はあるp(-_-+)q

早速ググってみたが開催してるのは三菱一号館美術館だった
それにしてもこのサイトは美術館のサイトとして見づらい・・・
美術館のトップページに移動するのにヘッダーにあるロゴから飛べナイし
開催日時と休館日と開館時間なんて探さなくても゚+.(・∀・)゚+.゚イイ場所に配置すべき
まず情報を得たくて見て、ヨユーがあれば(むしろ観てきた後で)細部も読む
なんてのがこういうイベントのページの主旨だと思うのだけど?

「ヴィジェ・ルブラン展」はとりあえず時間があれば行ってこようと思うが
1点でも気に入るアントワネットは見つかるだろうか・・・???

自分がアントワネットの肖像画全般に徹底的に失望したのは
2008年のルーヴル美術館展
それまでもアントワネットの肖像画は1つも気に入らなかったのだが
ルーブル所蔵のモノもこんなのか・・・と思ったら酷くガッカリしたのだ

そりゃあ池田理代子の『ベルばら』でのアントワネットに慣れてたら
しもぶくれのおばさんのアントワネットなんか受け付けナイってば(;つД`)

それとは別に自分はポンパドゥール夫人に好意的だったので
彼女の趣味を反映した家具調度が見れる機会としてそこには凄く期待してた

入場して1番最初に眼に入ったのはなんとミラボーの肖像画で驚いた!
しかもこれが自分の知ってるこういうブサイクなオッサンのミラボーではナイのだ!!

若き日のイケメンぶりにあっけにとられつつも惚れ込んでしまい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
帰宅後にネットをくまなく探してみたのだがそれらしい画像がなく
ただ息子の肖像画を発見してしまったら確かにハンサムだ

やっぱりミラボーも若い時はこんなだったのだろうか?
たった数秒見ただけの幻のハンサム(理想化)ミラボーが本トに観たのか
記憶が曖昧になるちょっと前にそれらしい画像をネットで発見↓

しかしこの美青年はミラボーでなくボーマルシェだ。(゚д゚lll)ギャボ

おかしいな~???
確かに「ミラボー」のキャプションがあってこの絵を見たはず・・・
なんせミラボーの肖像画があるとわかれば
自分が次に期待するのはラファイエットの肖像画だp(-_-+)q
これは結論から言うとなかったがそう期待をしたのだから
とりあえず「ミラボー」だったコトは間違いナイ

まあこのルーヴル美術館展の主旨はミラボーでもラファイエットでもなく
ポンパドゥール夫人とマリー・アントワネットなのだがねw
しかもこの展示の趣旨は宝飾品や家具調度で
ポンパドゥール夫人とマリー・アントワネットはもちろんルイ15世~16世の
つまりブルボン家の趣味が反映されたモノばかりなのである

その前の太陽王と呼ばれた14世の時代には
華美と荘厳の限りを尽くして悪趣味に近くなってた(※)のだが
それが15世~16世の時代に奥方や愛妾の女性の趣味が尊重されるようになって
繊細で優美に洗練されてきたのだ、と予想してたが予想通りだった
建築様式としての当時のゴシックね、現代のゴスロリファッションは別

観ててまず思うのは基本的に総て同じデザインだとゆーコト!
あえてそうして揃えるのがオサレだったのだろうね

ワビサビ文化を理解できてる日本人の感覚からしてみると
いくらだだっ広い部屋でも豪華絢爛の品が相争うように隣り合って並べてあるのはいただけナイ
趣味に全く統一感のナイ派手さは成金趣味の虚栄心の象徴のような客間になってしまうが
グロテスクさを嘲笑する以外には鑑賞のしようがナイ。(´д`;)ギャボ

それとは対照的なのが今回の展示品だ
広大な敷地にある邸内のどの部屋にいても不和を感じさせナイようにか
一貫したデザイン(テイスト)で
それぞれの特徴(用途)を生かした微妙な違いを持たせながら
同じように作らせる、そのヨユー・・・
これこそが貴族趣味と言うモノなのではナイだろうか・・・ホゥ(*-∀-)

もちろんそうして作らせたモノは
必要なモノがあるべき場所にあるだけなので
居並んでたとしても空間を奪い合ったりしてナイから鬱陶しくナイ
但しそれを展示品として陳列してる場合は
十分なスペースが与えられてナイのでぶつかり合ってしまい
鬱陶しいコトこの上ナイヽ(゚∀。)ノ

しかもどっちを向いても一様にキンキラしてるだけだと成金趣味より煩わしくなり
仕方がナイのだがその事態に気付いた瞬間には観る気を失った
(そう気付くまでに数点観ただけだったがある意味全部観たのと同じだしねw)

会場を出てショップでは3枚ほどポストカードを買うのが習慣で3枚選抜・・・
したかったがマリー・アントワネットで気に入るモノがなくて
薔薇の時計とアントワネットの肖像画がベルばらチックな栞にした→

ポンパドゥール夫人も特に気に入ったのがなかったので
消去法で有名な1枚に決めたが
むしろミラボーのがあったらそれが欲しかったな・・・
でも展示品の中で1番のお気に入りの『ドン・キホーテ』のタペストリーが
意外にもポストカードになってたのが収穫、収穫(*^^*)ムフフ

『ドン・キホーテ』を心底愉しむヨユーあるフランス貴族の洒落た趣味(ギャグのセンス)
これがわかったのが何よりも収穫だったね

葦舟と葦笛

『古事記』では冒頭の国産みの時に最初に産まれた蛭子が葦舟で流され
『旧約聖書』でもモーセが流されたのは葦舟だった

と表記されてる日本語訳を信じてたがモーセのはパピルス製であったコトが判明した

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パピルスは『聖書植物大事典』によればカミガヤツリと言うくらいでカヤツリグサ科だが
葦はイネ科で全くの別物であるるる~

葦は高さ2~6mで茎の太さは1cm程度だが
パピルスは高さ4~5mで茎の太さは最大6cmにも及ぶ

そんな葦を束ねて作っただろう蛭子の舟はすぐに浸水してしまいそうだし
流されたのも海では助かる可能性は無いに等しいが
これはきっと間違いなく帰ってこナイようにそうしたのだな(-_-;)

ところがモーセの方は親が殺すに忍びなく頑丈なパピルス・バスケットに入れて
誰かに拾ってもらえるようにとナイルに浮かべ運良くエジプトの王女に拾われたワケだ

今まで両方が同じ葦舟だと思ってて腑に落ちなかった部分がすごくスッキリしたw

それなら葦笛はどうなのだろう?

ググってみたがWikipediaには該当項目はなく
どうやら日本では葦の葉を鳴らす葦笛はあるが葦の茎で作られた葦笛は存在しナイらしい
尺八や雅楽の笙(しょう)などはどれも竹製だ(※)
尤も大陸より伝来してるので日本起源ではナイのだが・・・

バレエ『くるみ割り人形』に「葦笛の踊り」があるが
これは英語だと「葦笛」の部分はreed pipeで和訳すればまさに「葦笛」と訳せそうだが
残念ながらパイプオルガンのパイプ部分の呼び名でフランス語ではjeux d’ancheだ

それなら「葦笛の踊り」は仏語ではどうなのか?
「Danse des mirlitons」となるがこのmirlitonsとはkazooのコトだそうだ。(゚д゚lll)ギャボ

LINK:Kazoo

LINK先を見ての通りKazooも「葦笛」ではナイが邦題は英語からの誤訳で「葦笛」としてて
でも仏語から英語になる時点でも誤訳があったワケでなんともややこしい事態だ。(´д`;)ギャボ

基本的には日本語で「葦笛」と訳すのは
英語ではpan flute、もしくはpan pipe
仏語ではflûte de Pan、もしくはsyrinx
これらのpanは材料とする植物の名ではなく
ローマ神話に登場する牧神パン(パーン)に由来してて
仏語のsyrinx(シュリンクス)もこの挿話に因むが
それによれば確かにこの笛は英語ではwater reeds、仏語ではroseauxから作られてて
紛うこと無き「葦笛」なのだが・・・

この牧神パン所以の葦笛の形状は葦を長短に切り音階順に並べて束ねたモノで
前述のパイプオルガンの部品やハーモニカの原型となったようだ

そうしてやっと頭の中が整理できたと思ったら
普段は見もしナイのになぜかテレビをつけると『旅のアルバム・世界の工芸品』なんてのをやってて
しかもイタリアのサルディニアの職人が葦製の笛ラウネッタ(Launetta)を作るって?!

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

ところがこれが直径2~3cmで葦より全然太いっつーのw
この番組も誤訳なのだった(-_-;)
LINK:ラウネッタ画像あり

☆・・・追記
あとからよくよく調べてみたら
イタリア語ではLauneddasだった
ラウネッタでなくラウネッダスが正しい表記なのでは・・・
さすが天下無敵のNHKクオリティw