王様の耳はロバの耳

『王様の耳はロバの耳』と言えば
日本ではイソップ(アイソポス)寓話として知られてて
自分の世代だとミュージカルで観てたりするのだが
元ネタはギリシア神話のエピソードの1つだ

ロバの耳をした王様がいてそれを秘密にしてる
そんな前フリで物語は始まるのだが
王様がなぜロバの耳をしてるのかの説明は一切ナイのが常だ

King Midas and the Golden Touch

実は王様の名前はミダスと言い
太陽神アポロンの竪琴と牧神マルシュアスの葦笛で
演奏を競った際にマルシュアスを応援してて
マルシュアスが負けたので
お前の耳はおかしい、そんな耳はこうしてやるるる~
と、アポロンによってロバ耳にされたのだった。(゚д゚lll)ギャボ

アポロンはオリュンポスの12神に数えられてる神で
言わば神々の中でも代表格なのだが
それに比して、牧神マルシュアスは「神」の字は付くが
酒の神ディオニュソス(バッカス)の従者でしかなく
この勝負は音楽自体よりも演者の格からして
奏ずる前から勝負が決まってる気がしなくもナイ
ましてやアポロンは太陽神で音楽の神でもあるのだからして!

なので、完璧主義者のクラシックの演奏家に
快楽主義者のロック・ミュージシャンが挑むようなモノだが
それにしたって負けたマルシュアスの生皮を剥いだり
応援してた人間をロバ耳にするとは酷いp(-_-+)q

まあアポロンは人でなく神なので
むしろまさに「人でなし」なんだがなw

この挿話の教訓てのは
ロバ耳にされたミダス王は単なる聴衆でしかなく
一国の王ではあっても
音楽に関しては素人でしかナイのだから
彼に許される音楽に対する意見は
好きか嫌いかの個人的見解の範疇までで
間違っても第三者的に「評価」をしてはいけなかった・・・
そういうコトなのかね?

ギリシア神話では神に対して人間は一律に低位の存在で
人間社会での地位や名誉を得て
驕りや不遜を抱いてる者は
手厳しい制裁を受ける憂き目に遭う

音楽の神アポロンの完璧(なはず)の演奏より
牧神=山羊男のマルシュアスの方が劣ってる(はず)
なのに、たかが人間ごときが
その歴然とした勝敗に口出しをするのはタブーだったのだ

具体的にどんな演奏だったのかは不明なので
実際に聴いて自分がどちらを好むかは
自分自身にもわかりかねるがね
なんてのは現在日本人だからほざける戯言なのだよ(-_-;)

個人的にはアポロンは格別に好きな存在なので
その演奏を聴ける機会に恵まれたとしたら
それだけでもう拝んでしまうしかナイし
どれほど優美な旋律なのか
想像してるだけでも陶酔できる・・・ホゥ(*-∀-)

でも少々酔いどれのマルシュアスの調べに合わせて
くるくると回って陽気に踊りながら呑むのも
愉快そうだとも思われ♪

絶対的に優れてるのはアポロンだとしても
自分はマルシュアスにも好感が持てるかもしれナイので
ロバ耳にされたミダス王には同情を禁じ得ナイね

想像するにミダスは
王様だけあって育ちが良過ぎたのだろう
プライドの高い相手を憤慨させてしまうと無駄に恨みを買うだけ
そういう苦い経験をしておらず
畏れずに素直な感想を言ってしまったのだろう
それにしたってアポロンは横暴過ぎるがな・・・

自分は音楽に関しては
よく言えば音痴で、はっきり言えば音感なんか全然なくて
曲の出来の良さなんてのはまるでわからん人種だ

それでも音楽に対して歴然とした嗜好があるのは
音楽を構成してる要素以外の部分で
ぶっちゃけ、好感持てるかどうか、だけで選別してるるる~

ノリやすい調子の良さに踊ってみたり
うっとりとしてくるような繊細さや可憐さに目を瞑って心酔したり
心の中を白南風が吹き抜けるような清々しさに一緒に歌ってしまったり
反対に心の中の澱を吹き飛ばす破壊力に合わせてヘドバンしたり
そうして気に入った曲を物凄く愉しんではいるが
絶対音感ある人や音楽が理論的に解かる人には
こういう感覚ってあるのかナイのか
なかったとしたら謎なんだろうか?

ミダス王がどれほど音楽を聴き分けられたのかは不明だが
聴き分けられナイ人間には音楽を愉しむ価値もナイと
その権利を奪うのは音楽の神として正しいんだろうか?!

古代ギリシアではこの物語が
教訓を知らしめる説話としてあったらしく
驕り高ぶり、神に逆らったり
賢者に物言う者は必ずや罰が下り
マルシュアスのように生皮を剥がされたり
ミダスのようにロバ耳にされたり
そんな悲惨な目に遭うと・・・
それにしても戒めの域を超えた残虐さだが。(´д`;)ギャボ

だいたいにおいて演奏する人間(もしくは山羊男)は
何のためにそうして素晴らしい音を奏でるのか?

奏者自身も含めて
その演奏が必要だからで
なぜ必要なのかは癒しとなるからだ
愉しむのも愉しむコトによって最終的に得てるのは癒しなのだ

悲劇の誕生―ニーチェ全集〈2〉 (ちくま学芸文庫)

ところで上記のアポロンとマルシュアスの奏でる音の対比は
ニーチェの言うトコロのアポロン的、ディオニュソス的と置き換えるのは早計だが
プルタルコスの『モラリア【5】』に収録されてる「デルポイのEについて」に
素晴らしい見解の引用の記載がいくつかあり
それによって自分の想像が全く見当外れだと気がついた(滝汗)

エウリピデス

ステシコロス

ソポクレス

ところでジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』の
「バースの女房の話」の中にこのロバ耳の王様のエピソードがあるが
チョーサーは王様の秘密を唯一知ってるのは床屋でなく奥さん(王妃)としてて
壺ではなく泉の水中に告白してしまうとしてるるる~

しかもこの挿話の続きはオウィディウスを参照するように促してて
こちらは通常通りに秘密を知ってるのは床屋で
掘った穴に秘密を漏らすとその穴を埋めた後に葦が生えてきて
その生えてきた葦が風にそよぎながら囁いて秘密をばらした、としてる

また【葦】なのかヽ(゚∀。)ノ