世界観を構築した10冊(子供の頃の愛読書)

人生において最良の本を
10冊選ぶとしたら?

まず、小学校高学年の時に
選んでたと思われる10冊(タイトル)

生きている地球(学研学習マンガ)
ビーグル号航海記(チャールズ・ダーウィン著)
シートン動物記(アーネスト・T・シートン著)
ハックルベリー・フィンの冒険(マーク・トウェイン著)
宝島(スティーヴンソン著)
幸福な王子(オスカー・ワイルド著)
にんじん(ルナール著)
クォ・バディス(シェンキェビチ著)
埋もれた世界(A・T・ホワイト著)
キュリー夫人 愛と科学の母(清閑寺健著)

これらは人生の初期段階で
世界観を構築するのに役立ったが
後に人生の岐路においても
常に道標となった

虚弱体質だった幼少の砌に
お世話になった小児科の待合室に
置いてあったのが『生きている地球』

【ビッグバン】から始まり
地質時代の様子が年代を追って描かれたマンガで
それはまさに知りたかったコトばかりで
毎度、熱心に読んでは
興奮して更に熱が上がってたw

その本への病的な執着が
遂に医師の妻で薬剤師の女性の心を動かし
「よかったらどうぞ持って帰って
差し上げますから」と言わしめた時
熱意が人の心を動かすと
奇蹟が起きるのだと
初めて確信したのだった

生命の誕生から
人類への進化までを
理路整然と説いた【進化論】には
魂を揺さぶられたが
とりわけ生命の誕生については
オパーリンの【コアセルヴェート説】で
神々しく美しい生命のスープが
干潟になって濃縮してく様子を思い描いては
生命の神秘に涙した

そんな風に理性と感動によって
自分が世界観の外枠を構築した後で
旧約聖書の冒頭の創世記による世界の始まりを
キリスト教かぶれの母親から
いくら恭しく押し付けられたトコロで
突っ込みドコロ満載な寓話としか思えなかったw

【進化論】を構想するに至った経緯を
ダーウィンが綴った『ビーグル号航海記』は
自然の厳しさ(ある意味無慈悲さ)と
そこに生きる生物の
力強さと儚さ、強靭さとしなやかさといった
地球が織りなすドラマに感じ入った

そうして【進化論】を踏まえて
動物の生態に興味を持つようになり
『シートン動物記』も読むべくして読んだが
中でも「狼王ロボ」でオオカミが大好きになり
今に至るるる~

『ハックルベリー・フィンの冒険』や『宝島』は
『ビーグル号航海記』からしてそうなんだが
後に海洋小説とそれを原作とした映画を
格別に好むきっかけになった

まあ自分自身はからきし苦手で
酒より船の方が酔うんだがね( *゚Д゚)つ[酒]

典型的なお人好しの江戸っ子だった自分は
『幸福な王子』でワイルドのペシミズムに衝撃を受け
母親に嫌悪されてると悲観し始めた時
『にんじん』で同士を見出してほっとした

歴史小説『クォ・バディス』(※)は
ローマ皇帝だったのがネロの時代の
キリスト教に傾倒した長編で
実在した登場人物のネロとセネカ
そしてペトロニウスが魅力的だった
映画のタイトルでは『クォ・ヴァディス』、新訳(岩波文庫)だと『クオ・ワディス』

当時はまだキリスト教に対して
今ほど反感は抱いておらず
もれなくこの小説こそが
不信感を募らせる要因になったのだったヽ(゚∀。)ノ

『埋もれた世界』は
トロイア、エジプト、メソポタミア、マヤの
遺跡を発掘する考古学者たちについて
子供にもわかりやすく書かれて(翻訳されて)たが
古代文明の中でも自分は特にトロイアに惹かれた

たくさんの伝記を読んだ内では
『キュリー夫人』に1番感銘を受けたが
それは化学者としてノーベル賞を受賞した女性が
既にいるのは心強かったからだ、なんて
自分もキュリー夫人の後に続くつもりでいて
化学だけは執り憑かれた様に勉強してた

但し、物理学(の数式)を理解できるほど
知能を持ち合わせておらず断念。(´д`;)ギャボ

『クォ・バディス』の著者シェンキェヴィチも
キュリー夫人と同じく
ノーベル賞を受賞してるポーランド人だが
受賞時にはポーランドは地図上から消えてて
2人とも祖国独立を悲願してたのだった。(゚д゚lll)ギャボ

結局、シェンキェヴィチは
独立を目にする前に命尽きたが・・・

上記10冊の他にも
世界観を構築するのに
補助的な役目を担ったのが
山川出版の日本史用語集と世界史用語集と
旧約聖書・新約聖書、古事記、ギリシア神話などで
愛読書と言うよりは便覧のように
何かにつけ参照しまくった

自分はこの時点で最早
読書の醍醐味は
1冊の本を最初から最後まで読みこなして
単体で消化するだけに非ず
一言一句から
著者の真意を汲んで
改めて世界を読み解くコトに
意義があると気付いて
生真面目に読書をしなくなった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

40年近く経った今
改めてこれら10冊に感謝したいのは
与えられた知識はもちろん
感動、信条、希望、霊感・・・etc.etc.
そしてノスタルジーも加わり
人生をスピリチュアルな面から
支えてくれたコトだ

気のふれた母親に
押し入れに閉じ込められても
電気スタンドで照らされた文字から
確信してた

世界は広く美しい(はず)

いつも心を希望で満たし
明るい未来へ導いてくれ続けた

親友(著者)と時空を超えて
共有してる宝物のような存在が
愛読書だと自分は思う

Hermione

オオカミの名前ならハリーに決まってる

ヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』のハリー・ハラー由来だが
そう思って作ったこのピンク色のオオカミは
どうやら女の子だったらしく、ハリーってカンジではなかった

名前には謂れがなくてはならナイって信条があるため
テキトーにはつけるコトができず
次の候補はアーネスト・シートンの『狼王ロボ』から
雌狼の名を借りてブランカとしようしたが
あれは白いからブランカ(Blanca)なのであって
モモイロだったらロサーダ(rosada)だw

しかしそれではまるで意味がなくなってしまうので
『荒野のおおかみ』に戻って、相手役の女性の名にしようかと・・・

荒野のおおかみ (新潮文庫)狼王ロボ シートン動物記 (シートン動物記) (集英社文庫)

Hermine(ヘルミーネ)、これはHermanの女性形だから
作中ではハリーの相手役なれど、実質的にはヘッセのアニマ像だろう
もちろんヘッセが自身をハリーに投影したのは言うまでもナイ

既にHermineから「へるちゃん」と呼び始めてたので
確定する前に今一度Hermineを調べてみると
フランス語読みだとエルミンだのアーミンになってしまうと知って
Hermineにするのを躊躇しつつ、ふと頭をよぎった

あれ?
HermineってHermioneとは1文字だけ違うけど
もしかして元は同じ???

ググりまくっても確たる証拠は得られなかったが
むしろHermineと関係なくともHermioneが好い気がしてきた

Hermioneは『ハリー・ポッター』のせいで
日本では英語発音のハーマイオニーが主流だろうし
名前からくるイメージもハーマイオニー=エマ・ワトソンで
知性を兼ね備えた美貌の魔女なのだろう

ハリー・ポッター コンプリート セット (8枚組)(初回生産限定) [Blu-ray]

でも『ハリー・ポッター』以前なら
Hermioneはギリシア語読みのヘルミオネーで
トロイ戦争の際にヘレネーに捨て置かれた娘の名だ

いや、ヘレネーが留守の夫を裏切って
ハンサムな他国の王子(これがトロイのパリスなのだが)と不貞の末
娘のヘルミオネーを捨ててまでの逃避行を決行したせいで
トロイ戦争が勃発するに至ったのだ

まあ、そうしてヘレネーがトロイ戦争の引き鉄を引いたのも
アフロディテの差し金なのだがね

The Trojan War トロイ戦争

それにしても改めて考えるとなんか似てね?!

ハリー・ハラー(Harry Haller) / ヘルミーネ(Hermine)
ハリー・ポッター(Harry Potter) / ハーマイオニー(Hermione)

これだけ見てると作者がヘッセのファンで
リスペクト的にこの名前を使ったように思えてくる
そうだとしたら、ハリー・ポッターとハーマイオニーはハッピーエンドにはなるまいて
実際、ハーマイオニーはロンと結婚したらすぃし

ところで『荒野のおおかみ』は原題がSteppenwolfで
カナダにはかつてそんなバンドがあった
とはいえ、そのバンドのメンバーがヘッセ・ファンだったワケではなく
プロデューサーがそう付けた、とWikiにある

Steppenwolf (BORN TO BE WILD)イージー★ライダー コレクターズ・エディション [DVD]

そうと知ってがっかりしたが
それとこれとは別にして、Born to Be Wildは好きな曲だ

読書の意義と生きる意義

自分が寝る時間を削ってでも読書をするのは
悪夢に魘されてるよりは本を読んでる方が幸せだからだが
不眠不休でその幸福を味わえナイのが人間の宿命で
自然と日々3~4時間は寝てしまうモノだ

睡眠の科学―なぜ眠るのかなぜ目覚めるのか (ブルーバックス)

もちろん睡眠不足が齎す弊害も心得てるので
観念して眠気と無駄な格闘はしナイが
眠ってるより起きてる方が時間を有意義に使えた気分になるし
6時間も寝てしまうと無為に過ごした後悔に苛まれてしまう

それとゆーのも1日24時間の内
やらなければならナイ義務に費やす時間が
やりたいコトをやれる時間より圧倒的に長くやるせナイからで
その不満を少しでも解消する手っ取り早い方法が
眠らずに本を読んで過ごす、ってワケだ

ところがそういう差し迫った状況や
差し迫った状況に自分を追い込みやすい気質を覆して
自暴自棄になって呑んでるだけで時間を過ごせるのだから
アルコールの威力はたいしたモノだな( *゚Д゚)つ[酒]
半分は眠ってるような、もう半分は気絶してるような
そんな朦朧とした状態だと損も得もなく本心が顕現するるる~

このまま現実の世界とはもう縁を切りたい・・・

死にたい、てのとは違う、永遠にでなくw
ちょっとだけ日常のあらゆる拘束から解放されたい
ちゃんときちんとやってるのに
毒づかれて心が疲弊するあの不毛な瞬間を
今日1日だけでも味わいたくナイのだ。(´д`;)ギャボ

だからって、呑んでは壊れ、壊れては呑み
完璧に人格が崩壊して、意識を失って、倒れて、怪我して
這う這うの体で帰宅の途につく・・・
なんて呑み方が毎度なのはさすがにどうかしてるレベルだろうて
これ以上の大怪我をしナイうちになんとかしなきゃヽ(゚∀。)ノ

☆・・・☆・・・☆

リア充、てのはリアル(現実)が充実している人、の意だが
現実=社会生活、に馴染んでるのが当人だけでなく
恋人や友達や同僚もそうである場合に使われるのが専らで
つまり、社会的な立場において貶める隙がナイ人だ

なので、ヲタが人生の目的を達成してたとしても
それが客観的に見て社会性を欠くのでリア充認定はされナイが
現代日本人にとってのステイタスに迎合するのに必死なリア充より
実際、充実度は高いのではなかろうか?

世界の名著〈29〉ヴォルテール,ディドロ,ダランベール (1970年)

 実を言えば、なににもなりたいとは思わないんです。全然なににもなりたくありません。勉強がしたいんです。私は今のままで充分で、なんの不足もありません。ほかにはなにもほしくありません。

パリの法律事務所で見習いをしてた若きディドロのこの発言は
父親を激怒させた(送金も打ち切らせた)が
自分も全く同じ気持ちなのでわかる
これが叶えばディドロも自分も至福であろうとヽ(´▽`)/

哲学 I 〈新装版〉 (ディドロ著作集)

自分はヲタでリア充てのとは対極的な存在で
本を読んで勉強する時、いや、とゆーとなんだな
故人の考えに触れて世界を慮る時、が正しいだろうか?
不明なコトを明らかにしたいからそうするのだが
その答えを得る以上に共鳴したいのだ

世界観を構築する一助となる言が顕現した瞬間
著者とは時空を超えて同志としての一体感を得るのだが
簡単に言えば、世界が燦然と輝き、孤独が癒される
この奇跡が起きたような感覚を一度、味わってしまうと
それだけで満足できてしまうので先のディドロの言葉通りなのだ

とはいえ、ディドロも自分も生身の人間なので
生きてる限り、衣食住を賄う収入を何らかの形で得なくてはならず
本を読んでるだけ、とゆーワケには行かナイ!

自分は生まれながらに勤労者の資質があったので
一労働者として生きてくコトには疑念を抱かなかったが
もう四半世紀以上も1週間の連休さえとれずに
ある意味ずっと働き詰めだったので
会社を辞めて、とりあえずトルコに旅行に行く
そんな計画を昨年の念頭に立てたのだ!!

それが計画後1ヶ月もしナイ内に母親が入院したのをきっかけに
気がつけば介護生活に突入してしまい
当然ながらトルコにも行けなくなってしまった。(゚д゚lll)ギャボ

ポイズン・ママ―母・小川真由美との40年戦争

そんなんでどうにも現状が腑に落ちず
日々の仕事や家事や介護がそれ自体キツイとは思わナイが
母親の吐き出すちょっとした毒で
今更ながらいちいち心がささくれやすくなってるみたいで
なんとも堪えてるのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

☆・・・☆・・・☆

リア充もヲタも生きる目的は幸せになるコトで
そのために何が必要で、どうすればそれを得られるか
そこに違いがあるだけなので
もっとシンプルに突き詰めてみようp(-_-+)q

義務は義務として、こなし(やっつけでも構わんw)
本を買うために働いて、本を読むために睡眠時間を減らす

ん、これで゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ♪

Toxic Perants

「手が震えて、怖くなった、しばらく酒は控える」

父親のそんな殊勝な発言は生まれて初めて聞いた

既にワインを1本空けて、持て余し気味だったのと
色々言いたくても我慢してたコトが
堰を切って出そうになったのでその場に居辛くなった

「それじゃ、自分はちょっと外に呑みに行って来るね」

実際、呑むヨユーはなく、歩く元気もなかったのでタクった

「このまま交通事故で死んじゃったら清々しいな」

タクシーに乗るといつもそう思うが
無事に呑み屋に辿り着くと店主やお客様の顔に安堵して
お金と体力、どっちかが尽きるまで呑む
眠くなったら場所を変えて呑む

これが最近は眠気にやられて身動きできなくなり
うっかり怪我をするようになり
外で呑むのは危険なのでやめるコトにした

☆・・・☆・・・☆

一体全体、なんでこんなコトになったんだろう?
どこまで責任を果たせば許されるんだろう?
いつまでこの生活が続くんだろう???

正直、毒母介護に疲れた

寒いので暖かいお昼ご飯を食べさせてやろうと
昼休みに一旦帰宅して
朝作っておいたモノを温めて出してやるのは
やり過ぎだったかもしれナイ

ましてやそうして温めたご飯を
「お腹すいてナイ」とか「やるコトがあるから」とか
冷め切ってしまうまで手を付けナイのだ

「お願いだから居る間に食べてくれます?」

「だってお腹減ってナイのに無理矢理食べさすの?
あんたは酷い、冷たい、食事も冷たい」

食べ始めてからも何かしらケチをつけるが
こちとら食事作るのはプロ、栄養士の資格もあるしね
それに自分も食べるワケだから美味しく作ってるのだけどw

「ごめんよ、ご主人が管理栄養士の資格とってなくて
ただの栄養士でフツーにちゃんとしたモノしか作れなくて~」

ぬいぐるみのフリして腹話術で聞こえにくいように皮肉を言うのが
毒母の撒き散らす毒からの唯一の防御の手段だが
傍から見たら頭がおかしく見えるだろう
しかもぬいぐるみに自分をご主人とか呼ばせてて
明らかに狂ってるよな・・・

☆・・・☆・・・☆

ここまできたら、もう憤るのはやめようと思った
何も考えず、何も感じず
黙々とやるべきコトを次々こなして
待ってる時にはイライラしナイように編んでれば
ほら、気がつけば一日が終わってるって

あとは呑んでしまって
綺麗さっぱり忘れてしまえば
また明日が新しく始まるのだから
繰り返してる内にどちらかが死ぬだろう

どうしても嫌になって放棄したくなったら
今更だが縁を切って出て行くコトも不可能ではナイのだし
そこまでせずとも部屋に篭って
階下でヤツが泣こうが喚こうが無視してればやり過ごせるるる~

寝て食ってるだけの老女が1食抜いたってどうってこたあナイ
しかしそんなコトをしでかしたら恨み節が鳴り止まず
もっと精神的に追い詰められてしまう

尤も、放っておいても毒を吐くのだから
吐かれる毒の加減を試みるのは虚しい努力なのだがね

☆・・・☆・・・☆

そんなやるせナイ日々の中で
縁あって、新宿2丁目の少年アリス(※)で雇っていただき
毎週土曜の夜~翌朝に働き始めた
新宿ゴールデン街のJules†ジュールの姉妹店

昼間の仕事しながら介護ってだけでも肉体的にはキツイが
週末にずっと母親の毒に当てられっ放しってよりは
精神的には解放されたし
制服(※)を着ると衣装倒錯の本性が顕わになって
生きてる実感が沸々と蘇ってくるのだった
後から調べてみたら『黒執事』のコスプレ衣装だった

【黒執事】 本格派・伯爵シエル夜会服7点セット★ベルベットミニハット付き Sサイズ

せめて、自分らしくありたいヽ(゚∀。)ノ
毒親に打ち勝つのはその一心を自分で踏み躙らナイコトだ

毒になる親

Gormenghast

明後日(10/27)から読書週間だ

世界観をなるべく精確に構築するための知識を得たい

この想いを少しでも叶えるべく
今までも本を読んできたし、これからも読み続けるだろうが
そうして読む意義がはっきりしてるからこそ
主義に合わナイ本を読むのは時間の無駄としか思えなくて
基本的に現代作家の小説は一切読まナイ主義だ

ましてや、ファンタジーとかになると
他人が勝手に創造した異世界なんかどうでもよくて
ファンタジーと銘打たれた『ゴーメンガースト』三部作は
頼まれても絶対に読みたくナイ類のはずだったが
うっかり読んでみたら非科学的な現象は一切見当たらず
どこがファンタジーなんだかヽ(゚∀。)ノ

それにしたって読むべき何かは
少なくとも読む前には何もなかったのだが
執り憑かれたように夢中になったのは主人公に感じ入ったからだ

Gormenghast [DVD] [Import]

そんな『ゴーメンガースト』が実写映像化されたのは
21世紀最初の年で、イギリスのBBCによるテレビシリーズだった

すぐさまキャスティングをググってみると
肝心の主役、ゴーメンガースト城の少年城主タイタスが
予想以上の美少年子役&美青年俳優で期待できたし
敵役のひたすら不気味な存在であるはずのスティアパイクを演るのが
無駄に美形なジョナサン・リース・マイヤーズだったので
余りにもイメージがかけ離れてて驚愕したものの
その意外性にも期待せずにはいられなかった

とはいえ、観る機会を得るのは困難だと思われたので
喜ぶよりも先に諦めてたがね。(´д`;)ギャボ

それが2002年になって奇跡的に日本でもDVDが発売されてみると
DVD2枚組(4時間超えw)で¥6,300とカナ~リ痛かったので
なかなかポチする勇気が出ずにいたりして。(゚д゚lll)ギャボ

マイケル・コリンズ 特別編 [DVD]アレキサンダー 通常版 [DVD]ベルベット・ゴールドマイン [DVD]

それでも最終的に購入するに至ったのは
ジョナサン・リース・マイヤーズに尽きるだろう
『マイケル・コリンズ』や『17』での端役の頃から目にしてて
『ベルベット・ゴールドマイン』のブライアン・スレイド(つか、ほぼDavid Bowie)
そして『アレキサンダー』でのカッサンドロスのジョナサンを観て
こいつはやるかもしれナイ、と思い直したからだが
その予感は的中してて、原作では敵意を抱いてたスティアパイクに
実写ではすっかり魅了されてしまったのだった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

簡単に実写版のあらすじを述べると
ゴーメンガースト城はグローン伯爵家の当主が代々治めてたが
使用人スティアパイクが権謀術数を駆使してのし上がり
城内の頂点に君臨しようとする一方で
まだ年若い当主タイタスは儀式に縛られた日常に嫌気が差し
外の世界に憧れてる始末でてんで相手にならず
それでもタイタスはスティアパイクの息の根を止めて
晴れてゴーメンガーストから外の世界へと旅立つ・・・

ゴーメンガースト [DVD]タイタス・グローン―ゴーメンガースト三部作 1 (創元推理文庫 (534‐1))

原作の三部作中のちょうど2部までで終わってるが
3部でのタイタスの外の世界での体験こそが
自分にとってはこのシリーズの中で重要な部分だったりするので
初めて観た時に愕然としたのは否めナイものの
2度目にはすっかりスティアパイクに感情移入してしまって
主役がタイタスであるコトは忘却の彼方・・・
いや、こっちでは主役は完全にスティアパイクだって!

不思議なコトに通常は原作への想い入れが強いと
実写でのほんのちょっとのブレでさえも裏切られた感が湧いて
全体的にどうにも受け容れ難く感じられるのに
ビジュアル的な美しさと不気味さのマッチ・バランスとか
観念としての善悪の表裏一体、正気と狂気の共存など・・・
そんな原作に潜んでた要素が表面化したカンジで
元よりゾクゾク来るのがたまらなかったトコロがより一層誇張されて
原作の魅力がいや増したのだ!!

そもそもスティアパイクのような心底悪辣な男には
グロテスクな容貌が相応しいと誰もが(作者さえもが)思い描くが
そうとは見えナイ美貌の持ち主が自身の悪徳に対して
整然とした美しい顔を歪めてほくそえむ・・・
まるでドリアン・グレイ的退廃臭がなんとも小気味よいではナイか?!

Gormenghast [DVD] [Import]

こんな男に騙されて徹底的に利用されて
用が済むとあっさり殺されて
死に顔を覗き見ては嘲笑される女ってのも
どうせ幸せな家族に恵まれナイとしたら
女としては案外幸せな人生かもしれナイ気がしたりしてw

だからタイタスの姉フューシャも原作で想像してたより格段に美人で
美形のスティアパイクに篭絡されそうになる危ういシーンが
ロマンティックで思わずうっとりしてしまった・・・ホゥ(*-∀-)

タイタス・アローン (創元推理文庫―ゴーメンガースト三部作)

尤も、原作で自分が1番うっとりしたのは
2部での夢見がちな少年タイタスと
3部での現実に戸惑う青年になりきれナイタイタスなので
どちらも納得の行く美形が演じてくれてたからこそ
いよいよ3部って場面までで終了してしまったのは惜しい(;つД`)

Oscar Wilde [DVD] [Import]

特筆すべきは少年時代のタイタスの教師役に
スティーヴン・フライが出てたコトだが
彼はかつて映画『オスカー・ワイルド』に出てたな

ゴーメンガースト

1999年のある日
本屋の店頭で『ゴーメンガースト』なるタイトルが目に留まり
どういう意味???と無意識に手に取って開いた

ゴーメンガースト (創元推理文庫―ゴーメンガースト3部作)

ゴーメンガースト城。
蜘蛛の巣と苔に覆われたこの巨城の当主は、いまだ年少の第七十七代伯爵タイタス・グローン。
無限に繰り返される煩瑣な儀式から逃れ、未知の世界へ脱出することを、タイタスは望み始めた。
一方、権力の階段を頂まで登り詰めたスティアパイクは、城をわがものにすべく、タイタスの姉フューシャを籠絡せんと謀っていた。
日一日と成長するタイタス、狡猾きわまりなき奸計の綱を張りめぐらすスティアパイク。
両者はついに雌雄を決すべき時を迎えた。
読者の世界観を一変せしめるアダルト・ファンタジーの巨編、<ゴーメンガースト>三部作は、いよいよ佳境に入る!

とあり、それが架空の城の名前だとすぐに謎は解けたし
この物語が(アダルト・)ファンタジー小説で
自分がまず絶対読まナイ分野の本だと判明したのだが
なぜかもう1枚ページをめくってしまうヽ(゚∀。)ノ

しかも実は三部作で構成は次のようになってて

I Titus Groan:タイタス・グローン
II Gomenghast:ゴーメンガースト
III Titus Alone:タイタス・アローン

『ゴーメンガースト』は2部に当たり
フツーなら1部の『タイタス・グローン』から読み始めただろうが
読む気がなかったからこそ、お構いなしに手にした巻を開く

タイタスは七歳。
与えられた世界はゴーメンガースト。
(中略)
おお、大いなる闇の中の小さき革命よ!

この出だしは自分にとって魅力に溢れてた!
なんせ主人公のタイタスがわずか7歳にして既に世界の頂点に座してて
しかもその世界が外界から閉ざされた空間(城)なのだ!!
ましてやタイタスはその最高の官位に就きながら
その地位を捨てようとしてる革命児ってのがもうね・・・ホゥ(*-∀-)

最下層民出身の革命家は掃いて捨てるほどいるし
それに味方する貴族階級の革命家だって珍しくはナイけど
生まれながらに最高位を約束されてて、それを得たのに革命家とは?!
遊びたい盛りなのを厳しく取り締まられての子供らしい反発か
あるいは老成して虚無感を見出してしまうのだろうか・・・まさか???

The Gormenghast Trilogy

更に読み進むコト数ページほど・・・
途中から読んでる不自然さを全く感じさせずに
登場人物の興味深い描写が既に死んだ人間も含めて延々と続き
物語の設定やここまでの展開が読み取れて
もうそのまま次へと読み進まずにはいられなくなった

胸騒ぎを覚えながら先へ読んでくと
まずは悪漢スティアパイクがタイタスの姉フューシャに迫るシーンがあり
ピエロのように振舞うスティアパイクとそれに少なからず惹かれるフューシャが
緊張感のある恐喝めいた奇妙なロマンスを繰り広げ
しばしフューシャと共にスティアパイクに翻弄されてしまう

その内にタイタスの母親ガートルードが登場するが
こんな面妖な人間がタイタスの母親なのかと度肝を抜かれる以上に

衝撃的なまでに母性を欠き、タイタスに1年も声をかけてやらず、

この一節が心に突き刺さった
あまりの予期せぬ切なさに眩暈がしてきた

タイタスは世界の頂点にいても【にんじん】なのだ。・゚・(ノД`)・゚・。

にんじん (岩波文庫)

【にんじん】とはジュール・ルナールの自伝的小説『にんじん』の中で
ひたすら母親に疎まれ続ける息子の呼び名だ

母親から全く無関心な対象の子供なんて?
母親に邪魔者扱いされる子供なんて?
母親が悪意を抱く対象が実の子供であるなんて?
世間は認めたくナイようだがそんな毒母は珍しい存在ではなく
【にんじん】のような子供はそこいら中にいるのだ

ここまでで60ページだがこれを一気に読んでしまえるほど
総ての描写が奇異で自分を熱狂させ続けたが
すっかり熱病に侵されたようになったと思ったら
タイタスに【にんじん】を見出してしまい
それ以上読むのが困難になった

いや、困難にはなったが意欲は増して
最後までタイタスを見守る決心をしてしまった
そして最初からタイタスを見据えたい気持ちも高まった

と、こうしてタイタスはまだ一言も発してナイ内に
自分を虜にしてしまったのだった・・・バタリ ゙〓■●゙

そうして2巻から読み始めて3巻を読んでから
最後に謎解きのように1巻を読んで納得したトコロで読了w
小説にしては随分変則的な読み方をしてしまったが
不思議なコトにこれで何も不都合がナイドコロか
むしろゴーメンガースト城が何だったのか
最後に謎が明かされるような形になっておもしろかった!!

それにタイタスは一応の主人公ながら全体を通して影が薄いので
1部から読んだらタイタスが主役とは思えなかっただろうし
3部でいきなり主役に躍り出たタイタスにも感情移入しづらかっただろう

2部でやっと7歳になった子供で唯一まともな感覚の持ち主なので
一様にエキセントリックで妖怪めいてるレベルの他の登場人物に比較すれば
それもまあ仕方あるまいて・・・

Poil de carotte

『にんじん』を知ってるだろうか?

原作はジュール・ルナールの自伝的小説で
母親に蔑まれる子供の日常が淡々と描かれてるが
昭和の時代の少年少女のための文学全集などに必須の1冊で
日本で数多の訳で出版されてるのは
アマゾンで検索すれば一目瞭然

何度か映画化もされてるが
日本で公開されたのは1932年のロベール・リナン主演で
監督がジュリアン・デュヴィヴィエのモノ
だが
最近では2003年のリシャール・ボーランジェ監督作品がある

にんじん 《IVCベストバリューコレクション~文学編~》 [DVD]

自分はどうも『にんじん』なるタイトルが子供騙しな気がして
(いや、当時は正真正銘、子供だったのだがw)
ずっと児童版を目にしてたのに読まずに過ごしていて
岸田国士訳の岩波文庫版を読んだのが小5の時で
その後、神奈川テレビで放映されてた映画(1932年版)を観た

主役のにんじんは同士だった

世間の圧力は子供に母親を慕い敬うよう強要するが
そこに憤りを感じずにはいられナイ仕打ちを母親から受けた子供だ

ただ、にんじんはそうと感じとってはいるが
最初の方ではまだはっきりと認識できずにいる段階で
母親や、更にはそれに同調する他の兄弟から受ける蔑みを
一身に背負い・・・きれずに悶えてる状態だった

だいたい、にんじんにはフランソワとゆー名があるのだが
この名で呼ばれるコトはなく
髪が赤毛(人参の毛)だからにんじん・・・
これはあからさまな蔑称ではナイようだが愛称とは言えまいて

誰の目にも明らかな折檻を受けるのは心身ともに悲惨だが
傍目にはそうとわからナイほどにちくちくやられるのも
日常、腑に落ちナイ感で心が軋み続けるので
憂さを晴らすために小動物に残虐な行為をしたりもする
(そこの部分だけは承服しかねるが・・・)

最終的には父親に毒母ぶりを訴えて
どんなに理不尽な状況に陥ってるか判ってはもらうのだが
そこで父親がにんじんを救う手立てをとるコトもなく
簡単に表現すれば「諦めろ」と諭されて
ハッピーエンドには程遠い結末を迎えるのである

映画版ではもう少しにんじんに悲壮感を与えてて
首吊り自殺を実行する一歩手前までの場面が描かれてるが
この辺になるともう自分には涙で画面が見えなかった(;つД‘)

実際、母親に疎まれるだけでは自殺に追い込まれようもナイが
映画でのにんじんは家族の中で疎外感を強く感じてて
その余りの居た堪れなさに絶望したのだ

さもキルケゴールの語るが如く
絶望するから生きる意味を見失って死に至る病を発し
短絡的な思考だとすぐさま自殺に走るのだが
にんじんは無知な子供だったからこそ
絶望の後には何もなく、単純に自殺行為に及んだのだ

だがしかし!
実は家族の外にこそ世界が広がってるのだし
確かに厄介な家族は一生モノの足枷だが
生活を共にする我慢はほんの10数年で構わナイのだ!!

自分は生まれながらに不屈の精神力を持ってたのか
理想世界(ユートピア)が目の前にいつも開けてたので
押入れに閉じ込められて真っ暗闇の中にいても
未来は輝いてた
(まあ間もなく理想と現実がかけはなれてると気付いたがなw)

また並外れて脳天気だったのか
家族に愛されなくても他人に愛されれば゚+.(・∀・)゚+.゚イイさ♪
親の庇護にあるたかが10数年間くらい
タダメシ食わせてもらってるのだから我慢しとこうヽ(´▽`)/
そうして未来を見据えてたので現状に蝕まれなかった
(まあ一時的には歯を食いしばって憤怒を堪えたりもしたがなw)

とにかく毒親の弱さに気づいて哀れんでやり
死なナイ程度に上手く抵抗して生きながらえれば
絶対に勝算があるのは子供の方なのだから
家族の中での存在意義を問う前に
世界の存在に希望を持って強く生き抜いて欲しい

それにしても『にんじん』は全く一般的ではナイ話で
まず母親をママと呼んだりして甘えたコトが記憶にある人には
(ある意味、それはごくフツーの親子関係なのだがw)
どんなに説明しようとこの親子の言動は理解不可能なのだろうね
尤も、毒親の支配下で人間としての尊厳を踏み躙られ続けてる子供が大多数
なんてのは世も末なのだがね(-_-;)

人に嫌われるのには理由がある
嫌われる本人にある場合もあるが嫌う方にこそ理由がある

恐らく毒親は自身の不幸を緩和するために
より不幸な人間を傍においておきたいのだろうが
その大元の不幸も願望(野望?)通りにならナイジレンマでしかなく
しかも叶える努力をせずに他人を当てにしてたり
宗教や占いに依存してるのに努力してる気になってたり
いずれ他力本願だからこそ、他人を羨むしかできナイワケだが
そこで頭にくるのはそばをうろちょろしてる天真爛漫な子供なのだ
毒親は子供を所有物とか奴隷と見做してて
これをいくら蹂躙しても構わナイ、と大いなる勘違いをしてて
何も悪いコトをしなければ、むしろ゚+.(・∀・)゚+.゚イイコであるほど
凄まじく疎み蔑み、人権を全く無視した言動によって
子供を完膚なきまでに痛めつけるのだ

もちろん子どもの側はひたすら面食らう
本能的には自分を保護するべき存在なはずだのに
直感的にはそいつからこそ身を護らなくてはならナイのだ
この矛盾を孕んだ底知れナイ恐怖は味わった者にしかわからナイだろう
生きた心地がしナイとゆーか、生き地獄とゆーか、死んだ方がマシ・・・

ここでまともにくらってやられてしまおうか?
もれなく自分で絶つか?どうやって?
今日やるか?明日やるか?

そうして死と隣り合わせに生きてみると
子供ながら色々なモノが見えて世の中がわかってくるが
そうなってみると生きてるのもおもしろくなるヽ(゚∀。)ノ

世界が広いから生きてやるp(-_-+)q
自分を必要としてくれる人間はきっと見つかる、見つけるるる~

にんじんにそう伝えたかったが
伝える術がなくて悔しかったので泣けた。・゚・(ノД‘)・゚・。

この『にんじん』は岸田国士訳の岩波文庫版を持ってるが
ふと電子書籍で探してみたらBookLive!に辻昶訳であったので
これも読んでみたくなって購入した

にんじん (岩波文庫)にんじん (角川文庫クラシックス)にんじん (ポプラポケット文庫 (409-1))

また岸田国士の以下の随想も青空文庫にあった

「にんじん」を観て
ジュウル・ルナアル
劇作家としてのルナアル

岩波文庫版はイラストもFelix Vallottonで味わい深い
ついでに彼の描いた著者ルナールが
シュールながら似過ぎてて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

Am I Evil ?

Metallicaは格別好きでも嫌いでもナイが
カヴァーしてたこの曲のオリジナルDiamond Headは好きだ

Am I Evil

Diamond HeadはNWOBHMの括りに入るバンドだが
このバンド名と同名の曲をThe Venturesがやってたので
どうもサーファーのイメージが思い浮かんでしまい
その違和感が未だに拭いきれずにいるるる~

Am I Evil ?

これはGoogle翻訳機にかけると
「私は意地が悪いですか?」となってしまうが
「母親が異端審問で火炙りにされた」と歌詞の冒頭にあるので
「(その息子の)私は邪悪(なる者)なのか?」
そういう問いかけで、しかも自身に問いかけてるのだが
それに対してまた自身で答えてもいる

Yes I am.
I am man.

この2つの答えの文は中学生の英語レベルだが
後者の方は解釈に含みがあるだろう

manは男、てよりは、人間、で
人間=邪悪なる者、なのだろうか?
そんな業の深さに対する開き直りのようにも感じる一方で
恐らく母親もその息子も邪悪などではなかっただろうが
世間にそうだと烙印を押されてしまった運命を
受け入れつつも呪ってるようでもある

いずれにしろ異端審問てのは
ローマ・カトリック教会と意が合わぬ者を
あるいは何の罪もナイ人間でも見せしめとして
火炙りに処すコトができる機構だった
異端審問は云わばキリスト教の黒歴史なのだw

☆・・・☆・・・☆

昨日で激しく呑み過ごした誕生日週間(月間)を終えた

〆はG街納涼感謝祭だったが
前半は懐かしい友達との再会を楽しみながら
後半はひたすら眠気と戦いながら(負けてたかも?)
殆ど完璧に記憶を失くして、オマケにタブレットも失くして
すっきりさっぱり喪失感を堪能した・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

帰宅した際の詳細な記憶まで抜け落ちてるが
最後にいた店にタブレットを忘れてナイか確認のTELをして
炊飯器をセットしてから自室で寝た

数時間後に喉が渇いたので起きて
廊下に出るとトイレの前で母親が倒れてた。(゚д゚lll)ギャボ

「転んで起きられナイ」

ちょっと動かすと酷い痛がりようで叫ぶのだが
この人はいつもそうして演技過剰なので
やれやれ、またか・・・。(´д`;)ギャボ
今度は何が気に入らなくてストライキなんだろうか?

呑んで総てを失ってせいせいしてた矢先だったのに
苦々しい想いがすぐさま蘇ってきて
瞬く間に心に闇が広がった・・・気がした

このまま放置してて死なれるのは後味が悪いが
実際、これしきでは人は死なナイから
処置を施すとして、何をどうしようか?

とりあえず意見しようヽ(゚∀。)ノ

何でそんな目に遭ってるか、教えてあげようか?
自業自得、行いの報いが返ってきてるのよ!
世話をしてくれる人間に対しての
毎度の横柄な態度と逆切れの挙句の暴言て、何なの?!
どうしてそこまできっち~思いをしなくちゃ
わからナイの???

虚ろな目にはもうこちらに歯向かう意志はなかった
言ってる意味を解そうとする意志もだが・・・

そこへ折りよく父親が来たようだったので
またストライキらすぃ・・・と託して様子を見てると
珍しくまともなコトを言い出した

「病院行く・・・」

結局、救急車に3人がかりで運ばれてって
自分も付き添って病院へ
待つコト数時間、大腿骨骨折で即入院

お腹がすいた、と言うので好物の寿司を食べさせて
満足そうにしてるのを目にしてやっと憐憫の情が湧いてきた

帰宅してみれば夜も更けていた

☆・・・☆・・・☆

Am I Evil ?
Yes I am.

Am I Evil?

God’s in his heaven, all’s right with the world

昨日(5/7)はロバート・ブラウニングの誕生日だった
と、知ったのは岩波書店のTwitterだ

今日は,イギリスの詩人ロバート・ブラウニングの誕生日(1812年).上田敏訳の「すべて世は事も無し」の名調子でご存じの方も多いでしょう.(後略)

対訳 ブラウニング詩集―イギリス詩人選〈6〉 (岩波文庫)
海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)

「すべて世は事も無し」は
上田敏の訳詩集『海潮音』の「春の朝」の最後の一行だが
その前の一行とで二行がセットでよく引用される

春の朝 ロバアト・ブラウニング

時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡(かたをか)に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

春の朝の平和な光景を簡潔に表現してから神への感謝で締め括ってるので
それだけだとキリスト教信者の抹香臭さが鼻につくが
訳者の註(※)を読むと一気に面白くなるるる~
『海潮音』は青空文庫にあり、ロバアト・ブラウニングの詩と註は中程より少し後にある

かいつまんで言うなれば
ロバート・ブラウニングは善き信者なので
神にはもちろん、神の創りたもうた世界の全てに対しても
与えられたコトに感謝するだけの楽天主義者でライプニッツのノリに近いw

だから最後の一節も崇高な信仰心がなければ皮肉っぽく感じてしまう
きっとヴォルテールだったらカンディドに呟かせるだろうて

Candide of het optimisme / druk 5

そもそも神が空から世界を見下ろして「問題ナシ、おk」てのは
旧約聖書の「創世記」で第一章の最後の一節(゚ ゚;)

神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。

と、出来立ての世界に満足して締め括ったのを受け売りしてるだけのようだが
でもこれが今の自分の気持ちにぴったり
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

☆・・・☆・・・☆

ばーさんと、その似たような境遇の仲間を見て育ったから
50歳も過ぎた人間こそ人生を謳歌してるるる~
そう思えてずっと彼女らが羨ましかった

ばーさんらは若い頃は芸者で
後に妾宅を与えられて、お手当で生活してた人たちだったが
関東大震災と東京大空襲を助け合って生き抜いて
日陰の身の上でも身を立てようと様々な商売に取り組んで
最終的には皆、大なり小なりの賃貸の家主となって
家賃収入で生活してた立派な人たちだ

子供がいても私生児だったり
私生児と役所には登録してあるが他人の子だったり
様々な事情を抱えてたため
世間からは子供らも蔑まれたのだろうが
彼女らはいつも気丈に笑ってた

屈託がなく、気取ったトコロがなく
天然具合が恥知らずレベルだったりもしたが
好感度は高く、愛嬌に溢れた憎めナイキャラだった

堅気の人に蔑視されるのが我慢ならなかったせいか
子供らの躾には厳しく、想像するだけでも身の縮むお仕置きが用意してあり
それをわかってるから子供らも助け合って言いつけを遵守した

とはいえ、怠ける、だらける、サボる、楽をする、誤魔化す・・・
そういった一切の堕落が許されなかっただけなので
生まれつき勤勉・勤労の素質さえ持ってればなんてコトはなかっただろう

ところが怠惰な性分に生まれついた母親にはきつかったらしい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

しかもヘマをやらかさナイように気を張って
張り過ぎてうっかりヘマをやってしまったりして
またそのヘマに対して怒られたくナイからって
責任転嫁する手立てにばかり必死になってるのが裏目に出て
それがバレた日には、元はたいしたヘマでなくても大事になってて
大叱責を食らっては逆恨みするような子供だった

そんなのが毎度のコトとなると
その好くナイクセが強固に性格づけられてしまっても無理はナイ
そしてその間違った方向に働く防衛本能が
いつしか犠牲者に対しての攻撃力へと変容しても仕方がナイ

母親が何らかのヘマをする度に自分が叱責されたのはそういうワケなのだ

とは、ある程度の歳を経てからなら理解できるが
物心ついたばかりの自分には理解不可能で耐え難かった
身に覚えのナイ呵責を呪文のように唱え続ける母親が恐ろしかったし
そんな人間に根拠なく蔑まれてるのは腹立たしかった

とにかく自分に対して悪感情をむき出しにして責めてくる母親には
負けナイほどの憎悪や嫌悪を抱き続けるしかなく
ワケがわかったとしてももうとても赦せる存在ではなかったのだ

母親の方も罵るべき存在としか捉えようがなくなってたのだろうが
おもしろいコトに自分の成長に合わせて罵り方が少しづつ変化していって
ここ15年くらいは一貫して
結婚・出産・育児のどれもできナイ人間のクズ、社会のゴミ、呼ばわりで
「女として最低限の結婚・出産・育児の義務から逃れて
それらの辛さを知らずにのうのうと生きてるなんて!
何の苦労もなく、好き勝手してて、遊び歩いてばかりいて
私は日々憂鬱だってのに!!」
とゆーのが定番になってた・・・バタリ゙〓■●゙

一応、事実無根ではなく、事実を言われてるので逆らう気もなく
相槌代わりに「生きててすいませんね」とか詫びながらやり過ごしてたし
酔っ払ったふりしてかわすか、本トに泥酔してしまうか
とりあえず母親とはもうとてもシラフでは対峙できなくなってた(-_-;)

正気になると殺意しか沸かナイからp(-_-+)q

そんな母親が今年になってから肺炎で入院した時は
これで死んでくれ、頼む、帰って来ナイでくれ~と、正直、願ってしまったが
帰って来た母親は少々ボケたせいで余り噛み付いてこなくなった

退院する時には病状はすっかり回復して
唯一気がかりだったのは寝たきりになってたコトだったが
食事と排泄はスパルタで厳しく指導したので
今では1日くらいは放っておいてもダイジョブ(※)になった
1日分3食の食事を用意しておいても放っておけば好き放題にやるから、1日中煎餅を食べてるとかあるけど
それは自分さえ気にしなければ、たいした問題ではなく、週に1日くらいはそれもありだ

てか、1日暇を持て余してるせいか
「洗濯しとこうか?」とか言い出すようになったりしてウケるるる~
最初のうちはぐちゃぐちゃにされるのが嫌で遠慮してたが
別にタオルが皺だらけでも何も困らナイし
メンドウだが害のなさそうな洗濯物を選別しといて洗濯させるコトにした
引き出しを開けると雑然としててめまいがしそうになったが
慣れてくると気にはならなくなるもので
そうしてきちんとした生活を保とうって意識が薄れたせいか
母親が入院前と比べて、精神的にも体力的にも楽になった自分がいるヽ(゚∀。)ノ

実質的にも家事が今まで以上に楽になった
火事が恐いからIHにしたが、魚焼くのにひっくり返す手間も不要になったりとか♪

でも1番救われたのは
母親が素直に「美味しい」と飯を食うようになったコトだな
ダイエットだ、味が合わナイわ、とか文句がなくなった。(゚д゚lll)ギャボ

赤毛のアン DVD-BOX

ばーさんほどのヨユーはナイにしても
少しだけ行く末が明るくなった気がしてきたトコロで
ロバート・ブラウニングの一節を大嫌いな『赤毛のアン』のように
つい小声で呟いてしまうのだった。(´д`;)ギャボ

偕成社の児童版全集

小学生の時に夢中になって読んでた本は
いわゆる不朽の名作ってヤツばかりだったので
児童版とてまさか絶版になろうとは思いもよらなかった

クオ・ワディス〈上〉 (岩波文庫)森鴎外全集〈10〉即興詩人 (ちくま文庫)嵐が丘 (新潮文庫)
愛の妖精 (中公文庫)マリー・アントワネット 上 (角川文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)
荒野のおおかみ (新潮文庫)にんじん (岩波文庫)赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
ゲーテ全集 (7)ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)マリー・キュリー―フラスコの中の闇と光 (グレート・ディスカバリーズ)
ビーグル号航海記 上 (岩波文庫 青 912-1)レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

神保町の古本屋でシェンキェビチの『クォ・バディス』を見つけて
懐かしさの余り購入して読んでたら
当時の想いが胸に広がって不思議なカンジがした・・・

そこで早速アマゾンで大人買いしようと探したのだが
児童版全集では『ビーグル号航海記』さえなくて驚愕した。(゚д゚lll)ギャボ

以下、少女世界文学全集一覧(【16】クォ・バディスの巻末より)

著者収録作品訳者
1モンゴメリー「赤毛のアン」村岡花子
2シェークスピア「ハムレット」「ベニスの商人」森三千代
3ハドソン「緑の館」野田開作
4アンデルセン「即興詩人」伊藤左喜雄
5チェーホフ「三人姉妹」「桜の園」大庭さち子
6シャーロット・ブロンテ「ジェーン・エア」榛葉英治
7プローティー「母の曲」宮内寒弥
8アボット「幸福の家」岸なみ
9ビョルンソン / ラーゲルレーブ「日向丘の少女」「沼の家の娘」山室静
10エミリー・ブロンテ「嵐が丘」船山馨
11ウィンスローエ「制服の処女」富沢有為男
12オルコット「若草物語」川端康成
13ツワイク「悲劇の王妃」大原富枝
14シェークスピア「ロミオとジュリエット」「夏の夜の夢」桂芳久
15ウェブスター「あしながおじさん」中里恒子
16シェンキェビチ「クォ・バディス」野田開作
17シュトルム「みずうみ」「三色菫」結城信一
18ウィギン「少女レベッカ」城夏子
19エレナ・ポーター「パレアナの青春」村岡花子
20プーシキン「大尉の娘」「スペードの女王」大庭さち子
21ゲーテ「君よ知るや南の国」森三千代
22パール・バック「大地」藤原てい
23ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「魔の沼」三井ふたばこ
24ドストエフスキー「罪と罰」伊藤左喜雄
25オードー「孤児マリー」「光ほのか」畔柳二美
26小デュマ「椿姫」宮内寒弥
27シュランパ「少女シリアの死」大滝重直
28ヘッセ「春の嵐」「車輪の下」榛葉英治
29トルストイ「戦争と平和」未定
30ドーデー「ちび君」「風車小屋だより」未定
31ルナール「にんじん」未定
32ジイド「田園交響楽」「狭き門」今官一

実際ルナールの『にんじん』はこのシリーズにはなかったが
むしろ岩波文庫の通常版はイラストもFelix Vallottonで味わい深かった
そういえば彼の描いた著者ルナールがシュールながら似過ぎてて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

メリメの『カルメン』やモーパッサンの『女の一生』なんかあったのだな
参考LINK:偕成社少女世界文学全集 1960~1970年

1番のお気に入りは『クォ・バディス』だったが
この作品でネロとセネカとペトロニウスを知ったコトで
世界観がどれほど拡がり、それによって人生がどれほど豊かに潤ったか!!

次点は3作あって『嵐が丘』と『即興詩人』と『愛の妖精』だが
成長してからもこれらの通常版がずっと愛読書だ

逆にどうしても受け容れられナイのが
『赤毛のアン』『あしながおじさん』『ジェーン・エア』で
これは今でも変わらなく大嫌いだp(-_-+)q

シェイクスピアも当時はピントがズレてる気がして
人生においてずっとイマイチ好きになれなかったのだが
ごく最近読み直して作品によって好きなモノも出てきたトコロだw

嫌いではなかったけど怖かったのは『スペードの女王』だった。(´д`;)ギャボ
まあそのお蔭で賭け事には無縁でいる=無駄な損失はナイ

そしてスタンダールの『赤と黒』はこのシリーズでは読んでなかった
とーちゃんが持ってた完訳版のを読んでたのだ

ちょうど宝塚の『ベルばら』全盛期の時に『悲劇の王妃』読んで
フランス革命にハマったのだヽ(゚∀。)ノ

後にゲーテの『君よ知るや南の国』が
『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の一部と知った時は
幼馴染みと再会したような気分だった

ヘッセについては『春の嵐』も『車輪の下』も゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだが
やはり『荒野のおおかみ』ほどの衝撃はなかったな・・・

想いは尽きナイ・・・ホゥ(*-∀-)

子供の頃に本を読んでなかったら
今の自分はナイ

実際、自分はたいした人間ではなくて
世の中の基準からしたらクズみたいな存在だろうが
自分自身ではなかなか気に入ってるし
何より愉しんで生きてる

それとゆーのも本が
広大な世界観と尊敬すべき先達を知らしめてくれたからだ

皆もっと素晴らしい本をたくさん読めば
読んだ分だけ幸せになれると思うのだけどなあ・・・

それには子供の頃から読む習慣がなければいきなりは読めまい(-_-;)
しかし読むべき本がナイのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

世界偉人伝全集一覧(少女世界文学全集【16】クォ・バディスの巻末より)

偉人表題著者
1野口英世「世界に誇る偉人」沢田謙
2キュリー夫人「愛と化学の母」清閑寺健
3西郷隆盛「維新の英傑」富田常雄
4ヘレン・ケラー「20世紀の奇跡」村岡花子
5豊臣秀吉「戦国統一の英雄」柴田錬三郎
6ノーベル「世界文化の恩人」崎川範行
7夏目漱石「永遠の文豪」多田裕計
8ナポレオン「運命の英雄」柴田錬三郎
9二宮金次郎「至誠と勤労の人」加藤武雄
10ナイチンゲール「クリミアの天使」岡田禎子
11織田信長「戦国偉大の英雄」真鍋呉夫
12エジソン「世界の発明王」中山光義
13福沢諭吉「近代日本の先覚者」沢田謙
14ベートーベン「永遠の楽聖」大滝重直
15紫式部「王朝文化の光」高木卓
16パスツール「愛の科学者」桶谷繁雄
17明治天皇「近代日本の建設者」寒川光太郎
18キリスト「愛の救世主」清閑寺健
19石川啄木「薄幸の詩人」野田開作
20アムンゼン「極地の探検家」寒川光太郎
21湯川秀樹「ノーベル賞に輝く」沢田謙
22ベーブ・ルース「世界の野球王」中山光義
23徳川家康「江戸幕府の建設者」吉田与志雄
24ジンギスカン「アジアの風雲児」尾崎士郎
25宮沢賢治「土と魂の詩人」浅野晃
26ダ・ビンチ「万能の天才」富永次郎
27勝海舟「智と意気の人」沢田謙
ミレー「愛の画聖」清閑寺健
日蓮「苦難の聖雄」福田清人
バッハ「近代音楽の父」大滝重直
島崎藤村「不滅の文学者」伊藤左喜雄
リンカーン「自由の父愛の人」那須辰三
戦国名将伝「智・情・勇の達人」浅野晃
ワシントン「アメリカ建国の父」沢田謙
一休禅師「警世の名僧」桑田忠親
ニュートン「近代科学の父」三石巌
芭蕉「自然を愛した詩人」伊馬春部
ガンジー「インドの聖雄」沢田謙
北里柴三郎「日本医学の恩人」未定
シューベルト「歌曲の王」未定
宮本武蔵「心眼を開いた剣聖」浅野晃
ファーブル「昆虫の詩人」小林清之介
樋口一葉「薄幸の才女」持丸良雄
ダーウィン「科学の偉人」中村浩
徳川光圀「憂国の名君」吉田与志雄
アインシュタイン「世紀の科学者」菅井準一
源頼朝「鎌倉文化の建設者」浅野晃
シュバイツァー「原始林の聖者」未定
聖徳太子「日本文化の建設者」未定
プルターク英雄伝「英傑群像」沢田謙

今はこういう偉人伝を読んで感銘を受けたコトのナイ子供ばかりなんだろうな・・・