ロマンスとは何ぞや?

愛は甘美な倒錯である

酒のように
ほろ酔いが望ましいが
陶酔も泥酔も
惜しみなく愉しめるのが
若さってモノ

破滅的な恋愛に飛び込むなら
泳ぐ練習より溺れる覚悟が必要

いったい誰に
生涯の忠誠を誓うべきか?

若者の甘やかな苦悩は
ロマンスの香り

Ralph Lauren のフレグランスには
ロマンスてのがあって・・・

トップノート:ライチ、ジンジャー、マリーゴールド、イエローフリージア、カモミールオイル、サンゴッデスローズ
ミドルノート:ナイトブルーミングリリー、白スミレ、ロータスフラワー
ラストノート:オークモス、スキンムスク2000、リッチエキゾチックコンプレックス
タイプ:オードパルファム/レディス

瑞々しい香りを予想できたので
テスターで確認してから買いたいと
常々思ってるも
どこの百貨店にも売ってなくて
ずっと買えずにいたりするw

☆・・・☆・・・☆

さて
【ロマンス】なる語は
すっかり日本語になってて
「(男女の)恋愛に纏わる事件や物語」を
誰もが思い浮かべる

他にも類似の語で
【ロマンチック】とか【ロマン】とか
前者はより乙女風味が強まり
後者は「男の【ロマン】」など
対象が恋愛限定ではなくなったりする

しかしこれらは日本独特の使い方で
何か釈然としナイので
元の語源や世界標準的な正しい意味合いや
どのような経緯で日本に定着したのか
気になって調べた(のは2005年)時のメモ

まず、【ロマンス】の語を
片っ端から辞書でひいてみると
英語と仏語以外には
該当する発音の単語がなく
日本人の解釈に近いのが
英語の【romance】だったので
この語を輸入したのは英語圏からと
推察してたのが確信に変わった

【romance】 [英]
━━n.中世騎士物語,伝奇小説,恋愛[冒険]小説;≪楽≫ロマンス(曲);情話;小説的な事件,ロマンス(love affair);作り話,空想(物語);ロマンチックな雰囲気[気分];(R-)ロマンス語(派).
━━a.(R-)ロマンス語(派)の.
━━vi.作り話をする,空想する((about));求愛する((with)).
→三省堂のエクシード英和辞典より

【romance】 [仏]
━━f.恋愛詩,小詩曲≪楽≫無言歌.
→白水社刊の杉捷夫編新仏和小辞典より

単語の romance が形成されたのは
8世紀以降の中世西欧においてなのは確かだ

ローマ帝国が分裂~崩壊してくと同時に
ローマ人の日常語だったラテン語が
各地でそれぞれ(※)に発展
現在のフランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語に至る途上の段階で、まだ「ラテン語の方言」と言った方が似つかわしかったかもだ

それらローマ人の諸言語は総括して
【ロマンス(ロマン)語】と呼ばれたが
複数を指すので【ロマンス諸語】が正しいが
便宜上【ロマンス語】とする

また、発音には地域差があるので
【ロマンス】だったり【ロマン】だったり
語尾の変化は多様だったが
便宜上【ロマンス語】とする

口語はロマンス語へと移行したが
文献は依然としてラテン語で書かれており
ダンテがトスカナ語(ロマンス語の1つ)で
『神曲』を著すまで
殆ど総てラテン語表記だった

そもそもダンテの頃(14世紀)の西欧では
製紙法が広まりつつあっても
印刷術はまだなく
本はとても高価だったので
庶民が手にするコトは稀だったし
手にしたトコロでラテン語では読めず
文芸はとても敷居が高かったのだ!

そんなだからルネサンスまでは
唯一の文芸が聖書だったりしたのだ。(゚д゚lll)ギャボ

とはいえ
ラテン語の聖書を所持してたとしても
都度、読んでたんでなく
実態は丸暗記してたのだよ。(´д`;)ギャボ

だから「中世文学」てのは
実は口承文学なのだなw

古代ギリシアで
『イリアス』や『オデュッセイア』が
ホメロスの名の下に書物にまとめられるまで
吟遊詩人が連綿と歌い継いできたように

中世の吟遊詩人(※)も
騎士道に名を馳せた英雄の伝承を
文字に綴ったのでなく
ロマンス語で歌ってたのだ
仏語でtroubadour(トゥルバドゥール)、独語でMinnesinger(ミンネジンガー)、英語でBard(バード)

そしてその「中世騎士物語」が
【ロマンス】と呼ばれたが
騎士道を説いてなくとも
「ロマンス語で詠われた物語全般」の意で
広義で使われるようになった
(より精確には
吟遊詩人が歌ったロマンス語は
主に南仏で使われてたプロヴァンス語

ところでどちらも解さナイので
想像しづらいのだが
ロマンス語とラテン語の隔たりは
どの程度だったのだろうか?

上記の辞書からの引用で
【romance】[英]を見てて思ったが
イギリス人からしたら
ローマ人がラテン語に代わって
話すようになった言葉も
その言葉による「中世騎士物語」も
「ローマ人の言葉(で詠われた物語)」で
【ロマンス】だったのかも?!

同じ語圏でも独語では
【romance】の語はなくて
英語や仏語の【ロマンス】の意味に近いのは
Roman と Romanze だった

【Roman】 [独]
━━m.(-s,-e)散文の長篇小説,物語;情話風の;『比』作り話,虚構.
→研究社のポケット独和辞典より

【Romanze】 [独]
━━f.民謡調の物語詩(Balladeと似た詩形式でスペインから起こった);≪楽≫ロマンス(感傷的な性格を持った愛の歌で、美しい旋律を主体としたゆるやかな楽曲).
→研究社のポケット独和辞典より

大雑把に訳せば
文芸の方が Roman で
音楽の方が Romanze だが
この独語の Roman と Romanze にあたるのが
伊語では romanzo と romanza だ
また、独語の Romane(ロマンス語を話す民族)は
伊語の romano(ローマ人)
独語の Romanisch(ロマンス語)は
伊語の romanzo(ロマンス語)だ

【romanzo】 [伊]
━━m.長編小説)作り話.
━━agg.ロマンス語の.
→大学書林のイタリア語小辞典より

【romanza】 [伊]
━━f.≪楽≫ロマンス,華想曲.
→大学書林のイタリア語小辞典より

なぜかイタリアとイギリスとでは
発想が似てるようで
「ロマンス語=ロマンス語で詠われた物語」
なのだな

『カンタベリー物語』の挿話の一覧表


筑摩世界文學大系【12】グーテンベルク21角川文庫
ぷろろぐ(総序)ジェネラル・プロローグ序の歌
騎士の話騎士の話◆未収録◆
粉屋の話粉屋の話粉屋の物語
親分の話荘園管理人の語家扶の物語
料理人の話◆未収録◆◆未収録◆
法律家の話◆未収録◆◆未収録◆
バースの女房の話バースの女房の話バースの女房の物語
托鉢僧の話◆未収録◆托鉢僧の物話
刑事の話◆未収録◆送達̪史の物話
学僧の話◆未収録◆◆未収録◆
貿易商人の話貿易商人の話商人の物話
騎士の従者の話◆未収録◆◆未収録◆
郷士の話◆未収録◆郷士の物話
医者の話◆未収録◆◆未収録◆
赦罪状売りの話◆未収録◆◆未収録◆
船長の話◆未収録◆船乗りの物語
尼寺の長の話女子修道院長の話◆未収録◆
チョーサーの話◆未収録◆◆未収録◆
(メリベの話)◆未収録◆◆未収録◆
修道院僧の話◆未収録◆◆未収録◆
尼院侍僧の話女子修道院付司祭の話◆未収録◆
第二の尼の話◆未収録◆◆未収録◆
僧の従者の話◆未収録◆◆未収録◆
大学賄人の話◆未収録◆◆未収録◆
牧師の話◆未収録◆◆未収録◆
・解説・解説・『カンタベリー物語』の由来
・年譜・訳者あとがき

筑摩世界文學大系【12】のタイトルは『カンタベリ物語』で
著者名もジェフレイ・チョーサーとなってるのは
訳者が西脇順三郎で初めて訳されたのが昭和24年なので
昭和初期らしいカナ遣いになってるワケだ

冒頭のkindleも訳者が西脇順三郎で
著者名こそジェフリー・チョーサーとなってるが
タイトルも『カンタベリ物語』のままで
ブラウザから試し読みをしてみたら
リトアニアがリチュアニアになってるくらいなので
昭和初期らしいカナ遣いのままなのだなw

筑摩世界文學大系【12】では
巻末の解説に訳者の西脇によるモノとは別に
オルダス・ハクスレー(鷲尾久訳)によるモノがあって
巻末の年譜も詳細で充実してるし
ラブレーの『ガルガンチュア物語』とのカップリングなので
お得だと思われ^^

『ガルガンチュア物語』の訳は渡辺一夫で
巻末にはもちろんラブレーについての解説も年譜もあり
解説にはアランの書いたモノもある!

筑摩世界文學大系は半世紀前の古い書籍なれど
紙質が良く外箱以外は殆ど劣化してナイので
完訳版の紙の書籍を安価で入手するなら
アマゾンでこれを買うがよろし♪
自分もこの10年くらいの間に購入したにも拘わらず状態の良好な本にしか巡り会ってナイ

筑摩世界文學大系【12】チョーサー/ラブレー
筑摩世界文學大系【12】チョーサー/ラブレー

なぜかアマゾンには同じ本なのに2ページある・・・が
筑摩世界文學大系はこういうダブリが多いので気にするコトはナイ

グーテンベルク21

完訳 カンタベリ物語

角川文庫

カンタベリー物語

完訳版の書籍を新品で揃えるなら岩波文庫が好かろう

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)
完訳 カンタベリー物語〈中〉 (岩波文庫)
完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

ブルフィンチの『中世騎士物語』

小学生の頃はスパロボアニメヲタだったので
フジテレビの日曜19時枠の番組は見逃せなかったが
『燃えろアーサー』のシリーズ(※)からスパロボではなくなってしまい
一応観てはいたがスパロボほどに心躍るモノはなかった
『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』と続編の『燃えろアーサー 白馬の王子』からなる

ANIMEX 1200シリーズ 76 組曲 円卓の騎士物語 燃えろアーサー

それでもこの頃から既に、お姫様より侍女、王子様より騎士の方が
断然カッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイと思えた自分としては
湖の騎士ランスロットと竪琴の騎士トリスタンには萌えたが
主人公のアーサーには特に続編のタイトルの「白馬の王子」てのに萎えたw
なぜ「白馬の騎士」でなく「白馬の王子」なのか。(´д`;)ギャボ

まあダサいアーサーはおいといて・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
とりあえずこのシリーズを毎回観てたのは
2人のカッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイ騎士がお気に入りで
その登場シーンを見逃したくなかったからに他ならなかった

世界史B用語集 改訂版中世騎士物語 (岩波文庫)アーサー王の死 (ちくま文庫―中世文学集)

当時はまだ特に意識してはいなかったのだが
間違いなくヲタ的な偏愛を着実に2人の騎士に降り注いでたのだろう
山川出版の『世界史用語集』の【中世騎士物語】の項の例に
『アーサー王物語』『トリスタンとイゾルテ』とあったのを目にした時

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!

単にアニメの原作(※)を見つけた、なんてレベルではナイ興奮状態に陥ったし
古本屋でタイトルもそのままの『中世騎士物語』を見つけて
目次にラーンスロットやトリストラムの名を目にした時には狂喜乱舞した!
ちなみに『燃えろアーサー』のシリーズの原作はトマス・マロリーの『アーサー王の死』と特定されてるようだ(Wikiより)

Bulfinch's Medieval Mythology: The Age of Chivalry (Dover Books on Literature & Drama)

そんな岩波文庫の『中世騎士物語』は
1858年にトマス・ブルフィンチが著した『The Age of Chivalry』の訳書で
構成が余りにも学術的だったのでより一層ヲタ魂に火がついた!!

  • はしがき
アーサー王とその騎士たち
【第1章】序説
騎士の修行
開放奴、賤奴、農奴、僧職者
試合
物語
韻文物語
【第2章】英国の神話的歴史
ブラダッド
リア
フェレクスとポレクス
ダンワロ・モルマティアス
ブレナスとベリナス
エリデュア
ラッド
カシベローナス
キンベリナスまたはシンベリン
アルモリカ
【第3章】マーリン
【第4章】アーサー
アーサー王
選王アーサー
ギニヴィア
【第5章】アーサー(続)
アーサー王、聖ミカエル山の巨人を征伐する
アーサー王、湖の女王から剣を受ける
【第6章】騎士ガヴェイン
騎士ガヴェインの結婚
【第7章】腕萎のカラドク
【第8章】湖の騎士ラーンスロット
騎士ラーンスロット
【第9章】荷車の冒険
【第10章】シャロットの姫
【第11章】王妃ギニヴィアの危難
【第12章】トリストラムとイゾーデ
【第13章】トリストラムとイゾーデ(続)
【第14章】トリストラムとラーンスロットの戦
狩猟者としてのトリストラム
【第15章】円卓
【第16章】騎士パラミディーズ
【第17章】騎士トリストラムの死
【第18章】パーシヴァル
【第19章】サングリアル(聖盃)
騎士ガラハド
騎士ガヴェイン
【第20章】サングリアル(続)
騎士ラーンスロット
騎士パーシヴァル
【第21章】サングリアル(続)
騎士ボゥホート
騎士ラーンスロット
騎士ガラハド
【第22章】騎士アグリヴェインの叛逆
【第23章】アーサーの死
マビノジョン
序説
【第1章】ブリトン人
ウェイルズ語とウェイルズ文学
ウェイルズ人の遊歴楽人
三句詩
【第2章】泉の女
カイノンの冒険
【第3章】泉の女(続)
オーウェインの冒険
【第4章】泉の女(続)
ガヴェインの冒険
獅子の冒険
【第5章】アービンの息子ジェレイント
【第6章】アービンの息子ジェレイント(続)
【第7章】アービンの息子ジェレイント(続)
【第8章】ダイヴェド公プウィル
【第9章】リアの娘ブランウェン
【第10章】マナウィダン
【第11章】キリッチとオルウェン
【第12章】キリッチとオルウェン(続)
【第13章】タリエシン
英国民族の英雄伝説
ベイオウルフ
アイルランドの勇士キュクレイン
油断のないヘレワード
ロビン・フッド
  • 注解

アーサー王と円卓の騎士たちに関して充実してるのは言うまでもナイが
騎士とは何なのかがよくわかる解説が冒頭の「序説」にあり
先に物語の出所(出典や典拠)の詳細を紹介してから
順を追って時代に沿って次から次へと様々な伝承が紹介されてくのだが
かのシェイクスピアが題材にしてる『リア王』『シンベリン』の原典もあったし
巻末にはロビン・フッドやベオウルフ(ベイオウルフ)など
聞いたコトはあってもなんとなくしか知らナイような伝承も収録されてた

シェイクスピア全集 (5) リア王 (ちくま文庫)シェイクスピア全集22 シンベリン (ちくま文庫)

さて『中世騎士物語』とはゆーものの
騎士が活躍した時代は中世全般においてではなく後期に限定されるだろう

ローマ帝国滅亡からルネサンスまでの西欧の時代区分は
古代と近代の間として漠然と中世とされてるが
暗黒の中世、と称されるのが似つかわしく思えるこの時代において
はっきりしてる事柄は陰鬱とした事象ばかり(※)だった
キリスト教(宗教戦争と異端審問)とペストが蔓延した

古代のおおらかな奴隷制度から近代の窮屈な資本主義への過渡期で
領主が領土と領民を支配する封建制度が確立されて
初めて騎士なる存在が生まれたのである

換言すれば基本的には封建社会において
領主が護ってる領土で農業を営んでたのが領民であり
領主に雇われて武装して領土を護る戦いに参加したのが騎士なのだが
状況によっては騎士も領民を手伝って農作業もやったようだし
いずれにしろガテン系の流れ者だったのでは・・・ヽ(゚∀。)ノ

原初の愛の物語

『七つの愛の物語』の巻頭の「はじめに」を読めばわかるが
著者はアメリカ人女性ダイアン・ウォークスタインで
なんとストーリーテラーを生業としてるとな。(゚д゚lll)ギャボ

ストーリーテラーてのは日本語的には語り部かね?!
もしくは現代の吟遊詩人・・・まるでホメロスのようだ・・・ホゥ(*-∀-)

七つの愛の物語―「イシスとオシリス」から「トリスタンとイゾルデ」まで

そんな彼女が謳ってるのはやはり古来からの神話や伝承で
彼女なりの解釈の再話が『七つの愛の物語』に収められてるのだろう

  • はじめに
イシスとオシリス
百万年の太陽の船
イナンナとドゥムジ
聖なる結婚
シヴァとサティー
宇宙の永遠の舞踏
雅歌
私を連れていってください、さあ急いで!
プシュケーとエロース
愛の探求はよろこびをもたらす
ライラーとマジュヌーン
ただ愛のために愛させてください!
トリスタンとイゾルデ
ひとりの男、ひとりの女
  • 訳者あとがき

自分としては目当ての「トリスタンとイゾルデ」では
媚薬または惚れ薬を飲まずに自然に愛し合って欲しかったのだが
ある意味その部分は忠実に再現したのでがっかりだった。(´д`;)ギャボ

愛し合う2人だから引き離されてしまうコトが試練なのだが
試練のために愛し合うように仕向けられるのは変だ

それにしてもどの物語でも愛し合う2人の間には必ず試練があるが
ただ愛し合うのがなぜこんなにも困難なのか?

むしろ愛し合えナイ状況だからこそ、より求めてしまうのか・・・?

心に求める人を追い続けるのが恋愛だが
求める人と結ばれるコトを願いつつ
叶わずとも想い続ければやはり成就なのだと自分は確信してる

だがしかし!
愛する人と共にありたい
そんな至福を夢見るから現実が霞んで不幸になるとも思える
夢を見るより現実に努力をした方が少なくとも不幸にはならナイのでは?!

それでも夢を追わなければ現実を乗り切る勇気もナイのが
人間の弱さで
夢が叶わなくても見続けて、現実がどんな結果に終わろうとも本望だと納得できるのが
人間の強さでもある

原初の愛の物語に魅せられて
愛する相手に想いを馳せるための究極の1冊だな(*^^*)

『旧約聖書』の中で教義とは無関係に存在してる感がある「雅歌」は
この物語を読むまではすっ飛ばしてたのだが
こんなに酔い心地になるような愛の言葉が詠われてたとは知らなんだ(゚*゚;)

その唇でくちづけを。
あなたの愛はワインよりもすてき。

から始まり

わたしをあなたの胸に刻みつけてください、印章のように。
あなたの腕に、印章のように。

とか打たれるるる~・・・バタリ ゙〓■●゙

いとしのレイラ

ところで「ライラーとマジュヌーン」は
アラビア人(ペルシア人、セム族)に伝わる悲恋物語だが
このライラーはエリック・クラプトンの『Layla(邦題:愛しのレイラ)』のモデルだ

族長の跡継ぎとなるべく生まれたカイースは
眉目秀麗にして優秀な子供だったが
転校生のライラー(※)に一目惚れしてしまい
彼女の名を叫ばずにはいられなくなって遂には狂ってしまう
内容とはあまり関係ナイがライラーの名は「夜」を意味する

マジュヌーンは「狂人」の意だ(-_-;)

カイースの父親はライラーへの熱情を冷まそうと巡礼に連れて行くが
逆効果でこんな祈りを捧げてしまう

おお、神さま、ぼくの恋を癒さないで、むしろぼくの熱情を育ててください!
ただ愛のために愛させてください!
ぼくに残されている命をすべて取りあげて、ライラーに与えてください。
ぼくの愛を今日よりも百倍も大きなものにしてください!

ライラーの方も実はマジュヌーンに好意を抱いてたのだが
そこはそれ、イスラム圏の慎み深い女性なので
結局はそのまま嫁してしまい
絶望したマジュヌーン(となったカイース)は砂漠を彷徨う

そのまま(紆余曲折はあれど)最期を迎えるライラーと
それを知って後を追うように死ぬマジュヌーン

なんかもうね、不毛過ぎて悶え死にしそうな話なのだよヽ(゚∀。)ノ
そんな物語にあの旋律を当てるのはクラプトンてばさすがだ!

しかしそうなると歌詞の冒頭の部分は狂人の妄想なのか。(゚д゚lll)ギャボ
いずれにせよ、狂人になるほど一人の女だけを愛する男なんて
現実にはいやしナイワケでそこからして妄想か。(´д`;)ギャボ

それにしてもこの「ライラーとマジュヌーン」は
今となっては邦訳されてた東洋文庫の「ライラとマジュヌーン」が絶版で
アマゾンでも凄い値段がついてたりするが
偶然にもこの『七つの愛の物語』をゲトできた自分てラッキーヽ(´▽`)/

トリストラム

ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』は
5年前に1度読み始めて第1章で挫折したが
つまらなくて放棄したのではなく
余りにも興味深い語が頻出しまくるので
寄り道読書をし過ぎてなかなか次へ読み進めナイままに
結局は途中で迷子になってしまった(-_-;)

トリストラム・シャンディ 上 (岩波文庫 赤 212-1)トリストラム・シャンディ 中 (岩波文庫 赤 212-2)トリストラム・シャンディ 下 (岩波文庫 赤 212-3)

それに自分が持ってる版は筑摩世界文学大系で
箱入りのハードカバーで大きくて重いので
落ち着いてじっくり読む分には構わナイが持ち歩くのは無理っつ!
(余談だが、中身は3段組で字が小さくてびっしりなので
活字に抵抗があるような人は開いた途端に読む気を失うだろうて・・・)

そんなワケで老後の愉しみにとっておこうかと思ってたのに
電子書籍版を発見して、うっかり購入して再読し始めた

☆・・・☆・・・☆

とりあえず前回の迷子の原因は究明できたので
今回は迷子にならナイレベルで寄り道読書を堪能しようとした矢先
またしてもふりだしに戻ってしまったのは
タイトル、てか、トリストラムなる名前についての疑問が
再燃してしまったのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

トリストラム=トリスタン、なのは
アーサー王の円卓の騎士に同じだろうが
この名前の綴り(発音)が時代と言語でどう分かれてるのか?
手持ちの本から表を年代順に起こしてみた

著者・監督タイトルトリスタンイゾルデ
ジョゼフ・ベディエトリスタン・イズー物語トリスタンイズー
トマス・ブルフィンチ中世騎士物語トリストラムイゾーデ
リヒャルト・ワーグナートリスタンとイゾルデトリスタンイゾルデ
ローズマリー・サトクリフトリスタンとイズートリスタンイズー
ダイアン・ウォークスタイン七つの愛の物語トリスタンイゾルデ
ケビン・レイノルズトリスタンとイゾルデトリスタンイゾルデ

言語的にはベディエがフランス語、ワーグナーがドイツ語で
他は英語圏なのだがこの英語圏にバラつきがあり
なぜこんな事態になるのかが引っかかってる部分だが
まず三省堂英和辞典を引いてみると

Tristramは男性名; 【アーサー王伝説】トリストラム, トリスタン(恋人はIseult [Isolde];別称Tristan).

仏語でTristan et Iseut、独語でTristan und Isoldeなので
もしかすると英語圏では元々はTristanてのはなく
英語名はTristramだったのだろうか?
そうだとするとスターンは18世紀のイギリス人だから納得だ

ワーグナー トリスタンとイゾルデ (オペラ対訳ライブラリー)

英語圏でもTristanが元のTristramと併用されるようになったのは
恐らく19世紀後半にワーグナーのオペラが大成功を収めたからだろうが
このオペラの初演が1865年なのでそれ以降と考えられ
19世紀のアメリカ人ブルフィンチがTristramとしてるのも
1867年に他界してるので辻褄が合う

トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)

またワーグナーが作曲の構想の際に基にしたのは
ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの叙事詩だとされてて
これは独語→独語なのでそのままなのだが
サトクリフはIseutが仏語なのからしてベディエに基づいてるのだろう

トリスタンとイズー

それにしてもサトクリフ版のこの表紙は
繊細な筆致でなんと美しいコトか・・・ホゥ(*-∀-)
山田章博て方が描いておられるのだが
それに比して(比べるのも何だが)洋書のイマイチ感たるや。(゚д゚lll)ギャボ

Tristan and IseultTristan and Iseult (Sunburst Book)Tristan and Iseult (New Windmills)

『七つの愛の物語』も表紙、てか、装丁が華麗だが
このビアズリー風タッチのイラストは杉本真文なる方が手掛けてて
中身も挿絵が゚+.(・∀・)゚+.゚イイ雰囲気を醸し出してるるる~

七つの愛の物語―「イシスとオシリス」から「トリスタンとイゾルデ」まで

☆・・・☆・・・☆

『トリストラム・シャンディ』の第1巻 第19章には
このトリストラムなる名について本文中にこう説明されてる

ラテンのトリスティスから出て「悲しみの、悲しめる」の意を持つ

そう言えばブルフィンチの『中世騎士物語』では
第12章「トリストラムとイゾーデ」に似たようなくだりがあった

その子供は生れた時の憂愁にとざされた事情からトリストラムと名を呼ばれた。

トリストラムには*(訳注マーク)が付いてるので訳注を見てみると

トリストラムはトリストレムとも、トリスタンとも、トリスタムとも呼ばれる。

これではなぜそう呼ばれるのかは不明瞭だが
サトクリフの『トリスタンとイズー』でも以下のようにある

彼は子供に、悲しみを意味するトリスタンの名を与えた。

独語辞書によればtristは形容詞で
「悲しい」「悲惨な」「哀れな」「陰鬱な」「荒涼とした」とあった
仏語辞書でもtristeは形容詞で
「悲しい」「いやな」「つらい」「貧弱な」とあった
英語辞書も調べたが近い単語は見つからず
どうやら英語にだけ語源的な単語が欠落してるらすぃ(゚ ゚;)

☆・・・☆・・・☆

ところで自分が知らナイだけかもだが
『トリスタンとイゾルデ』の映画ってっこれだけなのだろうか。(´д`;)ギャボ

トリスタンとイゾルデ [DVD]

アーサー王と円卓の騎士に出てるのは別として
今世紀まで映画化されてなかったとは意外な事実ヽ(゚∀。)ノ

ブルフィンチの『シャルルマーニュ伝説』

中世騎士物語の代表作と言えば
『アーサー王物語(Arthur)』
『トリスタンとイゾルデ(Tristan und Isolde)』
『ニーベルンゲンの歌(Niebelungenlied)』
『ローランの歌(Chanson de Roland)』

トマス・ブルフィンチはこれらの中から
『アーサー王物語』と『トリスタンとイゾルデ』を取り上げ
他にも英国民族の英雄伝説を加えて
『中世騎士物語』(詳細は前項参照)としたが
『ローランの歌』も『シャルルマーニュ伝説』として編纂してて
自分はこれを今世紀になってから入手して読んだ

シャルルマーニュ伝説 中世の騎士ロマンス (講談社学術文庫)

  • まえがき
  1. 序論
  2. 十二勇士
  3. 御前試合
  4. アルブラッカの攻囲
  5. リナルドとオルランドの冒険
  6. フランス侵攻(1)
  7. フランス侵攻(2)
  8. ブラダマンテとロジェロ
  9. アストルフォと女魔法使い
  10. 海魔オルク
  11. アストルフォの冒険はつづき、イサベラの冒険が始まる
  12. メドロ
  13. 狂ったオルランド
  14. ゼルビノとイサベラ
  15. アストルフォ月へ行く
  16. アフリカでの戦い
  17. ロジェロと結ばれるブラダマンテ
  18. ロンスヴァルの血戦
  19. バヤールを取り戻すリナルド
  20. リナルドの死
  21. ユオン・ド・ボルドー(1)
  22. ユオン・ド・ボルドー(2)
  23. ユオン・ド・ボルドー(3)
  24. オジエ・ル・ダノワ(1)
  25. オジエ・ル・ダノワ(2)
  26. オジエ・ル・ダノワ(3)
  • 訳者あとがき

吟遊詩人に歌い継がれてきた中世騎士物語には
確固たる原典が存在しナイのは然りだが
そうでなくてもアーサー王と円卓の騎士の一連の物語は
非科学的な要素が満載でほぼファンタジーなので
現代日本人の自分には史実として受容するのはとても無理だし
実際、史実とはまるで噛み合ってナイ

ところが『ローランの歌(シャルルマーニュ伝説)』は
実在の人物や歴史的事件なども登場するので
史実との摺り合わせができる部分もナイコトはナイのだが
当初(中世後期)、武勲詩として成立したモノが
イタリア・ルネサンスの作家らによって叙事詩として再編された際に
時代背景が変わってしまっても時代考証などお構いナシで
ウケ狙いでエピソードも盛ってるだろう写本ができ
ブルフィンチはそれらを底本にしてダイジェスト版にしたので
信憑性に欠ける、てか、信憑性はナイ。(゚д゚lll)ギャボ

ここでブルフィンチのセンスが素晴らしいのは
底本でいかにも原典のように装ってるが
その恭しい装いがバレバレなのをそのままにしてる点だ
事実として疑わしい部分に

(そうチュルパン大司教は主張している)

などと、嘯いてるのが可笑しいw

『シャルルマーニュ伝説』を読み始めた時分は
馴染みのキャラクターが登場する『中世騎士物語』に比して
とっつきにくく、話も散漫で読み辛いと思われたが
読み進む内に超絶美形で根明オバカのアストルフォに惚れ込んでしまい
トリスタンもランスロットもどうでもよくなった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

またアストルフォの登場するエピソードが格別に愉快で
冒険譚の荒唐無稽レベルなんてラノベ。(´д`;)ギャボ

☆・・・☆・・・☆

自分が土曜日に働いてる新宿2丁目の少年アリス(※)は
新宿ゴールデン街のBar†ジュールの姉妹店なのだが
この店名のジュール(Jules)はどこからきたのかと思っていたら
サイトに誕生秘話があるのを発見!
なんとJules Verne(ジュール・ヴェルヌ)だった!!
少年アリスは2014年3月に閉店

まあ自分はJulesと言えばMichelet(ミシュレ)だが
ジュール・ヴェルヌも大好きな作家の一人で
『十五少年漂流記』『地底旅行』『海底二万里』は何度も読んだ

しかし店名のきっかけとなった『月世界旅行』は未読で
これを原作とした映画の存在も初めて知ったが
このシーン、てより、この顔は見覚えがあるような気がして
タブレットで検索するも、答えの見つからナイ内に寝落ち・・・バタリ ゙〓■●゙

ジョルジュ・メリエスの月世界旅行 他三編/映画創世期短編集 [DVD]月世界へ行く (新装版) (創元SF文庫)月世界旅行

そんなだからか、まんまとこの顔のある満月が夢に出てきて
「ほら、やっぱり見たコトがあった・・・でも何でだったっけ?」
とか、まだ目に刺さってナイ満月野郎と会話するのだが
「初めて月に着た人間が誰か知ってるか?」
なんて聞かれて咄嗟に出た答えが
「アストルフォ?!」

いやいや、フィクションだから、てか、夢だしヽ(゚∀。)ノ

☆・・・☆・・・☆

そんなんでアストルフォを思い出して
久々に『シャルルマーニュ伝説』を読もうとしたら
自分の持ってるのは講談社学術文庫版なのだが
余りの字の小ささに思わず眩暈・・・

電子書籍に慣れてしまったので
小さい字が苦痛に感じるようになってしまったのだった
早速、電子書籍化されてナイか探してみると
以下の表のような結果になった

現代教養文庫ライブラリーグーテンベルク21
Amazon Kindle上巻¥600+下巻¥600ナシ
SONY Reader Store上巻¥630+下巻¥630¥840
BookLive!上巻¥630+下巻¥630¥840
hontoナシナシ
YAHOO!ブックストア上巻¥630+下巻¥630ナシ

上下巻セットで¥1,260と全1巻で¥840となると
値段に¥420も違いがあるのだが
訳者はどちらも講談社学術文庫と同じく市場泰男で
ファイル形式も同じXMDFだったので
同じ内容ならグーテンベルク21版を買いたいのが人情だ

中身にどんな違いがあるのかサンプルを見てみたら
現代教養文庫ライブラリー版は
目次を見る限り講談社学術文庫版と同じ内容で
グーテンベルク21版はサンプルでは目次が見れなかったが
閲覧可能な途中の部分が講談社学術文庫版と全く同じだったので
とりあえず、安い方を買ってみるコトにした

シャルルマーニュ伝説(上) 中世の騎士ロマンス (現代教養文庫ライブラリー)シャルルマーニュ伝説(下) 中世の騎士ロマンス (現代教養文庫ライブラリー)

結論を言えば、値段は違えど、内容は同じだった
要するに、グーテンベルク21版がお買い得だってワケで
選択肢はSONY Reader StoreかBookLive!に絞られ
購入時点でのキャンペーンなどを加味したポイント還元率も見合わせて
今回はSONY Reader Storeで購入

ちなみに、YAHOO!ブックストアが選択肢に入らなかったのは
対応デバイスに[アプリ未対応]となってたからだが
[アプリ未対応]だとダウンロードできず
ブラウザからクラウド上の本しか読めナイので
オフラインで読むコトができナイ不便さがあるのと
万が一、YAHOO!ブックストアがなくなったとしたら
せっかく購入した本が読めなくなる可能性もなきにしもあらずなので
生涯に何度も読み返したい本を買うのには適さナイのだ

☆・・・☆・・・☆

↓↓↓『シャルルマーニュ伝説』オススメサイト↓↓↓

2号館【サガと各国神話】

Edward Burne-Jones Exposition

岩波書店、紀伊國屋書店、勁草書房、東京大学出版会、
白水社、法政大学出版局、みすず書房、未來社の出版社8社が
合同で「書物復権」(※)なる復刊事業に取り組んでるのを知ったのは
ジョージ・バーナード・ショーをググったのがきっかけだった
書物復権2012書物復権2013

バーナード・ショー名作集

これで復刊されたのが『バーナード・ショー名作集』
以下の代表作6篇が収録されてた

カンディダ
悪魔の弟子
人と超人
ピグマリオン
聖女ジョウン
デモクラシー万歳!

¥7,000近かったが迷うコトなく購入し
念願の『聖女ジョウン』と『ピグマリオン』を読み
併行してショーの戯曲の解説書『バーナード・ショーの劇』や
ジュール・ミシュレの『ジャンヌ・ダルク』や
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』と
梯子酒ならぬ梯子読書を大いに愉しんだ末に
奇妙なシンクロニシティに見舞われた・・・のは昨年の夏

『ピグマリオン』の第3幕に次のような一節があるのだが
この描写だけでヒギンズ夫人が趣味の良い女性であるのがわかるるる~

ヒギンズ夫人は、ウィリアム・モリスやバーン・ジョーンズの雰囲気のなかで育てられたので、ウィンポール街の息子の部屋とはちがい、家具や小さなテーブルやこまごまとした物が、雑然とおかれているようなことはない。部屋の中央には、背のない大きな長椅子が一つ。これと、じゅうたん、モリス風の壁紙、モリス風のサラサの窓かけ、長椅子にかけた錦のカバーとクッション類が、立派な装飾となっているので、つまらない物をごたごた並べたてて、その美しさをかくすことはないのである。三十年前グローヴナー・ギャラリーに陳列されていた、いい油絵が数点(ホイスラー派のものではなく、バーン・ジョーンズ派のもの)、壁にかかっている。(後略)

息子のヒギンズがヲタになったのも独身主義を貫いてるのも
きっとこの出来過ぎの母親のせいなのだろう
そんな考えを巡らせながら新宿の地下街を歩いてた際に
バーン・ジョーンズ展のポスターが目に入った

ポスターにあったペルセウスには全く興味なかったが
予感がしたのでサイトをチェックしてみると
ウィリアム・モリス商会で製品化したタペストリーが展示品目にあった!
バーン・ジョーンズに原画を描かせて刺繍させたタペストリー・・・ホゥ(*-∀-)

シンクロニシティだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

これだけでも手芸好きの自分には観に行く理由として十分だったが
連作『ピグマリオン』も一揃い(4枚)あるらしい!!

シンクロニシティしまくりだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

そもそもバーナード・ショーの『ピグマリオン』は
モリス夫妻によってインスピレーションを得て描かれたに違いナイ
とゆーのもウィリアム・モリスの妻ジェーン・モリス(旧姓バーデン)は
バーン・ジョーンズとロセッティによって見出されたモデルで
ウィリアム・モリスにもモデルとして紹介したトコロ
2人が恋に落ちて婚約してしまったのだが
この婚約→結婚の間に恐らく極貧で教育を受けてなかったジェーンは
上流社会の一員としての教養を一から身につけた・・・
なんて、まるで『ピグマリオン』のイライザそのものだ!!

☆・・・☆・・・☆

会場に着いてすぐの展示室へ向かうエレベーターの前に
連作『ピグマリオン』の一部のプリントがでかでかと貼られており
この迫力に比べたら実物はしょぼいかと思いきや
そこは連作ならではの見応えだった
(唯一、女神が鳩を踏んづけてたのが気になったのは自分だけかね?)

しかしラファエル前派は一見すれば繊細な作風なのだが
ダヴィンチのような精密さには事欠いてて
背景の花などがワリと杜撰に描かれてたりするので
近寄ってじっくり愉しむよりは遠見で全体的に観るとか
現代ならネットで観るのにうってつけだと思われ

それに比してタペストリーは期待以上に素晴らしく
絹糸1本の寸分の狂いもナイのに感動した。・゚・(ノД`)・゚・。
改めて考えたらウィリアム・モリスは日本の柳宗悦みたいな人なのだな?!
美意識にお国柄がそれぞれ表れてるのでそこに違いがあるが・・・

またジェフリー・チョーサーの『チョーサー著作集』の
ウィリアム・モリス商会によるケルムスコット・プレス刊(※)があり
豪華装丁本の現物を目にするコトができたのは収穫だった♪
※LINK:ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』

おみやげには『ピグマリオン』連作のワイドプリントにブックマーク
そして『チョーサー著作集』のポストカードとノートにしたが
もしケルムスコット・プレスのグッズがなければ図録を買うつもりだった
自分は究極的には紙の書物が何にも増して好きなようだw

↑改めてじっくり見てみたら『Troilus and Criseyde』だった(゚ ゚;)
これチョーサー版は『トロイルスとクリセイデ』だけど
シェイクスピアになると『トロイラスとクレシダ』になって
逆にボッカッチョのはタイトルが『フィローストラト』でトロイオロとクリセイダ
もちろん時代順にボッカッチョ→チョーサー→シェイクスピアだ

あとの2枚は残念ながら何かわからなかった・・・うぅ(-_-;)

Saint Joan, Pygmalion

2012年にWOWOWでジャンヌ・ダルクの映画をやってたのだが
主役がミラ・ジョボヴィッチでもイングリッド・バーグマンでもなく
原作はジョージ・バーナード・ショーだった

ジャンヌ・ダルクは100年戦争の時代に実在してはいるようだが
天の声(※)を聴いたとか、オルレアン解放軍に女の身で参加したとか
非現実的な所業がどうにも信じ難い人物だ
結果として、オルレアンは英国軍から解放され
勝利に対するジャンヌの貢献度はともかく
異装の(男装してた)ジャンヌは異端審問で火炙りにされてて
それがなぜか500年以上も経って、近代に至ってから聖人になってて
その辺りの事情もまた胡散臭いのだが
フランス人は元よりヨーロピアンには英雄視されてたりするし
カトリック教徒は聖人の一人として受け容れてる
天の声の主は聖人で、オルレアン包囲の際には大天使ミカエルの声を聴いたそうだ

でもバーナード・ショーの戯曲『聖女ジョウン(原題:Saint Joan)』では
イギリスで上演されるべく書かれたモノだからか
ジャンヌは英雄としても聖人としても扱われておらず
刑死後、魂が天国に行けずに彷徨い続けてて、化けて出てるヽ(゚∀。)ノ

そんなジャンヌの最後の科白は神への祈りだったのだが

早く天国へ導いてください(-人-;)

とキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

ショーらしい皮肉が効いてて
一緒に観てたとーちゃんと大爆笑しながら画面に大喝采を送った

☆・・・☆・・・☆

自分は頽廃に憧憬を抱く反社会的な勤労庶民なので
大衆に媚びてるだけの娯楽作品が大嫌いで
とりわけハッピーエンドの男女のロマンスには
若い時は虫唾が走ったり吐き気を催したりするほどだったが
ショーの描く世界観にはそういう嫌悪感を覚える部分がまるでなく
そこに真実が見えて、魂の奥底から感銘を受けるのだ

だから映画『マイ・フェア・レディ』は忌々しく感じるるる~チッ( -∀-)、
自分にはシンデレラ・ストーリー自体が苦々しいのだが
ショーの戯曲『ピグマリオン』が原作なのに
作品を通して掲げられたテーマが完全に損なわれてしまってるからだ

『ピグマリオン』はギリシア・ローマ神話由来のラテン文学で
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』が元ネタだ

主人公ピュグマリオンが自身で作った女性の彫像に惚れてしまい
その切なく苦しい胸の内をあわれに思った女神に
命を吹き込んでもらって想いを叶える、とゆー物語で
Barbieに恋し続けてる自分にはピュグマリオンの気持ちがよくわかるし
実際にBarbieそっくりの人間に巡り合うと
女神に感謝しつつ、その人をこよなく愛してしまってたヽ(゚∀。)ノ

『ピュグマリオン』はリア充には決して共感されナイ物語で
絶対に愛してくれナイ女を切望するピュグマリオンに嘲笑しながら
きっとこんな風に諭すのだろう

現実を見据えて人間の女と愛し合えば゚+.(・∀・)゚+.゚イイのに?!

他人に言われずともピュグマリオンも自分もわかってるが
それでも愛せずにいられナイのだよ。・゚・(ノД`)・゚・。

でも愛するってのが無償で相手を想う気持ちだとしたら
相手からのお返しを同じだけ望むのはむしろ本トに愛してるのかね?

☆・・・☆・・・☆

ショーの『ピグマリオン』の場合はもっとヲタ度が高く
ピグマリオン=ヒギンズは英語の発音における音声学者であり
彼が求めてたのは単なる理想の女性などではナイ
洗練された英語を話す女性、しかもそれを矯正できた自身に悦に入ってて
その女性には生き証人としての価値しか求めてナイ
ヒギンズがイライザ自身にはまるで興味がナイのは明白だ。(゚д゚lll)ギャボ

イライザも育ちが悪いながらも愚劣な女性ではなかったので
そんなヒギンズのヲタ魂の萌えに気づいてただろうから
純粋にイライザ自身を愛してくれるフレディを享受するのは然りだ
ショーの『ピグマリオン』でははっきりと結末は描かれてナイが
イライザがフレディの気持ちを無碍にできるとは思えナイし
ましてやそこでヒギンズを選ぶはずがナイ。(´д`;)ギャボ

ヒギンズとイライザが結婚してハッピーエンドの物語なら
タイトルを『ピグマリオン』にする意味はなく
ブロードウェイで意義を失ってしまったからこその
『マイ・フェア・レディ』へのタイトル差し替えなのかもしれナイなw

☆・・・☆・・・☆

そして世の中の流れはいつも商業主義に味方するので
主役が日本人の大好きなオードリー・ヘプバーンなのもあり
映画『マイ・フェア・レディ』ときたら
しつこいくらい年中、テレビで放映されてるのだが
それに比してショーの戯曲『ピグマリオン』を新刊で購入するのは
日本では少なくともこの10年ほどは困難だった

同じように冒頭に挙げた映画『聖女ジャンヌ・ダーク(原題:Saint Joan)』
ショーの脚色に忠実なこの作品だけが日本ではDVD化されず
原作の戯曲『聖女ジョウン』を新刊で購入するのも
『ピグマリオン』と同様、邦訳を読むコトが適わなかった

今世紀になって何よりも後悔してるのは
ショーの著作を若い内に買い集めておかなかったコトだ(;つД`)
『聖女ジョウン』でその後悔は募るばかりだったが
諦めつつもググってみると書物復権2012の復刊リストに
なななんと『バーナード・ショー名作集』があった・・・バタリ ゙〓■●゙

バーナード・ショー名作集

しかも『聖女ジョウン』も『ピグマリオン』も収録されてたので
早速購入して2作とも一気読みした・・・生きてて良かった。・゚・(ノД`)・゚・。

ちなみに『ピグマリオン』の序文には次のようにあった

(前略)ロマンスのヒロインになれたからというだけで、すぐさまロマンスの主人公と結婚したにちがいないということにはなるまい。こういう考え方には我慢がならない。せっかくのドラマもこういう得手勝手な判断にあっては、こわされてしまう。

ビブロス(イシスとオシリス)

赤地に黒でセンシティヴで流麗なライン
ビアズリーかハリー・クラークのようなイラスト
中心には黒地で金枠に金の文字

七つの愛の物語―「イシスとオシリス」から「トリスタンとイゾルデ」まで

そんな表紙の美しい装丁の本『七つの愛の物語』には
ヨーロッパやオリエントの原初の愛の物語が
タイトル通りに7つ収録されてる

エジプト神話★イシスとオシリス
シュメール(メソポタミア)神話★イナンナとドゥムジ
インド神話★シヴァとサティー
ヘブライ人(イスラエル人、ユダヤ人)の伝承★雅歌
ギリシア神話・ラテン文学★プシュケーとエロース
アラビア人(ペルシア人、セム族)の伝承★ライラーとマジュヌーン
ロマンス(中世ヨーロッパの騎士物語)★トリスタンとイゾルデ

これらの中で「トリスタンとイゾルデ」は何冊も持ってるほどのヲタで
それでも飽き足らずに「トリスタンとイゾルデ」をググってて
この『七つの愛の物語』に出会った(のは2004年)

ギリシア神話もラテン文学もヲタなので
「プシュケーとエロース(アモルとプシュケ)」も
アプレイウスの『黄金の驢馬』の挿話としてよく知った話だった

その『黄金の驢馬』の最後に登場するのがイシスとオシリスで
エジプト神話由来の夫婦(兄妹)神だとは知ってたが
なんせプルタルコスの論文『イシスとオシリスについて』でしか読んでなくて
この神話の内容はどうも朧気だったのだ

では、これから神話を物語りますが、できるだけ手短に、まったく無用の余計な部分は省略することにしましょう。

そう前置きしつつ『イシスとオシリスについて』でも一応あらすじを紹介してはいるが
むしろ逆に無駄にプルタルコスお得意の薀蓄を織り交ぜてくるので
話が横道に逸れまくるわ、1つの単語を深く掘り下げ過ぎるわ
輪郭がさっぱり掴めんてヽ(゚∀。)ノ

しかもそうしてストーリーもはっきりわからナイワリには
違和感を感じて引っかかってしまう箇所があって
例えば、イシスの父親がヘルメスだとか。(´д`;)ギャボ
セト=テュポンとか、オシリス=ディオニュソスとか。(゚д゚lll)ギャボ
まあこういった系譜の異説や異民族間でのすり替えは神話ではよくあるコトだがw

但し、プルタルコスは古代ローマの神官(※)だったが
古代ギリシアの哲学者のような自然哲学に対する考察力があり
神と称される信奉の根源的存在を一種の象徴と捉えてる部分があり
各民族の信仰の由来が近似だった神同士を結びつけてるので説得力はあるるる~
アポロンを祀るデルポイ神殿に仕えてた

それでもどうにも納得が行かナイのは
オシリスの棺が流れ着いたのがビブロスだったってコトで
ウェルギリウスの『アエネーイス』にしてもだが
古代ローマ人が信じてるフェニキア人の各都市の成立年代(※)ってのが
史実より明らかに古過ぎるのだよな(-_-;)
ヘロドトスの『歴史』がフェニキア人についての記述から始まってるのが誤解の元かと推測

エジプト創世神話の時代にビブロスが既に都市化してて
トロイ戦争の頃にはカルタゴが建国されてたなんて・・・バタリ ゙〓■●゙

いや、神話の中で1,000年のズレがあるのは気にならナイが
人類史としたら100年もズレてたら嘘になってしまう
神は1,000年生きるだろうが人は100年も歳をとらずにはいられナイのだ

だからフェニキア人の史実を誤って神話に取り入れたために
神話としても不確実性を露呈してしまってるのがなんとも惜しい気がするのだ

ちなみにゲルハルト・ヘルムの『フェニキア人』によれば
確かにビブロスの遺跡は他のレバノン海岸沿いの都市と比して最も古く
最古で紀元前4,500年頃の村落跡が発見されてるが
イシスが訪ねたような王宮となると村落などではなく
もっと都市化された紀元前2,900年頃より以降と想定されるので
エジプト第1王朝(紀元前3,100年頃)よりも新しい

そもそも同じく『フェニキア人』によればビブロスの呼称は

ブブロスあるいはビュブロスは単に、強大なフェニキアの共同体の名というだけでなく、また、パピルス、すなわち紙の原料を表わすギリシア語でもあったのだ。のちに、それからビブリオン、すなわち本という表現ができ、最後にルナンが集中的に研究していた聖書(ビブル)になった。

パピルスあってこその名称でそう呼んだのも古代ギリシア人てコトは
少なくとも紀元前2,000年以降と更に新しく想定せねばなるまいて(゚*゚;)

対するイシスとオシリスの年代の古さだが
まず混沌からアトゥム=ラーが生じて
シュー(空気もしくは大気)とテフヌト(蒸気もしくは湿気)を産み
シューとテフヌトがゲブ(大地)とヌト(天空)を
ゲブとヌトがイシスとオシリスを産んだとされてるのだから
実はエジプト第1王朝とかのレベルではナイのだ

それはそれとしてイシスとオシリスが1,000年以上とか生きてて
それより前の世代は億単位の年数を生きてるとすると
科学史とはある意味で辻褄が合ってるのだが?!

ゲブとヌトが生まれたのはその名の通りに大地と天空ができた時で
シューとテフヌトが生まれたのは地球ができた45億年前で
アトゥム=ラーが生まれたのはビッグ・バンとか?!

古代エジプト人が地球外生物かと疑われる所以はこの創世神話かΣ(゚д゚lll)ガーン

オトダフェとギロチン

中世のフランスでジャンヌ・ダルクは異端審問により「異端」と見做されたため
火焙り(Autodafé)にされ
近代のフランスでマリー・アントワネットは国民議会の革命裁判で「有罪」となり
ギロチン(Guillotine)に処された

フランス史 2 中世 下
フランス史 5 (18世紀 ヴェルサイユの時代 (全6巻))
ジャンヌ・ダルク [DVD]
マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

異端だとなぜ罪もナイのに火焙りなのか?

ローマ・カトリック教会を頂点とする組織が度々行ったこの処置に
小学生の自分は憤怒と憐憫を覚え疑問を持ったが
そこにまるで疑問を抱かナイカトリック信者の心情はもっと謎だった

しかもそれでいて同じ刑罰を
ローマ皇帝ネロが大火の犯人に行ったのは悪魔の仕業だ
などとと嘆くのも不思議だった

ジャンヌを冤罪で火焙りにしといても
死んだ(殺した)後で聖人に加えたコトで贖われてる
とか、そういう納得の仕方をしてるのだろうか?
それならネロの場合も同じようにすれば
キリスト教信者にここまで忌み嫌われなかったんだろうかw

近代国家での刑罰は罪状に対して負わされるモノだが
どちらかといえば犯罪者には甘い措置で
死刑のような極刑が下されるコトなどほとんどナイし
それが公開処刑なんてあり得ナイ!
とゆーのが現代日本人のフツーの感覚だろう

「異端」だから殺しても差し支えナイ!!
ましてや
見せしめのためには公開処刑で火焙りに!!
なんて発想にはとてもついて行けナイ。(´д`;)ギャボ

でもそれがジャンヌの時代では罷り通ってたのだし
その後ルネサンス期になっても早過ぎた天才たちは「異端」として
火で焼かれたのだ。(゚д゚lll)ギャボ

つまり「異端」とは
ローマ・カトリック教会の主旨に適わぬ考えを持つ者で
同じキリスト教信者でもプロテスタントは「異端」だったのだが
それならローマ・カトリック教会とは何ぞや?

実際はローマ法王を中心としたキリスト教の一組織でしかナイが
古くは法王は神直属で神に任命されたとしてたw

このローマ・カトリック教会の長年に渡る大罪を
ヴォルテールが『カンディド』でわかりやすく揶揄したのだが
そのヴォルテールら啓蒙思想家の死後に
イギリスより大幅に遅れて近代化を歩み出したフランスで
今度は教会に替わって庶民がこの大罪を担った

無知ゆえの妄信が引き起こす集団ヒステリー状態が
庶民を無意識のうちに革命へと駆り立て
まずは犠牲者として選ばれた国王をギロチンで処分した

ルイ16世の処刑に対しては罪状が何もなかったが
言うなれば庶民による新しい【異端審問】で「異端」とされた

それに比べて王妃は近代国家的に一応「有罪」とされたのだが
罪状はたぶんでっちあげたのだろうと思われ
なんたって8歳の息子との近親相姦だヽ(゚∀。)ノ

それにしても皮肉なのは
処刑道具としてギロチンを認定した張本人こそが
ギロチンにかけられたフランス国王ルイ16世だったってコトだ・・・

ちなみに通常は「オトダフェ」ではなく「アウトダフェ」とかな書きするのだが
ヴォルテールによったのでフランス語読みの「オトダフェ」とした
所有してるヴォルテールの『カンディド』では【異端審問】が【異端糾問】と訳されてるが
これは汎用の【異端審問】の方で統一してる(訳者は丸山俊雄と新倉俊一)
またこの『カンディド』の「火刑(オト・ダ・フェ)」の註には次のようにあった

スペインやポルトガルで行われた、異端糾問所(Inquisition)の判決宣告、及び、その宣告を受けた異端の徒に対する刑(通常は火刑)の執行をいう。