風見鶏騎士団とろうそく消し騎士団2

『ベランジェという詩人がいた』によると
風見鶏騎士であったラファイエットだが
ろうそく消し騎士団が行った検閲制度の復活で
言論の自由が甚だしく制限されるようになった際に
以下のように述べたとある

「憲章に違反することは、国民と王との間の相互信頼を破ることである。我らに、我ら自身に、権利と義務の基本的な独立を返すべきである」

こういう見解を見ても
ラファイエットは別に日和見主義で風見鶏騎士になったワケでなく
一貫した人道主義を貫くための自由主義に徹してるだけで
むしろ風向きが変わってるのは世論の方だ

王政→革命による共和政(とゆー名の恐怖政治)→ナポレオン専制→王政復古

フランスを支配する思想は激変してるが
時の最高権力に順応するのは決して悪いコトではナイ
自分の身を護るために、家族を護るために、悪とするなら必要悪だ!!

しかしラファイエットは
そんな風にへつらうような姿勢こそ全く見られナイから
やはり彼が風見鶏騎士とゆーのは誤謬であると思うのだった!

ベランジェという詩人がいた―フランス革命からブルボン復古王朝まで

【哲学】項目にみるディドロの宗教観

(前略)宗教の管理者ならすべて知恵の持ち主でありうるなどと考えるのはとんでもない間違いである。わらうべき迷信、子供じみた、時としては厭うべき神秘、僧侶の権威をかためその権威を無知な民衆におしつけるための幻覚や欺瞞――当時の僧侶たちの知恵というものは結局ここに帰着したのである。最もすぐれた哲学者たちまでが知恵をこの〔宗教の〕源泉から汲みとろうと試みたことがあった。これこそ、彼らが巡礼をしたり最も評判の高い秘儀に入門したりした目的にほかならなかった。しかし彼らはやがて厭気がさして見離してしまい、知恵という観念が神学という観念と結びついたままになっているのは、ただ傲慢なこれらの僧侶たちとその低能な奴隷たちとの精神のうちにおいてだけなのである。

以上は『百科全書』【哲学】の項目中の一部抜粋だが
ここにディドロの宗教観を窺い知るコトができるし
当時の無神論者としての世界観を垣間見るコトもできる

引用文中の「当時の僧侶」とは古代の僧侶とゆーコトで
少し前の文では「聖書に出てくるカルデアの祭司」が
その例として挙がってるが
知恵(悪知恵?)のあるモノが祭司となり
神が支配してると見せかけて
実際には祭司自身や祭司を支配する王が支配してたワケで
敬虔なカトリック信者がローマ法王に支配されてるのも
その仕組みが現代に至った結果でしょう

理解不可能な事象は時代を遡るほどに
神に司られてた率が高くなるのは仕方がナイが
ここまで科学が進歩した現代においても
未だ古代や中世と同じ感覚を持てる人種はいる

そんな人種に対して
現代に比べたらまだしも科学の黎明期にあったフランス革命前夜に
傲慢な僧侶と低能な奴隷
と「科学的」に形容してるディドロは
この時代にしては珍しいくらいの筋金入りの無神論者だったのだなw

しかし理神論の見地に立って記述されてる部分もある

哲学は今なおひどく不完全な学問であり、しかもいつか完全になるとは思えない学問である。なぜなら、誰が一体、一切の可能なるものに理由を与えることができよう。正確公平に計算して万物を創った存在者のみが、その創造物の哲学的な、数学的な、また、完全なる知識をもつ唯一存在である。しかし、人間が自然という大きな書物を研究して、そこにその造り主の知恵と一切の完全さとの証拠を探求することは、やはり賞賛されるべきである。

この辺りは単に体制への警戒なのか
・・・だったら先述の部分もなかっただろうな(-_-;)
仲間に対する譲歩なのか
・・・ヴォルテールやダランベールは理神論者であったヽ(゚∀。)ノ

【参照】フランス啓蒙思想

百科全書―序論および代表項目

フランス革命・・・その時アメリカは

フランス革命が起きた頃
イギリスがフランスの先を行ってたのはまだわかるが
フランス人の常識では
「新大陸=未開の地」のように思われてたアメリカさえも
またフランスより進んでたのだった

1775年~1783年にアメリカ独立戦争があった
実質は対英独立革命で
この戦争を経て13の植民地は13の州となり
それぞれに州議会・州憲法を持ち
アメリカ連合となり
近代民主主義国家の第一歩を歩み始めたのだった

これがアメリカ合衆国となったのは
連合議会によって合衆国憲法が制定されたからだ
議会長だったジョージ・ワシントンが
初代大統領となったのは1789年
つまりフランス革命が起きた年だった。(゚д゚lll)ギャボ

アメリカの大統領制って
ある意味近代国家の象徴的存在だから
その初代って言われてもそんなに古い気はしナイ

だからこそ同じ頃に
マリー・アントワネットがヴェルサイユ宮を闊歩してたとは
正直・・・納得し難い。(´д`;)ギャボ

とゆーカンジで
現代からしてもその時代のズレが体感できるくらい
フランスは「未開の地」にも先を越されてたのだった

しかし絶対王政で農業国のフランスは
古来から変わりようもなかった
領地を守るために戦争をするのが領主
領主に守られて農業を営むのが領民
ちなみに領民はフランスの全人口の80%を占めた
その間で両者を取り持つために神を持ち出して穏便に収めるのが僧侶
そんな完璧な邑組織が
いったいどうやって発展できるんだ(-_-;)

しかもマズイコトに
発展は出来なかったが悪い方にどんどん増長した
領主(貴族)や僧侶が様々な特権を与えられ
安楽に人生を謳歌する代償を平民が払うのだ・・・

領民(農民)でなく
パリに住む市民なんかは
政治的に無権利であった以上に無保証であった
重労働・低賃金で働かされても
満足に飯が食えなかった
餓死しても病死してももちろんだが
貴族に公然と殺されても文句は言えなかった

そういうフランスの旧体制・・・
つまりancien régime(アンシャン=レジーム)を
当時イギリスやアメリカに行って
実状を見たフランス人がカルチャー・ショックを起こす以上に
自国の後進性にどれほど落胆したか知れナイ
(また無駄にプライドが高いのがこういう場合は禍するのだ・・・)

フランス啓蒙思想とは
そういうフランスを覚醒させようと
古代ギリシアのデモクラシーなどと対比して
フランスの実状の不合理や不条理を問い質したモノなのである

【参照】フランス啓蒙思想

フランス革命・・・その時イギリスは

フランス革命が起きたのは18世紀後半だが
その頃イギリスでは産業革命が始まった

これだけでフランスが
イギリスにどれほど立ち遅れてたかわかる

近代化への一途を着実に辿るイギリスと比較して
前時代の栄光を引きずって留まってるフランスの社会を
ancien régime(アンシャン=レジーム)と表現するが
なるほどもっとも「旧制度」だったなw

そしてその象徴がヴェルサイユ宮殿であり
ある意味ヴァンデ軍でもあった

イギリスでは逸早く
市民革命(ピューリタン革命と名誉革命)によって
議会政治が行われるようになった
まもなく

王は君臨すれど統治せず

とゆー近代国家の大原則に即し
国民代表が運営する議会によって憲法が制定され
その憲法によって国家が運営される立憲政治が行われ
既に近代民主主義国家となってた

これが前世紀の17世紀の話である・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

逆に17世紀のフランスはといえば
「4世紀の理論」の最後の世紀を華々しく飾る
太陽王ルイ14世の世紀だったのだ
[ルイ14世の世紀 フランス革命前のフランス]参照)

そのままルイ16世が18世紀後半まで
ブルボン王朝を継承してた(=停滞させてた)んだから
18世紀後半にイギリスから見たらフランスは
実質2世紀ばかり遅れをとってたんである

わかりやすく例えよう
イギリスは明治維新をえ経て大正時代を迎え
新しい昭和や平成の時代へと突入する段階に入ってたが
フランスは江戸幕府のままだったんであるwww

そういう意味でも
ヴォルテールの著した『ルイ14世の世紀』は
ルイ14世を英雄として称えてるのではなく
ピエロとして持て囃されてるのを
苦い想いを噛み締めながら綴ってるのかもしれナイ

そういうニュアンスを読み取りたいから
本トにフランス語が堪能になりたいよ・・・
以下は『ルイ14世の世紀』執筆の動機として
その著書の冒頭におけるヴォルテールの言である

 これから書こうとするのは、たんにルイ14世の生涯ではない。もっと大きな対象を目ざしてるのだ。私が後世のために描こうと望むのは、一個人の行動ではなく、過去の最も開けた世紀における人びとの精神である。

世界の名著(35)の「解説」での串田孫一の説に納得(*^^*)

【参照】フランス啓蒙思想



フランス革命期の思想家、科学者、詩人

フランス革命勃発は1789年のバスティーユ襲撃で
終結は一般的には1799年のナポレオンのクーデターらしいが
ここでは自分の主観(ユゴーの『93年』に依るるる~)を優先して
ルイ16世が処刑された1793年で区切った

ルイ十六世 上
ルイ十六世 下
王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
フランス革命の肖像 (集英社新書ヴィジュアル版)
ベルサイユのばらカルタ
マリーベル (1) (講談社漫画文庫)

自分の興味の度合いがが選抜の基準なので
偏った列挙となってるため主要人物であっても漏れてる可能性大w

モンテーニュ 1533~1592
(ベーコン 1561~1626)
デカルト 1596~1650
コルネイユ 1606~1684
ラ・フォンテーヌ 1621~1695
モリエール 1622~1673
パスカル 1623~1662
(スピノザ 1632~1677)
ラシーヌ 1639~1699
(アイザック・ニュートン 1643~1727)
(ライプニッツ 1646~1716)
モンテスキュー 1689~1755
ヴォルテール 1694~1778
(リンネ 1707~1778)★
ビュフォン 1707~1788★
ルソー 1712~1778
ディドロ 1713~1784
ダランベール 1717~1783
・・・・・・・・・・・・・1789年バスティーユ攻撃
(カント 1724~1804)
サド 1740~1814
ラマルク 1744~1829★
(ゲーテ 1749~1832)★
ラファイエット 1757~1834
(シラー 1759~1805)
シャトーブリアン 1768~1848
ナポレオン 1769~1821
キュヴィエ 1769~1832★
(ヘーゲル 1770~1831)
サン・チレール 1772~1844★
ベランジェ 1780~1857
スタンダール 1783~1842
・・・・・・・・・・・・・1793年ルイ16世の処刑
ミシュレ 1798~1874
バルザック 1799~1850
ユゴー 1802~1885
(ダーウィン 1809~1882)★
(メンデル 1822~1884)★

フランス人でナイ人物は()で括り
当時の博物学に縁がある人物には★をつけた

啓蒙思想家たちは革命の起爆剤だけ用意して
皆、革命の前に亡くなってたり・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして『93年』を書いたユゴーはもちろんだが
『フランス革命史』を書いたミシュレも
上記にある実質的なフランス革命を体験してなかったりヽ(゚∀。)ノ

ミシュレと言えば先月『フランス史』全6巻の5巻が出てた
「18世紀――ヴェルサイユの時代」って
これはもう『ベルばら』ファン必読ではなかろうか?!
もちろんオスカルは出てこナイがねw

既刊の【中世】【ルネサンス】【ルイ14世の時代】も愉しめたが
やっぱフランス史のメインはフランス革命であろう

てか『ベルばら』ともう一つ『マリーベル』てのもあったが
フランス革命を描いた少女漫画はなんでこうも名作揃いなのだ?

ところで『マリーベル』では貴族の美少年フランソワがお気に入りだったが
革命勃発で市民に襲われる場面がなんとも強烈に印象に残ってる
読んでる殆どの人が気にも留めてナイシーンだと思うが
悪意のナイ庶民が集団心理によって無意識の悪意を剥き出しにしたコトに
しかも罪のナイ脆弱な少年に対して憐憫の情を抱かずに暴力を行使したコトに
慄然としたのだった・・・

続く

フランス革命を肌で感じる

ユゴーの『93年』の中でも
第二編パリ
 第一章シムルダン
   一、往時のパリの街々

は、テルミドール9日以降のパリの描写で
フランス革命を肌で感じられて
特に気に入ってる

そこに鏤められた名詞や形容詞が
あえてフランス革命的なんでなく
寄せ集めの継ぎ接ぎなカンジがおもしろい

当代のトリマルキヨともいうべき
グリモ・ド・レニエールのごとき人物があらわれ、
『食通図鑑』も刊行された。

トリマルキヨとは
『サテリコン』に出てくる
饗宴の開催者トリマルキオである

「ヴィユ・コルドリエ」紙や「民衆の友」紙は影をひそめ、
売り子たちは「ラ・レトル・ド・ポリシネル」や
「ラ・ペティション・デ・ガロパン」紙を
声高に呼び売りしていた。
かのサド侯爵がピック区、
つまりヴァンドーム広場を牛耳っているのだった。

かのサド侯爵とは
もちろんあのサド侯爵だ

世紀末特有のデカダンスもあるが
しかし既に世の中がひっくり返った後なのだw

人人はルイ14世から、
そして今やロベスピエールから逃げ出したのである。

解放された人々は狂乱に酔い痴れ
そしてどこへ向かっていくのだろうか・・・

と、ここまでが『93年』の序章である
(ここまででも随分読み手はあるが)

この情熱が迸り続ける決して短くナイ物語が
晩年の作であるとゆーコトが
ユゴーの脅威だな

筑摩世界文学大系(25)シャトーブリアン、ヴィニー、ユゴー

フランス革命

1793年の初めにルイ16世が処刑されたコトは
アンシャン・レジームの終焉の
象徴的な出来事ではあったが
新しい時代の幕開けは
革命を支持した市民が期待したモノとは
様相が違ってた・・・

代わりにフランスを支配したのは
恐怖政治だった

第2のキリストか
第2のアレクサンドロスが
つまり救世主か英雄が待ち望まれ
その期待に応えたのが
英雄ナポレオンであった

フランス革命~ナポレオンの台頭までを
そんな風に大雑把に見当を付けてたが
史実と史実から想定される展開だけでは
歴史のほんのうわべしか見えてこナイ

『ベルばら』や『マリーベル』といった
少女マンガから興味を持ったフランス革命だが
その後何かとフランス革命について考える機会を得た

自分を解放してくれたルソーの思想こそが
フランス革命の起爆剤となった
百科全書のディドロとダランベール然り
モンテスキューやヴォルテールも
その序章となった

「進化論」も遡ればフランス革命を前後して
フランスで芽生えたモノだった

そしてフランス文学である
自然主義とロマン主義とゆー相対する系統が混在してたが
いずれもフランス革命と無関係に成り立ってる文芸は
見受けられナイ

要するに
フランス革命の前後100年くらいの産物は
フランス革命抜きには語れナイのだ

18世紀の文人科学者に愛着のある自分には
革命の真意や本質といったモノを
その度に考えざるを得なくなるワケだ

ところで
『マリーベル』は全13巻(だったと思われ)とゆー長い話で
これに出てきた貴族の美少年フランソワが
革命勃発で市民に襲われる部分が
なんとも強烈に印象に残ってる
(たぶんこれを読んでる殆どの人が
気にも留めてナイシーンだと思うが・・・)


むすんでひらいて

とゆー童謡は誰でも知ってると思うけど
これを作曲したのは誰だか知ってますか?

知ってる人はたぶん
社会思想に傾倒してるか
よほど音楽に詳しい人でしょうね

答えはルソーで
解説は以下に↓
http://www.worldfolksong.com/closeup/musunde/page2.htm

ルソーとゆーのはジャン=ジャック・ルソー
世界史にも必ず出てくる結構有名な人です
18世紀の主にフランスの人ですが
そうするとピンと来る方はフランス革命を思い起こすでしょう

フランス革命は1789年勃発で
ルソーが死んだのは1778年ですから
革命を知らずして死んだワケですが
逆に言えば革命が起きてしまうような
社会不安が日々増大してった時代なんですね

ちなみに既に
アメリカ独立革命(戦争とゆーのが正しい名称だけど実質上は革命に同じ)と
イギリスの2度に渡る革命(ピューリタン革命と名誉革命)が成功してた

イギリスがそうして自国の革命や
隣国とや植民地での相次ぐ戦争を繰り返しながらも
啓蒙思想を温めてる時
まだフランスは
バロック(※)とゆー人類史上他に類を見ナイ
豪華絢爛文化様式が大流行してて
その象徴であるヴェルサイユ宮殿では
市民を餓死させてまでむしりとった文字通りの血税によって
ごく一部の上層の人間だけが贅を貪っていた

それまでに中世の暗黒から脱するために
偉大な先人(古代ギリシア・ローマ)の思想を復興させようと
ルネッサンスとゆー素晴らしい文化現象が構築されたのは
まるで夢でも見ていたかのように・・・

もちろんそんな時代背景に先立ってこそ
思想や哲学は近代化へと歩みを始めた
理性絶対の立場に立ち
権威や思想や制度・習慣の合理主義的批判を行い
民衆を無知の状態から解放し
真の市民としての権限を
真の人間としての尊厳を
与えようとする考え方である啓蒙思想は
17世紀のイギリスや18世紀のフランスの
市民層にまで広範囲に影響を及ぼした

アンシャン=レジームとゆーフランス革命前の旧制度は
平たく言えば
絶対王政による不平等な参政権と課税制度で
もっとわかりやすく言えば
特権(領民の支配権と免税権)階級と認められた僧侶や貴族が
その階級にしがみつくために
規定以上に領民から搾取してはそれを賄賂としていた
その特権階級(第一身分と第二身分)はフランス全人口のわずか2%
残る98%が第三身分とされる何の権利も持たナイ領民で
しかもそれでいて刑罰だけは厳しかった
そして第三身分の8割以上は農民なんである

そう!
イギリスでは産業革命が起きてた頃ですが
フランスは技術革新の恩恵を受けナイ原始的な農業国だったんですよ
それでいてこんな社会制度ですから
フランス革命がなかったら近代化の波には乗れなかった!!

・・・とゆーのは後世の人間の意見ですが
ここまで文明が発達してしまった現代が
本トに゚+.(・∀・)゚+.゚イイ時代なのか???

中世以上の果てしナイ暗黒が日常に見え隠れしてます
スイッチ一つでいつでも世界が滅びるように準備されてるんですよ

それでも人は考える葦として
明日世界がなくなるかもしれナイ可能性を知りつつ
今日を生きる勇気を持ってる(参考)

え~と・・・(-_-;)
どうしてこう話が余計な方向に行くんだろうw
主題はルソーですwww

まあそんな時代背景の中で
フランスの1番行き詰ってる時に
その行き詰まりの結果(フランス革命)を知らずに
でももっとグローバルな視点で
世界の行く末を案じて予見したのがルソーです

先に断っておくとルソーの著著には
モンテーニュやジョン・ロックをお手本としてる部分もありますが
これは古代ギリシアの哲学者もよくやる手法で
現代のミュージシャンもよくやる(?)
純粋なリスペクトなんですから
そんな名前を著作中に見つけては
嬉々として剽窃者扱いするような評論家ほど
ルソーはもとより
モンテーニュもジョン・ロックも読んでナイですから~!
それに反対にルソーの影響を受けてる大家は
枚挙に暇がありませんよ!!

さて
マリー・アントワネットがフランス王妃になった時(1770年)
ルソーは58歳で
その年の夏にやっとパリに帰って来たのだった
生まれ故郷のスイスでも逮捕命令が出てた彼は
何か発表しては追われて居を転々としてた・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
1762年、1番最初に逮捕状が出たのが『エミール』出版の際

『エミール』は教育に対してのルソーの考えを
エミールとゆー架空の人間を配して語り尽くした著作で
日本では岩波文庫で上中下とに分冊されててかなり読みでがある

うちの父親はこの本に従って
つまりエミールとして自分を育てたらしい

そんな重要な話を今更されて
これまでももう通して3度読み
ある一節を求めて何百回とページをめくったこの本を
また改めて一晩かけて飛ばし読みをした(そりゃあ読みきれナイよ!)

言われてみれば確かに自分はエミールだw

自分で言うのもなんだけど
自分とゆー人間は
酒癖と性癖以外はなかなかよくできてると思うwww
人間としての面白さは秀逸だと自負してる

ちょっとだけ『エミール』の内容を紹介しよう

 万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる。人間はある土地にほかの土地の産物をつくらせたり、ある木にほかの木の実をならせたりする。風土、環境、季節をごちゃまぜにする。犬、馬、奴隷をかたわにする。すべてのものをひっくりかえし、すべてのものの形を変える。人間はみにくいもの、怪物を好む。なにひとつ自然がつくったままにしておかない。人間そのものさえそうだ。人間も乗馬のように調教しなければならない。庭木みたいに、好きなようにねじまげなければならない。

これは冒頭の一節
自然回帰を唱える彼の根本的な命題が簡潔に表されている
そして少し先に進むと下記のような言葉に辿りつく

 わたしたちの知恵と称するものはすべて卑屈な偏見にすぎない。わたしたちの習慣というものはすべて屈従と拘束にすぎない。社会人は奴隷状態のうちに生まれ、生き、死んでいく。生まれると産衣にくるまれる。死ぬと棺桶にいれられる。人間の形をしてる間は社会制度にしばられている。

そこから展開される教育論・・・
いや、架空の教育実習レポートですね!

子を持つ総ての親にはもちろんだけど
現代社会の腐敗臭にやられたら
この本を読んで深呼吸して欲しい

そんな想いから
今朝は冒頭の時代背景などの思索に溺れたのだった

なんて充実した休日だ(*^^*)

これから風呂に入って
実質清々しい空と対話するために
お散歩に行ってきまつ

夜はまたゆっくりJimBeamを・・・( *゚Д゚)つ[酒]

※バロックの後を受けて
18世紀中頃のフランスはロココが流行るけど
これは単なる絢爛に飽きてきて
装飾に繊細さや優美さを求めるようになったモノなので
バロックの延長線上にあり貴族趣味であるコトには変わりはナイ
ヴェルサイユ宮は1682年にルイ14世が完成させたので
完璧にバロック様式なんである