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いつでも女の子の味方でありたいとは思うのだが
暗く鬱陶しい悲劇のヒロインは応援のし甲斐もなくて
そんな女が主人公の物語はつまらなかった

トマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』のテスのように
最愛の相手との結ばれナイ運命に打ちひしがれて憂いてる女とか無理っつ!

トマス・ハーディ全集 12 ダーバヴィル家のテス

テスは男を見る目がナイばっかりに゚+.(・∀・)゚+.゚イイ男を蹴って
激情の迸るままにバカな男に愛を捧げて・・・
いや、総てを曝け出して赦しを乞うたのに捨て置かれるるる~

テスはアレックの愛人になれば若死にする必要ナイのに・・・
しかも犬死に・・・バタリ ゙〓■●゙

まあ最愛の相手と結ばれて長生きしても
そいつにこそ不幸な目に遭わされ続けるとなると
若死にとどちらが得なのか、微妙だがw

同じくハーディの『遥か群衆を離れて』のバスシェバと
『ダーバヴィル家のテス』のテスは
その美貌や高潔さなどがよく似たタイプの女だ

しかしテスの一家は困窮してたのでテスが養うしかなかったが
かたやバスシェバは遺産を受け継いで牧場主となった

テスは生活のために自らを恥辱に晒さねばならず
またそれがために愛する男に拒絶され
一方バスシェバは条件の゚+.(・∀・)゚+.゚イイ男のプロポーズも拒み
初めて恋した相手を悠々と夫に迎えるのであるるる~

但し、バスシェバに限らず世間ではよくあるコトだが
夫は博打好きで酒に溺れるタイプで妻以外の女にのめり込みやすく
更に放浪癖があった・・・
呑む、打つ、買うも男の甲斐性だったらまだしも
バスシェバに依存してるのだからタチが悪い(-_-;)

とはいえ、稀にそういう悪癖を持ち合わせてナイ男もいるが
テスの愛したエンジェルのように無駄な生真面目で
女を攻撃して傷つけるのは尚更タチが悪いし
ましてや新婚初夜を迎える寸前に妻を拒絶するような男は
手を焼かせ続けるダメンズの夫にも劣るヽ(゚∀。)ノ

換言すれば、テスは結婚生活での苦労はなかったとも言えるし
愛人生活でも男が溺れてるのがテスなのだから
生活する上での苦労はなかったはずだ
愛人である、とゆー不満以外には・・・

実際、テスのような貧農の娘が生きてく術は
同じ貧農の男に嫁ぐか金持ちの愛人になるしかナイのは
わかりきってる事実なのだから
どうしても嫁ぎたい貧農の男がいなければ
別に金持ちの愛人になったって゚+.(・∀・)゚+.゚イイじゃナイか?
しかも相手の男は愛する対象としても全然悪くナイのだ
自分はどうもアレックに惹かれてしまう(苦笑)

[第1巻 メロドラマ] パミラ、あるいは淑徳の報い (英国十八世紀文学叢書)

もしかしてサミュエル・リチャードソンの『パミラ』のように
テスもアレックから愛人でなく本妻に望まれたら
子供じみた抵抗などせずに上手くいってたのだろうか?

でも愛人に望まれた純潔至上主義者のテスは
操を守りきれなかった自身と相手の男をひたすら呪い続けるるる~

テスがこの呪縛から解放されるためには
恋人に価値観をひっくり返されるほど愛されるしかなかったが
エンジェルはテス以上に純潔至上主義者だったため
愛する女のはずのテスも相手の男アレックも同じように呪い
穢れてる女との別れを望むのだった。(゚д゚lll)ギャボ

愛する女自身よりも女の純潔が大切で
それを失ってしまったら女には愛する価値がナイ???

そんな奇異な価値観を振りかざしてくる男よりは
酒と博打と女に溺れやすいダメンズの方が愛らしいと思えるけど(゚*゚;)

結末ではやっとテスを許せるようになったエンジェルが
テスを迎えに行くのだが時既に遅し・・・
と思いきや、エンジェルに呪いを解いてもらいたいテスは
殺人まで犯してエンジェルを追うのだった

呪いは解けたが・・・そこでテスの命運は尽き果てた。(´д`;)ギャボ

かたやバスシェバは生活に困るコトもナイので
ダメンズの夫トロイに酷い目に遭いながらも最期まで愛し続けて
むしろ愛情のストックがある間にトロイが死んでくれて
きっとほっとしただろうし、幸せだったと思う。・゚・(ノД`)・゚・。

夫が単に浮気性だと嫉妬で腸が煮えくり返るくらいで
赦せば戻ってくるのだと思えば幸せでいられるし
死んでしまえばもう浮気のしようもなくなるから一安心だヽ(´▽`)/

女は基本的には男より精神的に逞しく明朗快活だが
それは男のように実力もナイくせに無駄なプライドを持ち合わせて
そこを突付かれる度にいちいちいじけたりしナイからだし
フツーは家事だの雑事に追われて生活してるので
そんな風に自身の殻に閉じ篭ってるような暇もナイからだ

女の底力を発揮するのは不幸な目に遭ってこそで
悲恋こそが女の人生を豊かにするのだ!
それを乗り越えられれば!!

女の本能はそうと知ってて挑む、だから女なのだ(*^^*)

une-vie

時代背景は特定されてナイがたぶんヴィクトリア朝のイギリス

ピューリタン革命と名誉革命を経て
立憲王政を確立したイギリスは近代化への第一歩を逸早く歩みだした

Pamela: Or Virtue Rewarded (Oxford World's Classics)

貧しい両親の許で清く正しく美しく育った娘パミラは
お屋敷に奉公に出て奥様の大のお気に入りの小間使いとなった

パミラが仕えてた奥様は亡くなったが
跡を継いだ息子の小間使いとなり、この男に見初められてハッピーエンド

あらすじを簡略にまとめると余りにもありがちでお粗末な物語のようだが
パミラにご主人が恋するまでがこの小説の1/50ほどで
ご主人とパミラの操の攻防だけで物語の2/3を費やした挙句
やっと結婚してもそれで終わりではなく
パミラが愛人でなく正妻として周囲の人間に認められるまでが残りの1/3だ
真の大団円までの展開がどれほど長いか。(´д`;)ギャボ

しかし長くても冗漫ではナイのだ
純潔至上主義者のパミラが操を守ろうと奔走する道化ぶりと
それに振り回されるご主人や周囲の茫然自失の様相が
非常に愉快痛快で飽きさせナイから゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ

とは言え、そう思えるのはリチャードソンの『パミラ』を読んだのが
アラフォーになってからだからだろう
若い時に読んでたらもれなく駄作として封印したなw

女の一生 (新潮文庫)
Une Vie (Le Livre de Poche)

そうして封印したモノの中にモーパッサンの『女の一生』があるが
これはアラフォーになってうっかり読み返したら
なるほどトルストイが絶賛しただけのコトはあると感心した
但し自分としてはモーパッサンの傑作なら他にもっとあると思えるがね

時代背景はナポレオン流刑後のフランス

イギリスに立ち遅れて近代化を目指し始めたフランスで
貴族はまだ93年を苦々しく思ってた

裕福な両親の許で清く正しく美しく育った娘ジャンヌことジャネットは
純潔を守るためにか思春期には修道院にやられてて
適齢期(17歳)になったので帰ってきた

ジャンヌが初めて恋した好青年子爵を両親も気に入り
数ヵ月後には難なく婿に迎えてハッピーエンド

かと思いきや、この結婚相手の男がダメンズ過ぎて
結婚を機にジャンヌは女としての不幸を次々と体験してくのだが
その人生の暗転の転機となった結婚までが小説の1/5だ

まずは幸せなはずの新婚旅行中に将来を予見するような男の金汚さが垣間見えるが
これをジャンヌは気のせいだと見過す・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そのうち女癖の悪さが際立ってくる頃に男は業突く張りも大概になり
女中との肉欲に溺れ、ジャンヌと息子は捨て置かれる。(゚д゚lll)ギャボ

ついに女中が不義の子を産んで出て行くと
今度はジャンヌの友人の女と関係を持ち、その夫にバレて女共々殺される
いや、実際には殺人でなく、一応は事故死なのだが・・・。(´д`;)ギャボ

ダメンズ旦那が死んだのでほっとしたジャンヌだったが
心の拠り所の息子を甘やかし過ぎたせいで今度は息子の放蕩に悩まされる

借金と女をこしらえる才能に長けた(?)バカ息子の便りは金の無心ばかりで
ジャンヌは母親として身の破滅へと暴走する息子を止めるドコロか
借金の肩代わりをして息子の放蕩を加速させるヽ(゚∀。)ノ

こうして冒頭では清く正しく美しい貴族の娘だったジャンヌは
結末では不幸に身をやつした極貧ババアに様変わりしてて
かつての旦那が御手付きした女中に生活の面倒を見てもらってた(-_-;)

こうしてあらすじをまとめて比較してみると
単純に『パミラ』と『女の一生』は全く逆のパターンであるコトがわかる

『パミラ』の主人公は女から見た理想の女性かもしれナイし
『女の一生』の主人公の境涯は女として1番不愉快に感じるかもしれナイ

しかし小説の主人公でなく実在の人物だったらどうだろうか?
パミラはたいていの女には羨まれるだろうし、妬む女もいるに違いナイ
ジャンヌは殆どの女の同情を買いつつも影では呆れられるだろう

実際にはジャンヌほどでなくとも
恋愛や結婚によって(要するに男のせいで)傷を負った女性は少なくナイので
同情を禁じえナイのはジャンヌの方だろうが
その生き方に共感されはしナイ

なんせジャンヌは働かざる者であっても
食うに困らナイばかりか家事さえもせずにのうのうと生きてるのだp(-_-+)q

それを言ったらパミラも両親は貧しかったかもしれナイが
女中の分際でありながらほとんど何の仕事もせずに手紙ばっか書いてるのだがヽ(゚∀。)ノ

1日10時間以上も仕事で時間を失い続ける身の上の自分には
どちらも羨まし過ぎる身の上だが
もしジャンヌだったら毎日散歩して庭作りして料理や刺繍をして
それだけで幸せだからダンナがダメンズでも放っておくがな~

自分が働かなくても生きていけるなら
たかがダメンズのダンナくらい飼ってやれよってw

いや、そのダメンズのダンナを自分が働いて養うとかなるとね
それはさすがに無理っつ。(´д`;)ギャボ
でも若かったらそこまで頑張ってしまったかも。(゚д゚lll)ギャボ

しかしこの2作は比較すればするほど興味深く
パミラは神に忠実であるように育てられてるのだが
ジャンヌは夫に従順になるように育てられており
これはピューリタンとカトリックの差なのではなかろうか?

それにしても
パミラの旦那様は金持ちの美男かもだが朴訥なイギリスの紳士で面白味がナイし
ジャンヌの夫は酷い男だが洒落たフランス男の不埒さを発揮してて愉しめそうだな♪
なんて、確実にダメンズ好きなのだな、自分(-_-;)

pamela

不朽の名作と謳われるような古典文学でも
どう改訳して編纂したトコロで
児童向けの文学全集には加えられようもナイ一群がある

それは赤裸々な男女の恋愛の表現こそが真骨頂とも言える作品で
『マノン・レスコー』とか『クレーヴの奥方』とか
『ボヴァリー夫人』とか『アンナ・カレーニナ』とか
『チャタレイ夫人の恋人』とか『ダーバヴィル家のテス』なんてのがそれだ

これらは思春期になって一気呵成に読み尽くしてはみるのだが
気恥ずかしさからとても冷静には読み進めず
ハーレクイン・ロマンスと同じ括りで片づけてしまい
モノによっては駄作のレッテルを貼ってまで封印してしまったりした

まあその一方では生々しさが薄れた耽美的な要素に惹かれて
JUNE的なランボーやワイルドとかALLAN的なボードレールやユイスマンスに
のめり込んでたりもしたのだがw

嵐が丘―改訳 (角川文庫)
ジェイン・エア (集英社文庫 フ 1-1)

愛読書だった偕成社の少女世界文学全集にも上記の作品群は当然含まれてなかったが
ブロンテ姉妹の2作品『嵐が丘』と『ジェーン・エア』があり
『嵐が丘』は大好きだったが『ジェーン・エア』は大嫌いだった

後に児童版でなく完訳を読んで改めて実感したのだが
『嵐が丘』は複雑な物語で読み込むほどにおもしろくなり
『ジェーン・エア』は単純な物語でつまらナイのだ

『ジェーン・エア』では主人公のジェーン・エアはそれなりに辛い目にも遭うが
いつも強運による必然ぽい偶然によって結局は思い通りにコトが運び
もちろん最終的にはハッピーエンドだヽ(゚∀。)ノ

『嵐が丘』はまず主人公が誰なのかも特定しづらくて
全編を通してヒースクリフなのか?
第一世代ではキャシーで第二世代では娘のキャサリンなのか?
そこからして困惑しながらも読み進み
ヒースクリフとキャシーが絶望的な悲恋に終わり
キャサリンとヘアトンもハッピーエンドには至らずに予感だけさせて終わる

基本的に男女の恋愛がハッピーエンドの作品は好きではナイが
特に男と女が出会ってから結婚するまでの経緯があり
結婚のシーンで締め括られてるモノとか
それ以上に甚だしいモノになると交際の合意までで終了なんてのもあるが
しかもそれが美男美女ときたら出来過ぎで
より一層バカバカしく思えてしまう。(´д`;)ギャボ

ロマンス(中世騎士物語)やロマン(長編小説)は好きだし
ロマン主義文学もロマン派の音楽も大好きだが
ハーレクイン・ロマンスだけはどうにもダメなのだ(苦笑)

[第1巻 メロドラマ] パミラ、あるいは淑徳の報い (英国十八世紀文学叢書)

そういう意味ではサミュエル・リチャードソンの『パミラ』なんかは
美人の小間使いが美男のご主人とハッピーエンドを迎えるので
典型的につまらナイ話のはずなのだが非常におもしろかった(^▽^*)

操が正しいのは悪いコトではナイが
主人公のパミラはそれだけに固執して常軌を逸してるので
そのズレた感覚が現代日本人にとってはおかしくてたまらナイし
それでもピューリタンがこれを読む時には
パミラの清らかさに心底感心しながら読むのかと思うと
その際に神妙な顔をしてるのを想像するだにウケる(゚*゚;)ブフ

パミラは操を守ろうとひたすら逃げ回るのだが
その操の攻防の悶着の都度
後からコトの仔細を両親への手紙にしたためるヨユーはあるし
しかも一言一句たりとも省かずに書き上げるのだ!
このパミラの書簡がこの小説の総てで
作者による第三者的な状況説明などは一切ナイのだ!!

対話篇だって状況説明の前置きくらいあるし
登場人物は対話なのだから複数(最低2人)いて思惑が行き交うのに
『パミラ』には他の登場人物さえ存在していナイに等しく
彼らの思惑はパミラの的外れな思い込みによる想像で描かれてるるる~

これはもう「小説」などではなくて
例えば「架空書簡」とか別物と考えた方が゚+.(・∀・)゚+.゚イイ気がする

作者のリチャードソンは【イギリス小説の父】として名高く
それは殆ど初めてのフィクション作家だからだが
「殆ど」なのはリチャードソンより少し前に
『ロビンソン・クルーソー』のダニエル・デフォーや
『ガリヴァー旅行記』のジョナサン・スウィフトがいたからだ

『ロビンソン~』や『ガリヴァー~』も
主人公の書いたモノ(日記)がそのままこれらの作品を成立させてるが
『ロビンソン~』はまだしも『ガリヴァー~』はあからさまにフィクションとわかる
(当時だったら真実だと信じてた人もいたかもだが・・・)
ところが『パミラ』の場合はありがちな設定なので
そうと知らずに読むとノンフィクションだと信じてしまいそうで
そのリアルさが最大の魅力なのだ♪

出来事に対する見解も第三者的な立場の作者のモノではなく
操を守るコトに命をかける処女パミラのモノなので
フツーの感覚の読者にはイタイだけなのだがそのイタイトコロが笑えるw
そんなパミラをマジで受け容れるコトはできかねるが
先にパミラがこちらを撥ね付けてしまうのであえて反感を抱く必要もなく
むしろ共感できナイ部分こそ興味深く
パミラの言動から目を離せなくなるのだ(*^^*)

繰り返すが物語の設定はありふれててつまらナイ!
貧しくも気高く純潔を重んじる美しい娘が
見初められて小間使いから本妻になるだけと言えばそれだけの話だが
数多あるハッピーエンドのロマンスのヒロインと違って
ご都合主義のエピソードは1つもなくて
話の流れにヒロイン自ら抵抗してるのが愉快なのだ!!

pamela

仏文学・独文学・露文学に比して英文学に馴染みが薄い気がするのは
格別に好きな作家がすぐに思い浮かばナイからだ

しかしよくよく考えてみれば
子供の頃に夢中になって読んだ小説にはワリと英文学が多かったかも?

嵐が丘 [DVD]

中でも『嵐が丘』は大好きで最もよく読み込んでる作品だろうが
エミリー・ブロンテが好きな作家だ、とは言い難い
なんせこれ一作しか書いてナイのだからw

同様にアリスやガリヴァーなど親しんでる作中キャラクターもいるのだが
作家に対する想いは彼らへの愛情と=にはならナイ

反対にあえて好ましくナイとさえ感じられて敬遠してた英国作家なら結構いる
小説家ってか劇作家ではあるがシェイクスピアもその内の1人で
悲恋モノ好きな自分だが『ロミオとジュリエット』だけは
とても真面目に読む気も起こらなければ笑い飛ばすのもしんどかった

Tess of the D'Urbervilles (Penguin Classics)
Pamela: Or Virtue Rewarded (Oxford World's Classics)

そして英国文学嫌いの決定打となったのは
トマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』だった
初めて読んだ時にはハーレクイン・ロマンス(※)かと思った。(゚д゚lll)ギャボ
てかむしろそれ以下に思えてしまったのだ。(´д`;)ギャボ
ロクに働かずに生きてる美男美女による非現実的で意味のナイ恋愛成就の物語

しかし長生きはするものだし
悲恋モノは読むだけでなく実体験すべきなのだ

理想に燃えてた10代の頃の瑞々しいけど思い込みの激しいバカの感性と
理想に打ち破れてみて、人生は理想を貫くより日々些細なコトを愉しむべき
との悟りの境地のアラフォーでは
同じ本を読んでも感想が180度違って当たり前だが
恋愛や結婚については経験によって特に甚だしく変化するものなのだ

悲恋が
物語に描かれてるような美男美女の織り成す天国の悲劇ではなく
自らが道化となって演じる地獄の喜劇なのだと知ると
テスの生きザマにも意味があるとわかった

尤もテスの場合はそれ(恋愛)だけに留まらず
時代背景、つまりヴィクトリア朝の貧農の娘の度を越えた信仰心が理解できなければ
わかりようもナイ・・・基本的に現代日本人には理解不可能なはずw

ところが「英国文学の父」とも冠されるサミュエル・リチャードソンの『パミラ』を読み始めたら
ヒロインのパミラがテスも慄くほどの純潔信奉者だったので
テスのレベルが理解できるようになったのだ!
なんせパミラときたら操を守れナイのなら死を選ぶほどだ・・・バタリ ゙〓■●゙

そしてテスもバカだと思ったがパミラはテスなど問題にならナイほどバカで
それでいて女としてはパミラは実はやり手だったり(゚ ゚;)

パミラは金持ちで美男のご主人にすっかり惚れ込まれてて
何度も襲われそうになるのだが操を守りたいがために断固として拒否し
両親の許に帰してください、と懇願し続けるるる~

そんな拒み方をされてしまうほどに
男の方はなんとしてでもパミラをモノにしたいと思うようになり
彼女の貧しい両親の生活の面倒を請け負ったり
財産のほとんどを彼女に与えるコトまで約束するのだが
それでも頑なに純潔を貫くパミラはこの期に及んで
両親の許で一生身を汚さず生きたい、などと願い続けるのだヽ(゚∀。)ノ

パミラは結婚して子供を産むには十分な歳なのに
貧しい両親と家族3人で一生どうやって生計を立てるつもりなんだ?!
何を考えてるんだ、何も考えてナイのか・・・???

いや、最終的にはパミラはご主人と結婚してしまったので
後から考えてみたらもしかしてじらして純潔の価値を吊り上げてたのか?
あるいは究極のSMを愉しんでたとか・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

とにかく最初から最後までず~っと2人が純潔の押し問答してるだけで
それがパミラから両親への書簡形式で綴られてる設定なので
現代日本人にはパミラの病的な貞操観念がオーバーに感じられてしまうし
無駄に長編なので途中でしらけてしまうだろうが
これを読めば度が過ぎるパミラに比して
手っ取り早くテスが理解できるようになるのは間違いナイp(-_-+)q

それにしても女性心理をよくわかってて感心する作家は少なくナイが
こんなパミラのような特異な女の気持ちは自分が女だって理解し難いのに
さすがリチャードソンは「英国文学の父」なのだな

そしてやはり英国文学の基本はピューリタン文学なのだろうか?