サミュエル・リチャードソンの 『パミラ』のあらすじ

時代背景は特定されてナイが
たぶんエリザベス朝のイングランド

貧しい両親の許で
清く正しく美しく育った娘パミラ

パミラはお屋敷に奉公に出て
奥様の大のお気に入りの小間使いとなるも
すぐに奥様が亡くなってしまい
跡を継いだ息子の小間使いとなった

この新しいご主人に
パミラが見初められるまでが
ページにして1/50ほどで
全体の2/3を費やしたトコロで
2人がやっと結婚するも
残りの1/3で
身分違いのパミラが
愛人でなく正妻として
周囲に認められるまでが描かれてるるる~

自分は筑摩世界文学大系で持ってて
310ページの長編なのだが
このシリーズは1ページが3段組みで
通常の文庫の3ページ分くらいあるので
換算すれば約900ページに相当し
文庫で出すなら3巻以上になりそうなヴォリューム!

上記のあらすじからしたら
ハーレクイン・ロマンスとかにありがちな
ロクに働きもせず
恋愛にのみ一喜一憂して
紆余曲折あれど相思相愛に至り
ハッピーエンド♪
そんなつまらナイ恋愛小説の代表作みたいなのに
よくぞ最後まで読み通したと思うが
これが予想外に面白くて
実際、中毒気味になって読み進めたw

なんせパミラは
筋金入りの純潔至上主義者なのだ

トマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』の
テスも純潔信奉者だったが
パミラはテスも恐れ慄くくらいに
常軌を逸したレベルで
「操を護れなければ死を選びます!」
とか、ご主人を脅すし・・・バタリ ゙〓■●゙

とにかくなんとかパミラをモノにしようと
あれこれたくらむご主人から
ひたすら逃げ回るのだが
そのパミラの操の攻防の悶着の都度
後からコトの仔細を一言一句たりとも省かずに
両親への手紙にしたためるるる~

しかもそれをご主人も読んでて
読者が読んでるのも
そのパミラの両親宛の書簡と
たまに差し挿まれる両親からの返信で
著者による状況説明さえ一切挟まず100%手紙だけ
そんな徹底した書簡体小説。(゚д゚lll)ギャボ

だから全ての出来事に対しての見解が
殆どパミラの筆に依ってて
それを信じての両親からの返信で
他の登場人物の言動もパミラ目線だし
思惑も「生真面目に邪推」してしまってて
読者が第三者的立場から読み取ってる事態とは
どうにもズレてしまってて
そのズレた感覚がおかしくてたまらんw

めげずに襲い続けるご主人と
あらん限りの抵抗を試みて
なんとか操を護り続けるパミラだが
結婚して大団円とはいかず
パミラが愛人でなく正妻として
周囲に認められるまでが
延々と続くのだった(゚*゚;)

正式なタイトルが
『パミラ、あるいは淑徳の報い』で
原題は『Pamela, or Virtue rewarded』

貧しくも気高く
純潔を重んじる娘が
理想的な男に見初められて
小間使いから本妻になるなんて
一種の訓話みたいだが
著者は本気なのか皮肉なのか
推し量りかねる程
現代日本人の自分には笑えたw

それにしても女中の分際でありながら
一日中、殆ど何の仕事もせずに
手紙ばかり書いてるのだが
自分にはそこが羨ましい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

作者のサミュエル・リチャードソンは
17世紀末(1689年)に生まれて
『パミラ』を発表したのは1740年で
亡くなったのが18世紀中頃(1761年)の
ハノーヴァー選帝侯ジョージ1世・2世の頃の人だ

【近代小説の父】と冠されてるが
『ロビンソン・クルーソー』のダニエル・デフォーや
『ガリヴァー旅行記』のジョナサン・スウィフトは
リチャードソンより少し前だ

『ロビンソン~』や『ガリヴァー~』も
主人公の書いた日記から成るが
『ロビンソン~』はまだしも
『ガリヴァー~』はあからさまにフィクションとわかる
(当時だったら真実だと信じてた人もいたかもだが・・・)

ところが『パミラ』の場合は
そうと知らずに読むと
ノンフィクションだと信じてしまいそうで
そのリアルさが最大の魅力だろう

一般的な女性にとってのパミラは
金持ちで美男のご主人に惚れ込まれてて
羨ましい存在かもしれナイのに
そんなパミラが何度も襲われそうになる度に
断固として拒否してて
「両親の許に帰してください」などと
懇願し続けるのが自分には笑えたが
フツーはやきもきしてしまうんだろうか?

そしてそんな拒み方をされるからこそ
ご主人はなんとしてでも
パミラをモノにしたいと思うようになり
彼女の貧しい両親の生活の面倒を請け負ったり
財産の殆どを彼女に与えると約束するのだが
それでも頑ななパミラはこの期に及んで
「両親の許で一生身を汚さず生きたい」などと
願い続けるのだからどうしようもナイ。(´д`;)ギャボ

パミラは結婚して子供を産むには
十分な歳なはずなのに
貧しい両親を抱えて家族3人で
どうやって生計を立ててくつもりなんだ?!
何を考えてるんだ(何も考えてナイのか)???

いや、最終的には
パミラはご主人と結婚して
この上なく上手くいってしまったので
後から考えてみたら
もしかして純潔の価値を吊り上げるために
わざとじらしてたのかと
読み終えた後で勘ぐってしまった!
あるいは究極のSMを愉しんでたとか・・・!!

それにしても
女性心理をよくわかってると
感心する作家は少なくナイが
こんなパミラのような特異な女の気持ちは
自分が女だって理解し難いのに
リチャードソンはたいしたモノだと尊敬するね

しかも数多あるハッピーエンドの物語と違って
ご都合主義のエピソードはなくて
ヒロイン自らが
ご主人にも抵抗してるが
話の流れにも逆らってるのがウケるるる~

テスとバスシェバ

作者が同じくトマス・ハーディの
『ダーバヴィル家のテス』のテスと

『遥か群衆を離れて』のバスシェバは

その美貌や高潔さなどがよく似たタイプの女だ

しかしテスの一家は困窮してたので
テスが養うしかなかったが
かたやバスシェバは遺産を受け継いで
牧場主となり、成功して金持ちになった

テスは生活のために自らを恥辱に晒さねばならず
またそれがために愛する男に拒絶されるも
バスシェバは条件の゚+.(・∀・)゚+.゚イイ男のプロポーズも拒み
初めて恋した相手を悠々と夫に迎えるのであるるる~

但し
バスシェバに限らず
世間ではよくあるコトだが
夫は博打好きで酒に溺れるタイプで
妻以外の女にのめり込みやすく
更に放浪癖があった・・・

呑む、打つ、買うは
男の甲斐性だったらまだしも
バスシェバに依存してるのだから
タチが悪い(-_-;)

とはいえ
稀にこれらの悪癖を全く持ち合わせてナイ男もいるが
テスの愛したエンジェルのように
無駄な生真面目さで女を傷付けるのは
尚更タチが悪いし
新婚初夜を迎える寸前に
妻を拒絶するとは
「タチ」も悪いのかヽ(゚∀。)ノ

換言すれば
テスは結婚生活での苦労はなかった!
愛人生活にしたって
アレックが溺れてるのがテスだけだったし
生活する上での金銭的な苦労は
一切、なかったはずだ

実際、テスのような極貧の娘が生きてく術は
貧農の男に嫁ぐか
金持ちの愛人になるしかナイのは
わかりきってる事実だ

どうしても嫁ぎたい貧農の男がいなければ
金持ちの愛人だって゚+.(・∀・)゚+.゚イイじゃナイか?

もしかしてテスは
サミュエル・リチャードソンの『パミラ』で
小間使いのパミラが本妻に成り上がったように
アレックから愛人でなく本妻に望まれたら
子供じみた抵抗などせずに上手くいってたのだろうか?

でも愛人に望まれた純潔至上主義者のテスは
操を守りきれなかった自身と
相手の男をひたすら呪い続けるるる~

テスがこの呪縛から解放されるためには
価値観をひっくり返されるほど
恋人に愛されるしかなかっただろうが
エンジェルはテス以上に純潔至上主義者だったため
相手の男のアレックだけでなく
愛する女のはずのテスも
同じように呪い
穢れてる女とは別れるのだったΣ(゚д゚lll)ガーン

愛する女自身よりも
女の純潔の方が大切で
それを失ってしまったら
女には愛する価値が無いのか???

そんな奇異な価値観を振り翳してくる男よりは
酒と博打と女に溺れ易いトロイの方が
自分にはまだしも人として愛らしいと思えるが
(放浪癖さえなければねぇ・・・)

結末では
エンジェルがテスを赦せるまでに
人としてやっと成長したので
テスを迎えに行くのだが
時既に遅し・・・

と思いきや!
テスはアレックを殺害して
エンジェルと短い逃避行の末に捉えらえ
後に処刑されるのだった!!

かたやバスシェバは
生活に困るコトもナイので
トロイに酷い目に遭いながらも
最期まで愛し続けて
むしろ愛情のストックがある間に
トロイが死んでくれて
こう言っては何だがほっとしただろうし
きっと幸せだったと思う。・゚・(ノД`)・゚・。

夫が単に浮気性だと
嫉妬で腸(はらわた)が煮えくり返るくらいで
赦せば戻ってくるのだと思えば
幸せでいられるし
そんな夫が死んでしまえば
もう浮気のしようもなくなるから一安心だヽ(´▽`)/

女は基本的には
男より精神的に逞しく明朗快活だが
それは男のように無駄なプライドを持ち合わせておらず
実力が無いのに虚勢を張っては
弱点を突付かれていじけたりしナイからだし
まともな女は家事だの雑事に追われて生活してるので
そんな風に自身の殻に閉じ篭って
周囲に当たり散らしてるような暇も無いのだ

女が底力を発揮するのは
不幸な目に遭ってこそなのだと思う(*^^*)

悲恋の経験だって
それを乗り越えられれば
人生を豊かにするし
女の本能がそうと知ってるから
恋愛に勇猛果敢に挑むのだォゥ( -∀-)/

見てくれの「女子力」なんかあったって
当たり障りの無い男にちやほやされて
まるで自惚れが強いだけの
男尊女卑の男みたいになるだけだw

それにしても映像化された『テス』は
ナスターシャ・キンスキー版も
ジェマ・アータートン版(BBCのドラマ)も
テスがアレックに
苺を食べさせられるシーンが゚゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

このシーンが恋の始まりのように映るから
テスがアレックを拒む理由がわからなくなるるる~

だって心底嫌なヤツだったら
その手から苺を口に入れられたりしたら
絶対に気持ち悪くて食べられナイのが女ってもんよ?

主従関係によって拒むコトができなかったとしても
後から意地でも吐き出すと思うから
そういうシーンが必要で
それがなかった以上
テスがアレックを心から拒んではいナイばかりか
受け入れてるように見えてしまう・・・

そしてジェマ・アータートンのこのカウルと・・・

この日傘・・・

こういうのを編んでみたいヽ(´▽`)/