白百合

白い花と言えば、真っ先に思い浮かぶのは百合だが
日本に自生の白百合となるとテッポウユリ(鉄砲百合)で
学名はLilium longiflorum

テッポウユリ
(上野不忍池付近で7月下旬に撮影)

テッポウユリは花冠筒(花弁の根元の筒部分)が長細くて
横から見ると鉄砲のような形状なのでその名がついたのだろう
ササユリ(笹百合)との比較スケッチがわかりやすい

ササユリとテッポウユリ

ササユリはその名の通り葉が笹に似てるが
学名がLilium japonicumでまさしく日本原産だ

稀に白百合(アルビノ)も存在するが
花弁が淡いピンク色で花粉は赤褐色がデフォなので
ササユリの原産地である四国・九州辺りでは
もしかしたら百合のイメージはピンクなのかもしれナイ?!

いや、鹿の子百合とか・・・

鬼百合とか・・・

山百合だってベースは白だけど
毒々しいほどの斑点模様があるるる~

百合が白いってイメージを植えつけられたのは
自分の場合は間違いなくキリスト教の受胎告知図だろうて

マリアが神の子を宿したコトを
大天使ガブリエルが告げに来る際に手にしてるのが
純潔の証しの白百合なのだよ
以下のガブリエル画像コレクションを参照してくれたまえw

バプテスマのヨハネ / 大天使 / 大天使ガブリエルとの出会い

ところでこれはダヴィンチの描いた百合のデッサンで
彼の潔癖なまでの精密さからしたら
現物と寸分違わずに描かれてるのだと断言できるが
自分には一見して百合の花と断定しづらい

いかんせん、葉が日本の百合にはナイ形で
花弁も短かめで巻きが甘いカンジ?
これはwikiの日本語版にはなかったが他言語版ではあった

英語でMadonna Lily、学名はLilium candidumで、和名はニワシロユリだ
このwikiページには数枚の写真がアップされてるが
その中の1枚のキャプションにShoshan(ショーシャーン)とあった!
ショーシャーンとかシューシャーンてのは
ヘブライ語で百合の意だ(と、『聖書植物大辞典』、『聖書象徴事典』にあった)!!

聖書植物大事典聖書象徴事典

なぜ覚えてたのかと言えば
古代ペルシアの都スーサもヘブライ語ではシューシャーンとなり
語源が百合と同じだとされてるからだが
このスサの王が『古事記』に出てくる「スサノオ」で
スサノオの別名スメラミコトは「スメラ(シュメール)の神」で
日本人のルーツが実は・・・って話に繋がるるる~

と、話が逸れた、白百合のルーツだったw
小石川後楽園の庭内のそこかしこに咲いてる白百合が
台湾固有種のタカサゴユリ(高砂百合)と知って驚愕したのは数年前のコトだ

タカサゴユリ
(小石川後楽園で8月中旬に撮影)

それとゆーのも小学生の頃に図鑑でテッポウユリとの違いを調べたら
タカサゴユリには花冠筒に薄紅色の筋が入ってる、とあったので
筋がナイ=テッポウユリ、と固く信じてたのだった(-_-;)

これがアルビノだったりで筋はなくとも
葉の形状(細い葉)でタカサゴユリであるのは明らかだったのだ。(´д`;)ギャボ
ちなみに学名はLilium formosanum

タカサゴユリ
(都市センターホテルで8月上旬に撮影)

そうと知って以来、よく注意して見てみれば
都心で見かける白百合は殆どがタカサゴユリなのだった。(゚д゚lll)ギャボ

タカサゴユリ
タカサゴユリ
タカサゴユリ

大天使ガブリエルとの出会い

生物学上の女に生まれたコトを後悔したコトはナイ
女であるコトの意識から遠のいて
女らしくより自分らしくの方が先に立ってて
そこに無理がナイから女として生きる窮屈さを感じたりしナイのだ

何よりも嫌なのは人間を理解する以前に男らしさや女らしさを求めるコトだ
性差があるのは生物学的に確実なので覆すつもりはナイが
それをわざわざ再認識しようと頑張らなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイのでは?

両性具有 (書物の王国)アンドロギュヌスの神話

美意識として性別を感じさせナイ方がより美しいと思うから
一見して男か女かわかりづらい外見とそれに伴う内面を持つのを愉しんでる
まあ単純に人を煙に巻くのはおもしろいよw

自分はパーカーに短パンにブーツとゆースタイルが1番好きだが
女らしくナイし最近では更に年甲斐もナイとは認識してる
それでも自分らしさが表現されてるから性別と年齢は気にせず愉しんでる

ファッションってポリシーをいかにテイストとして表わすかにあるワケで
人の真似をするのはファッショナブルではナイのだよ
流行をちょっとだけ自分らしく取り入れるのぱ+.(・∀・)゚+.゚イイが
全く自分自身の存在がナイ流行のつぎはぎみたいなのはダサっっっ。(´д`;)ギャボ

言いたいのは
きっと逆の性別だったとしても変わらナイ自分がいたってコト

女性的になりたくて女装をする人とは微妙にして大きな違いだが
結構マツコデラックスとは近いかな。(゚д゚lll)ギャボ
どんだけ女装してても女と間違える人は絶対いナイとゆーヽ(゚∀。)ノ
自分もそこは確信してる、男に間違えられたくはナイ

ちなみに性転換願望を持つ人を否定的に受けとめてるワケではナイ
むしろ自身の性別に何の疑問も抱かず受け容れてる人間は不思議だがね

人間の理想像(理想の人間像ではナイ)として描かれる天使は
性別を感じさせナイとゆーか性を超越した美しさを持つ
対照的な存在の悪魔の方がより魅力的かな・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
悪魔は性だけでなく美醜も超越してしまってるからな

物心ついた時には常日頃願ってた

「早くこの世の究極の美と断言できるモノに巡り会いたい」

そんな自分が1番最初に目をつけたのが天使で
イースターだのクリスマスだののキリスト教の行事を
信者でもナイのに毎度楽しみにしてたのは
その際にシスターに御絵(ごえ)なる美しいカードをもらえたからだ(*^^*)

御絵にはキリスト教由来の絵が描かれてたが
震えがくるような美麗さでお気に入りだったのは大天使ガブリエルだ

ガブリエルと言えば聖母マリアに処女懐胎のお告げをしにやってくる天使だが
その【受胎告知】の場面は多くの画家によって描かれてて
たいていはマリアが処女の証のユリの花を手にしてるガブリエルと向き合ってる

【受胎告知】では一様に
ガブリエルがひたすら美しくマリアは引き立て役だが
その中でも際立ってるのがこのボンフィーリの1枚

透明感のある色彩の素晴らしさも手伝ってこの世のモノとは思えナイ美しさ!!
いや、確かに天使ってのはこの世のモノではナイのだがねw
処女懐胎とゆー非生物学的かつ非現実的な事態を受容しきってる存在が
天使とゆーやはり非生物学的かつ非現実的なモノだってコトで
奇妙な経路で辻褄が合ってるのが深いなあ・・・

フラ・アンジェリコの『受胎告知』では
ガブリエルの容貌よりもその翼の見事さに心を奪われるるる~

先述の御絵のガブリエルも虹色の翼をしてるが
こちらは羽の1枚1枚に孔雀様の模様さえ確認できる(゚ ゚;)
更にそのローブにも要所要所に刺繍が施してありカナ~リオサレなのだが
ガブリエルであるコトを象徴するユリの花を持ってナイのは
もしかしておしゃれに気を取られて忘れたんだろうか・・・バタリ ゙〓■●゙

ロットの『受胎告知の天使』はタイトルの通りにガブリエルが主役で
そのキャンバスには聖母マリアの影も形もナイヽ(゚∀。)ノ

これだけ麗しいガブリエルもなかなかいナイから
マリア如きが隣に居並ぶコトは出来ようはずもナイかもな。(´д`;)ギャボ
マリアはいなくても白鳩がマリアの処女懐胎を祝福してるのだ

正統派の天使画画家としてボッティチェリは『受胎告知』を何点も描いてるが
ガブリエルが1番美しく描かれてるのはこのフレスコ画

ボッティチェリは筆致自体の素晴らしさもさるコトながら
画面構成の構想が優れてる点でも高く評価したいし
衣服や髪の流麗さで風を感じさせて動的に見せる技は他の追従を許さナイと思われ
その総力結集の渾身のガブリエルである

でもボッティチェリはガブリエルよりも
『マニフィカトの聖母』での聖母マリアと幼いイエス・キリストを取り囲む
美少年の見本市のような5人の天使が居並ぶ図は壮観!!

これだけ魅力的な美少年を描いてるって
ボッティチェリ自身も好きなんだろうかね?!

個人的な趣味からすると
端正なだけでなくて華麗にして甘美な雰囲気の顔が好きで
コレッジョの『聖母子と聖ヒエロニムスとマグダラのマリア』の天使が
1番好みだったりする

しかも天使なのに小悪魔的な笑み(*^^*)

これはダ・ヴィンチで『岩窟の聖母』からの抜粋
聖母マリアの傍らでイエス・キリストが宿ったことを指し示し
微笑するこの天使の圧倒的美貌は芸術作品としても『モナ・リザ』を凌ぐモノだ

それから忘れちゃならナイのがギュスターブ・モローの『聖セバスチャンと天使』

殉教者セバスチャンとそれを迎える天使とのカラミは
両者とも性を感じさせナイ容貌にして非常に艶めかしく描かれてる(矛盾してるw)
この作品は岐阜県美術館蔵なのでいつか本物を見に行きたいp(-_-+)q
LINK:岐阜県美術館

変わりドコロではパウル・クレー



正統派の緻密な筆致で描かれたモノとは比べようもナイシンプルさ!
上から『忘れっぽい天使』『天使、まだ手探りしている』『疑心暗鬼の天使』
タイトルからして頭から?マークを放出してしまうカンジだが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

クレーの天使 (講談社ARTピース)いにしえの響き-パウル・クレーの絵のように-

バプテスマのヨハネ

もはやタイトルも忘れたが
幼少の砌にイエスの伝記の児童書を持ってて愛読してたw

この冒頭に出てきたのがザカリヤとエリザベツの老夫婦で
2人には子供がいなかったが
ある日ザカリヤが祭壇で香を焚いてると大天使ガブリエルが現れて告げた

「男の子を授かるのでヨハネと名づけるように、ヨハネは預言者となるだろう」

ザカリヤは年老いた妻がまさか妊娠するとはとても信じられずにいると

「お前は信じなかったので、ヨハネ生誕のその時までおしになる」

とも告げられてしまい
その通りにザカリヤはしゃべれなくなってしまった。(゚д゚lll)ギャボ

しかしながらその後エリザベツは男の子を産み
ヨハネと名づけるとザカリヤはまた口がきけるようになった

成長するとヨハネは荒野で修行を積んで

「【神の国】が近づいてるので悔い改めるように」

=人類の世界の終末が近づいてるので洗礼するように、と説き
信じた者たちは洗礼を受けるためにヨハネの元へ・・・

レオナルド・ダ・ヴィンチはそんなヨハネを
荒野で修行してたようにはとても見えナイ血色の生気溢れる若者に描いてて
ダ・ヴィンチの師匠だったヴェロッキオの作中のヨハネとは
比較するのも憚られる無駄な美しさであるるる~

一方ヴェロッキオの『キリストの洗礼』はリアリズムに徹してて
預言者も神の子も人間らしい”よれた”感があり
ダ・ヴィンチの筆による天使ばかりがひたすら美しかったりするのは
マズイだろ。(´д`;)ギャボ

自分が幼少時に読んだ本は子供向けのイエスの伝記だったので
ヨハネについての記述はその生誕についてまでしかなく
次はエリザベツのいとこのマリアの話に移行した(ような気がする・・・よく覚えてナイ)

レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)

マリアのトコロにも大天使ガブリエルがやってきて

「既に神の子を身ごもってる」

と告げるのだがこれが【受胎告知】ってヤツで
マリアは親子ほど歳の離れた大工のヨゼフの名のみの妻となり
処女のまま神の子イエスを産む

【受胎告知】はたくさんの画家によって描かれてるが
自分の好みではダヴィンチかボッティチェリが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!

ダヴィンチのは数年前に上野に見に行ったのだが
静的なガブリエルで透き通るような澄んだ美しさに満ちてた!!
生きてる内に本物が見れて嬉しかったな。・゚・(ノД`)・゚・。

ボッティチェリのはダヴィンチとは正反対の躍動的なガブリエルで
服のドレープがゴージャスなのが優雅だ・・・ホゥ(*-∀-)

それにしてもここまでの出来事は
神とか天使とか非科学的な存在は外してフツーに理性的に考察すると
次のように解釈できなくもナイ

・エリザベツが不妊なのではなくザカリヤが種無しだった

・エリザベツは不貞をしたら子を生した

・ザカリヤは不貞に気がついて腹を立てて口をきかなかった

・ザカリヤは大天使ガブリエルのお告げ話を思いついた

・ザカリヤは不貞の子ヨハネを荒野に追いやった

・マリアはエリザベツに大天使ガブリエルのお告げ話を聞いた

・マリアは結婚相手のヨゼフが気に入らなかった

・マリアは結婚相手以外と婚前交渉の末に妊娠

・マリアも大天使ガブリエルのお告げ話を使った

これは何も自分が無神論者だからではなく
現代なら間違いなくエリザベツもマリアも不貞を疑われたからだ
しかもキリスト教圏でなければ疑念では済まされまい

いや、本トに純潔のまま神の子を身ごもってたとしても
夫の身に覚えのナイ子供を産んだ妻の潔白を
キリスト教圏であってもいったい誰が信じてくれよう?

マキャヴェリズムが何か?

岩波文庫からの復刊にマキアヴェッリの『君主論』があったが
これは残念ながらとゆーか当然とゆーか
新訳(河島英昭訳)であった

巻末の訳者による詳細な「解説」も含めて
黒田正利訳がとても気に入ってて
買い直すならやはり黒田訳と思ってたので今回は見送った

しかしそうなのだよ
買い直さナイとヤヴァイくらいによごよごなのだ。(´д`;)ギャボ
今更ながら黒田訳は大切にしよう!
参照する時はなるべく筑摩世界文学大系の方(※)にしよう!!
野上素一訳

それにしても河島訳のアマゾンのレビューは
なんだってこんなに酷評が多いのだ。(゚д゚lll)ギャボ
他の訳書も著作も何も読んでナイ自分としては
むしろどれだけ酷い訳なのか読んでみたい気もしてくるがw

でも岩波文庫的には復刊するくらいだから
特に問題ナイ訳って認めてるはずで
これはもう是非とも手にとって確認したい一冊だな







『君主論』の冒頭にあるのがまず献辞で
「ロレンヅォ・マニフィコ・メディチに奉る書」とある

メディチ家のロレンツォ(黒田訳ではロレンヅォ)と言えば
最盛期の当主大ロレンツォの方なら
ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの才能を
余すトコロなく発揮させた人物だ(^▽^*)

実際に海外旅行などするヨユーはナイ勤労者だが
もし世界中の数多ある美術館の中で1つだけ観に行けるとしたら
迷わずウフィツィ美術館を選ぶ
単なる寄せ集めでなく
地元フィレンツェ出身者やその気候風土が培った芸術家の中でも
メディチ家の当主が厳選した最高峰の作品を堪能できるのが
たまらなく魅力的だからである

まあもっと端的に言えば
画家として1番好きなのがボッティチェリだし
作品として1番好きなのがダ・ヴィンチの『受胎告知』だ

だがしかし註釈と巻末の「解説」によれば
このロレンツォは大ロレンツォではナイヽ(゚∀。)ノ

大ロレンツォの時代背景のイタリア・ルネサンスは
ルネサンスの創始であり最盛でもあったが
厳密にはイタリア全土ではなくフィレンツェであった

当時のイタリアは
中部にローマ・カトリックの教会領があり
南部にはナポリ王国があり
勢力争いをしてたのだが
これらの均衡を保つ役割を担ってたのが
トスカナ平野に在したフィレンツェだった

東方貿易と毛織物生産と金融業で栄えたフィレンツェは
14世紀初頭には全人口が20万を突破して西欧最大の都市となり
繁栄を誇る一方では貧民も激増していき
貧富の格差が階級を生み対立し政党抗争も激化した
13世紀末には共和政だったのだが
1434年に大富豪メディチ家の当主コシモが僭主に納まってからは
メディチ家の当主による独裁体制となった

のちに商家であるメディチ家の娘が
仏王アンリ2世に嫁した事実から見ても
その財力が権力を凌ぐほど相当なモノだったと予想されるが
政治的手腕以上にパトロンとして理想的な人物であったコシモは
オスマン・トルコによって滅ぼされた東ローマ帝国から
ヴェネツィアに亡命してきた古典学者たちを
フィレンツェに招聘して手厚く保護し
プラトン・アカデミーを設立した

こうして先の最盛期を迎えたメディチ家だったが
大ロレンツォ亡き後は凡庸な当主ピエロによって傾き
先代までの威光をすっかり失ったフィレンツェはナポリと同盟し
これが元でフランスに占領される憂き目に遭う

没落したメディチ家と腐敗した教会組織は悪政に陥り
これらと真っ向から対立して政権を掌握したのが
ドミニコ派の僧侶サヴォナローラで
1494年にはメディチ家をフィレンツェから追放するに至るが
そのわずか4年後の1498年には反対派によるクーデターにて失脚

火刑に処されたサヴォナローラの政策には
享楽的な芸術を廃止する動きがあり
演説で涙ながらに訴えられて
感受性の鋭いボッティチェリもすっかり打たれてしまい
あろうコトか官能的な作品を自ら焼き払い
その後の作風も暗く変貌してしまった。・゚・(ノД`)・゚・。

サヴォナローラ失脚後のフィレンツェ共和政府で
内政外交に活躍したのがマキャヴェリだったワケだが
フィレンツェとゆーよりはイタリア全土を救済すべく東奔西走してた

1512年にフィレンツェのメディチ家支配が復活し
マキャヴェリはフィレンツェを追放されたが
しかしメディチ家もなんだね
マキャヴェリほどの逸材を捨て置くとは勿体ナイ話だよ
芸術家には目ざとい分、政治家には疎いのか・・・(-_-;)???

そんなメディチの名を称するのが
レオナルド・メディチ・ブンドルなのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
『戦国魔神ゴーショーグン』のドクーガ幹部で
権勢を振るう耽美主義者とゆー異色のキャラ設定だが
彼が子孫なのかどうかは疑わしいw

付け加えればマキャヴェリは
メディチ家不在時にフィレンツェを支配してたのではなく
イタリアが他国に支配されるのを極力防ぐために尽力してたのだ
完璧とは言えなかったが
それ以上の最善は施しようがなかっただろう

またマキャヴェリが『君主論』と並行して『ローマ史論』を著したのは
この追放による政界引退直後のコトであった

最後になるが
『君主論』から派生したとされるマキャヴェリズムなる言葉が
どうも独り歩きしてる感があるので付け加えるが
『君主論』は権謀術数主義についての解説本でも実践本でもナイ
古代ギリシア・ローマ~(マキャヴェリにとっての)現在の統治者たちが
何を持って統治できたのか、あるいは失敗したのか
その事由を考察した政治に特化した歴史書とでも言おうか

あるいはもっと端的によりぬき『ローマ史論』とでも言おうか
メディチ家の当主が興味を持って
権勢の歴史を紐解くコトができるように書かれた献本だ

続く

解剖学者ヴェサリウス

ルネサンスまで書物はずっとラテン語で読み書きされてたワケだが
内容もローマ帝国時代のままだった

哲学や思想、文芸は普遍の真理に基づいてるので
時代背景の違いを考慮すれば2,000年の時を隔てて読んでも通じるが
科学は日進月歩なので数年前の本でさえ新説に覆されてしまう可能性があり
古代ギリシア・ローマからルネサンスまで同じ学説が
真偽の検証ナシに権威によって受け継がれてたのは驚異であり脅威だった

学生時代に解剖生理学や病理学を学んでたが
その項目の1つ1つに医者が向き合って解明してきた歴史の重みを感じてて
中でも人体の解剖図は画家や版画家との二人三脚だったりで
その変遷に興味を持った

レオナルド・ダ・ヴィンチは多岐に渡る天才だが
自分が最も評価してるのはその解剖図の緻密な筆致から醸し出される美しさだ

ルネサンス期のもう一人の万能の天才ミケランジェロも
解剖によって精確に筋骨を把握して作品に反映してたのだが
システィーナ礼拝堂の天井画に脳(神経)の解剖図が隠し絵として描かれてるコトが
近年になってジョンズホプキンス大学の脳外科から論文発表されてた
LINK:ミケランジェロの「隠し絵」神の姿に脳幹解剖図

しかしダ・ヴィンチもミケランジェロも医者ではナイ
でもだからこそ当時の医学における権威に屈する必要がなく
解剖したままを精巧に描くコトが許されたのだろう

ここで笑えるのがその権威が2世紀のローマのガレノスだった事実だヽ(゚∀。)ノ

なので16世紀にヴェサリウスが登場するまで
医者が学んだ解剖図はせいぜいモンディーノやケタムなどの
ヴェサリウスと比しては余りにも稚拙なモノであった・・・バタリ ゙〓■●゙

謎の解剖学者ヴェサリウス (ちくまプリマーブックス)

そういういきさつを『謎の解剖学者ヴェサリウス』を手にして知ったのは
学校で解剖学を学んでた時からもう10年以上も経ってたが
やっと巡り会えた答えに感動して泣きながら読んだ。・゚・(ノД`)・゚・。

なんせヴェサリウスの生涯やその著書の紹介もさるコトながら
解剖学の歴史的変遷の大きな流れの中での生きザマに迫ってるのがたまらなかった!

改めて科学を愛する気持ちは人間を愛する気持ちから発してるのだと気付いた
つまり科学者の身を削るような努力から見出される真実それ自体と
真実を探求して止まナイ科学者の純粋な欲望に忠実に生きるその生きザマだ!!

解剖学とかまるで興味ナイ人が読んでも平易に描かれてるので
ヴェサリウスの情熱に胸が熱くなるであろう・・・とここまで薦めておいてなんだが
残念ながらこの本は現在(2012年7月)絶版状態となっており
ヴェサリウスの著書『ファブリカ』や『エピトメー』の邦訳とか他の解説本なども
日本においては尽く絶版状態だ。(´д`;)ギャボ

但しヴェサリウスの偉業の断片はむしろネットで簡単に見るコトができる
LINK:Vesaliusの解剖図

骨格人をよく見るとその叙情的なポーズと牧歌的な背景とが相俟って
繊細な芸術作品のように仕上がってるので見落としがちだが
防腐処理などなかった時代に死刑囚の遺体を解剖してスケッチしたモノで
気を失いかねナイような想像を絶する臭いの中でだったろう。(゚д゚lll)ギャボ