ルネサンス文学

1965年発行の筑摩世界文学大系の『ルネサンス文学集』(※)を月報附きで入手したが
さすが【筑摩書房】ってカンジの充実した内容だった
LINK:『筑摩世界文学大系【74】ルネサンス文学集』

ちなみにルネサンス文学の先駆けとなったダンテはこれとは別に
『新生』と『神曲』が6巻に収められてるので
上記の『ルネサンス文学集』にナイのはいたしかたナイ
LINK:『筑摩世界文学大系【6】ダンテ』

そのダンテの『神曲』に対して『人曲』と称されたのが
ボッカッチョの『デカメロン』だが
欲を言えばこれであと『デカメロン』が入ってたら、と思った

デカメロン物語 (現代教養文庫 (663))

『デカメロン』は日本ではなぜか様々な訳で読み比べられるほど出版されまくってて
入手困難になる心配は皆無であえて筑摩世界文学大系になくても゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ

そして『デカメロン(十日物語)』はなくとも
影響を受けたであろう『エプタメロン(七日物語)』の抄訳がある
これを別途購入するコトもナイと思うからちょーど゚+.(・∀・)゚+.゚イイ♪

ワーグナーやゲーテにも称えられた靴職人ザックスによる劇作や
逆によく酷評を目にするロンサールのベタな恋愛詩や
カルヴァンやカステリヨンといった確執する僧侶たちの論文など
ルネサンスを知る上で是非とも読んでみたい!
が、わざわざ大枚はたいて入手するコトもナイような小品が
まとめて収められてるのは本トにありがたい(-人-;)

また「フランス・ルネサンス名詩選」では
訳注にペトラルカの影響度合いが詳細に記されてるのが嬉しい!
ペトラルカがルネサンスを代表する詩人となったのは
この「カンツォニエーレ詩抄」の形式を真似る者が続出したからで
でもそんなのは訳を見たトコロでわかるワケもなく
もちろん原文は読めナイワケで・・・p(-_-+)q
そのジレンマを解消してくれる素晴らしい作りだ!!

それにしても個人的には
岩波文庫で所持してたモノがダブってしまって困惑してる
だからって岩波版の解説がまた充実してるので
それらを手放すコトもできナイでいる。(´д`;)ギャボ

特にマキアヴェッリの『君主論』は1981年版でパラフィン表紙仕様で
そのパラフィンも剥がれてしまっててぼろぼろよれよれだが
巻末に附録としてフランチェスコ・ヴェットリに送った手紙があり
マキャヴェリの生涯とその歴史的背景が
訳者黒田正利による14ページに渡って詳述された解説があり
これがイタリア・ルネサンスを知る上で大いに役立ってるるる~

更に簡便ながら人名索引もあり
アレクサンドロス、コンモドゥス、ハンニバル、ヘリオガバルス・・・としおり要らずだ

わが秘密 (岩波文庫)

ペトラルカの『わが秘密』は1996年版で装丁も綺麗だから
アマゾンで売りにも出せるだろうが
巻末の解説が訳者によりなんと34ページに渡ってあり
その充実振りたるや・・・(;つД`)
それとペトラルカに関連がある南フランスと北イタリアの地図もあって
これがまた便利なのだ♪

なのでどちらも手放せナイでいるのだ。・゚・(ノД`)・゚・。

そんな風に原典が同じでも訳者が違うとか出版社が違うとかで
何冊も持ってしまうから本棚がぎゅうぎゅうになるのだ(-_-;)

マキャヴェリズムが何か?

岩波文庫からの復刊にマキアヴェッリの『君主論』があったが
これは残念ながらとゆーか当然とゆーか
新訳(河島英昭訳)であった

巻末の訳者による詳細な「解説」も含めて
黒田正利訳がとても気に入ってて
買い直すならやはり黒田訳と思ってたので今回は見送った

しかしそうなのだよ
買い直さナイとヤヴァイくらいによごよごなのだ。(´д`;)ギャボ
今更ながら黒田訳は大切にしよう!
参照する時はなるべく筑摩世界文学大系の方(※)にしよう!!
野上素一訳

それにしても河島訳のアマゾンのレビューは
なんだってこんなに酷評が多いのだ。(゚д゚lll)ギャボ
他の訳書も著作も何も読んでナイ自分としては
むしろどれだけ酷い訳なのか読んでみたい気もしてくるがw

でも岩波文庫的には復刊するくらいだから
特に問題ナイ訳って認めてるはずで
これはもう是非とも手にとって確認したい一冊だな







『君主論』の冒頭にあるのがまず献辞で
「ロレンヅォ・マニフィコ・メディチに奉る書」とある

メディチ家のロレンツォ(黒田訳ではロレンヅォ)と言えば
最盛期の当主大ロレンツォの方なら
ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの才能を
余すトコロなく発揮させた人物だ(^▽^*)

実際に海外旅行などするヨユーはナイ勤労者だが
もし世界中の数多ある美術館の中で1つだけ観に行けるとしたら
迷わずウフィツィ美術館を選ぶ
単なる寄せ集めでなく
地元フィレンツェ出身者やその気候風土が培った芸術家の中でも
メディチ家の当主が厳選した最高峰の作品を堪能できるのが
たまらなく魅力的だからである

まあもっと端的に言えば
画家として1番好きなのがボッティチェリだし
作品として1番好きなのがダ・ヴィンチの『受胎告知』だ

だがしかし註釈と巻末の「解説」によれば
このロレンツォは大ロレンツォではナイヽ(゚∀。)ノ

大ロレンツォの時代背景のイタリア・ルネサンスは
ルネサンスの創始であり最盛でもあったが
厳密にはイタリア全土ではなくフィレンツェであった

当時のイタリアは
中部にローマ・カトリックの教会領があり
南部にはナポリ王国があり
勢力争いをしてたのだが
これらの均衡を保つ役割を担ってたのが
トスカナ平野に在したフィレンツェだった

東方貿易と毛織物生産と金融業で栄えたフィレンツェは
14世紀初頭には全人口が20万を突破して西欧最大の都市となり
繁栄を誇る一方では貧民も激増していき
貧富の格差が階級を生み対立し政党抗争も激化した
13世紀末には共和政だったのだが
1434年に大富豪メディチ家の当主コシモが僭主に納まってからは
メディチ家の当主による独裁体制となった

のちに商家であるメディチ家の娘が
仏王アンリ2世に嫁した事実から見ても
その財力が権力を凌ぐほど相当なモノだったと予想されるが
政治的手腕以上にパトロンとして理想的な人物であったコシモは
オスマン・トルコによって滅ぼされた東ローマ帝国から
ヴェネツィアに亡命してきた古典学者たちを
フィレンツェに招聘して手厚く保護し
プラトン・アカデミーを設立した

こうして先の最盛期を迎えたメディチ家だったが
大ロレンツォ亡き後は凡庸な当主ピエロによって傾き
先代までの威光をすっかり失ったフィレンツェはナポリと同盟し
これが元でフランスに占領される憂き目に遭う

没落したメディチ家と腐敗した教会組織は悪政に陥り
これらと真っ向から対立して政権を掌握したのが
ドミニコ派の僧侶サヴォナローラで
1494年にはメディチ家をフィレンツェから追放するに至るが
そのわずか4年後の1498年には反対派によるクーデターにて失脚

火刑に処されたサヴォナローラの政策には
享楽的な芸術を廃止する動きがあり
演説で涙ながらに訴えられて
感受性の鋭いボッティチェリもすっかり打たれてしまい
あろうコトか官能的な作品を自ら焼き払い
その後の作風も暗く変貌してしまった。・゚・(ノД`)・゚・。

サヴォナローラ失脚後のフィレンツェ共和政府で
内政外交に活躍したのがマキャヴェリだったワケだが
フィレンツェとゆーよりはイタリア全土を救済すべく東奔西走してた

1512年にフィレンツェのメディチ家支配が復活し
マキャヴェリはフィレンツェを追放されたが
しかしメディチ家もなんだね
マキャヴェリほどの逸材を捨て置くとは勿体ナイ話だよ
芸術家には目ざとい分、政治家には疎いのか・・・(-_-;)???

そんなメディチの名を称するのが
レオナルド・メディチ・ブンドルなのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
『戦国魔神ゴーショーグン』のドクーガ幹部で
権勢を振るう耽美主義者とゆー異色のキャラ設定だが
彼が子孫なのかどうかは疑わしいw

付け加えればマキャヴェリは
メディチ家不在時にフィレンツェを支配してたのではなく
イタリアが他国に支配されるのを極力防ぐために尽力してたのだ
完璧とは言えなかったが
それ以上の最善は施しようがなかっただろう

またマキャヴェリが『君主論』と並行して『ローマ史論』を著したのは
この追放による政界引退直後のコトであった

最後になるが
『君主論』から派生したとされるマキャヴェリズムなる言葉が
どうも独り歩きしてる感があるので付け加えるが
『君主論』は権謀術数主義についての解説本でも実践本でもナイ
古代ギリシア・ローマ~(マキャヴェリにとっての)現在の統治者たちが
何を持って統治できたのか、あるいは失敗したのか
その事由を考察した政治に特化した歴史書とでも言おうか

あるいはもっと端的によりぬき『ローマ史論』とでも言おうか
メディチ家の当主が興味を持って
権勢の歴史を紐解くコトができるように書かれた献本だ

続く