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上野の東京都美術館のウフィツィ美術館展
ボッティチェリの『パラスとケンタウロス』を観に行ったが
他にも数点めぼしいモノがあったので
それらについても書き留めておく

が、その前に
メインの『パラスとケンタウロス』について
昨日書いた記事[パラスとケンタウロス]の追記を

図録を買ってきて解説を読んでたら
目録では以下のようなタイトルもつけられてたそうだ

古い順にまず『カミラとサテュロス』とな(゚ ゚;)???
カミラって名とこの武装からしたら
ウェルギリウスの『アエネイス』に出てくるアマゾネスか?!
いや、でもこれ、サテュロスは違うね
下半身が馬ではなくってよ。(´д`;)ギャボ

アエネーイス

次の『二人の人物像の大きな絵画』って・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
これまた随分とテキトーなw
ケンタウロスがどうしたら人物に見えたんだwww

そして『ミネルヴァとケンタウロス』となるワケだが
こうしてこれまでの変遷を考慮したればこそ
この女がパラス・アテネかどうかは疑わしくなった
とはいえ、それなら誰なのかはいくら考えてもわからん。(゚д゚lll)ギャボ

ボッティチェリよ、魅力的な謎をありがとう!

そしてボッティチェリのもう1つの秀作があった

『聖母子、洗礼者聖ヨハネ、大天使ミカエルとガブリエル』だ
これはもう見た瞬間に誰がどれだがすぐわかるように
アトリビュート(特定の持ち物)を携えてる

剣を持つミカエルと十字の杖を持つヨハネ
そして百合の花を持つガブリエル

それにしてもこの絵(トンド)は初めて見た!
ググっても引っかからなかったからネット上にはナイ?
としたら、もしかしてこれが1番の収穫だったんだろうか?!
このガブリエル、表情もレアだし、なんと美しい・・・ホゥ(*-∀-)

次のもボッティチェリで聖母子像だが
この天使がカメラ目線(?)でカワ゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
巻き毛も愛らしくて好みのタイプの美少年だなあ♪

ここまでの3枚のボッティチェリのポストカードがあったら
それらを買って帰る、か、なかったら図録を買おう、と決意した

で、結論から言えば、図録購入した
さすがにケンタウロスのはグッズも色々あったけど
残念ながらトンドの聖母子像のポストカードはなかったし
3枚目の聖母子像はポストカードがあったものの
聖母子像がクローズアップされてて美少年天使がちょん切れてたりで
納得行かなくてそれは買わず・・・

他にはこのラファエルとトビトも
足元の子犬が可愛かったんで気に入った

これは人物でなくて
フィレンツェの紅百合の紋章が目に留まった

そう、フィレンツェの百合の紋章は紅いはずなのに
売ってたトートバッグは白百合だったりしてヽ(゚∀。)ノ

まあ買ったけどね~

3連休は雨模様らすぃと予想されてたので
土曜日の夜のバイト以外には外出予定は入れずに
手芸三昧できたら゚+.(・∀・)゚+.゚イイなと思ってたが
日曜日は思いの外晴れたのと
ダンナが二日酔いで寝たきりなのを好都合に
チャリンコで上野の東京都美術館まで行って来た

とゆーのもウフィツィ美術館展をやってて
今回の目玉はボッティチェリの『パラスとケンタウロス』で
ケンタウロスが好きな自分にはこれだけでも観に行く意義があったのだ

それにしてもケンタウロスとパラスとは変な組み合わせだ
パラスとはギリシアで言うアテナ、ローマで言うミネルウァの別名だが
この知恵と闘いの女神がケンタウロスと対峙してるシーンは
ギリシア・ローマ神話には記述がなく
ボッティチェリがいったい何を描きたかったのか
もしくは依頼主がどういう趣旨でこんな絵を描かせたのか
様々な憶測が飛び交ってるが自分には決定的と思われるモノはナイ

それに専門家らの概ねの見解にありがちな
悪のケンタウロスが善のパラス・アテナに懲らしめられてる
なんて単純な図式を当て嵌めたかったら
何の係わりもナイこの2人をわざわざ描きはしナイだろうに
ましてやケンタウロスが肉欲の象徴なら
アトリビュート(象徴的な持ち物)が弓矢であるのも腑に落ちナイ
そう、専門家らの解釈に沿うならば、例えば
シュリンクス(パン・フルート)を吹くサテュロスに向かって
弓矢を構える処女女神アルテミスならわかりやすい

あれこれ考えを巡らせながら
遂に本物の大きな絵の前に立った瞬間
ケンタウロスの繊細な表情には憂いが読み取れたが
それはパラス・アテナに懲らしめられてるからではなく
もっと深い悲しみに沈んでるようだった
確かにパラス・アテナはケンタウロスの髪をつかんではいるが
いかんせん懲らしめてるようには見えなかったのだ

そして2人の間にある一艘の船の存在に気付いてみると
アキレウスの命運がトロイ戦争で尽きたのを嘆くケイロン(※)と
諦めを諭すパラス・アテナに見えてきた
この辺りの詳しい事情は[アキレウスとケイロン]参照

パラス・アテナはトロイの守り神として
そのパラディオン(神像)がトロイ建国時に神殿に祀られたが
これがある限りトロイは不落であるとされてたので
例の木馬作戦を実行する前にオデュッセウスらが盗み出した

パラディオンがギリシア陣営にあって
トロイの守護を放棄せざるを得なくなったパラス・アテナは
地理的には遠く離れてはいたが
アキレウスの訃報(※)に悲嘆にくれるケイロンと
お互いに守り育てた大切なモノを失う
その喪失感を共有してるのを感じて通じ合った
そんな図に思えてきた・・・
映画によってはトロイの木馬にアキレウスも参加してるが、知り得る限りの文献ではとっくに死んでて
アキレウスの代わりに息子のネオプトレモスが戦地に赴き、トロイの王を討ったのはこのネオプトレモスとされてる

人の子を育てた獣神であるケイロンと
人々の営みを育んできた女神であるパラス・アテナ

と、ここまでが頭の中で一気に展開して
何かが怒涛のように押し寄せてきて魂がスパークした
時間軸と空間を結ぶ点から存在が解き放たれると
現実や真実や事実より真意の重みを感じる

絵の前にいたのはほんの1分程だろうが
時空を超えて魂が旅をしてた
こういう感覚をまさにトリップと言うのだろう

薬物などでこの感覚を得てる人が
抜けられなくなるのはわかる、確かに爽快だ・・・
なので、この感覚を呼び覚ますモノでなければ
芸術として完成されてるとは自分には認められナイのだ

そんなだから、あとは数点しか
自分にとって有用な作品がなかったので
まあいつものコトだが15分ほどで会場を後にしたヽ(゚∀。)ノ

帰路、冷静になって考え直してみれば
ケイロンとパラス・アテナが手塩にかけた対象を
無慈悲に奪い去ったトロイ戦争が
開戦に及んだきっかけとなった大元の原因はと言えば
3柱の女神らの誰が1番美しいかの諍いで
その女神の内の1柱は誰あろうパラス・アテナだったし
戦争での勝利を約束するコトで審判を買収しようとさえした

とすると、パリスの審判でパラス・アテナが選ばれてたら
トロイは滅亡しなかったのだろうか?

九十三年

ヴィクトール・ユゴーの『93年』を読み返しながら
アキレウスとケイロンに想いを馳せる

秋の夜長・・・

生物学上の女に生まれたコトを後悔したコトはナイ
女であるコトの意識から遠のいて
女らしくより自分らしくの方が先に立ってて
そこに無理がナイから女として生きる窮屈さを感じたりしナイのだ

何よりも嫌なのは人間を理解する以前に男らしさや女らしさを求めるコトだ
性差があるのは生物学的に確実なので覆すつもりはナイが
それをわざわざ再認識しようと頑張らなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイのでは?

両性具有 (書物の王国)アンドロギュヌスの神話

美意識として性別を感じさせナイ方がより美しいと思うから
一見して男か女かわかりづらい外見とそれに伴う内面を持つのを愉しんでる
まあ単純に人を煙に巻くのはおもしろいよw

自分はパーカーに短パンにブーツとゆースタイルが1番好きだが
女らしくナイし最近では更に年甲斐もナイとは認識してる
それでも自分らしさが表現されてるから性別と年齢は気にせず愉しんでる

ファッションってポリシーをいかにテイストとして表わすかにあるワケで
人の真似をするのはファッショナブルではナイのだよ
流行をちょっとだけ自分らしく取り入れるのぱ+.(・∀・)゚+.゚イイが
全く自分自身の存在がナイ流行のつぎはぎみたいなのはダサっっっ。(´д`;)ギャボ

言いたいのは
きっと逆の性別だったとしても変わらナイ自分がいたってコト

女性的になりたくて女装をする人とは微妙にして大きな違いだが
結構マツコデラックスとは近いかな。(゚д゚lll)ギャボ
どんだけ女装してても女と間違える人は絶対いナイとゆーヽ(゚∀。)ノ
自分もそこは確信してる、男に間違えられたくはナイ

ちなみに性転換願望を持つ人を否定的に受けとめてるワケではナイ
むしろ自身の性別に何の疑問も抱かず受け容れてる人間は不思議だがね

人間の理想像(理想の人間像ではナイ)として描かれる天使は
性別を感じさせナイとゆーか性を超越した美しさを持つ
対照的な存在の悪魔の方がより魅力的かな・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
悪魔は性だけでなく美醜も超越してしまってるからな

物心ついた時には常日頃願ってた

「早くこの世の究極の美と断言できるモノに巡り会いたい」

そんな自分が1番最初に目をつけたのが天使で
イースターだのクリスマスだののキリスト教の行事を
信者でもナイのに毎度楽しみにしてたのは
その際にシスターに御絵(ごえ)なる美しいカードをもらえたからだ(*^^*)

御絵にはキリスト教由来の絵が描かれてたが
震えがくるような美麗さでお気に入りだったのは大天使ガブリエルだ

ガブリエルと言えば聖母マリアに処女懐胎のお告げをしにやってくる天使だが
その【受胎告知】の場面は多くの画家によって描かれてて
たいていはマリアが処女の証のユリの花を手にしてるガブリエルと向き合ってる

【受胎告知】では一様に
ガブリエルがひたすら美しくマリアは引き立て役だが
その中でも際立ってるのがこのボンフィーリの1枚

透明感のある色彩の素晴らしさも手伝ってこの世のモノとは思えナイ美しさ!!
いや、確かに天使ってのはこの世のモノではナイのだがねw
処女懐胎とゆー非生物学的かつ非現実的な事態を受容しきってる存在が
天使とゆーやはり非生物学的かつ非現実的なモノだってコトで
奇妙な経路で辻褄が合ってるのが深いなあ・・・

フラ・アンジェリコの『受胎告知』では
ガブリエルの容貌よりもその翼の見事さに心を奪われるるる~

先述の御絵のガブリエルも虹色の翼をしてるが
こちらは羽の1枚1枚に孔雀様の模様さえ確認できる(゚ ゚;)
更にそのローブにも要所要所に刺繍が施してありカナ~リオサレなのだが
ガブリエルであるコトを象徴するユリの花を持ってナイのは
もしかしておしゃれに気を取られて忘れたんだろうか・・・バタリ ゙〓■●゙

ロットの『受胎告知の天使』はタイトルの通りにガブリエルが主役で
そのキャンバスには聖母マリアの影も形もナイヽ(゚∀。)ノ

これだけ麗しいガブリエルもなかなかいナイから
マリア如きが隣に居並ぶコトは出来ようはずもナイかもな。(´д`;)ギャボ
マリアはいなくても白鳩がマリアの処女懐胎を祝福してるのだ

正統派の天使画画家としてボッティチェリは『受胎告知』を何点も描いてるが
ガブリエルが1番美しく描かれてるのはこのフレスコ画

ボッティチェリは筆致自体の素晴らしさもさるコトながら
画面構成の構想が優れてる点でも高く評価したいし
衣服や髪の流麗さで風を感じさせて動的に見せる技は他の追従を許さナイと思われ
その総力結集の渾身のガブリエルである

でもボッティチェリはガブリエルよりも
『マニフィカトの聖母』での聖母マリアと幼いイエス・キリストを取り囲む
美少年の見本市のような5人の天使が居並ぶ図は壮観!!

これだけ魅力的な美少年を描いてるって
ボッティチェリ自身も好きなんだろうかね?!

個人的な趣味からすると
端正なだけでなくて華麗にして甘美な雰囲気の顔が好きで
コレッジョの『聖母子と聖ヒエロニムスとマグダラのマリア』の天使が
1番好みだったりする

しかも天使なのに小悪魔的な笑み(*^^*)

これはダ・ヴィンチで『岩窟の聖母』からの抜粋
聖母マリアの傍らでイエス・キリストが宿ったことを指し示し
微笑するこの天使の圧倒的美貌は芸術作品としても『モナ・リザ』を凌ぐモノだ

それから忘れちゃならナイのがギュスターブ・モローの『聖セバスチャンと天使』

殉教者セバスチャンとそれを迎える天使とのカラミは
両者とも性を感じさせナイ容貌にして非常に艶めかしく描かれてる(矛盾してるw)
この作品は岐阜県美術館蔵なのでいつか本物を見に行きたいp(-_-+)q
LINK:岐阜県美術館

変わりドコロではパウル・クレー



正統派の緻密な筆致で描かれたモノとは比べようもナイシンプルさ!
上から『忘れっぽい天使』『天使、まだ手探りしている』『疑心暗鬼の天使』
タイトルからして頭から?マークを放出してしまうカンジだが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

クレーの天使 (講談社ARTピース)いにしえの響き-パウル・クレーの絵のように-

もはやタイトルも忘れたが
幼少の砌にイエスの伝記の児童書を持ってて愛読してたw

この冒頭に出てきたのがザカリヤとエリザベツの老夫婦で
2人には子供がいなかったが
ある日ザカリヤが祭壇で香を焚いてると大天使ガブリエルが現れて告げた

「男の子を授かるのでヨハネと名づけるように、ヨハネは預言者となるだろう」

ザカリヤは年老いた妻がまさか妊娠するとはとても信じられずにいると

「お前は信じなかったので、ヨハネ生誕のその時までおしになる」

とも告げられてしまい
その通りにザカリヤはしゃべれなくなってしまった。(゚д゚lll)ギャボ

しかしながらその後エリザベツは男の子を産み
ヨハネと名づけるとザカリヤはまた口がきけるようになった

成長するとヨハネは荒野で修行を積んで

「【神の国】が近づいてるので悔い改めるように」

=人類の世界の終末が近づいてるので洗礼するように、と説き
信じた者たちは洗礼を受けるためにヨハネの元へ・・・

レオナルド・ダ・ヴィンチはそんなヨハネを
荒野で修行してたようにはとても見えナイ血色の生気溢れる若者に描いてて
ダ・ヴィンチの師匠だったヴェロッキオの作中のヨハネとは
比較するのも憚られる無駄な美しさであるるる~

一方ヴェロッキオの『キリストの洗礼』はリアリズムに徹してて
預言者も神の子も人間らしい"よれた"感があり
ダ・ヴィンチの筆による天使ばかりがひたすら美しかったりするのは
マズイだろ。(´д`;)ギャボ

自分が幼少時に読んだ本は子供向けのイエスの伝記だったので
ヨハネについての記述はその生誕についてまでしかなく
次はエリザベツのいとこのマリアの話に移行した(ような気がする・・・よく覚えてナイ)

レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)

マリアのトコロにも大天使ガブリエルがやってきて

「既に神の子を身ごもってる」

と告げるのだがこれが【受胎告知】ってヤツで
マリアは親子ほど歳の離れた大工のヨゼフの名のみの妻となり
処女のまま神の子イエスを産む

【受胎告知】はたくさんの画家によって描かれてるが
自分の好みではダヴィンチかボッティチェリが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!

ダヴィンチのは数年前に上野に見に行ったのだが
静的なガブリエルで透き通るような澄んだ美しさに満ちてた!!
生きてる内に本物が見れて嬉しかったな。・゚・(ノД`)・゚・。

ボッティチェリのはダヴィンチとは正反対の躍動的なガブリエルで
服のドレープがゴージャスなのが優雅だ・・・ホゥ(*-∀-)

それにしてもここまでの出来事は
神とか天使とか非科学的な存在は外してフツーに理性的に考察すると
次のように解釈できなくもナイ

・エリザベツが不妊なのではなくザカリヤが種無しだった

・エリザベツは不貞をしたら子を生した

・ザカリヤは不貞に気がついて腹を立てて口をきかなかった

・ザカリヤは大天使ガブリエルのお告げ話を思いついた

・ザカリヤは不貞の子ヨハネを荒野に追いやった

・マリアはエリザベツに大天使ガブリエルのお告げ話を聞いた

・マリアは結婚相手のヨゼフが気に入らなかった

・マリアは結婚相手以外と婚前交渉の末に妊娠

・マリアも大天使ガブリエルのお告げ話を使った

これは何も自分が無神論者だからではなく
現代なら間違いなくエリザベツもマリアも不貞を疑われたからだ
しかもキリスト教圏でなければ疑念では済まされまい

いや、本トに純潔のまま神の子を身ごもってたとしても
夫の身に覚えのナイ子供を産んだ妻の潔白を
キリスト教圏であってもいったい誰が信じてくれよう?

岩波文庫からの復刊にマキアヴェッリの『君主論』があったが
これは残念ながらとゆーか当然とゆーか
新訳(河島英昭訳)であった

巻末の訳者による詳細な「解説」も含めて
黒田正利訳がとても気に入ってて
買い直すならやはり黒田訳と思ってたので今回は見送った

しかしそうなのだよ
買い直さナイとヤヴァイくらいによごよごなのだ。(´д`;)ギャボ
今更ながら黒田訳は大切にしよう!
参照する時はなるべく筑摩世界文学大系の方(※)にしよう!!
野上素一訳

それにしても河島訳のアマゾンのレビューは
なんだってこんなに酷評が多いのだ。(゚д゚lll)ギャボ
他の訳書も著作も何も読んでナイ自分としては
むしろどれだけ酷い訳なのか読んでみたい気もしてくるがw

でも岩波文庫的には復刊するくらいだから
特に問題ナイ訳って認めてるはずで
これはもう是非とも手にとって確認したい一冊だな







『君主論』の冒頭にあるのがまず献辞で
「ロレンヅォ・マニフィコ・メディチに奉る書」とある

メディチ家のロレンツォ(黒田訳ではロレンヅォ)と言えば
最盛期の当主大ロレンツォの方なら
ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの才能を
余すトコロなく発揮させた人物だ(^▽^*)

実際に海外旅行などするヨユーはナイ勤労者だが
もし世界中の数多ある美術館の中で1つだけ観に行けるとしたら
迷わずウフィツィ美術館を選ぶ
単なる寄せ集めでなく
地元フィレンツェ出身者やその気候風土が培った芸術家の中でも
メディチ家の当主が厳選した最高峰の作品を堪能できるのが
たまらなく魅力的だからである

まあもっと端的に言えば
画家として1番好きなのがボッティチェリだし
作品として1番好きなのがダ・ヴィンチの『受胎告知』だ

だがしかし註釈と巻末の「解説」によれば
このロレンツォは大ロレンツォではナイヽ(゚∀。)ノ

大ロレンツォの時代背景のイタリア・ルネサンスは
ルネサンスの創始であり最盛でもあったが
厳密にはイタリア全土ではなくフィレンツェであった

当時のイタリアは
中部にローマ・カトリックの教会領があり
南部にはナポリ王国があり
勢力争いをしてたのだが
これらの均衡を保つ役割を担ってたのが
トスカナ平野に在したフィレンツェだった

東方貿易と毛織物生産と金融業で栄えたフィレンツェは
14世紀初頭には全人口が20万を突破して西欧最大の都市となり
繁栄を誇る一方では貧民も激増していき
貧富の格差が階級を生み対立し政党抗争も激化した
13世紀末には共和政だったのだが
1434年に大富豪メディチ家の当主コシモが僭主に納まってからは
メディチ家の当主による独裁体制となった

のちに商家であるメディチ家の娘が
仏王アンリ2世に嫁した事実から見ても
その財力が権力を凌ぐほど相当なモノだったと予想されるが
政治的手腕以上にパトロンとして理想的な人物であったコシモは
オスマン・トルコによって滅ぼされた東ローマ帝国から
ヴェネツィアに亡命してきた古典学者たちを
フィレンツェに招聘して手厚く保護し
プラトン・アカデミーを設立した

こうして先の最盛期を迎えたメディチ家だったが
大ロレンツォ亡き後は凡庸な当主ピエロによって傾き
先代までの威光をすっかり失ったフィレンツェはナポリと同盟し
これが元でフランスに占領される憂き目に遭う

没落したメディチ家と腐敗した教会組織は悪政に陥り
これらと真っ向から対立して政権を掌握したのが
ドミニコ派の僧侶サヴォナローラで
1494年にはメディチ家をフィレンツェから追放するに至るが
そのわずか4年後の1498年には反対派によるクーデターにて失脚

火刑に処されたサヴォナローラの政策には
享楽的な芸術を廃止する動きがあり
演説で涙ながらに訴えられて
感受性の鋭いボッティチェリもすっかり打たれてしまい
あろうコトか官能的な作品を自ら焼き払い
その後の作風も暗く変貌してしまった。・゚・(ノД`)・゚・。

サヴォナローラ失脚後のフィレンツェ共和政府で
内政外交に活躍したのがマキャヴェリだったワケだが
フィレンツェとゆーよりはイタリア全土を救済すべく東奔西走してた

1512年にフィレンツェのメディチ家支配が復活し
マキャヴェリはフィレンツェを追放されたが
しかしメディチ家もなんだね
マキャヴェリほどの逸材を捨て置くとは勿体ナイ話だよ
芸術家には目ざとい分、政治家には疎いのか・・・(-_-;)???

そんなメディチの名を称するのが
レオナルド・メディチ・ブンドルなのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
『戦国魔神ゴーショーグン』のドクーガ幹部で
権勢を振るう耽美主義者とゆー異色のキャラ設定だが
彼が子孫なのかどうかは疑わしいw

付け加えればマキャヴェリは
メディチ家不在時にフィレンツェを支配してたのではなく
イタリアが他国に支配されるのを極力防ぐために尽力してたのだ
完璧とは言えなかったが
それ以上の最善は施しようがなかっただろう

またマキャヴェリが『君主論』と並行して『ローマ史論』を著したのは
この追放による政界引退直後のコトであった

最後になるが
『君主論』から派生したとされるマキャヴェリズムなる言葉が
どうも独り歩きしてる感があるので付け加えるが
『君主論』は権謀術数主義についての解説本でも実践本でもナイ
古代ギリシア・ローマ~(マキャヴェリにとっての)現在の統治者たちが
何を持って統治できたのか、あるいは失敗したのか
その事由を考察した政治に特化した歴史書とでも言おうか

あるいはもっと端的によりぬき『ローマ史論』とでも言おうか
メディチ家の当主が興味を持って
権勢の歴史を紐解くコトができるように書かれた献本だ

続く