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オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』は
何度も映画化されてるがつい最近まで自分はどれも未見だった

でもせめてヘルムート・バーガーの『The Secret of Dorian Gray』だけは
冥土の土産になんとしても観たいと願ってたので
折を見ては[Dorian Gray movie]でググってソフトを探し続けてた

それがある時・・・2009年11月19日のコトだったが
[Dorian Gray(2009)]の項目がトップに出てきて「2009」に驚いた!

Dorian Gray(2009)

早速ページを開いてみると
ブルネットのドリアン・グレイに更に驚愕した!!

ドリアンがブロンドでなくてど~するp(-_-+)q

しかしあえてブルネット男をドリアンに仕立てたからには
どれほどその役者がドリアンをこなすのだろうか、と興味も湧いた

まあ確かに後から冷静になって考えてみれば
純朴な美青年ドリアンが如何にして悪徳に染まっていくのかが主題なので
ドリアンは誰もが納得するような美貌の持ち主でなくてはならナイが
その真価は髪の色なんかには左右されるモノではナイ

ドリアンは金髪でなくてはいかんp(-_-+)q

そう思い込んでたのはバーガーの印象が強烈だったからだが
実際にはバーガー版を観てもいなかったのだったヽ(゚∀。)ノ

その後、このブルネットのドリアン役のベン・バーンズが
ナルニア国のカスピアン王子だと判明し
そこそこ人気もあるようなので
『Dorian Gray(2009)』の日本公開を祈願してたのだが
祈り虚しくあえなく未公開であった(-人-;)

それがここへきて
『Dorian Gray(2009)』のDVDが日本発売されて
これに合わせてなのか、バーガー版のも新たにDVD化されて
もう1つ、ハード・ハットフィールド版のDVDまでもが出る異例の事態で
自分はとりあえずバーンズ版とバーガー版を購入して
早速、観比べてみた

バーガー版は設定が現代になってるせいもあり
全体的に軽佻浮薄な印象が否めナイし
バーガーのデカダンの香り漂う容貌では世慣れしてるように見えてしまい
当初は朴訥なはずのドリアンにしてはセクシー過ぎる嫌いもあり
最初から最期まで原作との違和感を拭いきれなかった

だいたいドリアンは自ら好んで快楽を貪ってるのではなく
悪徳の指南役であるヘンリー卿にそそのかされるままに享受しながら
陥れられてるのを愉しんでるのだと思われ

結果として堕落してしまってる自身に酔いたいのだ。(´д`;)ギャボ

そんな破滅願望こそがワイルドの表現したかったデカダンシズムで
全く健全だった人間がそこに嵌ってく過程を描いてるので
読み手は一緒に引き込まれて戦慄を覚えるのだし
映画化されても観る者が息を呑んで追うのはその部分なはず・・・

だからバーガーがのっけから人を食ったような顔で登場してしまっては
皆、いきなりドン引きで構えてしまうから堕ちる過程を愉しめナイし
快楽を貪りながら、それ自体を楽しんでる感があり
そこにまるで罪悪感など持ち合わせていナイように見えてしまうと
皮肉屋のヘンリー郷は登場する意味がナイ。(゚д゚lll)ギャボ

自分はバーガーのファンだが
原作を重視するとどうもバーガー版はいただけナイ

但し、バーガーの、そして『ドリアン・グレイの肖像』の
コレクターとしては買って損はなかった
てか、お得だった♪

しかし★をつけて評価するならバーガー版は★★★だ
これはバーガーファンなのでどうしても贔屓目に見てしまうのと
その稀に見る美しさに「免じて」なので
本来なら★★だ、はっきり言って駄作だ・・・

映画としての完成度の高さも
原作への忠実度(監督の原作の理解度)も
バーンズ版の方が圧倒的に上回ってたが
1点だけ、だが総てをダメにしてたのはラスト近くのホラー入り過ぎな部分だ

あとちょっとで終わりってトコロまで耽美な世界観を押し出してたのに
なんでいきなりB級ホラーになってしまうのだろう?!
まあでもそれを差し引いたとしても★で評価するなら★★★★★だがね

衣装、家具・調度、美術品はもちろん
何気ナイ小道具まで細部の作りが行き届いてて
基本的に美的である以上に、登場人物の趣味が反映されてて隙がなく
それは要するにワイルドの設定に沿ってるってコトだ

特にヘンリー卿にコリン・ファースってのは
最初はミス・キャストだと思ってたのだ
ぶっちゃけ、ダサイ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

ところが観てる内になるほどヘンリー卿だと納得したね
よく考えたら女にモテるようなルックスでは
いちいち女に甘やかされてしまうので
あそこまで世の中を拗ねて見れるほどにはならナイワケで・・・

そもそも原作においても最も魅力的な人物は
素直で美貌のドリアンではなく
美意識の高い皮肉屋のヘンリー卿なのだからして(*^^*)

女の子にはたいていお姫様願望があるものだが
天性の姫気質と侍女気質ってのがあって
自分は紛れもなく後者で
まあだからこそ姫気質の女性には一層憧れるのだろう

☆・・・☆・・・☆

映画『風と共に去りぬ』の1番好きなシーンは
天蓋付ベッドの支柱に抱きつくお嬢様(スカーレット・オハラ)の
コルセットを締め上げるシーン

女の子にはコルセットが似合うし
コルセットが似合う女の子が好きだ

コルセットの文化史

着脱を手伝うのが至上の喜びなのは言うまでもナイ
全ての肉脂肪を胸にして美しい谷間を完成させた時はもちろんだが
少女の持つ独特のあばらが浮き立つほどの華奢な胸板に
うっすらとふくらみがあるようなナイような微乳が
コルセットによって完璧に平らになってしまうのも゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

いずれにしろ、その愉しみを知るのは
恋人でもなければ母親でもナイ

侍女だけなのだ(*^^*)

それにしてもスカーレットは元来お嬢様ではあるが
姫気質ではなく侍女気質だと思うのだ

あの好きな男(アシュレー)に対する一途さと
そこから生じる献身と根性だけでも十分侍女気質だが
極めつけは本来は恋敵であるはずのメラニーの世話をする辺り
姫気質の女には死んでも無理な所業だが
やってのける行動力はもれなく侍女気質に相違ナイ。(゚д゚lll)ギャボ

スカーレットに憧れる女の子は
レッド・バトラーに甘やかされる部分に酔ってるだけで
敵役のメラニーに対して一切の責任を負って
しかも立派に果たしてるコトには気付いてるのだろうか。(´д`;)ギャボ

風と共に去りぬ [Blu-ray]

そしてメラニーのような女性こそが生来の姫気質なのである!
想う人に想われその人の子供を産む!!
それだけでも通常はなかなか達成できナイのだが
その想い人を取り合って打ち負かした相手にさえ
母子共に生活の面倒を見てもらえるとは
侍女気質の自分には思いもよらナイ姫発想(図々しさ)だ

それでいて遠慮がちな立ち回りが板についてて
あの清らかで大人しやかな物腰はいったい何なのだp(-_-+)q
フツーにしててもメラニーと比べられたら
酷い女に格下げされてしまうほどに「とばっちり度」が高いのだ

早死にしたのも美人の証拠みたいで
メラニー以上に完璧なヒロイン像はナイと思われ・・・バタリ ゙〓■●゙

そういう意味で自分はスカーレットに憧れはしナイが
むしろ同情を禁じえナイ(苦笑)

そんな風にスカーレットはわかりやすいが
それに比べて相手役のレッド・バトラーは難解で
あれはクラーク・ゲーブルでなかったら演じきれてナイだろう

例えばただの美男・・・アラン・ドロンなんかがやったら
軽佻浮薄になってしまってちっともサマにならナイと思うワケで
あるいは屈折した美男のヘルムート・バーガーでは
ヒステリーにしか見えなくなるし
素直な美男ジャン・ピエール・レオーだと
もはやコメディになりさがってしまう(゚ ゚;)

映画に挑戦しつづける美貌のスター アラン・ドロンヘルムート・バーガー―魔性の美貌 (シネアルバム (97))豚小屋 ニューマスター版 [DVD]

クラーク・ゲーブルとアラン・ドロンの違いは
美女を甘やかすか美女に甘やかされるか
微妙ながら大いなる違いだが
そか、クラーク・ゲーブルは侍女気質で
アラン・ドロンは姫気質なのか・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

とするとレッド・バトラーとスカーレットでは
侍女気質同士だったから合わなかったのかもしれナイな

ヴィヴィアン・リーは高飛車な美人の役が似合うが
自分の好みとしてはわざとらしいくらいに少女っぽい方が好きで
このレースとフリルをふんだんに使った純白のドレス姿がお気に入りだ♪

あぁそれにしてもウエストを絞られる場面は何度見ても飽きナイ・・・
てか、その場面のためにこの映画観てる気がするるる~

自分は元より
恋する相手に対して
一般論にあるような年齢や性別といった拘りは持っておらず
主義に反するかどうかだけが譲れなかった

耽美主義者なので美意識に反したモノは拒絶反応を起こすし
人文主義者なので心ナイ言動は許容できナイし
快楽主義者なので愉しむ&愉しませる努力は惜しまナイ

かいつまんで言えば
Barbieドールにより近い見てくれ(↑↑↑画像参照↑↑↑)で
憐憫の情に溢れてて
洒落がわかれば
惚れるw

そして惚れた相手の笑顔を見てれば幸せで
欲を言えば幸せを持続したいから
ずっと笑顔を見れるように
いつも一緒にいて笑わせられると゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ

それが叶えば社会的に望むコトなんて何もナイ

でも結婚相手に対しては違う、いや、違った
以前は子供を産み育てるための相手と認識してたので
社会的責任も子供のためには果たしてもらわなくては困ると考えてた

規律正しい生活態度とか
それなりの収入とまともな金銭感覚とか
むしろ主義に反しててもそこは譲れなかった
否、譲ってはいけナイと自分で自分に言い聞かせてた

今にして思えば
潜在意識にある理想の恋愛と義務感に則った結婚生活が
全く噛み合ってなかった

それでもそこで割り切って
恋愛感情抜きでテキトーな相手と結婚してたら
義務は全うできてたかもしれナイが
今頃、不毛な日々にきっと後悔してたと思う

子供を産み育ててナイ女は女として認めナイ
結婚してくれる相手がいナイ人間は人間として認めナイ

そういう毒母の呪詛に負けずに
閉経まで自分を貫けた上に
結局はアラフィフにもなって今更ながら
最愛の相手と笑いが絶えナイ日常生活を送ってて
オマケに毒母の毒気も抜けた(完全には抜けきらナイがねw)

小学生の頃には既に
通常の男女のマニュアル通りの恋愛には
拒絶反応の吐き気を催すほどだった腐女子の中の腐女子で
キモヲタと後ろ指を差されようが一向に構わず
孤独でも主義を曲げずに愉しく生きるコトを望んでたが
葛藤しつつも望み通りに生きてこられて
しかもそんな自分を理解してくれる伴侶にも恵まれた

日々の営みがやり過ごせるだけのお金は必要だが
社会生活の安定だけが幸福の条件ではナイし
逆に言えば、幸福の条件を社会生活の安定だけに求めたら
それが揺らぐ度に不幸を味わうコトになるのだ

生きてくのに障害は付き物で
自分だけでなく、伴侶、そして近親者、友人、知人の全員が
順風満帆なままに人生を送れるとしたら奇跡だ

困難にぶつかった時に助けてくれたり
手を貸さずとも立ち向かう勇気を与えてくれるような人々に
救われながら生き永らえるコトができるのが
最も幸せな生き方だと思われ

そう考えると現在の自分は
もしかしたら本トの意味でリア充なのかもしれナイ

☆・・・☆・・・☆

Olivia Newton-JohnのTwist of Fate(邦題:運命のいたずら)は
映画『Two of a Kind(邦題:セカンド・チャンス)』の主題歌で
この映画でJohn Travoltaと再度共演したOliviaは
めまいがするほど美しかった。・゚・(ノД`)・゚・。

映画の出来自体は今一つだったが
Oliviaの冴え冴えとした美貌とこの主題歌のカッコ好さで±0

Do we deserve a second chance?
(私たちは2度目の機会に値するか?)
で始まって

Love is what we've found
The second time around
(愛は私たちが見つけたもの、2回目に)
で終わるるる~

失敗しても謝ってやり直せたらいんじゃん?

空気を読んでその場限りの人間関係を穏便に終わらすより
本音で喧嘩してから始まった縁を大切にしたい

CASA:家
BLANCA:白い

スペイン語で「白い家」の意

ユリにこの名の品種があるがもちろん白さが際立ってるし
とにかくでかくて堂々としてるるる~

< 誕生日 結婚記念日 フラワーフラワーギフト 贈り物におすすめ> 花束 百合の女王カサブランカ

と思いきや、花屋には白くナイカサブランカもあり
疑問に思ってググってみると
ネット上でもゴールデン・カサブランカなる黄色いのがあれど
それはあくまでもゴールデン・カザブランカであって
カサブランカではナイと思われヽ(゚∀。)ノ

そんなカサブランカ事情をすっきりと説明してくれてるのが
JUNK STAGEのコラム「花ビト人間模様」にあった

☆・・・☆・・・☆

どういう経緯か仏領モロッコにはカサブランカとゆー町があり
同名タイトルの映画によって有名である

カサブランカ [Blu-ray]

この映画は第二次大戦中の1942年に制作されたが
当時のナチスが席巻したヨーロッパの状況が反映されてて
イングリット・バーグマン演じるイルザは
レジスタンス運動の指導者ラズロの妻で
この夫婦はフランスからアメリカへの亡命を望んでいたが
そういう人々がまずやってくる経由地がカサブランカだったのだ

ボギーことハンフリー・ボガートの役ドコロは
カサブランカでクラブのオーナーをやってるリックなる伊達男だが
世知に通じてて裏では亡命者に通行証の手配などしてるので
ラズロとイルザもリックの手を借りに店にやってきた

そこでイルザが『As Time Goes By』をリクエストするも
リックはその曲を演奏するのを禁じてた

テナーサックス ジャズ・スタンダード名曲選ベスト~As Time Goes By~ 豪華生演奏CD付き

イルザにとっては懐かしい佳き日の思い出に浸れる曲だったが
リックにとっては苦い過去を思い出させる曲だったのだ

ネタバレしてしまえば、イルザとリックはかつて恋人同士であり
実はその時既にイルザはラズロの妻でもあったが
ナチスに捕らえられたラズロが死んだものと思い込んでて
失意の渦中に出会ったリックと愛し合ったのだった。(゚д゚lll)ギャボ

ここでイルザが拙かったのは、まずリックに夫の存在を隠してたコトだろう
しかもリックとフランスから脱出する手はずが整ったトコロで
ラズロが生きてたと知ったからって、忽然と姿を消すのもどうかと。(´д`;)ギャボ

裏切られた、以外にリックには納得行く理由が見つけようもなかろうて(-_-;)

そうした奇妙な運命の巡り合わせによって
出会い、別れ、再会し、女は再び選択を迫られるるる~

イングリッド・バーグマン―時の過ぎゆくまま

信条を持って愛し続けてきた夫ラズロの故に
已む無く裏切って傷つけてしまった過去の恋人リック

この時代の女は自立して生きるなんて選択はナイに等しく
そもそも男ほどロマンティストではいられナイので
愛情よりも損得勘定で男を望むのだろうが
イルザの場合にはそうとも割り切れナイ複雑な事情と心情が絡み合い
どちらも選べずにいた・・・恐らく

結局、そこでキツイ選択をしたのは実際にはイルザではなく
リックが選択して、それをイルザに受諾させたのだった・・・バタリ ゙〓■●゙

カサブランカ (名作映画完全セリフ集スクリーンプレイ・シリーズ)

リックは深い愛情ゆえに女を追い詰めたくナイのだろうて
見せ掛けだけのフェミニストは多いが
本トの優しさを隠し持つ男には滅多にお目にかかれナイので感慨深い

☆・・・☆・・・☆

それにしてもそんなリックの有名な台詞

君の瞳に乾杯

これは日本人に言われたら不気味だが、もう1つの名台詞

昨夜?そんな昔のことは覚えてない
今夜?そんな先のことはわからない

美しい人にこんな風にさらりと交わされるのなら悪くナイ♪

ドイツ軍歌『ラインの護り(Die Wacht am Rhein)』と
フランス国家『ラ・マルセイエス(La Marseillaise)』が
効果的に使われてるのも特筆すべき点だが
今回「漫画・世界名作ムービー」を入手したため
これにドイツ語とフランス語で歌詞が載ってたのがお得だった

カサブランカ (漫画・世界名作ムービー)

中世騎士物語の代表作と言えば
『アーサー王物語(Arthur)』
『トリスタンとイゾルデ(Tristan und Isolde)』
『ニーベルンゲンの歌(Niebelungenlied)』
『ローランの歌(Chanson de Roland)』

トマス・ブルフィンチはこれらの中から
『アーサー王物語』と『トリスタンとイゾルデ』を取り上げ
他にも英国民族の英雄伝説を加えて
『中世騎士物語』(詳細は前項参照)としたが
『ローランの歌』も『シャルルマーニュ伝説』として編纂してて
自分はこれを今世紀になってから入手して読んだ

シャルルマーニュ伝説 中世の騎士ロマンス (講談社学術文庫)

  • まえがき
  1. 序論
  2. 十二勇士
  3. 御前試合
  4. アルブラッカの攻囲
  5. リナルドとオルランドの冒険
  6. フランス侵攻(1)
  7. フランス侵攻(2)
  8. ブラダマンテとロジェロ
  9. アストルフォと女魔法使い
  10. 海魔オルク
  11. アストルフォの冒険はつづき、イサベラの冒険が始まる
  12. メドロ
  13. 狂ったオルランド
  14. ゼルビノとイサベラ
  15. アストルフォ月へ行く
  16. アフリカでの戦い
  17. ロジェロと結ばれるブラダマンテ
  18. ロンスヴァルの血戦
  19. バヤールを取り戻すリナルド
  20. リナルドの死
  21. ユオン・ド・ボルドー(1)
  22. ユオン・ド・ボルドー(2)
  23. ユオン・ド・ボルドー(3)
  24. オジエ・ル・ダノワ(1)
  25. オジエ・ル・ダノワ(2)
  26. オジエ・ル・ダノワ(3)
  • 訳者あとがき

吟遊詩人に歌い継がれてきた中世騎士物語には
確固たる原典が存在しナイのは然りだが
そうでなくてもアーサー王と円卓の騎士の一連の物語は
非科学的な要素が満載でほぼファンタジーなので
現代日本人の自分には史実として受容するのはとても無理だし
実際、史実とはまるで噛み合ってナイ

ところが『ローランの歌(シャルルマーニュ伝説)』は
実在の人物や歴史的事件なども登場するので
史実との摺り合わせができる部分もナイコトはナイのだが
当初(中世後期)、武勲詩として成立したモノが
イタリア・ルネサンスの作家らによって叙事詩として再編された際に
時代背景が変わってしまっても時代考証などお構いナシで
ウケ狙いでエピソードも盛ってるだろう写本ができ
ブルフィンチはそれらを底本にしてダイジェスト版にしたので
信憑性に欠ける、てか、信憑性はナイ。(゚д゚lll)ギャボ

ここでブルフィンチのセンスが素晴らしいのは
底本でいかにも原典のように装ってるが
その恭しい装いがバレバレなのをそのままにしてる点だ
事実として疑わしい部分に

(そうチュルパン大司教は主張している)

などと、嘯いてるのが可笑しいw

『シャルルマーニュ伝説』を読み始めた時分は
馴染みのキャラクターが登場する『中世騎士物語』に比して
とっつきにくく、話も散漫で読み辛いと思われたが
読み進む内に超絶美形で根明オバカのアストルフォに惚れ込んでしまい
トリスタンもランスロットもどうでもよくなった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

またアストルフォの登場するエピソードが格別に愉快で
冒険譚の荒唐無稽レベルなんてラノベ。(´д`;)ギャボ

☆・・・☆・・・☆

自分が土曜日に働いてる新宿2丁目の少年アリス(※)は
新宿ゴールデン街のBar†ジュールの姉妹店なのだが
この店名のジュール(Jules)はどこからきたのかと思っていたら
サイトに誕生秘話があるのを発見!
なんとJules Verne(ジュール・ヴェルヌ)だった!!
少年アリスは2014年3月に閉店

まあ自分はJulesと言えばMichelet(ミシュレ)だが
ジュール・ヴェルヌも大好きな作家の一人で
『十五少年漂流記』『地底旅行』『海底二万里』は何度も読んだ

しかし店名のきっかけとなった『月世界旅行』は未読で
これを原作とした映画の存在も初めて知ったが
このシーン、てより、この顔は見覚えがあるような気がして
タブレットで検索するも、答えの見つからナイ内に寝落ち・・・バタリ ゙〓■●゙

ジョルジュ・メリエスの月世界旅行 他三編/映画創世期短編集 [DVD]月世界へ行く (新装版) (創元SF文庫)月世界旅行

そんなだからか、まんまとこの顔のある満月が夢に出てきて
「ほら、やっぱり見たコトがあった・・・でも何でだったっけ?」
とか、まだ目に刺さってナイ満月野郎と会話するのだが
「初めて月に着た人間が誰か知ってるか?」
なんて聞かれて咄嗟に出た答えが
「アストルフォ?!」

いやいや、フィクションだから、てか、夢だしヽ(゚∀。)ノ

☆・・・☆・・・☆

そんなんでアストルフォを思い出して
久々に『シャルルマーニュ伝説』を読もうとしたら
自分の持ってるのは講談社学術文庫版なのだが
余りの字の小ささに思わず眩暈・・・

電子書籍に慣れてしまったので
小さい字が苦痛に感じるようになってしまったのだった
早速、電子書籍化されてナイか探してみると
以下の表のような結果になった

現代教養文庫ライブラリーグーテンベルク21
Amazon Kindle上巻¥600+下巻¥600ナシ
SONY Reader Store上巻¥630+下巻¥630¥840
BookLive!上巻¥630+下巻¥630¥840
hontoナシナシ
YAHOO!ブックストア上巻¥630+下巻¥630ナシ

上下巻セットで¥1,260と全1巻で¥840となると
値段に¥420も違いがあるのだが
訳者はどちらも講談社学術文庫と同じく市場泰男で
ファイル形式も同じXMDFだったので
同じ内容ならグーテンベルク21版を買いたいのが人情だ

中身にどんな違いがあるのかサンプルを見てみたら
現代教養文庫ライブラリー版は
目次を見る限り講談社学術文庫版と同じ内容で
グーテンベルク21版はサンプルでは目次が見れなかったが
閲覧可能な途中の部分が講談社学術文庫版と全く同じだったので
とりあえず、安い方を買ってみるコトにした

シャルルマーニュ伝説(上) 中世の騎士ロマンス (現代教養文庫ライブラリー)シャルルマーニュ伝説(下) 中世の騎士ロマンス (現代教養文庫ライブラリー)

結論を言えば、値段は違えど、内容は同じだった
要するに、グーテンベルク21版がお買い得だってワケで
選択肢はSONY Reader StoreかBookLive!に絞られ
購入時点でのキャンペーンなどを加味したポイント還元率も見合わせて
今回はSONY Reader Storeで購入

ちなみに、YAHOO!ブックストアが選択肢に入らなかったのは
対応デバイスに[アプリ未対応]となってたからだが
[アプリ未対応]だとダウンロードできず
ブラウザからクラウド上の本しか読めナイので
オフラインで読むコトができナイ不便さがあるのと
万が一、YAHOO!ブックストアがなくなったとしたら
せっかく購入した本が読めなくなる可能性もなきにしもあらずなので
生涯に何度も読み返したい本を買うのには適さナイのだ

☆・・・☆・・・☆

↓↓↓『シャルルマーニュ伝説』オススメサイト↓↓↓

2号館【サガと各国神話】

毎年11/3の文化の日を挟んで2週間が読書週間だが
常日頃、隙を見ては本を読んでるような人間にとっては
むしろ意識しづらいイベントだったりする

それでも今年は3連休で呑みの予定もナイので
そこは引き籠って非日常的な読書をしようと思い立った

サテリコン [DVD]サテュリコン―古代ローマの諷刺小説 (岩波文庫)

例えば、葡萄酒と乾酪を用意して
フェリーニの『サテリコン』を観ながら(繰り返しかけながら)
ペトロニウスの『サテュリコン』を通して読むとかね♪

とはいえ、連休前後は日常生活を全うしなければなので
その間には普段だったら読まナイような本を読もうかと・・・
もちろん読む意義のナイモノを読みはしナイワケで
過去に必要性を感じて読み始めたのに途中で放棄してしまった本
換言すれば、読む意義に到達できナイままになってる本を
改めて読み直そうとゆーワケであるるる~

D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』
ギョーム・アポリネールの『一万一千本の鞭』
『青髯ジル・ド・レー―悪魔になったジャンヌ・ダルクの盟友』

自分、近代の官能小説(伝記)が苦手なのだろうか。(´д`;)ギャボ

チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

確かに、ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人(無修正版)』は
男女の性描写が吐き気を催すほどキツかったのでやめたのだがね
そしてアポリネールの『一万一千本の鞭』も『青髯ジル・ド・レー』も
凄惨な場面の連続で悪夢に魘され続けて断念したのだが
マルキ・ド・サドの著作なら読めるのはなぜだろうか。(゚д゚lll)ギャボ

とりあえず再読してみるコトにして
既に電子書籍で購入してあった『一万一千本の鞭』から読み始めた

☆・・・☆・・・☆

それにしても今更『一万一千本の鞭』なのは
アポリネールの『若きドン・ジュアンの冒険』を読んで
こっちは何も問題なく最後まで読了できたからで
むしろ表現にツボな部分が多く、愉しく読み進めたし
余りにも清々しい終わり方には感動さえした

若きドン・ジュアンの手柄ばなし (河出文庫)
BookLive!の電子書籍版(グーテンベルク21)では『若きドン・ジュアンの冒険』となってた

そもそも『若きドン・ジュアンの冒険』を読むきっかけは
ジョージ・バーナード・ショーの『人と超人』で
これでドン・ジュアン(ドン・ファン)について再考したくなって
モリエールの『ドン・ジュアン』を読み返したりしてた際に
BookLive!で検索に引っかかったのだった

アポリネールの描くドン・ジュアンの人物像は
『一万一千本の鞭』から想像するだに恐ろしかったが
ググってみるとドン・ジュアン当人の物語でなく
映画化されたモノが日本でも『蒼い衝動』として公開されてた

『蒼い衝動』なら深夜映画で観た記憶があった
うろ覚えだが少年が家庭教師と初体験、みたいなカンジで
その原作だったら読めナイレベルではなくね?

ドン・ジュアン (岩波文庫)

怖いもの見たさも手伝って電子書籍を購入して読んでみたら
先述の通り、フツーに、いや、愉快に読めたし
モリエールの軽妙な『ドン・ジュアン』と比しても
ラストは断然こっちがよかった!
(尤もモリエールの時代には当局が検閲にうるさかったので
ましてや脚本ともなると上映禁止にされるのは不味いからってコトで
あの終わり方しかやりようがなかったのかもだがね)

とにかく俄然『一万一千本の鞭』の結末が知りたくなった!!

☆・・・☆・・・☆

最初から最後まで3日かけて読了した感想は
頑張って読んだ甲斐はあった・・・バタリ ゙〓■●゙

1万1千の鞭 (河出文庫)
BookLive!の電子書籍版(角川文庫)では『一万一千本の鞭』と「本」が入ってた

とにかく主人公のプリンス・モニイ・ヴィベスクが
あらん限りの在り得ナイ非道を尽くすのだが
汚なさの点では食欲も性欲も喪失するレベルに不潔極まりなく
潔癖症の人間に読ませたら憤死するコト間違いナシ(-_-;)
残虐さの方はさすがに読み飛ばさずにはいられナイシーンもあったが
ずっと許容範囲を超えた状態だと憐憫の情も尽きてくるし
想像しナイように思考を止めてしまうスイッチも入るようになり
機械的に文面を追ってやり過ごしてしまえたヽ(゚∀。)ノ

途中から日露戦争の戦場に舞台が移動すると
戦地に娼館があって、そこにいる日本人の娼婦が境遇を語るのだが
アポリネールはまるで日本の文化に造詣が深そうに
色々織り交ぜてきて、結果的にちぐはぐになってて可笑しいし
日本軍の捕虜となったプリンス・モニイ・ヴィベスクが
処刑を言い渡されて惨殺されるラスト・シーンは
こう言っちゃあ何だがやはり清々しかった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

一切の虚飾を剥ぎ取って、恥辱の限りを与え
息の根を止めるに飽き足らず、血肉まで削ぎ落として

さあ、この骨も露わな肉塊が人間の正体だ!
どうだ、皆いずれこうなる!!

う~む、実に清々しいヽ(´▽`)/
タイトルの謎も解けて読後は爽やかな気分にさえなったが
誤解のナイように付け加えれば、決して人間の尊厳を蔑にしてるワケではナイ
断じて・・・(-人-;)

明後日(10/27)から読書週間だ

世界観をなるべく精確に構築するための知識を得たい

この想いを少しでも叶えるべく
今までも本を読んできたし、これからも読み続けるだろうが
そうして読む意義がはっきりしてるからこそ
主義に合わナイ本を読むのは時間の無駄としか思えなくて
基本的に現代作家の小説は一切読まナイ主義だ

ましてや、ファンタジーとかになると
他人が勝手に創造した異世界なんかどうでもよくて
ファンタジーと銘打たれた『ゴーメンガースト』三部作は
頼まれても絶対に読みたくナイ類のはずだったが
うっかり読んでみたら非科学的な現象は一切見当たらず
どこがファンタジーなんだかヽ(゚∀。)ノ

それにしたって読むべき何かは
少なくとも読む前には何もなかったのだが
執り憑かれたように夢中になったのは主人公に感じ入ったからだ

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そんな『ゴーメンガースト』が実写映像化されたのは
21世紀最初の年で、イギリスのBBCによるテレビシリーズだった

すぐさまキャスティングをググってみると
肝心の主役、ゴーメンガースト城の少年城主タイタスが
予想以上の美少年子役&美青年俳優で期待できたし
敵役のひたすら不気味な存在であるはずのスティアパイクを演るのが
無駄に美形なジョナサン・リース・マイヤーズだったので
余りにもイメージがかけ離れてて驚愕したものの
その意外性にも期待せずにはいられなかった

とはいえ、観る機会を得るのは困難だと思われたので
喜ぶよりも先に諦めてたがね。(´д`;)ギャボ

それが2002年になって奇跡的に日本でもDVDが発売されてみると
DVD2枚組(4時間超えw)で¥6,300とカナ~リ痛かったので
なかなかポチする勇気が出ずにいたりして。(゚д゚lll)ギャボ

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それでも最終的に購入するに至ったのは
ジョナサン・リース・マイヤーズに尽きるだろう
『マイケル・コリンズ』や『17』での端役の頃から目にしてて
『ベルベット・ゴールドマイン』のブライアン・スレイド(つか、ほぼDavid Bowie)
そして『アレキサンダー』でのカッサンドロスのジョナサンを観て
こいつはやるかもしれナイ、と思い直したからだが
その予感は的中してて、原作では敵意を抱いてたスティアパイクに
実写ではすっかり魅了されてしまったのだった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

簡単に実写版のあらすじを述べると
ゴーメンガースト城はグローン伯爵家の当主が代々治めてたが
使用人スティアパイクが権謀術数を駆使してのし上がり
城内の頂点に君臨しようとする一方で
まだ年若い当主タイタスは儀式に縛られた日常に嫌気が差し
外の世界に憧れてる始末でてんで相手にならず
それでもタイタスはスティアパイクの息の根を止めて
晴れてゴーメンガーストから外の世界へと旅立つ・・・

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原作の三部作中のちょうど2部までで終わってるが
3部でのタイタスの外の世界での体験こそが
自分にとってはこのシリーズの中で重要な部分だったりするので
初めて観た時に愕然としたのは否めナイものの
2度目にはすっかりスティアパイクに感情移入してしまって
主役がタイタスであるコトは忘却の彼方・・・
いや、こっちでは主役は完全にスティアパイクだって!

不思議なコトに通常は原作への想い入れが強いと
実写でのほんのちょっとのブレでさえも裏切られた感が湧いて
全体的にどうにも受け容れ難く感じられるのに
ビジュアル的な美しさと不気味さのマッチ・バランスとか
観念としての善悪の表裏一体、正気と狂気の共存など・・・
そんな原作に潜んでた要素が表面化したカンジで
元よりゾクゾク来るのがたまらなかったトコロがより一層誇張されて
原作の魅力がいや増したのだ!!

そもそもスティアパイクのような心底悪辣な男には
グロテスクな容貌が相応しいと誰もが(作者さえもが)思い描くが
そうとは見えナイ美貌の持ち主が自身の悪徳に対して
整然とした美しい顔を歪めてほくそえむ・・・
まるでドリアン・グレイ的退廃臭がなんとも小気味よいではナイか?!

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こんな男に騙されて徹底的に利用されて
用が済むとあっさり殺されて
死に顔を覗き見ては嘲笑される女ってのも
どうせ幸せな家族に恵まれナイとしたら
女としては案外幸せな人生かもしれナイ気がしたりしてw

だからタイタスの姉フューシャも原作で想像してたより格段に美人で
美形のスティアパイクに篭絡されそうになる危ういシーンが
ロマンティックで思わずうっとりしてしまった・・・ホゥ(*-∀-)

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尤も、原作で自分が1番うっとりしたのは
2部での夢見がちな少年タイタスと
3部での現実に戸惑う青年になりきれナイタイタスなので
どちらも納得の行く美形が演じてくれてたからこそ
いよいよ3部って場面までで終了してしまったのは惜しい(;つД`)

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特筆すべきは少年時代のタイタスの教師役に
スティーヴン・フライが出てたコトだが
彼はかつて映画『オスカー・ワイルド』に出てたな

2012年にWOWOWでジャンヌ・ダルクの映画をやってたのだが
主役がミラ・ジョボヴィッチでもイングリッド・バーグマンでもなく
原作はジョージ・バーナード・ショーだった

ジャンヌ・ダルクは100年戦争の時代に実在してはいるようだが
天の声(※)を聴いたとか、オルレアン解放軍に女の身で参加したとか
非現実的な所業がどうにも信じ難い人物だ
結果として、オルレアンは英国軍から解放され
勝利に対するジャンヌの貢献度はともかく
異装の(男装してた)ジャンヌは異端審問で火炙りにされてて
それがなぜか500年以上も経って、近代に至ってから聖人になってて
その辺りの事情もまた胡散臭いのだが
フランス人は元よりヨーロピアンには英雄視されてたりするし
カトリック教徒は聖人の一人として受け容れてる
天の声の主は聖人で、オルレアン包囲の際には大天使ミカエルの声を聴いたそうだ

でもバーナード・ショーの戯曲『聖女ジョウン(原題:Saint Joan)』では
イギリスで上演されるべく書かれたモノだからか
ジャンヌは英雄としても聖人としても扱われておらず
刑死後、魂が天国に行けずに彷徨い続けてて、化けて出てるヽ(゚∀。)ノ

そんなジャンヌの最後の科白は神への祈りだったのだが

早く天国へ導いてください(-人-;)

とキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

ショーらしい皮肉が効いてて
一緒に観てたとーちゃんと大爆笑しながら画面に大喝采を送った

☆・・・☆・・・☆

自分は頽廃に憧憬を抱く反社会的な勤労庶民なので
大衆に媚びてるだけの娯楽作品が大嫌いで
とりわけハッピーエンドの男女のロマンスには
若い時は虫唾が走ったり吐き気を催したりするほどだったが
ショーの描く世界観にはそういう嫌悪感を覚える部分がまるでなく
そこに真実が見えて、魂の奥底から感銘を受けるのだ

だから映画『マイ・フェア・レディ』は忌々しく感じるるる~チッ( -∀-)、
自分にはシンデレラ・ストーリー自体が苦々しいのだが
ショーの戯曲『ピグマリオン』が原作なのに
作品を通して掲げられたテーマが完全に損なわれてしまってるからだ

『ピグマリオン』はギリシア・ローマ神話由来のラテン文学で
オウィディウスの『変身物語』の挿話『ピュグマリオン』が元ネタだ

主人公ピュグマリオンが自身で作った女性の彫像に惚れてしまい
その切なく苦しい胸の内をあわれに思った女神に
命を吹き込んでもらって想いを叶える、とゆー物語で
Barbieに恋し続けてる自分にはピュグマリオンの気持ちがよくわかるし
実際にBarbieそっくりの人間に巡り合うと
女神に感謝しつつ、その人をこよなく愛してしまってたヽ(゚∀。)ノ

『ピュグマリオン』はリア充には決して共感されナイ物語で
絶対に愛してくれナイ女を切望するピュグマリオンに嘲笑しながら
きっとこんな風に諭すのだろう

現実を見据えて人間の女と愛し合えば゚+.(・∀・)゚+.゚イイのに?!

他人に言われずともピュグマリオンも自分もわかってるが
それでも愛せずにいられナイのだよ。・゚・(ノД`)・゚・。

でも愛するってのが無償で相手を想う気持ちだとしたら
相手からのお返しを同じだけ望むのはむしろ本トに愛してるのかね?

☆・・・☆・・・☆

ショーの『ピグマリオン』の場合はもっとヲタ度が高く
ピグマリオン=ヒギンズは英語の発音における音声学者であり
彼が求めてたのは単なる理想の女性などではナイ
洗練された英語を話す女性、しかもそれを矯正できた自身に悦に入ってて
その女性には生き証人としての価値しか求めてナイ
ヒギンズがイライザ自身にはまるで興味がナイのは明白だ。(゚д゚lll)ギャボ

イライザも育ちが悪いながらも愚劣な女性ではなかったので
そんなヒギンズのヲタ魂の萌えに気づいてただろうから
純粋にイライザ自身を愛してくれるフレディを享受するのは然りだ
ショーの『ピグマリオン』でははっきりと結末は描かれてナイが
イライザがフレディの気持ちを無碍にできるとは思えナイし
ましてやそこでヒギンズを選ぶはずがナイ。(´д`;)ギャボ

ヒギンズとイライザが結婚してハッピーエンドの物語なら
タイトルを『ピグマリオン』にする意味はなく
ブロードウェイで意義を失ってしまったからこその
『マイ・フェア・レディ』へのタイトル差し替えなのかもしれナイなw

☆・・・☆・・・☆

そして世の中の流れはいつも商業主義に味方するので
主役が日本人の大好きなオードリー・ヘプバーンなのもあり
映画『マイ・フェア・レディ』ときたら
しつこいくらい年中、テレビで放映されてるのだが
それに比してショーの戯曲『ピグマリオン』を新刊で購入するのは
日本では少なくともこの10年ほどは困難だった

同じように冒頭に挙げた映画『聖女ジャンヌ・ダーク(原題:Saint Joan)』
ショーの脚色に忠実なこの作品だけが日本ではDVD化されず
原作の戯曲『聖女ジョウン』を新刊で購入するのも
『ピグマリオン』と同様、邦訳を読むコトが適わなかった

今世紀になって何よりも後悔してるのは
ショーの著作を若い内に買い集めておかなかったコトだ(;つД`)
『聖女ジョウン』でその後悔は募るばかりだったが
諦めつつもググってみると書物復権2012の復刊リストに
なななんと『バーナード・ショー名作集』があった・・・バタリ ゙〓■●゙

バーナード・ショー名作集

しかも『聖女ジョウン』も『ピグマリオン』も収録されてたので
早速購入して2作とも一気読みした・・・生きてて良かった。・゚・(ノД`)・゚・。

ちなみに『ピグマリオン』の序文には次のようにあった

(前略)ロマンスのヒロインになれたからというだけで、すぐさまロマンスの主人公と結婚したにちがいないということにはなるまい。こういう考え方には我慢がならない。せっかくのドラマもこういう得手勝手な判断にあっては、こわされてしまう。

モーパッサンの短編『水の上』の導入部では
主人公の(恐らくモーパッサン自身の)川への想いが炸裂してるが
せいぜい公園に流れる半ば人工的な小川と皇居のお堀しか知らナイ自分でも
水辺には深い想い入れがある、と改めて自覚させられた

それくらい故郷の水辺は誰にでも郷愁を抱かせるワケだが
ましてや世界に名だたるような川が流れてるなら尚更なのだろうから
モーパッサンがセーヌに恋するのは尤もな気がするるる~

自身の記憶にはなくとも総ての生命は海由来なので
始原的な心象風景としてDNAに刷り込まれてるのだろうか。(゚д゚lll)ギャボ

実際にほんの1日か2日東京を離れて帰ってきた際には
何よりもお堀を目にするとほっとするので
地下鉄で帰りたくなくてJRで車中からでもお堀を見ながら帰宅するが
たまに衝動に駆られてお堀沿いを1時間ほど歩いて帰ったりもした

昔からよくお堀に沿って土手縁を散歩してたが
水辺には自然があり、季節によって様々な動植物と出合えるので
例えばトンボを目にしては『とんぼのめがね』を歌うなんてのが楽しかった

さすがに大きな声では歌わなくなったが
白鳥に出会えばサン・サーンスの『白鳥』が脳内には流れるので
鼻歌交じりでバレエの『瀕死の白鳥』を想い起こしながら
うっかりひらひらと踊りながら歩いてたりもする

瀕死の白鳥/アンナ・パヴロヴァを讃えて

しかもこれが近年ではトロックス(※)しか観てナイので
バラバラと羽根を撒き散らしながらユーモラスに舞うサマを想起して
思わず吹き出してしまったりしてw
トロカデロ・デ・モンテカルロ・バレエ団

ボート場に人影が見当たらナイ時間帯には
STYXの『Boat on the River』を口ずさむ・・・ってやっぱ歌ってるるる~
LINK:ボート・オン・ザ・リバー(Boat On The River) - STYX

この曲を書いたTommy Shawはアラバマ州の出身だが
『Boat on the River』にあるような川が実際に付近を流れてたそうだ
でも河川の名をはっきり口にしてナイので
モービル川とかアラバマ川のような大河ではなさそうだが
だからこそこの曲の哀愁が漂うようなひっそりとした光景なのだろう

隣接するミシシッピ州の名は原住民の部族語で「大きな河」を意味してるが
その名の通りの大きな河、ミシシッピ川が流れてるるる~
ミシシッピ川の全長は5,971kmで本流(ミズーリ川を除く)部分だけでも3,779km
日本列島の全長がおよそ3,000kmだからスケールの違いがわかろう

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そんな大河に寄せるマーク・トウェインの想いが
『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』に
瑞々しい少年の感性の中に溢れんばかりに表現されてて
読む度に心の中の宝石箱を開けるような愉しみを味わえるのだ(*^^*)

マイ・フレンド・フォーエバー [DVD]

若くして亡くなった映画俳優のブラッド・レンフロは
3作目で『トム・ソーヤーの大冒険(原題:Tom and Hack)』の
ハックルベリー・フィンの役を演じたのだが
2作目の『マイ・フレンド・フォーエバー』でも川を下るシーンがあり
自分はそこで既にハックルベリー・フィンを見出してたので
観る前からハマり役だと確信してた!
これが何度観ても゚+.(・∀・)゚+.゚イイ映画なのだがやっとDVD化された!!

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その後『ハックフィンの大冒険(原題:The Adventures Of Huck Finn)』では
イライジャ・ウッドがハックルベリー・フィンをやったが
どうもイライジャのピュアな愛らしさが憐憫の情をそそってしまい
トムの方が俄然悪びれて見えるので調子が狂うのだった。(´д`;)ギャボ

☆・・・☆・・・☆

Tommy Shawは動物をたくさん飼いながら暮らしてたらしく
とりわけ『Sing for the Day』で歌われてるHannaなる女性が
人間ではなく犬だった、とインタビューにあったり
「小鳥の餌やり機」なるモノで近所中の小鳥に餌をやってた、とか
知れば知るほど総てのエピソードに心打たれまくりで
ミュージシャンとして以上に人として実に好ましい・・・ホゥ(*-∀-)

ユゴーと言えば日本では『レ・ミゼラブル(ああ無情)』だが
昨年は出版150周年に当たり、これを記念してイギリスで映画化されて
日本でも年末に公開された

過去にジャン・ヴァルジャンを演じた俳優として思いつくのが
ジャン・ギャバン、ジェラール・ドパルデュー、リーアム・ニーソンなので
既に最低でも3度は映画化されてるはずなのだが
どうやらリメイクとか小説からの直接的な映画化ってより
80年代からロングランのミュージカルの映画化だそう

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自分はミュージカルでは観たコトナイのでなんとも微妙だが
とりあえず近年は観たい映画が日本公開スルーばかりだったので
観れる確証があればもうそれだけでありがたかった・・・
まあ、結局は観に行けなかったのだが(苦笑)

日本未公開と言えば、どうして外されたのか不思議なのは
オスカー・ワイルド原作の『Dorian Gray』と
モーパッサン原作の『Bel Ami』だ
主役がイケメン、つか、正統派の超絶美形だったのだから
上手いコト煽れば日本でもウケると思うのに・・・
どうもブサメンとかキモメンを
強引にイケメンと称して押し通すために
チョンが裏で妨害してるような気がしてならナイのだがねp(-_-+)q
『Dorian Gray』も『Bel Ami』もDVDが日本発売されたのでゲト♪

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いかん、話が逸れた、いや、逸れてナイ、どっちだヽ(゚∀。)ノ

ユゴーはドリアンやベラミほどの優男ではなかったかもしれナイが
彼らに匹敵するか、それ以上に女には不自由してなかった
てか、むしろモテ過ぎて不自由してたかもだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

人間なのだから欠点があるのは当たり前で
それが女癖の悪さなら、自分の男でナイ限りは1番許せる欠点かとw

とはいえ、元女優で秘書兼愛人のジュリエットが50年間も
ユゴーの愛人だった、ユゴーだけの愛人だった、ユゴーの愛人でしかなかった
てのは、社会的にも生物学的にもどうなのかね。(´д`;)ギャボ
ましてやユゴーの方はまず正式な婚姻関係の妻がいたのだし
他にも肉体関係を持つ女が数え切れナイほどいたのだ。(゚д゚lll)ギャボ

そんなユゴーが道義的な『レ・ミゼラブル』のような作品を書き
その中でこんな感動的な一節をほざくのだwww

海洋よりも壮大なる光景、それは天空である。天空よりも壮大なる光景、それは実に人の魂の内奥である。(※)

心清き人の哀しき魂は河川を流れて海へ辿り着き
一旦は波間を漂いながらも最後には大海の深淵に沈み行くのだろう
しかし水底から解き放たれて空へと飛翔してみれば
気がついたら魂の内奥に帰着してた・・・なんて。・゚・(ノД`)・゚・。
訳は青空文庫にある読み易い豊島与志雄訳で岩波文庫『レ・ミゼラブル』【1~4】の【1】より

『レ・ミゼラブル』は上記以外にも海や空を殊更比喩に用いてるが
同じ時期(晩年)に書かれた詩集にもこの傾向は強く見られ
とりわけ最晩年の『諸世紀の伝説』(※)における空の表現は秀逸で
「サテュロス(原題:Le Satyre)」では天空を越えて
宇宙へまでも達してるるる~
第一集が1859年、第二集が1877年、第三集が1883年に出版されてるが、1883年には人類史の年代順に再編纂された決定版も出た

「サテュロス」は『諸世紀の伝説』の中で
「16世紀、ルネッサンス、異教」の時代に位置づけられており
訳者の解題を引用すれば

この詩は、『諸世紀の伝説』のすべてのテーマが描かれている「凝縮された鏡」なのである。すなわち『諸世紀の伝説』という大宇宙(マクロコスム)に対して、「サチュロス」は小宇宙(ミクロコスム)なのである。

またこの詩の構成はプロローグに始まり
第1部 青、第2部 黒、第3部 暗色、第4部 星空
として、1日の空の移り変わりになってて
最後の星空においてはサテュロスは牧神パンとなり

牧神は叫んだ。
「未来は 天空が作るように
底なしの無限のなかへ拡大すること
あらゆる方向から事物に浸(し)み込む精神だ!
世界よ 悪はすべて神々の形に由来する。
(中略)
燃えるかそれとも流れる 聖なる元素に代われ!
宇宙の輝きに代われ!
国王とは戦争 神は夜。
(後略)」

プルタルコスの『モラリア』【5】「神託の衰微について」には
「大いなるパーンは死せり!」との天の声を聞いた船乗りの逸話があり
これが誤ったまま伝わってキリスト教徒に寓意を纏わされて
更なる誤謬を携えながら近代まで信じ込まれてきたが
ユゴーはこれを前提として
ルネサンス期に他の神々と共に蘇った牧神パンに
人類が理想とすべきユマニスム(ヒューマニズム)が尊重される社会を
未来にあるべき姿として叫ばせているのだ!

残念なコトに21世紀の今もユゴーの時代から全く進歩がナイがね(゚*゚;)
人類は滅び行くまでこのままだろうてヽ(゚∀。)ノ

とにかく自分は晩年のユゴーを読んでると
海から空へ、そして宇宙への航海が
STYXの名曲『Come Sail Away』を想い起こさせる・・・ホゥ(*-∀-)

☆追記...
ユゴーは自身の死後に未刊の作品を集めた詩集を
『大洋(原題:Océan)』と冠して刊行するよう息子らに遺言してた