白百合

白い花と言えば、真っ先に思い浮かぶのは百合だが
日本に自生の白百合となるとテッポウユリ(鉄砲百合)で
学名はLilium longiflorum

テッポウユリ
(上野不忍池付近で7月下旬に撮影)

テッポウユリは花冠筒(花弁の根元の筒部分)が長細くて
横から見ると鉄砲のような形状なのでその名がついたのだろう
ササユリ(笹百合)との比較スケッチがわかりやすい

ササユリとテッポウユリ

ササユリはその名の通り葉が笹に似てるが
学名がLilium japonicumでまさしく日本原産だ

稀に白百合(アルビノ)も存在するが
花弁が淡いピンク色で花粉は赤褐色がデフォなので
ササユリの原産地である四国・九州辺りでは
もしかしたら百合のイメージはピンクなのかもしれナイ?!

いや、鹿の子百合とか・・・

鬼百合とか・・・

山百合だってベースは白だけど
毒々しいほどの斑点模様があるるる~

百合が白いってイメージを植えつけられたのは
自分の場合は間違いなくキリスト教の受胎告知図だろうて

マリアが神の子を宿したコトを
大天使ガブリエルが告げに来る際に手にしてるのが
純潔の証しの白百合なのだよ
以下のガブリエル画像コレクションを参照してくれたまえw

バプテスマのヨハネ / 大天使 / 大天使ガブリエルとの出会い

ところでこれはダヴィンチの描いた百合のデッサンで
彼の潔癖なまでの精密さからしたら
現物と寸分違わずに描かれてるのだと断言できるが
自分には一見して百合の花と断定しづらい

いかんせん、葉が日本の百合にはナイ形で
花弁も短かめで巻きが甘いカンジ?
これはwikiの日本語版にはなかったが他言語版ではあった

英語でMadonna Lily、学名はLilium candidumで、和名はニワシロユリだ
このwikiページには数枚の写真がアップされてるが
その中の1枚のキャプションにShoshan(ショーシャーン)とあった!
ショーシャーンとかシューシャーンてのは
ヘブライ語で百合の意だ(と、『聖書植物大辞典』、『聖書象徴事典』にあった)!!

聖書植物大事典聖書象徴事典

なぜ覚えてたのかと言えば
古代ペルシアの都スーサもヘブライ語ではシューシャーンとなり
語源が百合と同じだとされてるからだが
このスサの王が『古事記』に出てくる「スサノオ」で
スサノオの別名スメラミコトは「スメラ(シュメール)の神」で
日本人のルーツが実は・・・って話に繋がるるる~

と、話が逸れた、白百合のルーツだったw
小石川後楽園の庭内のそこかしこに咲いてる白百合が
台湾固有種のタカサゴユリ(高砂百合)と知って驚愕したのは数年前のコトだ

タカサゴユリ
(小石川後楽園で8月中旬に撮影)

それとゆーのも小学生の頃に図鑑でテッポウユリとの違いを調べたら
タカサゴユリには花冠筒に薄紅色の筋が入ってる、とあったので
筋がナイ=テッポウユリ、と固く信じてたのだった(-_-;)

これがアルビノだったりで筋はなくとも
葉の形状(細い葉)でタカサゴユリであるのは明らかだったのだ。(´д`;)ギャボ
ちなみに学名はLilium formosanum

タカサゴユリ
(都市センターホテルで8月上旬に撮影)

そうと知って以来、よく注意して見てみれば
都心で見かける白百合は殆どがタカサゴユリなのだった。(゚д゚lll)ギャボ

タカサゴユリ
タカサゴユリ
タカサゴユリ

トヨタマとシラタマ(ウミサチ・ヤマサチ)

妻のトヨタマビメに「白玉(シラタマ)のよう」と詠われたホオリノミコトが
どれほどの美形だったのかは興味がある(*^^*)

白玉とは真珠で真珠と言えば貝から作られる宝石

真珠をつくる (ベルソーブックス)真珠 (NHK美の壼)真珠の博物誌

トヨタマは海の神であるワタツミノカミの娘で
真珠は海の住人からしたら最も美しく尊い宝石だったのだろう
つまり「白玉のよう」とはトヨタマの知るトコロの最高峰の美への賛辞なのだった

そもそもトヨタマはホオリに一目惚れとかそんなまどろっこしいモノではなく
会った瞬間に堪えきれずに押し倒してすぐさまSEXしてるるる~
しかもそうして2人がコトに至るまでのトヨタマの侍女の行動からも
ホオリがたいそうな美形であったと考察できるのだ

なんせこの侍女はトヨタマの命で水を汲みにやってきて
井戸の中に【光るモノ】を見つけるのだ!
そして水面に映ったその【光るモノ】の正体を仰ぎ見ると
桂の木の上にホオリが座ってたのだ!!

実際はホオリが光ってたのではなく木洩れ日なのだろうが
木洩れ日を携えてる=逆光ながらも
燦然と光り輝くような美貌を認めたので侍女は仰ぎ見ずにはいられなかったワケだ

そうして侍女は目のあたりにしたホオリの美しさに我を忘れるほど陶酔しつつも
疑問が脳裏を掠める・・・なぜここにこんな男がいるのだろう?

海の国は海を渡ってしか行けナイ閉鎖的な場所なので
そこを統治するワタツミノカミの娘の侍女が見知らぬ男などいようはずもなく
ましてや並外れた美男なら尚のコト
誰にも知られずに佇んでるとは不自然極まりナイ

侍女はそんな不可思議さも相俟って
呆然とホオリに見とれるコトしかできナイでいたに違いナイが
そんな侍女の心中を見透かすようにホオリが声をかけてきた
「水が欲しい」

我に返った侍女・・・
いや、平常心を取り戻そうとしながらも動転したままの侍女は
持ってた水瓶に水を汲んでホオリに差し上げたが
ホオリはこれを飲もうとはせずに
首に巻いてた玉を外して口に含んでから水瓶の中に吐き出した

このホオリの不審な行動の解釈はかなり難解だが
話を遡ればホオリが海の国に来たのは無理難題を解決する知恵を授かるためで
それにはホオリに味方するシオツチノカミに言われた通り
桂の木の上に座ってるしかなかったし
そこにどんなに得体の知れないモノが現れても
そいつにすがるしかなかったのだが
現れたのはトヨタマの侍女だった

とはいえホオリには誰なのかはわからなかったので
とにもかくにもまずは声をかけたのだろうが
井戸端で水瓶を持った女に「水が欲しい」とは何のひねりもなさ過ぎw

このホオリの無骨ブリは
童貞でまるで女慣れしてナイか
逆にワザとぎこちなく装って気を惹こうと画策できるほど女に長けてるか
どちらかだろうと予測できるが
これはそのルックスに見合わナイ前者が正解だろう

日本の神話〈第6巻〉うみさち やまさち

なんせホオリはヤマサチビコ(山佐知毘古)との別名の通りに
これまで明けても暮れても山に篭って狩猟をしてたので間違いなく女っ気ゼロだ

もうひとつの日向神話―その後の「海幸・山幸」物語 (みやざき文庫 49)

そしてホオリの兄ホデリノミコトもウミサチビコ(海佐知毘古)として
やはり日々漁撈に明け暮れてたのだが
ある時何を思ったかホオリは狩猟でなく釣りをしようと思い立つ

ホオリは兄ホデリの所有する釣針ウミサチを借りて釣りをしたが
結局一匹も釣れず仕舞いで
あろうコトかウミサチを海中に落として紛失。(゚д゚lll)ギャボ

ホオリは申し訳なく思ってホデリに代用品を献上するのだが
ウミサチを返せ、の一点張りで
困り果てたホオリはシオツチノカミの導きで
問題解決の力になってもらおうとワタツミノカミの元へやってきたのだった

このホデリの執拗な責任追及の裏には
困惑するホオリの姿に嬉々とするホデリの嫉妬心が垣間見られる
何度もその美しさが称賛されるホオリに比べて
その容貌に記述がナイホデリは特筆すべきブ男でナイとしても
稀有な美貌を誇るホオリと比較されたら居た堪れなかっただろうから
元よりホデリは一方的にホオリに憎悪を抱いてたのでは?

話を元に戻すと
ワタツミの国までやってきたホオリが最初に会ったのはトヨタマの侍女で
ホオリは侍女を不器用にナンパ(?)するが
侍女の方も更にぎこちなくも言われた通りのリアクションだったw

想像するに侍女は水を汲みながら頬を紅潮させ
水瓶を持つ手も自らの動悸で震えてて
ようやく差し出した水瓶には水が入ってなかったりしてヽ(゚∀。)ノ

「水が欲しい」と声をかけて出された水瓶が空。(゚д゚lll)ギャボ

だとするとホオリとしては
首に巻いてた玉を外して口に含んでから水瓶の中に吐き出すしかなかったのか?
ってコトはナイだろう、この件はどう考えても意味がわからナイ・・・
しかもホオリが吐き出した玉は水瓶にくっついて取れなくなってしまい
侍女はこの玉がくっついたままの水瓶をトヨタマに差し出す

トヨタマがその怪しい玉の所以を侍女に問い質すと一部始終を説明したが
一部始終ったってほんの数分の出来事だったに違いナイし
ホオリがハンサムでなかったら報告するまでもナイコトだっただろうが
2人の女にとっては謎のイケメンの出現は一大事だった!
そうとわかるのは侍女の失礼極まりナイ発言とそれに対するトヨタマの行動だ!!

「お父様(ワタツミノカミ)よりも尊い風貌」ですと。(´д`;)ギャボ

フツーは国の統治者の娘の立場からしたら
当の統治者である父親に対して侍女がこんな発言したら憤慨して然るべきだが
大慌てでどれほどのモノか確認に行くトヨタマだった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして先述の「会った瞬間に堪えきれずに押し倒してすぐさまSEX」に至るのだが
そちらに長けたトヨタマにとって童貞のホオリなぞ赤子の手を捻るが如くで
男なんて挿入させてしまえばこっちのモノ、とほくそ笑むトヨタマと
知恵を授かりたいがため、とゆー建前以上に本能的に無抵抗で押し倒されるホオリが
目に浮かぶわ・・・ヽ(゚∀。)ノ

トヨタマはホオリをこのまま手元に置きたいと思い
とりあえず何事もなかったように身支度を整えてホオリの乱れも丁寧に直し
家に入って(ってコトはアオカンだったのか?!)父親にまるで他人事のようにのたまう
「美しく立派な男が訪ねて来ております」

ワタツミはさすが神様だけあってか
男がアマテラス直系のソラツヒコ(ホオリノミコトの別名)であると知ってて
ご馳走と共に娘のトヨタマも差し上げてホオリをもてなしたw
そして3年間もてなしは続いたwww

当初の目的はどうなってんだ、ホオリ・・・(゚Д゚+)ゴルァ!!

こうしてワタツミは首尾よく娘をホオリの妃にした(実はトヨタマの実力だがw)
たまたま訪れた皇子がその家の娘を見初めて交わるのはありだが
たいてい一夜限りと相場が決まってるので
3年もの間、ホオリに目的を忘れさせるほどの性戯を施し続け
その後580年もの間、ホオリは生涯トヨタマ以外に妻を娶るコトがなかったのだから
トヨタマはよほどの性豪だったのだろうと感心するるる~

さて3年後から順を追って話を進めると
3年経ってホオリはようやく目的を思い出しワタツミの国に来た理由を明かすと
ワタツミはさすが海の神だけに水底のウミサチの所在はすぐに判明した
ウミサチを取り戻すコトができたホオリはホデリにウミサチを返しに行くが
この時ワタツミはホオリに知恵と2つの玉を授けて鮫に乗せて送らせた

ホオリがホデリにウミサチを返してワタツミに言われた通りにしてから3年が経つと
ホデリは貧乏になって逆恨みをしてホオリを攻めて来た
ホオリはワタツミからもらったシオミツ玉によってホデリを溺れさせて
ホデリが助けを求めてきたら今度はシオフル玉で水を引かせて救ってやったので
これでホデリはホオリに降参して地面に頭をつけて忠誠を誓った

ホデリのホオリに対する敵対心は自らの生活苦を逆恨みしてしまうあたりにも出てるが
それに乗じて攻め込んでくるとは尋常ではナイ・・・((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

血を分けた兄弟で皇位を争って殺し合うのは珍しくナイがそれだけではナイだろう
恵まれた容姿はそれだけで他人には愛でられ賞賛されるが
それ故に肉親の妬みを買うコトもあるのだ

それにしてもホデリとホオリの間には
産まれた時の記述しかナイがもう1人ホスセリとゆー名の兄弟がいるはずで
この3人兄弟は父親に認知されナイまま産まれてるのは先述の通りだ
それでも天孫ニニギには他に子がいなかったので
この兄弟だけが皇位(?)継承者だった

天孫降臨の夢―藤原不比等のプロジェクト (NHKブックス)

この先は勝手な解釈だが
仮にも皇太子であるホオリとホデリがなぜ狩猟と漁撈に明け暮れてたのかは
まさかそれで生計を立ててたワケでもなく趣味として興じてて
2人の争いのきっかけになった釣針ウミサチ然り、両者それぞれに良い道具を持ってて
それによって大量の獲物を得るコトを愉しんでたのではナイだろうか?

一方ワタツミはそうしてウミサチによって魚が乱獲される状況を見逃すワケにいかず
魚を総て呼び寄せて隠しておいてウミサチをも盗って隠した・・・
それが偶然にもホオリがウミサチを借りて釣りをしてた日だったとしたらどうだろう?
ホオリ側(地上)もワタツミ側(海中)も事情を知ってるシオツチノカミが
ホオリの味方をしてかもしかしたら先にワタツミに話を付けといて逆に頼まれてか
ワタツミの国へ行くようにホオリに指示した・・・?!

ワタツミは海に君臨してたが地上の国と姻戚を結びたかったかあるいは娘かわいさでか
ともかく地上の国の皇子ほど娘の婿に相応しい相手は望めナイ、とホオリを見初めてたかもしれナイ
いずれにしろワタツミは地上の国の皇子であるホオリには好意的だったが
その兄の同じく地上の国の皇子であるホデリには敵対心を持ってた
ホデリがウミサチビコであり自らが海を司どっていたから・・・なんとも理に適ってるるる~

さてホオリがホデリを服従させた頃
既に身籠っていて産み月に差し掛かったトヨタマが子供を認知してもらおうと
ワタツミの国からホオリのいる高千穂の宮までやってきた
ホオリは誰かさんと違ってトヨタマを快く迎え入れていよいよ子供が産まれるとゆー時
トヨタマはホオリにこんなお願いをした
「産んでる姿を決して見ナイで」

鶴の恩返しでもあったがダンナに見られたくナイ姿は本来の姿なのだ
しかし禁じられると余計に禁を破りたくなる人の性で
見てしまった・・・(゚*゚;)

トヨタマの本来の姿はさすが海の神の娘と言おうか
鮫・・・バタリ ゙〓■●゙

鶴でも驚くが大きな鮫が腹這いになってのた打ち回ってたら逃げたくなるのは仕方ナイ
トヨタマは人の姿の時は大胆不敵な女だが鮫の姿の時は恥らう乙女のようで
恥ずかしさに耐えかねて産んだ子供を置いてワタツミの国に帰って
しかも坂を塞いで通れなくしてしまい以来2度とホオリに会うコトはなかった・・・

それでもホオリのコトが忘れられずに妹のタマヨリビメに歌を託して遣わした

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の君が装し 貴くありけり

玉は宝石のコトで赤いとなるとこの時代だからルビーやガーネットではなく
恐らく古くから印材にも使われてた鶏血石あたりかと思われる
それが緒さえも光る、つまり玉を繋げてる糸さえも赤く光って見えるくらいに美しいが
真珠のようなあなたの姿ほど尊い美しさはありません
ってなカンジか?
「白玉の(ような)君が装し」とは身に着けてるからこそ(赤玉は)尊いのです
なのかな~?

どう解釈するにしてもホオリに対して最上級の美の形容として
【シラタマ】とゆー言葉を使ってるのは間違いナイ

ホオリはこれに対して「あなたと寝たコトは一生忘れナイ」と返歌して
新たに妻を娶らずに580年を過ごした・・・
のか、天皇家の系譜に関係ナイから記述がナイだけか?

付け加えるとこの歌のやり取りに遣わされたタマヨリは
ホオリとトヨタマの一粒種の皇子を育ててのちにこの皇子の妻になり4人の子供を産む
皇子からしたらタマヨリは叔母に当たるワケだ
いや、それよりもトヨタマの姉妹とゆーコトはタマヨリも鮫のはずで
皇子自身が鮫とのハーフなんだから4人の子供は鮫とのクォーター・・・しかも1/4の方が人!
そしてこの3/4が鮫とゆー4人の子供の中で末の皇子こそが誰あろう神武天皇である!!

天皇家って・・・Σ(゚д゚lll)ガーン

更に深読みすると総てがワタツミの策略だったのだろうか・・・?!

天孫降臨

アメニキシクニキシアマツヒコヒコホノニニギノミコト・・・長―――っw
略してニニギ
このニニギはホデリ・ホスセリ・ホオリ兄弟の父親でアマテラスの孫に当たる

マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト・・・長―――っw
略してアメノオシホミミ、って略しても長いってば・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
このアメノオシホミミはニニギの父親でアマテラスの子に当たる

天孫降臨/日本古代史の闇―神武の驚くべき正体 (5次元文庫)天孫降臨の謎―『日本書紀』が封印した真実の歴史 (PHP文庫)神楽酒造 天孫降臨 芋25゜720ml陶器ボトル

遡って母アマテラスの出生からして人類とゆー生物と比較したら尋常ではナイが
アメノオシホミミも然りでアマテラスがお腹を痛めて産んだワケではもちろんなくて
アマテラスの左の角髪(ミズラ)に巻いてた玉から産まれたのだった
しかもこの玉を噛んで吹き出した息吹から産まれてるのだが
噛んで吹き出したのは誰あろうスサノオで
つまり姉アマテラスと弟スサノオの皇子なんであるるる~

ある時このアメノオシホミミが
アマテラスとタカギノカミの命で
地上の葦原中国(アシハラノナカツクニ)を治めるために
天上の高天原(タカマガハラ)から降りるコトになったのだが
その時ちょうどアメノオシホミミに次男のニニギが産まれた(※)ので
自らの代わりにニニギを遣わした
タカギノカミの娘のヨロズハタトヨアキツシヒメノミコトとの間の子

ニニギは葦原中国に降りて高千穂の峰に居を構えたが
この高千穂の宮のそばにある笠沙の岬でニニギは美しい女に出会う

眠れないほど面白い『古事記』: 愛と野望、エロスが渦巻く壮大な物語 (王様文庫)

女はオオヤマツミノカミの娘コノハナノサクヤビメで
そんなコトはさておき、サクヤと交わろうとしたニニギだったが
ちゃんと父親の許しを請うよう、サクヤに促されて
仕方なく(?)オオヤマツミノカミにサクヤとの結婚を約束すると
これをたいそう喜んだ父親はサクヤだけでなく姉のイワナガヒメも添えて
たくさんの食糧と共に早速ニニギの元に送りつけた

ところがニニギは姉のイワナガがブスだったので気に入らず
イワナガだけ送り返した。(゚д゚lll)ギャボ

オオヤマツミノカミとニニギは険悪になり
煽りを食らったサクヤも一夜の契りを交わしただけで捨て置かれてしまう
(てか、ニニギは最初からヤリ逃げするつもりだったろうがw)

これでニニギの子を宿してたサクヤは
産み月が迫るとニニギの元へ認知を求めてやってきたが
男にしてみると最中は一夜の愉しみで済んでしまえば一夜の過ち

妊娠の事実を突きつけられるとニニギは逃げ腰になりシラを切る
挙句「俺の子でなく他のヤツの子だろ?!」
自らの不埒さを棚に上げては女に罪を擦り付けて責任逃ればかり・・・
かくも男とは神代から責任の追及をすれば逆ギレするモノなのだ。(´д`;)ギャボ

そんなニニギにか男ってモノにか愛想を尽かしたサクヤは
アテツケのような凄い出産を行う

入口のない宮を構え、中から周囲を土で塗りこめ、宮に火を放ち
ホデリノミコト(火照命)、ホスセリノミコト(火須勢理命)、ホオリノミコト(火遠理命)と
3人の皇子を燃え盛る炎の中で産んだのだった

で、この悪い男の見本みたいなニニギがうちの氏神様なんですと~ヽ(゚∀。)ノ

イワナガとサクヤの姉妹はその名の通りの容貌で
イワナガは岩のように頑健であり
サクヤは咲き誇る花の如く艶やかだったので
ニニギは若い男らしく肉欲に忠実にサクヤだけを欲した

確かに艶やかな美女は若い男の肉欲を刺激するだろうが
愛情を育む前に一夜を過ごして男の征服欲を満たしてしまえば
どんな美女とてやはりお払い箱なのだ。(゚д゚lll)ギャボ

とゆー美女の悲哀のお手本がサクヤなのであるるる~

それに比して岩のような頑健さはナチュラルな美しさであり
健やかであるコトは人間にとって何よりの宝だ
しかしニニギは健康になぞありがたみを感じられナイほど
若く壮健でましてや神なのだった・・・ヽ(゚∀。)ノ

ところでイワナガとサクヤの他にコノハナチルビメとゆーヒメもいて
スサノオの息子ヤシマジヌミノカミと結婚したが
あのオオクニヌシノミコトはこの家系(※)なのである
スサノオから6~7代目とかその辺は定かではナイが・・・

唐突だがイワナガヒメ=コノハナチルビメではナイだろうか?
だとしたら悪い男には引っかからずに
幸せな結婚ができたのはイワナガの方だったりして?!

ちなみにこの天孫ニニギが降臨の際に持ってきたのが三種の神器で
八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、八咫鏡(ヤタノカガミ)、
クサナギノツルギとも称される天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)だ

平の将門 (吉川英治歴史時代文庫 (46))

それにしてもニニギは築土神社の主祭神であるが
この神社は平将門所縁で日本武道館の氏神でもあるコトから
戦の神であるような印象を受ける(天叢雲剣もそれに一役買ってる)が
実は農耕の神なのである・・・(゚ ゚;)

種蒔き本能から由来してるのだろうかw

スサノオ

天の岩屋戸の前でアメノウズメノミコトがストリップ・ショーをやったコトで
高天原に集まった神々のテンションは最高潮に達し
この盛り上がりを不審に思った天の岩屋戸に引き籠ってたアマテラスオオミカミは
岩屋の戸を少し開けてしまい結局岩屋戸を出るに至ったワケだ

古事記 (学研M文庫)古事記・日本書紀を歩く―神話と伝説の世界を訪ねて (楽学ブックス―文学歴史)とんでもなく面白い『古事記』 (PHP文庫)

尤もアマテラスが天の岩屋戸に引き籠ってしまった直接の原因は
弟であるスサノオノミコトの暴挙を姉として庇い切れなくなったからか
その暴挙が本トは自分に対する脅しだった、と気付いたからではナイかと思うが
とにかくスサノオが原因だったのは間違いナイ

アマテラスとスサノオは姉弟とはいえ
なんせ神なので産まれ方が非生物的であり
アマテラスとスサノオとその間のツクヨミノミコトの3柱兄弟は
父神であるイザナギノミコトから揃って産まれてるのだ

イザナギと妻のイザナミノミコトは日本の国土と八百万(ヤオヨロズ)の神の生産者で
その末の3兄弟に当たる(この3柱だけを兄弟と括るのもおかしな話だがw)

アマテラスは「天照」の名の通りに太陽神で高天原(天上界)を支配しており
弟のツクヨミは「月読」の名の通りの月の神で夜の世界を統治しており
更なる弟のスサノオは「須佐之男」・・・え~っと(-_-;)
とにかく海原を司ってた・・・もとい、司るよう父親のイザナギに言い付かってた
だのに言い付けを怠ってただひたすら泣き喚いてた。・゚・(ノД`)・゚・。

泣いてばかりいるスサノオにイザナギがその理由を問うと
「母の国(死者の国)へ行きたい」とのたまったのでたたた~いへん!
これに激怒したイザナギはスサノオを追放してしまう!!
それでスサノオは姉のアマテラスを頼って高天原に行くのだが・・・

だがしかしこのエピソードはスサノオも変だしイザナギも変だ。(゚д゚lll)ギャボ

イザナミはイザナギの妻なので家系図上はスサノオの母親に当たるが
産んでもらってもいなければ育てられてもいナイワケで
スサノオの中にイザナミは長じてから泣き暮れるほどに慕う母とゆー存在なのだろうか?
そうであったとしてスサノオはまがりなりにも神なのだし
ただ泣いてるなんて幼稚な方法をとらずにちゃんとした形でイザナギに申し出るとか
もうちょっと大人な解決策を得られなかったのかね?!
またイザナギもそこで追放してしまうほどにスサノオの返答に激怒したのはなぜだろう・・・
明らかにスサノオが海原の統治を怠ってたコトではなく
スサノオの母を慕う返答自体に激怒してるのだが。(´д`;)ギャボ

徹底比較 日本神話とギリシア神話 (学びやぶっく)

これがギリシア神話だともう少し叙情的な解釈に望むトコロだが
『古事記』は天皇家の正統性を追随する為に編纂されたモノだってコトと
民間に伝承してる信仰の礎的存在にあるってコトからすると
スサノオがイザナギの鼻(鼻息)から産まれた故に風の神であり
風の神であるスサノオが海原を統治する役目にあるのは
風(天候)によって千変万化する海に対しての畏怖の念からだと思われるし
スサノオが泣き喚いてた様は暴風雨や台風それ自体や
これらによって引き起こされる洪水や津波などの破壊的な自然現象を
簡潔に説明するのに都合がよかったに違いナイ

また不浄(死)に対しての拒絶反応は
科学が発展して自然現象の様々な仕組みが解き明かされた今と比べたら
相当なモノだったと予想できるので
不浄は不浄として忌むべき、とのはっきりとした認識を与える為に
不浄の実体験(※)を踏まえたイザナギに不浄の認識が甘かったスサノオに対して激怒させた
と見るとすっきりと話が片付くのだがね
イザナギは死んでしまった妻イザナミを黄泉の国まで迎えに行ったが連れ帰るのに失敗

追放されたスサノオはアマテラスを頼って高天原にやって来たが
これをスサノオが攻めてきたと勘違いしたアマテラスは武装して立ち向かった

武装とゆーのはすなわち男装で
髪をミズラに結い(直して)ユギをしょってユミを振り翳し雄叫びを揚げた

このくだりに宝塚の『ベルばら』のマリー・アントワネットを連想してしまった自分w
いや、自分だけでなくヅカ・ファンの方には雄叫びが脳裏に閃くはず

私は高天原の女王~なのです!

これでアマテラス像はオスカルとマリー・アントワネットキャラを併せ持つ
無敵の人物のように想像できるが実は神なのであるるる~((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル
しかも神として悠然と構えておらずに
一国の王(女王)として居ても立ってもいられずに挑んだのだ(゚*゚;)

ところがスサノオの方はそんな無敵の姉の言動に一切構わず
なななんと姉と契りを結ぶ・・・バタリ ゙〓■●゙

そして産まれた子をもってして
立派な子供が産まれたのだから間違いは無かった!!
と自身の身の潔白をアマテラスに納得させてそのまま高天原に居つくヽ(゚∀。)ノ

しかし以来スサノオの暴挙は枚挙に暇がなく
大酒をかっ喰らい、田の畦を崩し、用水路を埋め、神殿でウンコ(゚Д゚+)ゴルァ!!
仕舞いには機織部屋に皮を剥いだ馬を投げ入れるに至り
それまでスサノオを庇護してたアマテラスだったがさすがに庇い切れなくなって
スサノオは高天原においてもまたしても追放の憂き目に遭う

こうしてスサノオがいなくなって平和になった高天原で
アマテラスはなぜ天の岩屋戸に引き籠ってしまったのかがまた変な話だが
その前にスサノオが次々と悪事を行ったのが無意味かつ不自然だ

でも実はスサノオの悪事には一貫性があるコトにある時気付いた
総て農耕に対する妨害行為だったのだ!

アマテラスはシャーマン(巫女)としてまた女王として
村落が潤うように農耕を奨励してたワケだが
農業政策推進のウラには焼畑などの森林破壊が免れられナイ事実としてあり
木の神でもあるスサノオにはそれが赦し難かったのではナイだろうか?
またそんなスサノオの気持ちに気付いても
アマテラスは立場上スサノオに賛同するワケにもいかず
葛藤の末に引き籠ってしまうしかなかった・・・とか考えられなくもナイ

ちなみに古代日本においてシャーマンとして村落を統治してたって
誰でも邪馬台国の卑弥呼女王を思い浮かべるだろうが
神とされてるアマテラスの実体は神としてのキャラクターより
シャーマンとしてあるいは女王としてのキャラクターの方が色濃くて
どうしてもこの2人が被ってしまう
アマテラスが神らしい振る舞いを見せたのが唯一この天の岩屋戸引き籠り事件で
太陽神であるアマテラスが天の岩屋戸に引き籠ったら天地が暗黒に包まれた
ってこれはさすが神でしかも太陽神だったね

木をうえるスサノオ―ゆかいな神さま

以上は古事記からの物話だが日本書紀の異説には
スサノオが髭を抜いて放つとその髭が杉の木になって胸毛は檜に尻毛は槙に眉毛は樟になって
スサノオの子であるイタケル、オオヤツヒメノミコト、ツマツヒメノミコトの三柱の神が木種を播いた
なんて記述があって実際そんな伝承の元にスサノオを木の神として祀ってる神社もある

農耕文化の導入によって村落はクニへと発展して
人々の生活も狩猟・漁撈・採集とゆーある意味その日暮らしの不安定なモノから
計画的で安定なモノへと移行してったので
誰も農耕奨励に異論を唱えるモノはいナイ中で
ただ一人スサノオはそれによって伐採されてく木々の声を聞き
今まで恵みを与えてくれた森林の嘆きを感じてしまったのだろうか・・・

それを打ち明ける相手もいなければ術もなく
海を統治せずに泣き喚いてたせいで追放になった時と同じく
どうも直情的過ぎる行動しかとれずに目も当てられない暴挙に走ってしまったのか・・・

そしてスサノオの木の神もしくは森林の神としての脅しは現代に続くワケだ
自分の髭から作った杉と掌る風によって【杉花粉症】を起こしてる
とすると妙に納得が行くのは自分だけだろうかね

葦舟と葦笛

『古事記』では冒頭の国産みの時に最初に産まれた蛭子が葦舟で流され
『旧約聖書』でもモーセが流されたのは葦舟だった

と表記されてる日本語訳を信じてたがモーセのはパピルス製であったコトが判明した

古事記 (学研M文庫)
十戒 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

パピルスは『聖書植物大事典』によればカミガヤツリと言うくらいでカヤツリグサ科だが
葦はイネ科で全くの別物であるるる~

葦は高さ2~6mで茎の太さは1cm程度だが
パピルスは高さ4~5mで茎の太さは最大6cmにも及ぶ

そんな葦を束ねて作っただろう蛭子の舟はすぐに浸水してしまいそうだし
流されたのも海では助かる可能性は無いに等しいが
これはきっと間違いなく帰ってこナイようにそうしたのだな(-_-;)

ところがモーセの方は親が殺すに忍びなく頑丈なパピルス・バスケットに入れて
誰かに拾ってもらえるようにとナイルに浮かべ運良くエジプトの王女に拾われたワケだ

今まで両方が同じ葦舟だと思ってて腑に落ちなかった部分がすごくスッキリしたw

それなら葦笛はどうなのだろう?

ググってみたがWikipediaには該当項目はなく
どうやら日本では葦の葉を鳴らす葦笛はあるが葦の茎で作られた葦笛は存在しナイらしい
尺八や雅楽の笙(しょう)などはどれも竹製だ(※)
尤も大陸より伝来してるので日本起源ではナイのだが・・・

バレエ『くるみ割り人形』に「葦笛の踊り」があるが
これは英語だと「葦笛」の部分はreed pipeで和訳すればまさに「葦笛」と訳せそうだが
残念ながらパイプオルガンのパイプ部分の呼び名でフランス語ではjeux d’ancheだ

それなら「葦笛の踊り」は仏語ではどうなのか?
「Danse des mirlitons」となるがこのmirlitonsとはkazooのコトだそうだ。(゚д゚lll)ギャボ

LINK:Kazoo

LINK先を見ての通りKazooも「葦笛」ではナイが邦題は英語からの誤訳で「葦笛」としてて
でも仏語から英語になる時点でも誤訳があったワケでなんともややこしい事態だ。(´д`;)ギャボ

基本的には日本語で「葦笛」と訳すのは
英語ではpan flute、もしくはpan pipe
仏語ではflûte de Pan、もしくはsyrinx
これらのpanは材料とする植物の名ではなく
ローマ神話に登場する牧神パン(パーン)に由来してて
仏語のsyrinx(シュリンクス)もこの挿話に因むが
それによれば確かにこの笛は英語ではwater reeds、仏語ではroseauxから作られてて
紛うこと無き「葦笛」なのだが・・・

この牧神パン所以の葦笛の形状は葦を長短に切り音階順に並べて束ねたモノで
前述のパイプオルガンの部品やハーモニカの原型となったようだ

そうしてやっと頭の中が整理できたと思ったら
普段は見もしナイのになぜかテレビをつけると『旅のアルバム・世界の工芸品』なんてのをやってて
しかもイタリアのサルディニアの職人が葦製の笛ラウネッタ(Launetta)を作るって?!

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

ところがこれが直径2~3cmで葦より全然太いっつーのw
この番組も誤訳なのだった(-_-;)
LINK:ラウネッタ画像あり

☆・・・追記
あとからよくよく調べてみたら
イタリア語ではLauneddasだった
ラウネッタでなくラウネッダスが正しい表記なのでは・・・
さすが天下無敵のNHKクオリティw

御絵(ごえ)

小学生の頃からキリスト教美術のマニアで特に天使画ヲタだった

天使の性を超越した美しさの御絵は耽美主義者には見逃せなかったが
聖母子像、イエス、聖人なども画家がここぞとばかりに聖なる美しさを表現してて
天使ほどではナイにしても目を見張る綺麗な御絵(※)をたくさん持ってた
御絵(ごえ)はイエスやマリア、大天使や聖人が描かれたカード

それらのほとんどは何かの折にシスターにもらったのだが
1枚¥5とか¥10の駄菓子価格から売ってたので
子供がお手軽に蒐集するのにはちょ~どよかった(*^^*)
ちなみに今でも四谷のドンボスコで売ってるがさすがに¥20以下は余りなさそうだw

皆がお菓子のオマケのシールやカードを集めてるのと同じように
せっせと御絵を集めてたのだったが
そんなコレクションからお気に入りを紹介

これは主役の聖母より脇役の天使の方が有名な(?)
ラファエロの『サン・シストの聖母』

聖母子像が多々ある中でもお気に入りなのが
このフェルツィ作『街角の聖母』で
取って付けたような神々しい絵柄よりこの人間らしい表情にぐっと来るね

サッソフェラートの『聖母の祈り』は祈ってるのか呪ってるのか・・・
不気味な表情なのが気に入ってたりしてヽ(゚∀。)ノ

痛々しい姿のこの人は聖セバスチャンだ
聖人とされる人にはバプテスマのヨハネ、弟子の十二使徒と
4大教父、4大聖女、守護聖人がいて聖セバスチャンは守護聖人
守護してるのは兵士や射手だってコトだが
セバスチャン自身はローマ軍に弓矢で射殺されてるるる~

ローマ皇帝ディオクレアヌスの時のローマ軍人だったのだが
キリスト教徒の友人が処刑されるのを助けたせいで
自身が処刑される破目になった
御絵にしては随分グロテスクな1枚でその肉感的な姿態が美しい
この『聖セバスチャンの殉教』はソドマ作・・・
と信じてたが実は御絵用に装飾してあったのだと最近気がついた!

本物は迫力が違う!!


この『聖フロリアン』は作者不明。(´д`;)ギャボ
消防の守護をしてるんで消防署に祀られてたりするのだが
どうして消防の守護聖人になったかは悲惨だ

フロリアンもローマ皇帝ディオクレアヌスの時
ノリクム(現オーストリア)に駐在のローマ軍人だったが
キリスト教信者迫害の任務を拒絶したために火刑を言い渡された
そしていよいよ処される時に火を点けようとしたローマ兵に

自分は炎の上の天上に這い上がる

と言い放ったので畏れた兵士たちは火刑を取り止めたが
代わりにフロリアンに大岩を縛り付けて溺死させたそうな。(゚д゚lll)ギャボ

この投げ込まれる直前の様子を描いた画像とか顛末の詳細ページがあった
LINK:The Public Safety Net

『聖チェチリア』はミュージシャンや詩人の守護をするるる~
4大殉教聖女の1人でその中でも唯一の既婚者
嫁いだ先の夫が異教徒だったので改宗させたらしい

たいていは楽器と紅白の薔薇とか天使を伴って美麗に描かれるのだが
これは右端にいる天使こそが不気味だな((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル
まあ上級天使になるほど姿は顔と翼だけとか不気味になるワケで
教義的にはWaterhouseの作の天使よりも格は上なのだがw

ところで自分は冒頭に書いたように
キリスト教美術のマニアではあったが信者ではなかった

生命―その本質,起源,発展 (1962年)
生命の起原―生命の生成と初期の発展 (1969年)

物心ついた頃には既に理性的に論考しててかつ懐疑的でもあり
地球や生命の誕生についてはオパーリンの【コアセルヴェート説】を信奉してたので
『旧約聖書』の「創世記」は神話とゆー寓話であると捉えてた

今でも『旧約聖書』は『古事記』や『ギリシア神話』などと同レベルで信じてるし
『新約聖書』はアーサー王の伝説よりは史実に近いと考えてるが
イエス・キリストの【奇蹟】にはマーリンの【魔法】と同レベルを感じてしまう

しかし魔術師が道義的理由で自然の摂理に背けるように見せかけるのは構わナイが
神の子が神(自然の摂理)に反した行動をとる意味はわからん(-_-;)

科学的=理性的な考え方の人間にとっては自然の摂理は絶対的であれば
それが神が創りたもうたモノであろうが神の手によらナイモノであろうが構わナイ
理路整然とした世界観の妨げにならなければ問題ナイからだ

少なくとも自分とアリストテレスとトマス・アクィナスにとっての真理は
信仰を超越して理解し合えるモノであるはずなので
その真理が何によるモノであるかの「何」についての定義の必要はナイ

もちろんトマス・アクィナスは便宜上、あるいは立場上
「何」を「神」であるとしてはいるが
ローマ・カトリック教会のご都合主義で創られた神に準拠してナイ
そんなトコロに真理が存在しようもナイからなw

ともかく真理の探究者にとって
現世の掟が捻じ曲げられるようなコトは起こってはならナイのだが
実際に起こりようもナイ

なぜならそれは美しくナイからだp(-_-+)q←マヂ

自然は美しいが不自然は醜いのだ、これが真理だp(-_-+)q←マヂ

だからキリスト教自体は絶対的な真理なんかでは決してナイのだが
キリスト教を真理に近づかせるのにキリスト教美術は一役買ってるだろう