Nero

キリスト教徒はかつて信者が罰せられた遺恨から
ネロを目の敵にして悪の権化に仕立て上げようと躍起だが
ポーランド独立運動に従事したシェンキェヴィチは
そういうキリスト者の一般論を利用して
『クォ・ヴァディス』でネロを圧政者として描いてるのだろう

それにしたってキリスト教信者が胡散臭いほど清廉潔白で
ネロがローマの大火の真犯人だと脚色するのはやり過ぎだと思うが
それ以上にアーティスト、あるいはエンターテイナーとしても
ネロを侮り過ぎてる気がするのは自分も侮ってたからだ

年代記〈下〉ティベリウス帝からネロ帝へ (岩波文庫)ローマ皇帝伝 下 (岩波文庫 青 440-2)

死に至るその時に『イリアス』の一行が口をついて出たと
タキトゥスの『年代記』にもスエトニウスの『ローマ皇帝伝』にもあるし
実はネロは教養があり、感性も豊かだったのではなかろうか?

まずネロがギリシア通であったコトは疑いの余地がナイ
叙事詩や悲喜劇などを諳んじてたし
遂には自作の詩に合わせて竪琴を奏でてたくらいだ

しかしそういうコトは皇帝の趣味として相応しくなかった
かのアレクサンドロス大王もまだ王子であった時
竪琴を上手に奏でて父王ピリッポスに怒られたそうだ。(゚д゚lll)ギャボ
楽器を意のままに奏でるのも武術に秀でるのも、訓練の賜物だが

そこでアレクサンドロスが訓練すべきは竪琴であるはずがなかろう?!

とそういう意味で怒られたのだ

若くして皇帝となったネロとて、謡いながら竪琴を爪弾くのは
皇帝らしからぬ、と周囲に禁じられてたかもしれナイ
ところがペトロニウスが高尚な趣味としてネロに指南したりして
周囲も認めざるを得なくなってしまったとか?
しかもネロは調子に乗ってネロ祭なんて始めてしまったとw

とはいえ、ペトロニウスはタキトゥスが言うほどに
ネロを誑かすつもりも、そのために背徳者を装うつもりもなかっただろう
周囲からはペトロニウスがネロを手懐けてるように見えたかもだが
ペトロニウスはネロの若さと生来の感性からくるほとばしりを
自身も一緒に愉しみながら解放しただけに過ぎナイ
恐らく2人は無教養な人間をこきおろしてたに違いナイ

ペトロニウスはタキトゥスの『年代記』によれば

贅沢の通人として世に聞えていた

とあり、この一文からでもペトロニウスが時代の寵児であるコトが伺えるが
一種スター的存在には誰もが憧れを抱かずにはいられナイので
絶対君主であるはずの皇帝にとっても憧憬の対象であったはずだ

ネロは降って湧いたように皇帝の地位に就いてはいたが
それ以上に自身では芸術家として認められたい気持ちがあって
創作した詩や竪琴の演奏についての芸術性を
ペトロニウスに認めてもらえたらそれは嬉しかったのだ!

しかもそこでペトロニウスはお追従で濁さなかったのが
むしろネロの絶対的な信頼を得たのだろう
そして辛辣に批判されれば萎れ、よきアドヴァイスは素直に受け入れ
褒められれば天にも昇る心持ちになっただろう!!
とか、想像するだにネロがいじらしくてたまらなくなるるる~

ローマの哲人 セネカの言葉

そもそもネロがギリシア通になったのは
ネロの師セネカによるトコロが大きいと思われるのだが
史実としてセネカは自身が哲学者でありながら
ネロに対しては哲学を指南してナイ

セネカは一応ストア派哲学者としての彼が1番名が通ってるが
科学書も著せば戯曲も書いてる多才な著述家で
ネロの時代のローマでは最も学識の高い人物だったので
ローマ人が目指すギリシア的な教養をネロに授けたのだろう

残存するセネカの書簡には生活に即した先人の言葉で
相手にとって最も有効な回答を学派に拘らずに引用してたりするが
セネカのやり方は実践しながら学び取らせる人生哲学なので
ネロに対してもストア派たるように仕込むコトはしなかっただろう

そういう押し付けがましさはセネカのやり方に反してるし
加えて芸術家気質で詩を諳んじたり竪琴を奏でたりするコトにこそ
ネロの感性が迸ってるのを理解してたのかもしれナイ

裏を返せば、セネカはエキセントリックなネロを目にするにつけ
哲学を受け入れる資質にはネロはおよそ恵まれてナイ
と誰よりも感じてたかもしれナイ

それでも17歳にして戴冠したネロはたぶん
セネカが予想してた以上に立派に皇帝らしく振舞って見えた

ネロの天性の才で自覚もしてるが要はエンターテイナーなのだな
いつも役者のように芝居がかってたワケだが
皇帝を演じるのもなかなか堂に入った役者ぶりだったのだ

映画『クォ・ヴァディス』でのセネカは控えめな役ドコロだが
ペトロニウスの自殺に際した最期の晩餐の場面が印象的だ
とゆーのも、セネカもネロに命じられて自殺してるのだからね
映画にはそのシーンはナイからこそ見るに忍びナイ

とにかくキリスト教信者は「迫害された」とゆー史実に対して
狂信的な思い込みからひたすらネロを忌み嫌うが
新興宗教の流行が政府にとって頭痛の種なのはネロに限った話ではナイ
それどころか現代社会にしても変わらナイ事実なのだ
残酷さで言えば中世に教会が行った異端審問の方が酷いかと・・・