サテュロスと『サテュリコン』

ニーチェの『悲劇の誕生』では
2つの比喩的な語が繰り返される

アポロン(的)と
ディオニュソス(的)だ

これらが古代ギリシアの神であり
アポロンは太陽神で
予言、医術、音楽を司ってて
ディオニュソスは酒の神

そのくらいの認識は
およそ無教養な現代日本人でも持ってるだろう

とはいえ

 芸術は、<アポロン的なもの>と<ディオニュソス的なもの>という、ふたつの要素のせめぎあいによって展開してゆく。それはオスとメスによる生殖のようなものだ。生物の場合、ふたつの異質なものが絶えずせめぎあい、両者の和合はしかるべきときに定期的にしか訪れないわけだが、芸術にもそれと似たところがある。そうした芸術の特質を、ただ論理的に理解するだけでなく、ずばり直観的にも把握できるようになれば、美学はおおきく前進することになるだろう。

などと、のっけから言われても
太陽神と(葡萄)酒の神が
どうしてオスとメスほどに対極的なのかは
はっきり言って合点がいかんてw

ギリシア神話の神々の中では
ヘルメスが1番好きだが
次いでアポロンとディオニュソスも
甲乙付け難くお気に入り

そんな自分でさえも
ニーチェのこの位置付けには
疑問を感じてしまう

アポロンは美麗な青年の姿の神で
竪琴を爪弾くのだから
人間だったなら絶対にモテただろうが
これがなぜか非モテなのだ。(゚д゚lll)ギャボ

例えば
予言の術を授けるから恋人になるよう
トロイの王女カッサンドラに言い寄るのもおかしいが
それで振られた腹いせに
予言を信じる者がいナイようにしたり
美女コロニスを手篭めにして
恋人気取りでいたら
他の男と結婚してしまったからって
コロニスを殺そうとしたり
意外と人間臭いってか
姑息な部分が垣間見えるので
ニーチェが示唆するような高潔なイメージは
どうにも持てナイのだが。(´д`;)ギャボ

だいたいアポロンは相手の性別問わず
悲恋のエピソードばかりなのだが
腐女子にとってはアポロンの悲恋こそが
ギリシア神話の美味しい部分だ

ヒュアキントスやキュパリッソスなど
名だたる美少年とアポロンとの
在りし日のやりとりには妄想力を惜しまナイし
美少年の死に際に限定すれば
悲壮感の中にも優美なアポロンてのはわかるが
主知的、理性的とかは違う気がするし
それに比してディオニュソスを
激情的とするのはどうかと思われ

ディオニュソスの配下の
サテュロスのような牧羊神ら(※)は
放埓な獣らしい下半身をしてたりするし
パーンの笛の音でマイナデスは踊るだろうが
ディオニュソス自身は酩酊もせず
超然としてるカンジだが?
ローマのバッカスの従者であるファウヌス然り

サテュロスの名に由来する
『サテュリコン』なる奇異な小説を知ったのは
偕成社の少女世界文学全集の『クォ・バディス』で
そこには『サチリコン』とあり
登場人物のペトロニウスが書いた本なので
実在するとは夢にも思ってなかった

ところが雑誌ALLANの影響で
マルキ・ド・サドを澁澤龍彦訳で読み漁り
澁澤訳のユイスマンスの『さかしま』に巡り会い
ペトロニウスも『サテュリコン』も実在してたと知った!

それはまるでシュリーマンが
トロイの遺跡を探し当てたような興奮を思えたが
なんせネットで検索などできなかった時代のコトで
更に当時、女子高生だった身としては
大っぴらに買い求めづらかったのもあって
闇雲に古本屋を探し回るしかなかった

また映画『サテリコン』の存在を知ったのも
ALLANに載ってたからだが
そこで紹介されてる美少年ジトーネに一目惚れして
この映画を冥土の土産にどうしても観たいp(-_-+)q
そう思いながら20年余りが過ぎ
結局、DVDが発売されたのを買って
観たのは2003年だった

そうしてずっと片隅に追いやりながらも
人生の中で『サテュリコン』を切望してたので
サテュロスの名がいつも脳裏を掠めてて
山羊の角と下半身を持つ異形の姿を
ワリと身近に感じてて
現代日本に魔女狩りが無くて良かったw

最後に最愛のヘルメスに関して
神に対して不謹慎かもしれなんだが
ファッションを含めたルックスがたまらなく好きで
性格的にやんちゃで愛嬌たっぷりなのも
ときめかずにはいられん・・・ホゥ(*-∀-)

アポロンは最も美しい青年の容貌を持つとされ
そりゃあ文句のつけドコロは皆無だが
ヘルメスの方が愛らしいと思えるのは単に好みで
特にボッティチェリの描いた
『プリマヴェーラ(春)』でのヘルメスときたら
甘かやなヘアスタイルといい
端正な顔立ちといい
肉付きのイマイチ感といい
個性的な帽子とサンダル(ブーツ?)といい
大好きなテイストで仕上がっててるるる~