ELEGANTIAE ARBITER【趣味の審判者】

『クォ・ヴァディス』の著者
ヘンリク・シェンキェヴィチは
ポーランド人初のノーベル賞受賞者だ

だがしかし
彼がノーベル文学賞を受賞したのは1905年で
その時、ポーランドは完全に消滅してて
帝政ロシアの一部となってた

シェンキェヴィチが生まれた時には
まだポーランド(立憲)王国と称されてたが
実態は国王を既に帝政ロシアの皇帝が兼任してて
ポーランド人による国家ではなかったのだ

ポーランド独立を願いつつ
残念ながら独立前に死去してしまうが
そんなシェンキェヴィチの
『クォ・ヴァディス』以外の作品は
愛国者の果敢な闘いを題材にした小説が多い

まあ『クォ・ヴァディス』にしても
迫害を受けるキリスト教徒が
信仰や信念を曲げずに
死を選ぶ姿が克明に描かれており
やはり不屈の精神で抗う民衆がテーマだ

実在した登場人物が出てくる中でも
とりわけネロの側近のペトロニウスが
活き活きと描写されてるのが魅力的だが
いったいどこまでが史実で
どこからが創作なのか
その典拠を確認してみたくなった

まず児童版『クォ・バディス』の巻末に
「解説」として次のようにあった

スエトニウスという歴史家が書いたローマ時代の本を参考にして、1896年、この世界的な傑作、「クォ・バディス」を書きあげたのでした

これをずっと信じてて
いざ、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』を
上下巻とも購入して読んでみるも・・・

確かに『ローマ皇帝伝(下)』では
ネロのプロフィールは詳述されてたが
ペトロニウスについては
その名がただの1度も出てこず・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

とゆーコトはシェンキェヴィチは
ネロについてはこの本も参考にしただろうが
ペトロニウスの特異な人物像などは
別の書物を参照してるはずだ

自分の知る限りでは
タキトゥスの『年代記(下)』において
3ページ弱で綴られてるのみが
ペトロニウスの全貌だ

1.昼日なか眠って、夜を享楽に生きた

2.無精、無頓着だったが、それが天真爛漫と見受けられた

3.激務も全うした精力家だったが、背徳者を装いネロを誑かした

1.昼日なか眠って、夜を享楽に生きた

そう言えば、Slaughterの曲には
まさにそんなペトロニウス節があった

Up all night, sleep all day, that’s right♪

これは簡潔に表現すれば
「不良」だったってコトだろうが
社会的地位が高くして「不良」てのは
潔くて゚+.(・∀・)゚+.゚イイね!

尤もネロなんかは
皇帝にしてアナーキストだから
尚更カッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだがw

なんせいくらローマが退廃してたとはいえ
当時のローマ市民の日常生活は
現代人には考えが及ばナイ健全さで
日の出と共に起きて
陽が沈んだら寝るしかなかったのは
当たり前ながら夜は真っ暗だったからだ

電気がなければ
蝋燭の灯りだけが頼りなので
そんな時代に夜を愉しむのだから
灯りの設備に無駄に金をかけて
贅を尽くしてたのだ

ペトロニウスは不道徳な金持ちだったが
彼が自腹を切るようなコトは稀で
その不道徳の限りを一身に享受するネロが
国庫から無尽蔵に浪費してたと思われ

そうして金に糸目を付けなかったからこそ
一切の道徳観念を無視して
愉しみに耽溺できたのだろう

でも実のトコロ
かつてのネロを指導した哲学者セネカこそが
破格の金持ちだったり・・・。(゚д゚lll)ギャボ

2.無精、無頓着だったが、それが天真爛漫と見受けられた

これこそがペトロニウスの真価で
無精とか無頓着とかは
鵜呑みにすると全く的を得なくなるが
ペトロニウスは何に対してもそうだったのでなく
興味の範疇以外がそうだったのだ

天真爛漫と見受けられたのは
嫣然としてたからだろう
いや、「嫣然(えんぜん)」てのは
通常は美女の微笑を表現するのに使う言葉だが
ペトロニウス程の粋人(すいじん)には
むしろ似つかわしいかもだ

ああそう、粋人の意味を説明するくらい
無粋なコトもなかろうが
読んで字の如くで粋な人であり
単なるインテリでなく
それを踏まえて遊び心がある人だ

教養があっても
それを万人にひけらかすコトなく
わかる相手にだけ仄めかし
わかった同士だけが納得するのだね

その点、セネカは洒落もわかる教養人だが
ペトロニウスと比すれば
まだしも生真面目だったので
ネロの放縦を横目に見過ごしつつも
内心は気を揉んでただろうが
そんなセネカに対しても
ペトロニウスは臆するコトなく
嫣然とやり過ごしてたのを傍から見れば
なるほど、天真爛漫に映ったはず

3.激務も全うした精力家だったが、背徳者を装いネロを誑かした

タキトゥスはペトロニウスを
「贅沢の通人」と表現してるが
資産を食い潰してる文字通りの大食漢や
無目的に放蕩三昧の能無しとは違って
世間から反感を買ったりしなかった
などと言及した上で
ペトロニウスのそれまでの職歴を示し
出世街道を着実に歩んできてるのを
その証拠としてる

つまりタキトゥスに言わせれば
ペトロニウスは「不良」のように振舞っても
本来は役職に就いてた人間なので
背徳者を装ってるだけで
ネロを誑かそうとしてたのだと・・・

恐らくタキトゥス自身は
【趣味の審判者】の意義がわかるほど
歓楽的に生きてなかっただろうし
洒落を解せなかったかもだ

ペトロニウスの教養は
単なるインテリ趣味に非ず
完璧に洒落のめしてて
素地があるくらいではついて行けなくて
だからネロが彼に夢中になったのは
裏を返せば、それがわかったからなのだ!

くだらナイお追従に
うんざりしてたであろうネロには
多少辛辣でも刺激的な方が
新鮮で愉しめたのだな

イベントは基本的には
金をかければより一層おもしろくなる

どんなつまらナイ企画でも
金をかけられるだけかけたら
たちどころに愉快になるのは間違いなく
それは現代においても変わらナイ事実であって
金を湯水のように使いながら
ひたすらバカ騒ぎするなんてのは
誰もが人生に1度は試みたいと思うものだ

ところがそんな誰もが夢見るイベントも
毎晩やってると飽きてくるモノで
日に日に面白みは減退してく

生涯に1回きりでなく
日々イベントをやり続けるには
金の力より企画力が必要で
そこでペトロニウスのプロデュース力が
ネロの魂に火を点けたのだ!

まあ実質的にはネロさえ飽きなければ
それで゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだが
皇帝であるネロに詩の朗読や竪琴演奏をさせて
時に辛辣に批評したりして
その際のネロの反応を
周囲の人間も十分に楽しんでたのでは?

ネロが演じてる最中に居眠りした者がいて
これを咎めようとしたのを
ペトロニウスが救った有名なエピソードが
岩波文庫の『クォ・ワディス』上巻に出てくるが
ペトロニウスはすかさず
ネロをかのオルフェウスに譬え
彼の竪琴の音色で野獣が眠ったと・・・

そんな風に褒められてしまって
ネロは怒っていられなくなったのだが
これってネロがギリシア通で
オルフェウスをリスペクトしてたから
成立したんだと思うと
自分にはやはりネロが愛おしく感じられるし
ペトロニウスの大岡裁きみたいなやり口は
カッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイと感心する

ちなみに居眠りをした不届き者は
後に皇帝となるウェスパシアヌスだった