ルイ14世の世紀

フランス革命前のフランスで
貴族とも教会とも対立的な立場にあった啓蒙思想家のヴォルテールが
太陽王ルイ14世についてどんな描き方をしてるのか
興味津々で『ルイ十四世の世紀』第1巻を購入したのは2007年だった

永らく岩波文庫ではよくある重版未定となってたので
神保町界隈で4巻セットで1万円以下で(できればもっと安価で)探してたが
好奇心に負けてアマゾンでとりあえず1巻のみ購入

巻末の解説から読み始めたが、そこにはヴォルテールの以下の言葉があった

コルネーユ、ラシーヌ、或は、モリエールの筆になる台詞、フランス人のはじめて耳にするリュリの音楽、・・・ボシュエやブルダルーの声等が、ルイ14世、趣味のよいので有名な王弟妃殿下(マダム)、コンデ、チュレンヌ、コルベールのような人々をはじめ、あらゆる分野における卓抜な人士に味われた・・・こういう時代には、後人の注目に値する、といって差し支えなかろう。『箴言』の著者ラ・ロシュフーコー公が、パスカルやアルヌーと談笑した上で、コルネーユの作品の上演を見に出掛ける・・・こういう時代が、またとあるだろうか。

自分はほとんど滅多に人を羨むコトはナイが
これは素直にラ・ロシュフーコーが羨ましいと思えた一文で
ヴォルテール自身も同じ気持ちで書いたと思われ・・・ホゥ(*-∀-)

運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)

更に冒頭にはルイ14世の世紀の定義付けがあり
第一の世紀としてフィリップとアレクサンダーを挙げ
第二の世紀にはシーザーとアウグスツス
第三の世紀がメディチ家によるイタリアのルネッサンスで
ルイ14世の時代を第四の世紀としてて、自分にはどの世紀もツボだったのだが
実際の文面では以下のように哲学者や詩人を挙げてて
絶大な権力者が台頭しただけでなく、文化の円熟期であったのを踏まえてたので
解説と1ページ目だけで既に感動の坩堝。・゚・(ノД`)・゚・。

(前略)まず指を屈するのは、フィリップとアレクサンダーの時代だが、ペリクレス、デモステネス、アリストテレス、プラトン、アペレス、フィディアス、プラクシテレス等の代といってもよい。(中略)第二は、シーザーとアウグスツスの時代で、これもルクレティウス、キケロ、リヴィウス、ヴェルギリウス、ホラチウス、オヴィディウス、ヴァロ、ヴィトルヴィウス等の名前で知られている。第三は、(中略)トルコ人に国を追われたギリシアの学者達を、メディチ家でフィレンツェへ招聘したのである。

他にもミケランジェロ、ラブレエ、ガリレイが挙げられてて
この後の展開は否が応でも文化史を中心に記され
さぞやルイ14世の時代の華々しさが綴られるのだろうと期待に胸が膨らむが
第2章から第24章まではフランス戦史を忠実に記述してるだけなので
史料としては申し分ナイのだがいかんせん面白味には事欠く。(´д`;)ギャボ

ここではまず、王の治下の戦争と外交に関し、主な事件を述べることにする。

と、確かに第1章の最後にあるのだが
まさか第24章までそれが延々続くとは思わなんだヽ(゚∀。)ノ
ちなみに第1巻は第16章までなのであるるる~

それでも17世紀フランスの絶対王政の史実を踏まえてこそ
その行き詰まり・・・要するに18世紀のアンシャン・レジーム(旧制度)だが
改めて的確に感じ取れたし、各国の様子も把握できたのは収穫だった

ルイ14世の頃のイギリスではイングランド王ジェームズ2世が専制を強行したのを最後に
名誉革命で一足お先に絶対王政が崩壊し、替わって議会が国政を掌握し
近代民主主義の根本原則である立憲政治が早くも実現してたが
この時のイギリスとフランスの時代の差がどれほど大きく水をあけたか。(゚д゚lll)ギャボ

ヴォルテールは『哲学書簡』でイギリスの文物をフランスに紹介するが
イギリス賛嘆を持って暗にフランスの後進性を批判してた

それにしてもいくら戦勝に次ぐ戦勝だとしても
ルイ14世の人間性が全く語られナイままに第1巻の第13章で

この頃が、王の全盛時代だ。

といきなり締め括られてもね、ポカーン。(゚д゚ )

確かにルイ14世は即位以来ずっと全戦全勝で領土は拡大する一方なのだから
そういう意味では全盛期には違いナイのだろうが
アレクサンドロスやカエサルと等しく「偉大な」と思えるような
個人的に秀でた活躍が何ら見当たらナイので
「全盛」と言える盛り上がりの華やかさが微塵も感じられず、意外な気さえしてしまう

同じく第1巻の第13章にはそれこそアレクサンドロスやカエサルと比して
「大王」の称号が与えられたコトが記されてた

(前略)パリの市当局が、祭典を催して大王の尊号を奉呈(1680年)、(中略)ただし、民衆の間では、ルイ14世の方が、大王より通りがよかった。何もかも習慣しだい。(中略)大ヴェルギリゥス、大ホメロス、大タッソーなどと、いうものはあるまい。アレクサンダー大王も、いつの間にか、呼び捨てにされるようになった。
シーザー大帝(セーザール・ル・グラン)では、とうてい話にならぬ。(中略)尊号など、後世の人には無用の長物だ。立派な仕事をすれば、名前だけで十分、余計な言葉を並べたのより、はるかに襟を正させる。

ここへきてやっとウェルギリウスやホメロスの名を目にしたが
このくだり以外には第24章まではもうそういった感性の豊かな人物は見当たらナイので
第1巻(第16章まで)を読んだだけでは
著者のヴォルテールがワリとつまらナイ人物と誤解されるやもしれん(゚*゚;)