『ダーバヴィル家のテス』のあらすじと疑問点

トマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』は
人生で3度通読してて
ナスターシャ・キンスキー主演の映画や
ジェマ・アタートン主演のリメイク版の映画を
何度も観てたりするも
余り好きな作品とは言い難いのは
共鳴・共感する部分が殆ど無いからだ

その中で次の一節は
初回に読んだ際の読書メモに残してた

道徳的な人間とは、どういう人間なのか?
さらに適切にいえば、道徳的な女とは、いかなる女をいうのか?
ある性格の美醜は、その人の業績にばかりあるものではなく、その目的と動機にあるのだ。
性格の真の歴史は、成し遂げられたことのあいだにあるのではなくて、意図されたことのあいだにあるのだ。

道徳、なんて言葉を他人に振り翳す人間ほど
不道徳の罠にかかった道徳的な女を
無責任に傷付けたりするモノだ

ヴィクトリア朝時代のイギリスの片田舎に
極貧で子沢山の一家の長女として生まれたのがテス

美しかったお蔭で
金持ちのアレックに見初められて愛人になり
家族を養うコトができるようになって
大団円♪

と、思いきや
テスは突然アレックの元を去る。(゚д゚lll)ギャボ

当初テスがアレックの強引さに戸惑ってたのは
処女ならではの抵抗で
そういうテスをアレックは愛しく思ったろうし
若くてハンサムで洒落者の男に
甘やかされてほだされナイ女はいナイから
そろそろテスもアレックに対して素直になる頃かな?

と、思った矢先に
突然アレックの元を去ったのだ。(´д`;)ギャボ

テスの突飛な行動に
アレックも呆然としただろうが
現代日本人の読者としては
当のアレック以上にあっけにとられた

アレックの何が嫌なのか?
単に愛人とゆー立場なのが嫌なのか?
既に純潔も失ったテスだのに
いったいどうしてこうも頑ななのか?

そしてもっと切実な問題として
テスはこれからどうやって家族を養うつもりなのか?!

よりを戻そうとするアレックを拒み続けるテスは
家族を養うために野良仕事に明け暮れて
厳しい日々に耐える

それだけならテスの姿は
とても感動的で心を打たれるが
意地を張らずにアレックの元に戻りゃ゚+.(・∀・)゚+.゚イイのに
と思えば同情の余地はナイ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そうして重労働に身をやつすテスは
エンジェルと出会った

そしてエンジェルが美しいテスを見初めるのはわかる
しかしテスがエンジェルを好きになるのは
なぜなのか、まるでわからん

無粋で意固地で自分勝手で夢見がちで
処女崇拝で男尊女卑の冴えナイ男だw

テスの不運は男の趣味が悪かったコトと
それを貫き通した我の強さかヽ(゚∀。)ノ

学生時代に初めて読んだ時から
ずっと疑問だったのは
非の打ちドコロのナイアレックの愛人の座から
テスがなぜ逃げ回ってるのかだ

一方で
覚束ナイエンジェルと正式に結婚しようと
テスがなぜ躍起になってるのかが
更に理解し難い

今になってやっと納得が行ったが
テスの思考や行動の全ては
恋愛感情でも損得勘定でもなく
信仰心から発したモノだったからだ

当のテスは信仰心だけを貫きたかったが
アレックはまるで悪魔のように誘惑して虜にした

生活苦から逃れて甘い夢を見せられて
幸せのぬかるみにはまってしまったテスだが
現実的に家族を養ってくためにも
もれなく捨てるべきだったのは
アレックではなくて信仰心だったのでは?
と、無神論者の自分は思う(-人-;)ナムアーメン

テスはアレックの元を去ってから
秘かに罪の子を産み、更にその子を亡くし
これまた信仰心ゆえに
無駄に自身を呪わしく感じてしまう

だからエンジェルに対しても
どうしても恋心より罪悪感が先に立ち
その罪の重さに耐えかねて
遂には告白してしまう

これはエンジェルに関しても言えるが
典型的な庶民=純粋なキリスト教の信徒、なので
恋愛感情よりも性欲よりも何よりも
信仰心が勝ってるるる~

テスが非処女であると
知った途端に拒んだエンジェルを
以前は単に恋人の裏切りに対する拒絶としか捉えられず
なんて器の小さい男だ、と軽蔑してた

でも実はテスが告白したのは
恋人への裏切りなんかではなかったのだ!

私生児を産んだ女=罪を犯した女
それもキリスト教では赦されざる罪だったのだから
エンジェルにしてみれば
地獄へ落ちるのが確定してる女に見えただろうw
そりゃあ逃げ出したくもなるって(゚*゚;)

だからそうして
一旦は逃げ出したはずのエンジェルが
ましてや牧師の息子であったのに
テスの元へ戻ったのは(遅過ぎたけど)
これこそが恋愛も性欲も信仰も超えた愛
真実の愛だったのではナイだろうか?