Blaise Pascal

パスカルの『パンセ』の決定版を
1冊選べと言われたら筑摩世界文学大系だが
2冊選べるなら中央公論社の世界の名著(※)もあれば完璧だ
このシリーズも中央公論社版が出て、その後に中公バックス版で再編纂されてるので
パスカルの巻は【24】と【29】と巻数が違ってても内容は同じ
またこのシリーズも半世紀前に出てるが【24】の方は概ね状態が゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

中公世界の名著
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世界の名著 24 パスカル
世界の名著〈29〉パスカル (1978年) (中公バックス)
世界の名著 29 パスカル パンセ 小品集 中公バックス

中公世界の名著は前田陽一と由木康との共訳で
冒頭の前田陽一による「パスカルの人と思想」には
パスカルの生涯についての詳述があり
『パンセ』本文の後にはパスカルの「小品集」も収録されてて
当然ながら巻末には年譜と、あと索引があるのが便利だ

世界の名著〈第24〉パスカル (1966年)

パスカルの人と思想
前田陽一
小品集
パスカル / 前田陽一、由木康訳
パスカルと私真空論序言
パスカルの時代愛の情念について
生い立ち罪びとの回心について
科学者覚え書
人間探求者初代と今日とのキリスト者の比較
キリスト者ド・サシ氏との対話
『パンセ』の歴史幾何学的精神について
パスカルと後世病の善用を神に求める祈り
パスカルと日本大貴族の身分について
本書の読み方

しかしこれら2冊を揃えて嬉々としてるような自分も
実際には現代日本人で無神論者なので
信仰心を問われる箇所には今一つ踏み込めずにいて
ブランシュヴィック版の前半部分に限った愛読者だったりして
ラフュマ版なんて読み始めてすぐに嫌気が差した・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

その日本では稀有なラフュマ版を完訳してるのが田辺保なのだが
パスカルが書き留めた年代順に従ったこの版は
整理整頓されたブランシュヴィック版に慣れてると些か読み難く
涜神に対する呪詛のような言いがかりが
後半にまとまってなくて随所に散見してくると
とりわけ自分のような無神論者が抵抗なく読み進むのは難しい

パスカルと現代
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パスカルと現代 (1967年) (紀伊国屋新書)
パスカルと現代

そんなラフュマ版を支持する田辺保の著書を
そうとは知らずにうっかり読んで目から鱗な事実に気づかされた

神や宗教のような伝統的なまやかしを信奉してる信仰心と
科学や自然の摂理を真実だと確信する理性は
相反するようだが実は根っこが同じ場合もあるのだ

今、手元にあるのは『パスカルと現代』のみだが
以下の3冊も揃えたいと思ってて
電子書籍版が出てくれるのを待ってるるる~
とはいえ、『パンセ』自体が未だに電子書籍化されてナイのだが(-_-;)

パスカル―痛みとともに生きる (平凡社新書)パスカル伝 (講談社学術文庫)パスカルの信仰―パスカルとわたし

『パスカルと現代』

新装版への「まえがき」
はじめに―パスカルとわたしたち―
第1章パスカルの時代
  1. 「科学革命」の時代
  2. 17世紀フランスの社会
第2章パスカルの思想
  1. 生きたヴィジョン
  2. その政治思想
第3章精神の兄弟たち
  1. キェルケゴールとパスカル
  2. ペギーとパスカル
  3. パスカル、シモーヌ・ヴェイユ、テイヤール・ド・シャルダン
  4. 植村正久の『真理一斑』
ブランシュヴィク版との対照表
あとがき

☆・・・☆・・・☆

人間は誰しも成長の過程で何らかの世界観を形成してく

つまり、世界がどうあって
その中で自分が何なのか、自分のポジションがどこにあるのか?
何かを根拠にして信じるようになる

古来より民族に伝わる伝承なのか
科学実験の結果から齎された事実なのか
その根拠によって世界観は異なり
たいていの人間は自身とは違う世界観を享受できナイ

信仰を持ってる人間ほど世界観にすがって生きてるので
宗教・宗派が違えば憎み合いさえするワケだが
それをえげつナイと思ってかつては蔑んでた

しかし実は科学的に=理性的に生きてるはずの無神論者も
学者同士だったとしてもやはりえげつナイものなのだ
例えば進化論のように実験で結果が明らかにできナイ場合には
異論を唱える者に対して憎悪にも似た感情を抱く。(゚д゚lll)ギャボ

ドーキンス VS グールド (ちくま学芸文庫)

リチャード・ドーキンスとスティーブン・ジェイ・グールドがそれで
2人とも進化論自体は認めてるのに
その進化の過程についての考え方を批判し合ってるのだ

まあ進化論に関しては昔から
ラマルクに対するキュヴィエとか、カンメラーに対するベーツソンとか
創世論者が進化論者に対する以上の憎悪の念が感じられるがな。(´д`;)ギャボ

自分は無神論者だが懐疑主義者なので
事実として見せつけられてるコトも易々と信じはしナイし
ましてや情に脆い江戸っ子なので
見せかけの行動よりも真意を汲み取ろうとしてしまう

だからリアルで悪辣に見える人も
その悪意が諦めや失望によって齎されてたかもしれナイ
それとは別にもっと心の深い部分に思い描いてる理想郷に対してなら
共感できるってコトもあるかもしれナイ
そんな風に希望を捨てられナイ

パスカルとは同じ理想を夢見る仲間に違いナイ
アウグスティヌスもトマス・アクィナスもライプニッツも
そしてヴォルテールだってそうだが
神に依存するのが前者でそれができナイのがヴォルテールとか自分なのだ!

世界はきっと神の意思そのものではなくとも
宇宙の原理や自然の摂理が美しくあろうとしてるはずだ!!