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3連休は雨模様らすぃと予想されてたので
土曜日の夜のバイト以外には外出予定は入れずに
手芸三昧できたら゚+.(・∀・)゚+.゚イイなと思ってたが
日曜日は思いの外晴れたのと
ダンナが二日酔いで寝たきりなのを好都合に
チャリンコで上野の東京都美術館まで行って来た

とゆーのもウフィツィ美術館展をやってて
今回の目玉はボッティチェリの『パラスとケンタウロス』で
ケンタウロスが好きな自分にはこれだけでも観に行く意義があったのだ

それにしてもケンタウロスとパラスとは変な組み合わせだ
パラスとはギリシアで言うアテナ、ローマで言うミネルウァの別名だが
この知恵と闘いの女神がケンタウロスと対峙してるシーンは
ギリシア・ローマ神話には記述がなく
ボッティチェリがいったい何を描きたかったのか
もしくは依頼主がどういう趣旨でこんな絵を描かせたのか
様々な憶測が飛び交ってるが自分には決定的と思われるモノはナイ

それに専門家らの概ねの見解にありがちな
悪のケンタウロスが善のパラス・アテナに懲らしめられてる
なんて単純な図式を当て嵌めたかったら
何の係わりもナイこの2人をわざわざ描きはしナイだろうに
ましてやケンタウロスが肉欲の象徴なら
アトリビュート(象徴的な持ち物)が弓矢であるのも腑に落ちナイ
そう、専門家らの解釈に沿うならば、例えば
シュリンクス(パン・フルート)を吹くサテュロスに向かって
弓矢を構える処女女神アルテミスならわかりやすい

あれこれ考えを巡らせながら
遂に本物の大きな絵の前に立った瞬間
ケンタウロスの繊細な表情には憂いが読み取れたが
それはパラス・アテナに懲らしめられてるからではなく
もっと深い悲しみに沈んでるようだった
確かにパラス・アテナはケンタウロスの髪をつかんではいるが
いかんせん懲らしめてるようには見えなかったのだ

そして2人の間にある一艘の船の存在に気付いてみると
アキレウスの命運がトロイ戦争で尽きたのを嘆くケイロン(※)と
諦めを諭すパラス・アテナに見えてきた
この辺りの詳しい事情は[アキレウスとケイロン]参照

パラス・アテナはトロイの守り神として
そのパラディオン(神像)がトロイ建国時に神殿に祀られたが
これがある限りトロイは不落であるとされてたので
例の木馬作戦を実行する前にオデュッセウスらが盗み出した

パラディオンがギリシア陣営にあって
トロイの守護を放棄せざるを得なくなったパラス・アテナは
地理的には遠く離れてはいたが
アキレウスの訃報(※)に悲嘆にくれるケイロンと
お互いに守り育てた大切なモノを失う
その喪失感を共有してるのを感じて通じ合った
そんな図に思えてきた・・・
映画によってはトロイの木馬にアキレウスも参加してるが、知り得る限りの文献ではとっくに死んでて
アキレウスの代わりに息子のネオプトレモスが戦地に赴き、トロイの王を討ったのはこのネオプトレモスとされてる

人の子を育てた獣神であるケイロンと
人々の営みを育んできた女神であるパラス・アテナ

と、ここまでが頭の中で一気に展開して
何かが怒涛のように押し寄せてきて魂がスパークした
時間軸と空間を結ぶ点から存在が解き放たれると
現実や真実や事実より真意の重みを感じる

絵の前にいたのはほんの1分程だろうが
時空を超えて魂が旅をしてた
こういう感覚をまさにトリップと言うのだろう

薬物などでこの感覚を得てる人が
抜けられなくなるのはわかる、確かに爽快だ・・・
なので、この感覚を呼び覚ますモノでなければ
芸術として完成されてるとは自分には認められナイのだ

そんなだから、あとは数点しか
自分にとって有用な作品がなかったので
まあいつものコトだが15分ほどで会場を後にしたヽ(゚∀。)ノ

帰路、冷静になって考え直してみれば
ケイロンとパラス・アテナが手塩にかけた対象を
無慈悲に奪い去ったトロイ戦争が
開戦に及んだきっかけとなった大元の原因はと言えば
3柱の女神らの誰が1番美しいかの諍いで
その女神の内の1柱は誰あろうパラス・アテナだったし
戦争での勝利を約束するコトで審判を買収しようとさえした

とすると、パリスの審判でパラス・アテナが選ばれてたら
トロイは滅亡しなかったのだろうか?

九十三年

ヴィクトール・ユゴーの『93年』を読み返しながら
アキレウスとケイロンに想いを馳せる

秋の夜長・・・

ユゴーの紀行『ライン河(原題:Le Rhin)』が出版されたのは
愛娘レオポルディーヌがセーヌ河で溺死する前年の1842年で
以下の言及の後に悲劇が起こったのである

 たびたびあなたに話してきたことだが、わたしは河が好きだ。河は商品を選ぶのと同じように思想を選ぶ。創造においては、万物は華麗な役割を担っている。河は巨大なラッパのように、大洋に向かって、大地の美しさ、田畑の耕作、都市の繁栄、そして人間の栄光を歌いかけている。
 これもすでに話したことだが、あらゆる河のうちでも、わたしが好きなのはライン河だ。

ユゴーは血も受け継いでるせいか元来ゲルマン的なモノに惹かれてたようだし
セーヌよりラインやドナウを詩の題材としても好んだようだが
実際ユゴーの詩(※)のスケールに合っていたからだろう
残念ながら日本ではユゴーの詩は軽視されてるのか詩集の完訳は未だ1冊も刊行されておらず
『ヴィクトル・ユゴー文学館【1】詩集 』が新刊で読める唯一の詩選集である

ユゴー詩集

そう言えばドイツ語でもフランス語でも河川の名はたいてい女性名詞だが
ラインはドイツ語で【Der Rhein】フランス語で【le Rhin】と男性名詞であり
何かそんじょそこらの河とは違う特別な意義があるのだろうか?
なんてのは名詞の性別には不慣れな日本人だからこその勘繰りかね???

例えばユゴーの詩「怒りのドナウ」(※)では
ドナウ河が「ドナウ老人」と擬人化されてまさしく怒号してるのだが
フランス語では【le Danube】と男性名詞なので怒れる爺さんで
以下のような訳が充てられてるるる~
1823年作『東方詩集』収録

わしは洋々たるドナウだからな。
大変だぞ わしがことをおこしたら!
今はお情けに がまんしてやっているのだ。

しかしドイツ語では【Die Donau】と女性名詞なのだ?!
憂えるばあさんなのだろうか。(゚д゚lll)ギャボ

ちなみにドナウ老人の怒りの原因は間接的には戦争だが
ドナウ老人ががまんしてるのはあくまでも景観が損なわれる事態に対してだけで
トルコ領ベオグラードの回教徒とオーストリア領ゼムンのキリスト教徒が
河を隔てていがみ合ってるコト自体にはさすが神目線で
どちらの正義も意味しナイ、単に無益でしかナイ、と見捨ててるるる~
ただ大砲の砲弾の閃光や砲口からの煙霧によって
昼も夜も景観が損なわれてしまってるのだがどうにかならんのか、って・・・
そりゃ地球側からの意見としては尤もだよなwww
人類なんかどうなっても構わナイが
美しい景色がよく見えナイのは困るってか。(´д`;)ギャボ

最後にドナウ老人は「海レベルの大河なオレ、誇らしい」と自画自賛してるが
それって前提が河川より海が勝ってる、てコトになるじゃナイかw
これはそのままユゴーの潜在意識にあるのだろうか?

ユゴーが詩の中で構築する世界観は時空を超越してて
ギリシア神話にキリスト教、ローマ帝国にナポレオンのフランス帝国が
錯綜しながらも精神世界の秩序を形成してたり
伝承も史実のようだったり、現実が幻想のようでもある

またユゴーに限ったコトではナイが詩人が良く使う例えに
運命や人生を河川の流れに、心理や精神を海の状態に、てのがあるが
河川への想い入れが強いからこそなのか
ユゴーは以下のような強引な描き方もするのだ

ナポレオンは、すべてが大河のように流れさっていくのを見た。(※※)

ナポレオンの失脚をこう表現した後で呼応するように

ナイル河、ドナウ河、テヴェレ河の戦いが、(※※)

とあり、自分はナポレオンにはそこそこ詳しいつもりでいたので
テヴェレ河の戦いなんて知らなくて焦った(゚ ゚;)
しかし訳注にもあるがナポレオンはテヴェレ河では戦ってナイのだヽ(゚∀。)ノ
どうやらイタリア遠征を他の2つ(エジプト遠征とオーストリア作戦)と同じように
河の名で呼び連ねたかったらしい・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
※※1852年作『懲罰詩集』収録の「贖罪」より

『諸世紀の伝説』収録の「哀れな人々」では
ユゴーの世界観の中の河川と海の意義が明確に描かれてる

ああ!愛せよ、生きよ、春に咲く桜草を摘め、
踊れ、笑え、恋の炎を燃やせ、盃を乾せ。
小川がみんな暗い大洋に行きつくように、
運命は、最後には行きつかせるのだ、宴を、揺り籠を、
花のように咲きでたわが子を熱愛する母親たちを、
魂が目眩く(めくるめく)肉体の接吻(くちづけ)を、
歌を、ほほえみを、みずみずしくて美しい愛を、
墓の不吉な冷たさに行きつかせるのだ!

「哀れな人々」は貧しい漁師とその妻子の善意に満ちた生活が報われナイ悲惨な物語で
現代でゆートコロの詩、てよりは韻文形式の短編小説で
夫が帰らぬ人となり、病に倒れた妻も誰にも知られずに息を引き取る
子供を残して・・・((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

小川には束の間の幻想があり
城と森に囲まれた大河は伝説と共にあり
哀しみが生じても波に飲まれて大洋へと流れ込む・・・
そんなユゴーの水の流れに譬えた世界観の表現には心を揺さぶられるが
それでは大海の深淵は悲哀の吹き溜まりになってしまうではナイか。・゚・(ノД`)・゚・。

セーヌ河を愛するモーパッサンは
短編『水の上』で川を称える際に比較対照として
ユゴーの「夜は大洋から(原題:Oceano Nox)」(※)をあげてるが
この詩は猛り狂う海を歌った人類初の叙情詩だそうだ
詩集『光と影(原題:Les Rayons et les Ombres)』収録で『ヴィクトル・ユゴー文学館【1】詩集』にある

意外なのだがそれまでの海の詩と言えば
海原の美しさや広大さを讃美したり
穏やかな波が岸辺に打ち寄せるサマに酔い痴れたり
海の恵みを傲慢にも人間にとっての益だと有り難がったりで
嵐の海を詩にしようとは誰も思いつかなかったのである(゚ ゚;)

ユゴーがこの詩を書いたのは

「怒りに身をふるわせる」海を、八時間も眺めつづけた

そんな実体験からなのだが
モーパッサンにしても恐らく自らが夜の川で一夜を過ごした上で
短編『水の上』を書いたのだと思われる

ユゴーもモーパッサンも19世紀の人なので
近代化によって人々の感覚がいよいよ動物らしくなくなってきてて
つまり愚鈍になってしまってる五官に依らず
自然の中で研ぎ澄まされた感覚を呼び覚ましながら
詩作をしてきたのだろう

海や川の氾濫が齎す災禍には鋭いナイフで胸をえぐられるようだが
改めて自然に対して畏怖の念を抱くようになる
しかし人災は明らかに人間の悪意が関わって起きてるので
なんとも後味が悪くずっと心に燻り続けるし
実際に災難に遭った心ある者にも憎悪を植えつけてしまいかねナイ

モーパッサンの愛するセーヌは
ユゴーの愛娘レオポルディーヌを呑み込んだ

新婚の夫シャルルと共に乗船してたヨットが転覆して溺死したのである
その死後4年目に書かれた一連の詩「1843年2月15日」~「ヴィルキエにて」(※)は
神に問いかけをしては自らで呼応してるといった内容だが
そんな事情もあるユゴーにとってのセーヌは
どうしたって愛情より憎悪の方が深いのだ
『静観詩集』にある4篇の詩でヴィルキエはセーヌ河畔にある息女の溺死した場所に程近い村である

またユゴーはフランス人だがゲルマン民族の血も受け継いでおり
元より河と言えばラインに想い入れがあるようで
『ライン河(原題:Le Rhin)』なる紀行文を書いてたりもするが
これが邦訳では『ライン河幻想紀行』(※)となってるのがなんと適正なコトか!!
河畔の古城に領主がいた時代の伝説が語られてるのだ!
例えば「ザンクト・ゴアール」の章ではローレライの伝説に触れてるるる~
岩波文庫から出てる抄訳だがユゴーの描いたライン河のスケッチも収録されてる

あのローレライの伝説の岩山が、ラインに垂直に落ち込んでいる。
それこそ、声をかけたり歌を歌ったりする人に七たび答えると言われる名高い木魂の場所だ。

歌の本 (上) (岩波文庫)

自分はハイネの詩にある『ローレライ(原題:Die Loreley)』しか知らず(※)
その歌声で船乗りを誘惑しては水中に引きずり込むトコロから
下敷きになってるのは『オデュッセウス』等に登場するセイレーンと思ってたが
意外な言い伝え、なんと木魂・・・(゚ ゚;)?
セイレーンは海由来なので当然ながら木魂ではナイヽ(゚∀。)ノ
ちなみにユゴーには木魂が5回以上は聞こえなかったそうだがw
STYXにも『ローレライ(原題:Lorelei)』なる曲があるが歌詞にはラインの伝説らしい部分は微塵もナイ

ローレライ伝説の概要を確認したくてググってみると
どうもはっきりしナイながらも諸説あれど古い伝説ではナイのは間違いなく
クレメンス・ブレンターノの1801年発表の長編小説『Godwi』に
挿話として収録されてるローレライ伝説が文献としては最も古いようで
それでブレンターノの創作だって説もあるらしい

ユゴーによればローレライは水の精(ニンフ)で

その昔、神話の中で多くの王侯や伯爵たちに言い寄られた

とだけあり、ユゴー自身もよくわかってなかったのか?
あるいは当時は人口に膾炙してた伝承だったので語るまでもなかったのか?

水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1)

で、「水の精」で「木魂」ならばフーケの『ウンディーネ』じゃナイのか。(゚д゚lll)ギャボ
1811年に出てるがこれがブレンターノのローレライ伝説とミックスされたとか?!
などと言いつつフーケの『ウンディーネ』は未読だか・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
ジロドゥが戯曲化した『オンディーヌ』から推察。(´д`;)ギャボ

オンディーヌ (光文社古典新訳文庫)

この『ウンディーネ』もしくは『オンディーヌ』の物語の根幹部分の
異界の女が人間の姿になって愛する男の下へ行き
男に裏切られて一巻の終わり、とゆー悲恋の定番原則だが
アンデルセンの『人魚姫』とかバレエ『白鳥の湖』とか
必ず裏切ってしまうのが良くも悪くも人間の男の性なのだよな(-_-;)

但し『オンディーヌ』の場合には裏切った男の方が死んでしまい
オンディーヌは元の水の精の姿に戻れるのだが
愛する男との記憶を失ってしまう

愛する男を想いながら死んでくのと忘れて生き永らえるのって
どっちが幸せなのかって、自分は前者だなw

モーパッサンには『水の上』と題した短編小説と紀行文がある

どちらも原題は【Sur l'eau】で「水の上」だが
初期に書かれた短編『水の上』の発表時のタイトルは
【En canot】で「ボートに乗って」だった
と、下記のLINKにあった(短編『水の上』の解説と邦訳本文)
LINK:モーパッサン 『水の上』

この解説によれば若き日のモーパッサンは
よくセーヌ河畔のボート上で楽しく過ごしてたそうだが
行楽的な楽しさ以上の愉しみを「水の上」で体験してたのだろう

そしてモーパッサンにとって「水の上」は
あくまでも川であって海ではナイ

短編『水の上』の導入部では
ユゴーの海の詩を引用して川と比較してたりもするが
川への賛美だけでなく欠点も含めての魅力を詩的に表現してて
それがまるで最愛の恋人について語るかの如くに熱っぽく
少し狂気じみた感さえあって圧倒される

そうして緊張感がMAXまで高まった状態にさせておいて
五感が研ぎ澄まされるような繊細な描写によって
すっかり河畔のボートの上の主人公の男の心境になってしまう

トルストイが『モーパッサン論』において
この短編『水の上』を高く評価してるのは凄く納得が行く

水辺で生まれ育った人なら似たような水辺に郷愁を覚えるのは当然だが
モーパッサンの「水の上」はもっと始原的な情景なので
自然の摂理を直観で享受してるような感覚に陥れられるのだ

人間が自然から感銘を受けるのは崇高な美意識に心打たれるからだが
それをなんとか模写して表現するのが芸術の本来の目的で
単なる文芸ではなく芸術として適ってる作品だ

変わって晩年に書かれた紀行『水の上』は
長編のタイトルにもある「ベラミ」号なるヨットで地中海沿岸の周遊してて
当時(19世紀)の風物についてや土地に纏わる古い伝承などが
日記形式で次から次へと軽妙に綴られてる

どうやら興味の対象がモーパッサンと被ってるらしく
繰り出される固有名詞に嬉々としていちいち反応せずにはいられナイのだが
それに対する考察がまた゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ!

それにしても紀行『水の上』はモーパッサンの著作にしては
本文159ページに対して訳注(※)が10ページほどもあるのは画期的だヽ(゚∀。)ノ
あまり読書家ではなかったらしく古典からの引用が殆どナイのが
もれなくモーパッサンの特徴とも言えるるる~
トルストイが憧れるようなモダンさは古めかしい装飾が一切ナイからかw
訳者は師弟関係の吉江喬松と桜井成夫で、吉江が大正2年に訳したモノを底本として桜井が新訳をした

トルストイは紀行『水の上』については次のように評価してる

その文学的活動の途上における作者の力強い道徳的成長は、これら珠玉のような短編にも、また彼の書いたいちばんりっぱな作品である『水の上』にも、消すことのできない線をもって書きとめられている。

紀行文は要は旅日記だが
そもそも日記が単に出来事の羅列でしかなければ
他人からしたらちっとも面白くナイ
出来事から何をどう思い巡らしたのか?
感性や人間性が垣間見えてこなくては意味がナイが
その点でこれ以上優れた日記はナイ

まあトルストイがモーパッサンに最も感じ入ってる部分は
基本的に人間社会の腐敗に対する憎悪に共感できるトコロだろう

有史以来、人間社会は腐敗し続けてて
美しい魂のままに生きるのは非常に困難なのだが
その困難に真っ向から挑んで生きる、否、むしろのたれ死ぬ。(゚д゚lll)ギャボ
そんな不器用ながらもひたすら美しくあり続ける人間の気高さ!
そういう人間の生きザマに何よりも心打たれるのだ!!

トルストイは『モーパッサン論』でモーパッサンについて
不道徳な人間に肩入れしてるような作品を書いてる、と非難もしてるが
これは生き方が違うから表現の仕方も違うのだと思われ。(´д`;)ギャボ

自然とは隔絶した人間社会で
幻のように現れては消える様々な現象に心奪われるコトなく生きるために
素朴な農民のように神を信じて生きようとしたのがトルストイで
自身の五感にさえ惑わされずに直観で生きたのがモーパッサンなのだ

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一見、不埒な男の成り上がり話のような『ベラミ』には
それを肯定する明るさが微塵もなく
全編に渡って空虚さと疑念が常に付きまとってて
死を恐れる孤独な詩人がベラミに語りかけるシーンと
恵まれた生涯を過ごしてきた友人がベラミの目前で死んでく場面は
この物語の唯一の(2つだがw)真実なのであるが
これらを真摯に受け止められナイベラミは所詮凡庸な小人物に過ぎナイのだ(苦笑)

『ベラミ』を主人公に流されずに読めれば
絶望的な死への想いに耽る孤独な詩人の台詞と
素晴らしい伴侶を得て人生を煌かせたベラミの友人の死に際の光景が
心に残るだろう

モーパッサンが『ベラミ』で描きたかったのは死生観なのだと思われ

ユゴーと言えば日本では『レ・ミゼラブル(ああ無情)』だが
昨年は出版150周年に当たり、これを記念してイギリスで映画化されて
日本でも年末に公開された

過去にジャン・ヴァルジャンを演じた俳優として思いつくのが
ジャン・ギャバン、ジェラール・ドパルデュー、リーアム・ニーソンなので
既に最低でも3度は映画化されてるはずなのだが
どうやらリメイクとか小説からの直接的な映画化ってより
80年代からロングランのミュージカルの映画化だそう

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自分はミュージカルでは観たコトナイのでなんとも微妙だが
とりあえず近年は観たい映画が日本公開スルーばかりだったので
観れる確証があればもうそれだけでありがたかった・・・
まあ、結局は観に行けなかったのだが(苦笑)

日本未公開と言えば、どうして外されたのか不思議なのは
オスカー・ワイルド原作の『Dorian Gray』と
モーパッサン原作の『Bel Ami』だ
主役がイケメン、つか、正統派の超絶美形だったのだから
上手いコト煽れば日本でもウケると思うのに・・・
どうもブサメンとかキモメンを
強引にイケメンと称して押し通すために
チョンが裏で妨害してるような気がしてならナイのだがねp(-_-+)q
『Dorian Gray』も『Bel Ami』もDVDが日本発売されたのでゲト♪

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いかん、話が逸れた、いや、逸れてナイ、どっちだヽ(゚∀。)ノ

ユゴーはドリアンやベラミほどの優男ではなかったかもしれナイが
彼らに匹敵するか、それ以上に女には不自由してなかった
てか、むしろモテ過ぎて不自由してたかもだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

人間なのだから欠点があるのは当たり前で
それが女癖の悪さなら、自分の男でナイ限りは1番許せる欠点かとw

とはいえ、元女優で秘書兼愛人のジュリエットが50年間も
ユゴーの愛人だった、ユゴーだけの愛人だった、ユゴーの愛人でしかなかった
てのは、社会的にも生物学的にもどうなのかね。(´д`;)ギャボ
ましてやユゴーの方はまず正式な婚姻関係の妻がいたのだし
他にも肉体関係を持つ女が数え切れナイほどいたのだ。(゚д゚lll)ギャボ

そんなユゴーが道義的な『レ・ミゼラブル』のような作品を書き
その中でこんな感動的な一節をほざくのだwww

海洋よりも壮大なる光景、それは天空である。天空よりも壮大なる光景、それは実に人の魂の内奥である。(※)

心清き人の哀しき魂は河川を流れて海へ辿り着き
一旦は波間を漂いながらも最後には大海の深淵に沈み行くのだろう
しかし水底から解き放たれて空へと飛翔してみれば
気がついたら魂の内奥に帰着してた・・・なんて。・゚・(ノД`)・゚・。
訳は青空文庫にある読み易い豊島与志雄訳で岩波文庫『レ・ミゼラブル』【1~4】の【1】より

『レ・ミゼラブル』は上記以外にも海や空を殊更比喩に用いてるが
同じ時期(晩年)に書かれた詩集にもこの傾向は強く見られ
とりわけ最晩年の『諸世紀の伝説』(※)における空の表現は秀逸で
「サテュロス(原題:Le Satyre)」では天空を越えて
宇宙へまでも達してるるる~
第一集が1859年、第二集が1877年、第三集が1883年に出版されてるが、1883年には人類史の年代順に再編纂された決定版も出た

「サテュロス」は『諸世紀の伝説』の中で
「16世紀、ルネッサンス、異教」の時代に位置づけられており
訳者の解題を引用すれば

この詩は、『諸世紀の伝説』のすべてのテーマが描かれている「凝縮された鏡」なのである。すなわち『諸世紀の伝説』という大宇宙(マクロコスム)に対して、「サチュロス」は小宇宙(ミクロコスム)なのである。

またこの詩の構成はプロローグに始まり
第1部 青、第2部 黒、第3部 暗色、第4部 星空
として、1日の空の移り変わりになってて
最後の星空においてはサテュロスは牧神パンとなり

牧神は叫んだ。
「未来は 天空が作るように
底なしの無限のなかへ拡大すること
あらゆる方向から事物に浸(し)み込む精神だ!
世界よ 悪はすべて神々の形に由来する。
(中略)
燃えるかそれとも流れる 聖なる元素に代われ!
宇宙の輝きに代われ!
国王とは戦争 神は夜。
(後略)」

プルタルコスの『モラリア』【5】「神託の衰微について」には
「大いなるパーンは死せり!」との天の声を聞いた船乗りの逸話があり
これが誤ったまま伝わってキリスト教徒に寓意を纏わされて
更なる誤謬を携えながら近代まで信じ込まれてきたが
ユゴーはこれを前提として
ルネサンス期に他の神々と共に蘇った牧神パンに
人類が理想とすべきユマニスム(ヒューマニズム)が尊重される社会を
未来にあるべき姿として叫ばせているのだ!

残念なコトに21世紀の今もユゴーの時代から全く進歩がナイがね(゚*゚;)
人類は滅び行くまでこのままだろうてヽ(゚∀。)ノ

とにかく自分は晩年のユゴーを読んでると
海から空へ、そして宇宙への航海が
STYXの名曲『Come Sail Away』を想い起こさせる・・・ホゥ(*-∀-)

☆追記...
ユゴーは自身の死後に未刊の作品を集めた詩集を
『大洋(原題:Océan)』と冠して刊行するよう息子らに遺言してた

lumen-naturale

フランス革命勃発は1789年のバスティーユ襲撃で
終結は一般的には1799年のナポレオンのクーデターらしいが
ここでは自分の主観(ユゴーの『93年』に依るるる~)を優先して
ルイ16世が処刑された1793年で区切った

ルイ十六世 上
ルイ十六世 下
王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
フランス革命の肖像 (集英社新書ヴィジュアル版)
ベルサイユのばらカルタ
マリーベル (1) (講談社漫画文庫)

自分の興味の度合いがが選抜の基準なので
偏った列挙となってるため主要人物であっても漏れてる可能性大w

モンテーニュ 1533~1592
(ベーコン 1561~1626)
デカルト 1596~1650
コルネイユ 1606~1684
ラ・フォンテーヌ 1621~1695
モリエール 1622~1673
パスカル 1623~1662
(スピノザ 1632~1677)
ラシーヌ 1639~1699
(アイザック・ニュートン 1643~1727)
(ライプニッツ 1646~1716)
モンテスキュー 1689~1755
ヴォルテール 1694~1778
(リンネ 1707~1778)★
ビュフォン 1707~1788★
ルソー 1712~1778
ディドロ 1713~1784
ダランベール 1717~1783
・・・・・・・・・・・・・1789年バスティーユ攻撃
(カント 1724~1804)
サド 1740~1814
ラマルク 1744~1829★
(ゲーテ 1749~1832)★
ラファイエット 1757~1834
(シラー 1759~1805)
シャトーブリアン 1768~1848
ナポレオン 1769~1821
キュヴィエ 1769~1832★
(ヘーゲル 1770~1831)
サン・チレール 1772~1844★
ベランジェ 1780~1857
スタンダール 1783~1842
・・・・・・・・・・・・・1793年ルイ16世の処刑
ミシュレ 1798~1874
バルザック 1799~1850
ユゴー 1802~1885
(ダーウィン 1809~1882)★
(メンデル 1822~1884)★

フランス人でナイ人物は()で括り
当時の博物学に縁がある人物には★をつけた

啓蒙思想家たちは革命の起爆剤だけ用意して
皆、革命の前に亡くなってたり・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして『93年』を書いたユゴーはもちろんだが
『フランス革命史』を書いたミシュレも
上記にある実質的なフランス革命を体験してなかったりヽ(゚∀。)ノ

ミシュレと言えば先月『フランス史』全6巻の5巻が出てた
「18世紀――ヴェルサイユの時代」って
これはもう『ベルばら』ファン必読ではなかろうか?!
もちろんオスカルは出てこナイがねw

既刊の【中世】【ルネサンス】【ルイ14世の時代】も愉しめたが
やっぱフランス史のメインはフランス革命であろう

てか『ベルばら』ともう一つ『マリーベル』てのもあったが
フランス革命を描いた少女漫画はなんでこうも名作揃いなのだ?

ところで『マリーベル』では貴族の美少年フランソワがお気に入りだったが
革命勃発で市民に襲われる場面がなんとも強烈に印象に残ってる
読んでる殆どの人が気にも留めてナイシーンだと思うが
悪意のナイ庶民が集団心理によって無意識の悪意を剥き出しにしたコトに
しかも罪のナイ脆弱な少年に対して憐憫の情を抱かずに暴力を行使したコトに
慄然としたのだった・・・

続く

泣けた・・・。・゚・(ノД`)・゚・。

『レ・ミゼラブル』より涙してしまったのは
『93年』の以下の件(くだり)だ

ゴーヴァンは勝利者だ。しかも民衆のために勝利をもたらした英雄であった。彼はヴァンデにおける革命の大黒柱であり、しかもこの柱石を共和国のために築いたのはシムルダンその人ではなかったか。この勝利者こそシムルダンが手塩にかけて育てた教え子であった。共和国のパンテオンにやがてはまつられるであろうあの若々しい顔にシムルダンが認めているかがやき、それすなわちシムルダン自身の思想であった。彼の弟子、そして精神上の子供は今の今から英雄となり、やがて近い将来に祖国の栄誉を一身に担うようになるだろう。シムルダンは擬人化した自分の魂と再会した心地であった。彼はつい今しがたゴーヴァンの戦うありさまをその目で見たばかりだった。それはアキレウスの戦闘を目撃していたケイロンのごとき心情であった。僧侶と半人半馬族(ケンタウロス)のあいだには不思議な類似がある。僧侶もまた上半身しか人間ではないからである。

ヴィクトール・ユゴー『93年』より今日出海訳(筑摩世界文学大系)

ボッティチェリ「パラスとケンタウロス」 インテリア アート 絵画 プリント 額装作品 フレーム:木製(黒) サイズ:XL(563mm X 745mm)

野蛮な習性とされるケンタウロスの中にあっては
変わり者であったらしいケイロンは
アキレウスを乳幼児~9歳まで養育してる
(この辺りの詳しい事情は[アキレウスの誕生]参照)

その後アキレウスはリュコメデス王の許で女として育ち
オデュッセウスに見破られてトロイ戦争に赴いて
最大の英雄であった敵の大将ヘクトルを討ち
超英雄の座を得た(のもつかの間で戦死する)が・・・
(この辺りの詳しい事情は[アキレウスのトロイ出征]参照)

そんなアキレウスのトロイ戦争での活躍を
ケイロンが目にしたとゆー記述はどこにもナイし
ギリシアの山奥でひっそりと暮らしてるはずのケイロンは
フツーに考えて物理的にトロイに出没しようもナイ
もちろんユゴーだって勘違いしてるのでなく
そうと知っていながら、わざとそんな例えを引き合いに出してるのだが
だからこそこの例えは胸を打つ!

英雄と女神(海の精)とゆー立派な両親の元に生まれながらも
乳飲み児の内に親元を離れた・・・
換言すれば親に捨てられたアキレウスが
ケイロンを師と敬う以上に(以前に)父とも母とも慕ってたのは明白で
それはケイロン自身も気付いてただろう

ところがケイロンからしてみれば
人間のアキレウスとはそもそも棲む世界が違うので
成長した暁には手放す運命が確定してるし
言い切ってしまうと、本来、引き取って育てる義理もなければ
どう育てたトコロで何の見返りもあるワケでもナイのだ

それでもケイロンがアキレウスを世話し
共に生活する中で必要な知識を与えてったのは
江戸っ子に言わせれば、人情ってヤツに他ならナイので
そこに感じ入ってしまうのだが
更にその教育が理想的に思えるから胸熱!!

神話を紐解いても詳細は見当たらナイが想像に難くナイのは
指導と呼ばれる思想の刷り込みや
最初から考えさせナイようにする洗脳といった
素直な子供であるほどに持って生まれた自身らしさを失い
不自然な大人にしてしまうような教育を施してなかっただろうからだ
たぶんルソーも納得の理想的な教育ではナイだろうか?

エミール〈上〉 (岩波文庫)エミール〈中〉 (岩波文庫)エミール〈下〉 (岩波文庫青 622-3 )

ケイロンはアキレウスをアキレウスとして育んだのだ

シムルダンもゴーヴァンをゴーヴァンとして育んだに違いナイ

もしもケイロンが立派に成長したアキレウスの姿を目にしたら・・・
ゴーヴァンと再会したシムルダンの心情を表現するのに
これほど的確な例えはあるまい

実の親と子の縁は切れナイがその縁より強い絆もある
血を分けた、それだけの理由に依らナイ人情がその絆を強くする
これは何も師弟関係に限らず、夫婦間や友人同士もそうだ

人情・・・無償の愛情、と言えばわかりやすいだろうか?
尤も無償ではなく何らかの補償が伴う愛は
相手を「愛してる」と錯覚してるだけの自己愛でしかナイがなw

自分はケイロンのようにシムルダンのように
愛する人を育みたい

そういう想いからケイロン=ケンタウロス、に対して
格別な敬意を抱くのだろう

九十三年〈上〉 (潮文学ライブラリー)九十三年〈下〉 (潮文学ライブラリー)