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rebours

著者のファンではナイし
内容的に読みたい部分があるってワケでもナイ
持っていたいだけなのだ、他にこんなのナイから・・・これが欲しいp(-_-+)q

ユイスマンスの『さかしま』に出てくるような装丁の豪奢な本が欲しかった
そんな不純な動機で気になってた門外不出のはずのユングの奇書
『赤の書』が出たのはもう2年前なのか・・・

しかし薄給勤労者には¥37,800もする本を購入するような勇気はなく
万が一買うならまだしも安い洋書の方を買うだろうが
とりあえずはまず現物がどんなだか見たくて
見に行った記録が以下

The Red Book: Liber Novus

国際ブックフェアに創元社さんが現物を出品するとのコトで
招待券を確保してあったのだが
いざ当日(本日)となると
東京ビッグサイトまで行くのが億劫だったのと
冷房に甚だ弱いのでこの時期(真夏)に大きな会場に行くのは不安で
期待しつつも気乗りはしなかった。(´д`;)ギャボ

それが徒歩圏内にある三省堂でもフェアをやってて
そりゃあ三省堂も冷房は厳しいだろうが
具合悪くなりそうになったらすぐさま外へ逃げられるので安心だし
散歩がてら行ってみるのも悪くナイ
現物が見られるのか今ひとつはっきりしナイがね(-_-;)

開店時間の10時めがけて9時45分に家をでたが
神保町の居並ぶ古本屋の前を素通りにはできぬゆえ
三省堂に到着した頃には結局11時近かったし
4Fの『赤の書』コーナーに辿り着いたらちょうど11時だった

だ・・・誰もいナイヽ(゚∀。)ノ

どんと置かれた『赤の書』は
なんとVaioよりヨユーででかいぞ。(゚д゚lll)ギャボ
持ち上げようとしたが無理っつ!
調べたら4kg以上あるらしく気合入れて踏ん張らねば!!
いや、無理して持ち上げる必要もナイw

とにかく何も注意書きがナイが
中を見て゚+.(・∀・)゚+.゚イイのかな?見ちゃうよ???
そこから1人でゆっくり見入るるる~

だ・・・誰もこナイヽ(゚∀。)ノ

そして当然かもしれナイが読めナイ。(゚д゚lll)ギャボ

カリグラフィーは慣れてナイと読みづらいモノで
例えばフツーの印字なら一見して英語、独語、仏語の別はわかるが
それがよほど目を凝らして見なければ
単語の切れ目がわからず特徴的な単語を見出せナイばかりか
随所にギリシア文字が混入されててこれが混乱を招いてたのだ

現物をじっくり見れたので
他の著作と同じくドイツ語と判定できた

まあしかしこの本の真価はイラストなワケだよ!
ある意味カリグラフィーの見栄えはそっちに属するのだが
この大迫力に圧倒されナイ人間も珍しいだろうって勢い!!
LINK:電子BOOK(抜粋)

構図も色使いも度肝を抜くモノだが
一貫してるスタイルがあり
どうやらそれが精神を刺激し過ぎるのか
続けざまに見ると気分が悪くなってくる(のは自分だけ?)

迷路のような模様(実際「迷路」そのものの絵もあるのだが)
これが迷妄の暗示にかかった気にさせるのだ

子供の頃にはよく
どこへ行っても行き止まりになってしまい家に帰れナイ、って夢を見たが
その時の焦燥感が蘇ってきたせいかな?
とりあえず1度体験すれば十分な気がした←怖がりらしいw

落ち着いてから三省堂のポイントカードを作って
せっかくだから何か買って行こうとうろうろ・・・

口髭・宝石―他五篇 (岩波文庫)
アモールとプシケー―女性の自己実現

岩波文庫のコーナーで復刊のチェックをして
結局のトコロ購入したのはモーパッサンの短編集で持ってなかった『口髭・宝石』
ここに収録されてる7篇は他で収録されてナイモノが多くて
たった¥400で凄く得した気分(*^^*)
モーパッサンの短編はなんせ300篇以上あるから
未だ邦訳されてナイのも多くて気長に集めるしかナイのだな

この日の古書の収穫は以下
エリック・ノイマン(河合隼雄監修)『アモールとプシケー』¥300
大河内俊雄『バーナード・ショーの劇』¥300
日経ポケット・ギャラリー『ロセッティ』¥300
クリストファー・ヒッバート『メディチ家―その勃興と没落』¥800
ロジャー・D・マスターズ『ダ・ヴィンチとマキアヴェッリ』¥700
串田孫一『虫と花の寓話』¥600
サルトル『トロイアの女たち』¥400

(^▽^*)ホクホク♪

小説中の人物に影響されて
現実で欲しい本との巡り会いに導いてもらってるるる~

rebours

ユイスマンスの『さかしま』の主人公デ・ゼッサントは
自分にとって理想の相手の妄想対象なので
その趣味を分かち合いたいと切に願ってしまう

デ・ゼッサントはLINK先にあるような特殊な装丁の書物を蒐集してたようだが
そうでなくとも装丁の美しい神秘的な本には魅力を感じて
買うのは無理でもせめて現物を拝みたくなる
LINK:[『さかしま』-デ・ゼッサントの好んだ本]

しかし現代日本においてはデ・ゼッサントのコレクションのレベルはもちろんだが
なかなか装丁の凝った本にはお目にかかれナイ

それが2008年の4月にティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』を観に行って
偶然にも目にしたのがメディチ家の所蔵の
大プリニウスの『博物誌』とオウィディウスの『変身物語』だった

そうとわかった瞬間には目当ての絵以上に興奮したが
『博物誌』がポストカードになってたのには泣けた。・゚・(ノД`)・゚・。

デ・ゼッサントが読んでたラテン文学はこんなかな・・・ホゥ(*-∀-)

尤もデ・ゼッサントは大プリニウスもオウィディウスも貶してるがね。(゚д゚lll)ギャボ
てか、ラテン文学の殆どをこきおろしてるのだがw

そんなワケでユングの『赤の書』の現物を見たくなったのは
その体裁に惹かれてだった・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

赤の書 ―The“Red Book”

バカでかくて
目も眩むような真っ赤!
尋常ではナイ!!

実はその時までユングの著作など読んだコトはなく
学生時代に週に1度の心理学の授業を1年間受けてただけで
ユングも心理学も一般常識以上には知らナイし
特別な想い入れはもちろんだがほとんど興味はなかったのだヽ(゚∀。)ノ

それがまるでデ・ゼッサントだったら買っておきそうな本だったので
とにかく手にとって実感したかったのだ

ググってみれば内容の方もイラストが想像以上に鮮烈だったし
何よりもカリグラフィーで綴られたテキストページが
ルネサンス期のラテン文学の本を髣髴とさせるるる~(『博物誌』画像参照)

しかし『赤の書』はいかんせん大き過ぎるし=重過ぎるので
実際に腺病質のデ・ゼッサントが読むのにはどうかとも思ったがね(苦笑)
てか読む以前の問題なのだよ
本棚から出し入れするだけでも4kg以上もある本は無理っつ。(´д`;)ギャボ

そして自分の場合は置き場所が無理っつ・・・バタリ ゙〓■●゙

とりあえず現物を手にとって『赤の書』がどんなモノか納得できたので満足して
むしろユングのフツーの本を読んでみたくなってきたが
思い起こせば確かとーちゃんの本棚に数冊あったはず・・・

1ヵ月後にちょうど夏休みで遊びに行ったので本の発掘作業してたら
『ユング自伝』と『現代人のたましい』を発見!
これらを借りてって『ユング自伝』読み始めたら思い出した!!

以前にも読み始めで怖くなって止めたのを・・・((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

何が怖かったかってその時は漠として不明瞭だったが
何かに自分の根源的な部分をばくばくたべられてしまうようなカンジがした

今にして思えば洗脳されそうな恐怖だったのだろう
キリスト教にw

今では宗教に洗脳されるほどヤワではナイ自分が確立されてるので
あえてキリスト者を理解する上では有効な本だと思えるし
定番ってカンジの『哲学の木』と気になってた『ヨブへの答え』も購入して読んだので
キリスト教を深く理解するのにとても役にたった(-人-;)

人間同士の出会いもそういうのってあるよな
こっちがまだできてなくて勝手に萎縮しちゃって苦手意識持って
コンプレックスを克服してからその苦手だった人に会うと
お互いに受け容れられなかったとしても別になんてコトはなく話くらいできる

キリスト教の残忍さや狡猾さや図々しさが江戸っ子には耐え難い

最終的にはそれだけのコトなのだが
だからって別にローマ法王にケンカ売る必要なんてナイだろうし
自分の意識の中では自分が世界の中心だが
現実の世界では自分などは世界に全く認識されてナイ存在なのだ

ユングを読んでそんな結論に至る人は他にいるだろうか(-_-;)

そうこうしてるうちに今度はユングの豪華本が出るのだが
それが『ヴィジョン・セミナー』だ

ヴィジョン・セミナー

それにしても心理学者ってのは哲学者より更に変人だな・・・

いつの世も間違いなく
諸悪の根源である権力者は人の゚+.(・∀・)゚+.゚イイ庶民を騙してはのさばってきた
ほんの一握りの権力者たちの権勢欲を満たすために大部分の庶民が犠牲を払う
そんな世界の構図は変わらナイ

見事な素朴さをもって、政治家は「悪について想像」だにしないと誇らしげに宣言する。全くそのとおり、われわれは悪について想像だにしない。しかし、悪はわれわれを手中におさめているのだ。ある人々は、このことを知りたがらないし、他の人々は悪と同一化する。これが現在の世界の心理的な状況である。

ユング自伝―思い出・夢・思想 (1)
ユング自伝―思い出・夢・思想 (2)

とゆーのはドイツの心理学者ユングの自伝にある晩年の言葉だが
そんな現実があからさまになったのが今回の日本の震災における原発事故だろう

地震そのもの以上に火事と津波の被害が酷く
町ごと壊滅状態になってしまってたり残った家屋も損壊が酷かったり
上下水道・電気・ガスの供給が途絶えたままの地域も多いが
その中で原発事故とそれに伴う計画停電の実施は明らかな人災で
責任の所在は当時の原発利権の自民党議員と東電幹部にあり
またずさんな管理体制であった現東電にもある

しかしそうとわかってても促されるだけなのが庶民の宿命だ
有史以来ずっと時の権力者たちのほとんどは庶民を殺され要員としか思ってナイ
そのワリに自身の命や身柄は後生大事にしてて
だから役立たずの政治家が唯一してるコトと言えば責任転嫁だけだw
そのために既成事実を捏造さえするるる~ヽ(゚∀。)ノ
何もカダフィ大佐が特別の極悪人てワケではナイ・・・

まあそんな百害あって一利なしの役立たずの政治家以上に
一庶民なんて何の力も持たなくて
できるコトと言えば責任転嫁してる政治家を叩くくらいなのだが
それこそが庶民の特権だから゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだ
無責任、とゆー自由・・・

だがしかし、こういう状況下であると看過できナイ場合もある
デマが横行すれば混乱が生じるからだ

今はネットで誰でも簡単に情報を発信できるが
善意からのものであれ無責任な発言は控えるべきだし
情報源の信憑性を確認するヨユーを持ちたい
何でも鵜呑みにしナイコトだ

話は原発のコトに戻るが
今起きてる状況はなるようにしかならナイし
それこそ自分のおぼろげな認識から混乱や不安を招きたくはナイ

ただ自分は原発についてずっと反対してて
その理由を述べたい

自分が化学者・物理学者・コンピュータ技師・建築家として
原発を作る立場の人間だったら
とても事故の起きナイ原発は作れナイ、と思えるからだ
そして事故が起きた際の惨事の責任はもちろん
事故後に不毛の地になってしまった大地に対して・・・
地球に対して責任のとりようがナイからだ

だからと言って
万が一にも絶対に事故の起きナイ原発が作れたとしても
それで゚+.(・∀・)゚+.゚イイとも思わナイ
原発によってどんどん"生産される"核廃棄物だって
そのままポイっと捨てられるようなモノではナイし処理場はいつしか満杯になってしまう
コンクリ詰めにして海洋投棄してたりもするが
いつかは腐食して中身が漏れ出すのは必至で
どのくらい先かは見当もつかナイが放射能汚染が海を襲うのは既に確実なのだ
そこで宇宙への投棄とかまでくるともうキチガイ沙汰ではナイだろうか?

人類は傲慢過ぎるるる~p(-_-+)q

そしてその最たる権力者の先の見通しの無さ過ぎる原発依存より
もっと酷いのは原発推進派の技術者依存だ
簡単な話だが
日本で原発を取り扱えるような各方面の技術者は一握りなので
その人たちが全員死んだらどうするんだ?
誰が何十基もある日本の原発をどうやって管理するんだ?
そんなコトは起こらナイだろうから杞憂だと言うのか?

とか提議しつつも
原発推進派だって自分と同じ殺され要員の庶民でしかナイなら
無責任に言い逃げする権利はあるw

せいぜい生かされてる間に人生を謳歌したいな
放射能に汚染されていようがいまいが太陽に照らされて緑を堪能し
小川の聖なる調べに促がされて身を横たえる幸せを味わえる限り味わいたい(*^^*)