牧神の午後

フィギュア・スケートの1番好きな女子選手カロリーナ・コストナーが
『牧神の午後への前奏曲(プレリュード)』を演じてた

筑摩世界文学大系の43巻には
ステファヌ・マラルメの『L’Aprés-midi d’un Faune』が
鈴木信太郎訳で『半獣神の午後』(※)となってるが
マラルメのこの詩からインスピレーションを得て
ドビュッシーが『牧神の午後への前奏曲』を作曲して
これに振付けて踊ったのがニジンスキーの『牧神の午後』で
フィギュア・スケートでも演じられるようになった
「半」も「獣」も「神」も旧字

牧神の午後 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)

付け加えれば山岸凉子がニジンスキーの伝記を『牧神の午後』とゆー少女漫画にした(*^^*)

牧神の午後 マラルメを読もう (慶應義塾大学教養研究センター選書)
ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)

オウィディウスの『変身物語』や
これに倣ったブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』によれば
牧神パンはニンフのシュリンクスに欲情して追いかけ
逃げ場を失ったシュリンクスは水に飛び込んで葦に姿を変えてしまった
パンが諦めきれずにこの葦を手折り残念がって溜息を漏らすと
振るえる葦から美しい音色が奏でられたので束にして葦笛を作成した
葦笛をパンの笛とかシュリンクスと呼ぶのはこのためだ

これが葦笛の起源とされてるのだが
なぜか発明したのはパンでなくメルクリウス(ヘルメス)だとされてたりする

オウィディウスは(ブルフィンチも)これを独立した物語でなく
「ヘルメスのアルゴス退治」と結び付けてて
身体中に眼があるアルゴスを眠らせるためにヘルメスが寝入り話をする筋立てで
その寝入り話の内容こそがこのパンとシュリンクスの挿話なのだが
とゆーコトはヘルメスはパンが葦笛を発明する様子を見てたのだろうか?
それなら正しくは発明者でなく発見者なのか?

ちなみにこの「ヘルメスのアルゴス退治」は
ギリシア神話の定番ネタとも言うべきゼウス(ユピテル)の浮気に始まる(苦笑)

浮気相手は正妻のヘラ(ユノー)に遣える美少女イオで
ゼウスは欲情のままに襲ってしまうのだが(実害があるだけにパンよりタチが悪いよなw)
ヘラにバレそうになると往生際の悪いゼウスはイオを牛に変えてまでシラをきる。(゚д゚lll)ギャボ

ヘラは女のカンなのか牛に姿を変えたイオを所望し
疑念を晴らすためゼウスは仕方なく牛のイオをヘラに与えたが
牛の姿で草を食むイオが可哀想になってきて
ヘラから牛を盗むように息子のヘルメスに言いつける。(´д`;)ギャボ

しかしヘラはまたしても女のカンなのか身体中に眼があるアルゴスに牛を見張らせたので
さすがのヘルメスもそんな怪物相手では盗む隙がなく
まずは葦笛を吹いてうっとりさせながらアルゴスに近寄って葦笛の起源について語り始めると
まもなくアルゴスが身体中の目を閉じて眠ったので
ヘルメスはその首を切り落としてまんまと牛を盗むのに成功!
と思いきや牛は逃亡!!

哀れなイオは牛のまま各地を彷徨う破目に陥るのだったヽ(゚∀。)ノ

しかしアポロドーロスの『ギリシア神話』では葦笛の起源はなくて
ヘルメスはアルゴスに石を投げつけて退治してたりして・・・

またヘルメスが葦笛の発明者とされてる話ではこれをパンに譲り受けたのか真似て作ったのかは謎だが
アポロンのケーリュケイオン(魔法の杖)と交換してるるる~

そもそもヘルメスは竪琴の発明者でもあるのだが
それとゆーのもヘルメスはアポロンから牛を盗んで牛を返す代わりに竪琴を作って与えたのだったw
そうして葦笛と竪琴をもらいうけたアポロンが楽人の神になり
ヘルメスは職人と商人の神となったが牛を盗んだので泥棒の神ともされるのだった
そういえばヘラからも牛を盗もうとしてた・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

『牧神の午後』は牧神パンがニンフのシュリンクスに欲情して
追いかけたが逃げられてやり損なって残念がってる、そんな午後・・・
って概略を述べたらミもフタもナイ話だったりするのだが
これがマラルメの詩で表現されると実に甘美な出来・・・らしい!
仏語を解さナイのでどの辺がどう、とかは言えナイがポール・ヴァレリーがそう絶賛してるし
ドビュッシーやニジンスキーなど異分野のアーティストに創作意欲を湧かせてるし
それだけでマラルメの霊感の威力は語るに及ばず・・・ホゥ(*-∀-)

しかしながらマラルメ自体が難解な上に鈴木訳がこれに輪をかけた冷や汗モノの難解さで
眉間にシワを寄せて口をへの字に結んで頭から「?」マークを放出しながら
読んでも読んでも一向に理解し得なかったり・・・バタリ ゙〓■●゙

他の詩人ならたいてい旧訳の方が断然好きなので
わざわざ新訳を読む気は起きナイのだが
もう少し解り易い新訳を読んでみたい気もしたりして(苦笑)

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そう言えばQUEENの『I Want to Break Free』のプロモ・ビデオでの
フレディ・マーキュリーのパロディ版『牧神の午後』はどういう意味なのか?
単にフレディがニジンスキーを模したかったんだろうか(-_-;)???

今だったらマラーホフ辺りが踊るなら観てみたいが
ググってみたら既に来日してニジンスキーの振り付けを完璧に再現してたとか・・・
とゆーコトは物議を醸した腕立て伏せの振り付けを
つまり「ニンフが残してった衣を使って自分で埒を開ける」のもやっちまったのか?!

ブラボー、マラーホフ!!
とはいえその素晴らしさはいかんせんわからん!
オスの自慰の切なさがわからんと無理なのだろうか?

ヘロディア(ヘロデヤ)

1番慣れ親しんだ『新約聖書』に「ヘロデヤ」とあるので
これまでずっと「ヘロデヤ」と表記してたが
一般的なのは「ヘロディア」のようで『ユダヤ古代誌』でもそうだった

Salome (Dover Fine Art, History of Art)

ワイルドの『サロメ』(福田恆存訳・岩波文庫版)では
ヨハネ>ヨカナーン、ヘロデ>エロド、ヘロデヤ>エロディアス
と固有名詞が総てフランス語読みなのだが
シェークスピアの訳を手がけてる福田なら英語版を訳してるはずだのに
英語版も固有名詞はフランス語のままなのだろうか?

Tres cuentos

そうかと思えばフローベールの『Hérodias』は
太田浩一によって『ヘロディア』とされてて巻末に以下の断りがあった

人名、地名等の固有名詞の表記については、聖書に出てくるものは、原則としてそれに従った。

この『ヘロディア』はフローベールの晩年の3作の短編の1つで
『三つの物語(原題:Trois Contes)』に収録されてて
他2篇は『純な心』と『聖ジュリアン伝』なのだが
自分が持ってる福武文庫版(※)は澱みなく読み進めて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
LINK:『三つの物語』(福武文庫版)
岩波文庫版から半世紀後に出た新訳で著者名はフローベールではなくフロベールとされてる

Idols of Perversity: Fantasies of Feminine Evil in Fin-De-Siecle Culture (Oxford Paperbacks)

マラルメにも未完だが『Hérodiade:エロディアード』があり
『LES POÉSIES DE STÉPHAN MALLARMÉ:ステファヌ・マラルメ詩集』に収録されてるが
筑摩世界文学大系【43】マラルメ ヴェルレエヌ ランボオでは
鈴木信太郎訳なので何度読んでも意味不明だ・・・バタリ ゙〓■●゙

それでも何度も読んでしまうのは余りにも美しい単語が鏤められてるからで
日本語の美麗さはここに極まれりってカンジだ・・・ホゥ(*-∀-)