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恋には年齢も性別も関係ナイ

若く美しい者が吐くとひたむきな情熱に打たれるが
若くも美しくもナイ者が吐くと悪あがきにしか聞こえナイ台詞だ。(´д`;)ギャボ

稀に美しさが老いを凌駕してたり、性を超越してたり
そんな者が吐くと口説きの常套句に聞こえたりもするが。(゚д゚lll)ギャボ

ギリシア神話の世界では
年齢不詳で性別も微妙な神や妖精など人間以外の種族が混在してて
恋には種の別さえ関係なく
むしろそんな前置きをする方が無粋だが
そうして純粋に恋愛を愉しんでるカンジが心地好い

まあゼウスの不埒さなんてのは純粋と言って゚+.(・∀・)゚+.゚イイモノやら(苦笑)
とはいえ、結構おもしろがってはいるるる~
白鳥や鷲はまだしも雲や雨にさえ化けて(さすが雷神らしい?)
想いを遂げるのは見上げた根性だし
結婚とゆー縛りのナイ恋愛をここまで全うするのはたいしたモノだ

そもそも恋愛は神代の愉しみなのだ

結婚となると現実であり、生活であり
その形態をとるのが社会的義務だったりもすれば
生物学的には子孫を残すのは本能であり、もっと言えば生物の宿命でもある
また、社会生活を営む人間の端くれなら
結婚のしきたりもある程度踏まえなければならナイし
その相手となると子孫を残すためにも同種で妙齢の異性を選ばなくてはならナイ

神代の恋愛からすれば、現代の人間のそれは
種の別、年齢の別、性の別、と三重縛りである!
更に現代社会ではもっと切実な問題として
せっかく残した子孫を育てていくためにはお金が必要なのだからして
無粋にならざるを得ナイのだよ(-_-;)

尤も、生活力のある妙齢の男と恋愛して結婚できた女には
そんな苦悩は不要なのだが
なかなかそうはいかナイのが現実なのだヽ(゚∀。)ノ

ところが、更年期も過ぎた(元?)女、ともなれば
生物学的にも社会学的にも一切の縛りが無くなってしまうし
それ以上に死期が近付いたせいもあって
後悔しナイ生き方を選択する意志がより強靭になってくるので
そこで「老い」などの引け目さえなければ
まるで神代のような恋愛を愉しめてしまうだろう

換言すれば、老いて容貌が衰えるのは
恋する相手に対してこんな自分では申し訳ナイ、と身を引いて
生物学的&社会学的に見合った相手に譲るためなのだ
自分は齢35にしてそうと気づいたのだが・・・

☆・・・☆・・・☆

愛 (中公文庫)

元より男女の恋愛に対して鬱陶しく感じてたのは
ヲタで趣味が一般とかけ離れてるが
そんな自分が気に入ってたし、愉しんで生きてたので
何の愉しみも得るトコロがナイ男の体裁を取り繕うだけのために
矯正させられるのがうんざりだったからだ

服装や髪形に文句をつけられるのは腹立たしかったし
女らしく、と男に上から目線で言われるのには虫唾が走った

本トの意味での女らしさをわかってナイヤツほど
偉そうに「女らしく」なんてのたまうが
そういう男に限っていざとなるとクソの役にも立たナイのだ

女らしさ、とは男が持ち得ていナイ特性で
男には到底ついては来れナイレベルの精神的な逞しさであり
いついかなる時も挫けたりしナイ明朗快活さで
だからそれがわかってるジュール・ミシュレは言ってる

 妻は夫の娘である。夫はそこに若さとみずみずしさとを再発見する。妻は妹でもある。彼女は最も歩み難い道を真向から進み、か弱いにもかかわらず男の力の支えとなってくれる。妻はまた母であり、男を包んでくれる。ときとして男が動揺し、模索し、空には自分の星がもう見えないという、そんな闇の瞬間に、男は女の方をみつめる。すると星は女の眼の中にあるのだ。

理想を言えば
ジュール・ミシュレのようなわかってる男が
自分を受け入れてくれるのだったら
こちらもその男の全てを享受しようと決意もできるが
理想と現実はかけ離れてるモノで
男女の需要と供給はまさにその理想と現実なのだよ

☆・・・☆・・・☆

意中の男に結婚してもらえるのは
そこまでなら言うなればシンデレラタイプではあるのだ
運命に流されるままに耐え忍びつつも
魔女の手助けによって王子と結婚できてハッピーエンドヽ(´▽`)/

ペローとグリムのおひめさま シンデレラ (絵本単品)

そう、おとぎばなしは結婚後の生活には一切触れられておらず
王子が浮気性だったとか、実はマザコンだったとか
義母に苛められたとか、世継ぎを産めなくて義父に厄介者扱いされたとか
隣国に攻められたとか、それで国は滅んで奴隷に身を落としたとか
その後の展開は語られてナイが
実際には人生はそういう落とし穴だらけなのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

今年になって電子書籍を読むようになってからも
相変わらず紙の書籍を買ってるのは
それらが電子化されず、紙でしか読めナイからだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そもそも購入した電子書籍も既読のモノがほとんどで
今月購入した半分以上が紙で所有してるモノだったりするし
更に付け加えれば
それらは子供の頃からの愛読書ばかりで
目新しいトコロと言えば訳者が違うってくらいで
改めて気づいたが
そうして同じ本ばかり読んでるから
未読の読みたい本がなかなか読めずにいるのだった

確かに1日に2時間ほどしか読書に充てられる時間がナイが
仮に倍に増えたとしても
同じ本のしかも同じ箇所ばかり読んでてはちっとも捗らず
未読の本に対する未消化なカンジは変わらナイだろう

ずっと自分の読書欲は=知識欲、だと信じて疑わなかったが
それは実は読む本を選ぶ時の基準でしかなかったのだ

なんせそうして手にした本の
知りたくてたまらナイはずの部分を後回しにしてでも
今、どうしても読みたい衝動に駆られると
悦楽を堪能できると既知である方を再読してしまうのだからして!

そうしてジュール・ミシュレの『愛』ばかりを読んでるるる~

愛 (中公文庫)

これはハードカバーでも単行本でも持ってるが
SONYのReaderにもアロタブ(※)にも入れたくなったのだ
ARROWS Tab LTE F-01D

読書をする場所が寝床か風呂場か出先なら
寝床はアロタブをクレードルに挿しておけば寝ながら読めるし
ページをめくる時にちょんとタップするのにしか
布団から手を出さずに済むから楽ちんだ♪
風呂場もアロタブなら防水で安心♪
但しアロタブは微妙に重いので携帯向きではナイ
他に荷物がなければ問題ナイ程度だが
断然軽い電子書籍専用端末の方が持ち歩くにぱ+.(・∀・)゚+.゚イイ
また待ち時間が結構あって腰を据えて読む場合には
ハイライト箇所やメモをEvernoteに送れたりできるので
SONYのReaderの方が何かと便利だ♪
とはいえ、SONYのReaderを便利に使おうと思ったら
ルータも一緒に持ち歩く必要があるので
最も荷物を少なくする場合にはWiMAX搭載のLideoにする♪

以下はそうしてSONYのReaderから、実際にEvernoteに送ったハイライトの引用だ

男は欲情し、女は愛する。男は何百というポリガミーの宗教や法律を発明してきた。男は楽しむことと、持続することとを求めた。まず自己の快楽を求め、ついで数多くの子孫によって自分が永久に生き続けることを求めた。女は愛し、所属し、自分を与えることのほかは、何も望まなかった。

妻は夫の娘である。夫はそこに若さとみずみずしさとを再発見する。妻は妹でもある。彼女は最も歩み難い道を真向から進み、か弱いにもかかわらず男の力の支えとなってくれる。妻はまた母であり、男を包んでくれる。ときとして男が動揺し、模索し、空には自分の星がもう見えないという、そんな闇の瞬間に、男は女の方をみつめる。すると星は女の眼の中にあるのだ。

これら2節を含めた前後は何度読んだかわからナイくらい読んでるが
どちらも最後の一文にいつも涙してしまう(;つД`)

先のは現実として共感できるからで
幸せなコトに自分はそういう相手と巡り会えたと思えるからだが
後のは理想としてこうありたいと願いつつ
叶わずに終わってしまったからだ

終わった・・・そう確信してた
いや、そう確信しようと最善の努力をしてきた

でも愛の終わりって何だろう?

お互いに、あるいは一方の気持ちが離れた時は
きっと「最初から間違った愛だった」と気づいて離れたのでは?
心が離れられナイような愛だと相手が死んだとしても終わりようがナイもの!

そうと知っても愛を偽りながら生きてくなんて
生きる意味がナイ・・・けど
愛以外にも生きる意味を見出せば生きていけるし
言うほど元々自分の人生において恋愛には何も期待してはいナイ

課せられた義務(結婚・出産・育児)を果たせれば
例え果たせなかったとしてもできる限り果たそうとしたのなら
赦してくれ、これが本音で恋愛は全く別物の絵空事だった

それが唯一無二の相手とお互いに愛を持てたのに
なぜ、つまらナイ諍いで終止符を打ったのか?
打たねばならなかったのか?

そして更にどうしてその終止符を撤回できナイのか?!

もう愛がナイから、と見切りを付けられればどんなに楽だったろう
逆に想いは枯れるドコロか募る一方で葛藤するばかり

でももうどうしようもナイよ、今更・・・。・゚・(ノД`)・゚・。

そこで諦めや慰めの言葉を探せばよかったのに
ミシュレの『愛』を何度も読み返してしまう自分てのは
快楽主義なのか自虐的なのか???

ワケわからんヽ(゚∀。)ノ

ミシュレの『フランス史』はそれだけで読み応えがあるが
読み比べるとより一層面白いかと思いついた

まずは『フランス史 II 中世【下】』
「8 ジャンヌ・ダルク―オルレアンの解放とランスの戴冠式」
「9 ジャンヌ・ダルク―裁判と死」

フランス史 2 中世 下
ジャンヌ・ダルク処刑裁判
ジャンヌ・ダルク [Blu-ray]
Saint Joan (New Mermaids)
ジャンヌ・ダルク (中公文庫)

自分の中のジャンヌ・ダルク像は胡散臭さが先立ってしまってたが
それとゆーのもキリスト教に即した絵本だったからだ

ジャンヌは火焙りにされてしまうが後に聖人として称えられて
めでたしめでたし・・・かょ。(゚д゚lll)ギャボ
何の疑問も抱かずに読後に感動できるなんて
自分にはおかしいとしか思えなかった。(´д`;)ギャボ

いや、むしろ信者こそが教会のあり方に対して疑念を抱くだろうに?
なんせ異端審問でジャンヌを火刑に処したのは当の教会組織だ
(この辺りの事情はルター以降だと釈然とする
つまりローマ・カトリック教会によるプロテスタント迫害だ
しかしジャンヌはルター以前の人であるるる~)

フランス人でもキリスト教信者でもなければ
ジャンヌ・ダルクにはとても共鳴できようもナイはず・・・(-_-;)
まあ自分は異装趣味に関しては応援できてしまうのだがw
自分だけでなくオスカルファンには鎧帷子姿のジャンヌがぐっとくるだろう

時代遅れの騎士道をズタズタに打ち破った一歩先行くイギリスに
今にも乗っ取られる寸前のフランスで男たちは立ち向かう勇気を失ってたが
そこにまさに騎士道精神の象徴的な姿で少女が旗を揚げるのである
この時代のフランスのどうしようもなさを知れば知るほど
それを打破しようとする少女のひたむきさの威力を思い知るp(-_-+)q

近年になってシラーの『オルレアンの処女』を読んで
ジャンヌの心情を克明に描いてるのはさすがシラーだと感心はしたが
いかんせん聖人ジャンヌなんである、一人の人間としてではなくね・・・
しかも肝心の火焙りになるシーンがナイのもどうかとヽ(゚∀。)ノ

それが今更ながら王道のミシュレの『ジャンヌ・ダルク』を読み
これこそが史実に忠実でかつ人間を描いた傑作だと確信した!
3つしか読んでなくっても・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

先述の『フランス史』のジャンヌの部分を
ミシュレが執筆してたのは1838年~1839年頃だったらしいが
その10年後の1848年の2月革命で挫折したミシュレは
ナポレオンへの忠誠の誓いを拒否して1852年には全てを失ってしまう
ところがその翌年に『フランス史』から抜粋されて
『ジャンヌ・ダルク』が単行本として出版されたのである!!

この単行本の邦訳が1987年に中公文庫で出てたのを昨年になって突然買ったのだが
もう「序文」だけですっかりジャンヌ・ダルクに
そしてミシュレに参ったのだった・・・バタリ ゙〓■●゙
※ちなみにこの序文は当たり前だが単行本化の際に加筆されたモノ

今回『フランス史』の方で前後の情勢もよくわかる中で読むと
より一層ジャンヌ・ダルクの生きザマに心を打たれるが
この一人の献身的な少女は神の加護がある聖人なんかではなく
ニーチェの称するトコロの超人なのではナイだろうか?

そこで他の作家の『ジャンヌ・ダルク』を読み比べてみたくなったが
邦訳で入手可能なのはマーク・トウェインくらいだった

アナトール・フランスのは元から邦訳がなさそうでフランス語版ならありそうだが
英語版はあるのだろうか?

1番読みたいバーナード・ショーの『聖女ジョウン』も原語(英語)版に頼るしかなさそうだが
とりあえず作品解説本『バーナード・ショーの劇』
「【第九章】 聖女ジョウン」を読めるだけでもありがたい(-人-;)

そしてヴォルテールの発禁を食らった『オルレアンの処女』だが
ネットで探したら英語版が読めそうな気配
LINK:THE MAID OF ORLEANS

他にもググってみたら
少女マンガでは天川すみこの『ジャンヌ・ダルク』てのもあったが
1巻の表紙の絵柄が好みからすると微妙だな・・・
また『ピュタゴラスの旅』の酒見賢一原作のマンガで
『D'arc(ダーク)ジャンヌ・ダルク伝』には酷く興味をそそられたが
絵柄が近藤勝也なる漫画家で自分の苦手なジブリ系だった。(゚д゚lll)ギャボ
無理っつ。(´д`;)ギャボ

lumen-naturale

フランス革命勃発は1789年のバスティーユ襲撃で
終結は一般的には1799年のナポレオンのクーデターらしいが
ここでは自分の主観(ユゴーの『93年』に依るるる~)を優先して
ルイ16世が処刑された1793年で区切った

ルイ十六世 上
ルイ十六世 下
王妃マリー・アントワネット (「知の再発見」双書)
フランス革命の肖像 (集英社新書ヴィジュアル版)
ベルサイユのばらカルタ
マリーベル (1) (講談社漫画文庫)

自分の興味の度合いがが選抜の基準なので
偏った列挙となってるため主要人物であっても漏れてる可能性大w

モンテーニュ 1533~1592
(ベーコン 1561~1626)
デカルト 1596~1650
コルネイユ 1606~1684
ラ・フォンテーヌ 1621~1695
モリエール 1622~1673
パスカル 1623~1662
(スピノザ 1632~1677)
ラシーヌ 1639~1699
(アイザック・ニュートン 1643~1727)
(ライプニッツ 1646~1716)
モンテスキュー 1689~1755
ヴォルテール 1694~1778
(リンネ 1707~1778)★
ビュフォン 1707~1788★
ルソー 1712~1778
ディドロ 1713~1784
ダランベール 1717~1783
・・・・・・・・・・・・・1789年バスティーユ攻撃
(カント 1724~1804)
サド 1740~1814
ラマルク 1744~1829★
(ゲーテ 1749~1832)★
ラファイエット 1757~1834
(シラー 1759~1805)
シャトーブリアン 1768~1848
ナポレオン 1769~1821
キュヴィエ 1769~1832★
(ヘーゲル 1770~1831)
サン・チレール 1772~1844★
ベランジェ 1780~1857
スタンダール 1783~1842
・・・・・・・・・・・・・1793年ルイ16世の処刑
ミシュレ 1798~1874
バルザック 1799~1850
ユゴー 1802~1885
(ダーウィン 1809~1882)★
(メンデル 1822~1884)★

フランス人でナイ人物は()で括り
当時の博物学に縁がある人物には★をつけた

啓蒙思想家たちは革命の起爆剤だけ用意して
皆、革命の前に亡くなってたり・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そして『93年』を書いたユゴーはもちろんだが
『フランス革命史』を書いたミシュレも
上記にある実質的なフランス革命を体験してなかったりヽ(゚∀。)ノ

ミシュレと言えば先月『フランス史』全6巻の5巻が出てた
「18世紀――ヴェルサイユの時代」って
これはもう『ベルばら』ファン必読ではなかろうか?!
もちろんオスカルは出てこナイがねw

既刊の【中世】【ルネサンス】【ルイ14世の時代】も愉しめたが
やっぱフランス史のメインはフランス革命であろう

てか『ベルばら』ともう一つ『マリーベル』てのもあったが
フランス革命を描いた少女漫画はなんでこうも名作揃いなのだ?

ところで『マリーベル』では貴族の美少年フランソワがお気に入りだったが
革命勃発で市民に襲われる場面がなんとも強烈に印象に残ってる
読んでる殆どの人が気にも留めてナイシーンだと思うが
悪意のナイ庶民が集団心理によって無意識の悪意を剥き出しにしたコトに
しかも罪のナイ脆弱な少年に対して憐憫の情を抱かずに暴力を行使したコトに
慄然としたのだった・・・

続く