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低血圧で朝が弱い、て通説があって
自分もちょ~低血圧で朝起きてすぐにはどうも鈍くて
思い描いたようにしゃきしゃき動けナイし
既に思い描くのも頭の回転が遅い

でも低血圧のせいだとわかりきってるなら
それを逆手にとって血圧を上げりゃ゚+.(・∀・)゚+.゚イイワケで
そのために起床したらまずお風呂なのだ・・・ホゥ(*-∀-)

いきなり熱い湯に浸かって一気に上げるのでなく
ぬるめのお湯で十分にリラックスして(一旦下げてから)
ちょっとづつ熱くして慣らしてくカンジで
まあ少なくても30分~1時間はぬるま湯に浸かってて
この間にはたいてい本を読んでるるる~

そして本を読んでる時はたいていメモを取ってもいて
これらのメモは学生時代からだから物凄い量あったのだが
最近(ここ10年ほど)はブログにまとめたり
とりあえずテキストデータにしてサーバに収納してきた

しかしそれでもメモは増える一方で
もう少し時間があれば、てのは無理だとしても
何かもっと捗る方法ってナイのだろうか?

紙のメモをPCでテキストデータ化してるのって
媒体が別物だってだけで違うコトしてる気になってるが
よく考えてみるとほぼ同じ作業を二重にしてるのに気づいた(゚*゚;)

今更ながら防水性のワープロとか買おうか?
なんて今時のIT企業の人間とは思えナイ発想をしてみたりしたが
時代に即したタブレットに防水ってのがある・・・はず

実際に防水タブレットはあったのだが
自分が想像してたほど市場は広くなかったし
それも年々増えるドコロか生産中止になってる機種もあり
むしろ減ってるらしかった(需要ありそうなのに?)

お風呂でワープロ代わりに使うとなると
必須の機能は防水とQWERTYキーボードとエディタで
できあがったテキストデータはUSBでPCに送っても構わナイが
FTPでサーバにアップするコトができれば便利だ

これらの条件の中でエディタとFTPはアプリを入れたら適うので除外
ヴァーチャルキーボードの使い易さからいくと
サイズは10インチしか在り得なかったので
防水機能と10インチサイズとゆーたった2つの条件に絞られたが
意外にもマッチしてたのは富士通のARROWS Tabしかなく
迷いようもなく購入決定したp(-_-+)q

新品 docomo ARROWS Tab LTE F-01D by FUJITSU エターナルホワイト 白ロム

金額的には6~7万なのでVaioより高額だったが
いくら安かろうと妥協して不要なタブレットを買うのは意味がナイ
しかもほぼスマホMEDIASを使い始めてたので
7インチのタブレットなら要らナイ、スマホで事足りる、と思えた

DoCoMoの月々サポート割引の対象商品だったのもあり
これはカナ~リ思い切って購入
しかし本トに欲しいモノは高額でも買うべきで
購入以来、紙のメモは増えてナイが
それ以上に色々便利で今ではPCより重宝してるるる~

なんと言ってもPCを立ち上げなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイのは
手頃感がハンパではナイ!!

mixiなんかはアプリも秀逸なのでPC画面よりやり易いくらいだし
今やPCはTumblr専用機になりつつあったり(※)
当然ながらAndroidアプリではできナイようなブログのカスタマイズ、自作プログラムの修正
買い物や会員サイトの情報変更など、個人情報を入力する場合はPCありきなのだがね

そして昨夜から電子書籍リーダーとしても使い始めたが
画面が大きくて=字が大きくて行間も広い、ので使い心地はサイコー!

電子書店BookLive!では無料で会員登録するだけで
タブレットにリーダーアプリをダウンロード&インストールできた(※)ので
電子書籍での読書を初体験してみたのだ
もちろん端末はPCでもスマホでもOK、12月10日に専用リーダーLideoも発売される

さかしま (河出文庫)

ユイスマンスの『さかしま』を検索したら澁澤龍彦訳があって
[立ち読み]ボタンでダウンロードしてみたら
なんと第5章まで試し読みするコトができたのだった(つまりタダ読み)

フォントはゴシックと明朝が選べて
明朝にしたがルビまで美しく見易かったのが嬉しい
『さかしま』はルビなしでは読めナイような漢字が多く使われてるし
雰囲気で旧字体を使ってたりもするから
文字が小さい以上に印刷がショボいとストレスを感じるのだ。(´д`;)ギャボ

「ギュスターヴ」で検索をかけると
第5章にあるギュスターヴ・モローのページがぱっと開いて
たぐってくと見慣れた挿絵もちゃんと入ってて
モローのサロメ連作の『まぼろし』(※)も見れた
一般的には『出現』の邦題が使われてるが澁澤が『まぼろし』と訳してる

更に専用スタンドも付いてて
これに立てかけて読むのは本物の書籍では味わえナイ楽チンさ♪

これだけでも早朝の風呂場が捗って実に愉しいが
まだまだ使い途はたくさんありそうだ

生物学上の女に生まれたコトを後悔したコトはナイ
女であるコトの意識から遠のいて
女らしくより自分らしくの方が先に立ってて
そこに無理がナイから女として生きる窮屈さを感じたりしナイのだ

何よりも嫌なのは人間を理解する以前に男らしさや女らしさを求めるコトだ
性差があるのは生物学的に確実なので覆すつもりはナイが
それをわざわざ再認識しようと頑張らなくて゚+.(・∀・)゚+.゚イイのでは?

両性具有 (書物の王国)アンドロギュヌスの神話

美意識として性別を感じさせナイ方がより美しいと思うから
一見して男か女かわかりづらい外見とそれに伴う内面を持つのを愉しんでる
まあ単純に人を煙に巻くのはおもしろいよw

自分はパーカーに短パンにブーツとゆースタイルが1番好きだが
女らしくナイし最近では更に年甲斐もナイとは認識してる
それでも自分らしさが表現されてるから性別と年齢は気にせず愉しんでる

ファッションってポリシーをいかにテイストとして表わすかにあるワケで
人の真似をするのはファッショナブルではナイのだよ
流行をちょっとだけ自分らしく取り入れるのぱ+.(・∀・)゚+.゚イイが
全く自分自身の存在がナイ流行のつぎはぎみたいなのはダサっっっ。(´д`;)ギャボ

言いたいのは
きっと逆の性別だったとしても変わらナイ自分がいたってコト

女性的になりたくて女装をする人とは微妙にして大きな違いだが
結構マツコデラックスとは近いかな。(゚д゚lll)ギャボ
どんだけ女装してても女と間違える人は絶対いナイとゆーヽ(゚∀。)ノ
自分もそこは確信してる、男に間違えられたくはナイ

ちなみに性転換願望を持つ人を否定的に受けとめてるワケではナイ
むしろ自身の性別に何の疑問も抱かず受け容れてる人間は不思議だがね

人間の理想像(理想の人間像ではナイ)として描かれる天使は
性別を感じさせナイとゆーか性を超越した美しさを持つ
対照的な存在の悪魔の方がより魅力的かな・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
悪魔は性だけでなく美醜も超越してしまってるからな

物心ついた時には常日頃願ってた

「早くこの世の究極の美と断言できるモノに巡り会いたい」

そんな自分が1番最初に目をつけたのが天使で
イースターだのクリスマスだののキリスト教の行事を
信者でもナイのに毎度楽しみにしてたのは
その際にシスターに御絵(ごえ)なる美しいカードをもらえたからだ(*^^*)

御絵にはキリスト教由来の絵が描かれてたが
震えがくるような美麗さでお気に入りだったのは大天使ガブリエルだ

ガブリエルと言えば聖母マリアに処女懐胎のお告げをしにやってくる天使だが
その【受胎告知】の場面は多くの画家によって描かれてて
たいていはマリアが処女の証のユリの花を手にしてるガブリエルと向き合ってる

【受胎告知】では一様に
ガブリエルがひたすら美しくマリアは引き立て役だが
その中でも際立ってるのがこのボンフィーリの1枚

透明感のある色彩の素晴らしさも手伝ってこの世のモノとは思えナイ美しさ!!
いや、確かに天使ってのはこの世のモノではナイのだがねw
処女懐胎とゆー非生物学的かつ非現実的な事態を受容しきってる存在が
天使とゆーやはり非生物学的かつ非現実的なモノだってコトで
奇妙な経路で辻褄が合ってるのが深いなあ・・・

フラ・アンジェリコの『受胎告知』では
ガブリエルの容貌よりもその翼の見事さに心を奪われるるる~

先述の御絵のガブリエルも虹色の翼をしてるが
こちらは羽の1枚1枚に孔雀様の模様さえ確認できる(゚ ゚;)
更にそのローブにも要所要所に刺繍が施してありカナ~リオサレなのだが
ガブリエルであるコトを象徴するユリの花を持ってナイのは
もしかしておしゃれに気を取られて忘れたんだろうか・・・バタリ ゙〓■●゙

ロットの『受胎告知の天使』はタイトルの通りにガブリエルが主役で
そのキャンバスには聖母マリアの影も形もナイヽ(゚∀。)ノ

これだけ麗しいガブリエルもなかなかいナイから
マリア如きが隣に居並ぶコトは出来ようはずもナイかもな。(´д`;)ギャボ
マリアはいなくても白鳩がマリアの処女懐胎を祝福してるのだ

正統派の天使画画家としてボッティチェリは『受胎告知』を何点も描いてるが
ガブリエルが1番美しく描かれてるのはこのフレスコ画

ボッティチェリは筆致自体の素晴らしさもさるコトながら
画面構成の構想が優れてる点でも高く評価したいし
衣服や髪の流麗さで風を感じさせて動的に見せる技は他の追従を許さナイと思われ
その総力結集の渾身のガブリエルである

でもボッティチェリはガブリエルよりも
『マニフィカトの聖母』での聖母マリアと幼いイエス・キリストを取り囲む
美少年の見本市のような5人の天使が居並ぶ図は壮観!!

これだけ魅力的な美少年を描いてるって
ボッティチェリ自身も好きなんだろうかね?!

個人的な趣味からすると
端正なだけでなくて華麗にして甘美な雰囲気の顔が好きで
コレッジョの『聖母子と聖ヒエロニムスとマグダラのマリア』の天使が
1番好みだったりする

しかも天使なのに小悪魔的な笑み(*^^*)

これはダ・ヴィンチで『岩窟の聖母』からの抜粋
聖母マリアの傍らでイエス・キリストが宿ったことを指し示し
微笑するこの天使の圧倒的美貌は芸術作品としても『モナ・リザ』を凌ぐモノだ

それから忘れちゃならナイのがギュスターブ・モローの『聖セバスチャンと天使』

殉教者セバスチャンとそれを迎える天使とのカラミは
両者とも性を感じさせナイ容貌にして非常に艶めかしく描かれてる(矛盾してるw)
この作品は岐阜県美術館蔵なのでいつか本物を見に行きたいp(-_-+)q
LINK:岐阜県美術館

変わりドコロではパウル・クレー



正統派の緻密な筆致で描かれたモノとは比べようもナイシンプルさ!
上から『忘れっぽい天使』『天使、まだ手探りしている』『疑心暗鬼の天使』
タイトルからして頭から?マークを放出してしまうカンジだが゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

クレーの天使 (講談社ARTピース)いにしえの響き-パウル・クレーの絵のように-

salome

ファム・ファタルとしてサロメを描き
逸品のオブジェとしてヨハネの生首を描いた最高傑作の絵画と言えば
ギュスターブ・モローの『出現』であるコトに異論を唱える者はいナイだろう
これ以外にもモローのサロメ連作はファム・ファタルのイメージを浸透させた功績が測りしれナイ

モノが生首でなければ王女が舞を舞った褒美を手にして嬉々としてる図でしかナイ
どれほど若く美しい王女だとしてもそこにはなんのドラマもナイ

純潔の王女が可憐な舞を舞って愛らしいペットを得る、とか
淫奔な王女が官能的な舞を舞って珍しい宝石を得る、とか想像に難くナイw

ところがモノが生首ともなると万人を震撼させる戦慄のドラマが生まれるるる~

サロメを主題とした作品を描いた画家達の着眼点には敬服せざるを得ナイが
サロメがなぜヨハネの生首を所望したのか、とゆー主題の根底にあるべき要因が
オスカー・ワイルドの『サロメ』発表以前の作品からは読み取れナイ

ワイルドの創作意欲はそれを明確に打ち出したかったトコロにあると思う
しかもワイルドの解釈は『新約聖書』の記述(※)とは違ってるが
不思議と数多く描かれた「サロメと生首のヨハネ」の構図に肉薄してるのだ
「ヘロデの恐れとバプテスマのヨハネの死の事情」の聖書の記述はルカ9マタイ14マルコ6参照

『新約聖書』によればヨハネの生首を所望してたのはサロメの母親のヘロデヤだ
あくまでも「ヘロデヤがヨハネを逆恨みして処刑を望んでた」とされてて
ヘロデ王はそれに乗り気ではなかったものの、やむなく加担して
ヘロデヤの娘(サロメ)は母親のヘロデヤに促されるままに、素直に加担した

ヨハネの生首を褒美にもらうようにサロメをそそのかしたのはヘロデヤで
褒美にもらったサロメはそれをすぐさまヘロデヤに差し上げてるので
サロメと生首のヨハネが対峙したのは
処刑人より盆に乗ったそれを受け取ってからヘロデヤに差し出すまでの
右から左へと盆を送ったほんの一瞬なのでキスをしてる猶予はナイ

その時のサロメの心情を推察すれば平常心で受け止められる光景であるはずがナイ
それをやってのけたサロメがその時平然としてたのか動揺してたのかまでは
それこそ『新約聖書』からは読み取りようもナイが
やってのけた=超然としてた、と見受けられたのだろう

教義的解釈からすればこの物語の主題は
残忍で好色なヘロデ王とその家族による聖なる洗礼者ヨハネの【受難】なのである

残忍で好色な国王一家= VS 聖者ヨハネ=

さかしま (河出文庫)

モローの『出現』はフロルッサス・デ・ゼッサント(※)によれば
斬首の直後に処刑人の足元の大皿からヨハネの生首が浮遊したためにサロメが怯えてる図、だそうで
『水戸黄門』だと1番見飽きた「印籠を見せられて悪代官がうろたえる場面」だヽ(゚∀。)ノ
悪代官がサロメで水戸黄門(印籠自身?)がヨハネ(の生首)なワケだなw
デ・ゼッサントは実在する人物ではなく、ユイスマンスの小説『A Rebours:さかしま』の主人公
小説中ではこの作品のタイトルが『出現』ではなく、澁澤龍彦氏によって『まぼろし』と訳されてる