聖書VS.世界史

本屋で新書として平積みになってた中に
岡崎勝世の著書『科学VS.キリスト教』があったのを発見!

科学vs.キリスト教 世界史の転換 (講談社現代新書)聖書VS.世界史 (講談社現代新書)世界史とヨーロッパ (講談社現代新書)

同著者による『聖書VS.世界史』はお気に入りの1冊で
最近になって電子書籍でも購入し直したくらいだったので
買う気満々で1度は手に取ったが
電子書籍でも出るかもしれナイと考え直し
ググってみたらkindleでは早くも今週末に発売となってた!
できればSONY Readerの専用端末で読みたいので
まあ慌ててアマゾンでポチらずとも・・・

☆・・・☆・・・☆

小学校に上がる前から地質時代年表を諳んじてたが
それとは別に世界中にある創世神話が大好きで
『旧約聖書』の「創世記」もその内の一つとして愉しんでた

その後、テレビでアニメ『ギャートルズ』を観て
そんな状態がいつからいつまでだったのかに疑問を持って以来
文明の創生期を科学的に解明する方が興味深くなった

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)はじめ人間ギャートルズ vol.1  (アニメ) モバコン(ワンセグ携帯端末対応コンテンツ入りSDカード) CTAN-308372世界史B用語集 改訂版

すぐに山川出版の『世界史用語集』によって
1万年前くらいから古代国家の設立直前までが『ギャートルズ』で
古代国家としては約五千年ほど前のモノが最古だと知って
誕生から現在に至る地球の歴史を認識して
その時に構築された世界観が今もほぼ変わらずにある

当時は併行して母親からキリスト教の信仰も勧められたが
母親は幼かった自分から見ても物知らずで見識の狭い女だったので
そんな女が救いを求めて縋ってるモノは胡散臭く感じたし
実際にシスターの信仰心の根源が胡散臭過ぎて
拒絶して然るべきと毅然と突っぱねた

「シスター、他の宗教は信じず、キリスト教だけを信じるのはなぜです?」

「蘇った人間はイエス・キリストだけだからです」

ポカーン。(゚д゚;)

こういうのを「講釈師、見てきたような嘘を言い」てんだw

逆に仏壇と神棚に向かって手を合わせてる祖母に聞いてみた

「神様とか仏様とか信じてるの?」

「仏壇も神棚もご先祖から受け継いでくモノだよ」

ポカ~ン。(゚ o ゚*)

例え、血縁関係がなくとも、縁あって家族になったのだから
引き会わせてくれた感謝の気持ちを伝えてくのだ、とは
実に日本人らしい清らかな信仰心に思えた

妄信してる人間と信じてなくても気持ちを汲む人間と
後者の方が美しく感じたので祖母に賛同した

そうして信仰として受け入れたくなかったからこそ
矛盾してる部分を指摘するためにも聖書の読破を試みたのだが
読み終える頃には学問(※)の対象として捉えてて
思えばスコラ哲学に目覚めたのはこの時だったのかもしれナイ
宗教・思想・哲学・民俗学・古代史などの様々な分野が含まれる

☆・・・☆・・・☆

『聖書VS.世界史』はそのタイトルが表す通り
聖書が伝える普遍史と実質の世界史との食い違いをVS.としてて
原理主義者(※)が中国のような聖書にはナイ古代国家を
なんとか普遍史に辻褄合わせしようと躍起になってる過程が
傍から見てると滑稽でおかしいw
聖書の記述を頑なに信じてる信者

ヨーロピアンの中世までの選民意識はマジキチとしか言いようがナイ
元々何の根拠もナイのに奢り高ぶり
それを正当化するために狂信的に奔走するのだが
無理を通せば道理が引っ込む、てのはこいつらのためにある言葉だな。(´д`;)ギャボ

アイザック・ニュートン―すべてを変えた科学者 (ビジュアル版伝記シリーズ)プリンキピアを読む―ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか? (ブルーバックス)光学 (岩波文庫 青 904-1)

特に後半部分でおもしろいのが
ガチでキリスト教を妄信する物理学者アイザック・ニュートンが
普遍史の中に世界史を組み込もうと科学的証明を試みてるが
盲目的に信奉してる宗教の正しさを確証するために
科学的・理性的に弁護してるのなんて、スコラ哲学臭プンプンだ。(゚д゚lll)ギャボ

タイトルからすると聖書と世界史ではどっちが正しいか
結論を導く道程が書かれた本だと思ってたが
聖書の普遍史から、実際の世界史へのこじつけが
ヨーロッパではどうやってまかり通ってきたかの変遷で
むしろその時代における認識の過程についてが記されてるるる~

それにしてもキリスト教信者は
どうしてこうもユダヤ教の経典(旧約聖書)に拘るのかw
信仰の対象であるイエス・キリストはユダヤ人でユダヤ教徒だったが
未だに当のユダヤ人はイエス・キリストが神の子だと認めてナイのに
なぜ勝手にキリスト教の経典にしてるのだろうヽ(゚∀。)ノ
その根本的に履き違えた部分を念頭において読み進むと
食い違ってる歴史的事実の方を捻じ曲げてるようにしか見えず
キリスト教信者の空回りしてるのが虚しさ一入である(-人-;)ナムアーメン

極論を言えば
キリスト教徒こそがキリスト教を曲解してる気が・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

  • プロローグ
  • 世界史年代表
【第1章】普遍史の成立
[第1節]聖書の描く人物史
聖書の構成
人類史の第一期=ノアの大洪水まで
第二期=ユダ王国滅亡まで
第三期=四世界帝国の時代
「終末」とヨハネの黙示録
聖書の種類
[第2節]キリスト教年代学と普遍史の成立
キリスト教の成立
エウセビオスとヒエロニムス
カルデア人の古さの問題
アッシリアの問題
エジプト人の古さの問題
アウグスティヌスの「神の国」
「第四の国」=ローマ帝国
古代的普遍史の集大成
キリスト教擁護活動として
始点と終点のある時間
終末観と人類史6000年間の観念
三大陸からなる平円盤状の世界観
「化物世界誌」の継承
【第2章】中世における普遍史の展開
[第1節]キリスト紀元の発生
種々の年号
ディオニシウス・エクシグウス
ディオニシウスの算定方法
イングランド教会の役割
キリスト紀元使用の一般化
[第2節]中世における普遍史叙述
ベーダの年代記
ベーダの役割
オットー・フォン・フライジングと中世的普遍史の完成
楕円ヨーロッパ
オットーの使用した年号
12世紀を代表する世界史
[第3節]中世の化物世界観と普遍史
TO図
ヘレフォード図による普遍史の図像化
化物世界誌
イシドールス「語源論」の世界
東西交流の再開
マルコ・ポーロ
化物世界誌にからめ取られた新情報
マンデヴィルの「東方旅行記」
「カタロニア図」の世界
妖怪変化に満ちた世界
【第3章】普遍史の危機の時代
[第1節]ルネサンスと普遍史の危機
イタリア・ルネサンスとマキャベリ
「政治的世界」の発見
「人間の発見」
新しい歴史観
エジプト史の亡霊
ヘロドトスの描くエジプト史
ディオドールスの描くエジプト史
マネトの再生
[第2節]宗教改革と普遍史の危機
ヨハネス・スレイダヌス
プロテスタントの代弁者として
聖書をめぐる議論の新時代
年代学論争と聖書の批判的研究の開始
トマス・ホッブズ
スピノザ
リシャール・シモン
[第3節]大航海時代と普遍史の危機
コロンブスによる「人間」の発見
新大陸の認知
メルカトルの世界図
インディアンはアダムの子孫
バリャドリの論戦
モンテーニュ
様々なインディアン起源論
アコスタのアジア起源説
危機を持ちこたえた普遍史
[第4節]中国史の古さの問題と普遍史の危機
ポルトガル人と中国
イエズス会の中国布教
メンドーサ「シナ大王国誌」
マルティニ「中国古代史」
パスカルと中国
ライプニッツと中国
フォシウスの問題提起
ゲオルク・ホルンの解決策
ホルンの後継者たち
[第5節]科学革命と普遍史の危機
ニュートンの世界史叙述
天文学による年代決定
エジプト史の短縮
預言の研究
プロテスタント的普遍史
ニュートンの時間と世界
アリウス派だったニュートン
歴史学における位置
[第6節]年代学論争
スカリゲル「時間修正論」と年代学の形成
ユリウス周期
スカリゲルの年号体系
プロテスタントとカトリックの「時間」を巡る争い
「時間論の宝庫」とエジプトの問題
ペタヴィウス
アッシャー
ボシュエ
ペズロン
【第4章】普遍史から世界史へ
[第1節]啓蒙主義的世界史の形成
ヴォルテールによる歴史学のコペルニクス的転回
ニュートン物理学的な時間
年号表記の問題
普遍史的世界の否定
中国の問題の意味の変化
[第2節]普遍史の崩壊
ケラーと「古典的三区分法」
ガッテラーとゲッティンゲン学派
「普遍史序説」
「世界史」での変化
普遍史の自己の歩み
シュレーツァーと世界史
創世紀元の否定
キリスト紀元の自立と「古典的三区分法」
創世紀元の重み
聖書の批判的研究の新展開
ミハエリス
【第5章】普遍史と万国史
[第1節]「史畧」と「萬國史畧」
明治初期の世界史教育
紀元論、凡ソ四千年ノ頃ニ当リテ
「萬國史畧」の底本
「パーレー萬國史」の位置
[第2節]明治政府と万国史
洋学の状況
精神構造の一致
  • エピローグ

天才は疎まれる

ライプニッツはマルチな天才だった

かのニュートンと微積分の発見についてどちらが先か優先権を争ったりしたので
数学者としての認知度が高かったが
神学、哲学、法学、科学と殆ど総てにおいて当時の専門家のレベルに至ってたのである

また自身の思想を体現するために積極的に各界の識者と書簡でやりとりしたり
ベルリンに科学アカデミーを設立したり、またプロシアの政治にも携わった

そんな社交的なライプニッツだったが
晩年は打って変わって孤独な日々を過ごし
彼の葬儀に参列したのは秘書だけだった、と知って思わず勘繰ってしまった

ライプニッツはどんだけ嫌われてたんだろうか?

数学史入門―微分積分学の成立 (ちくま学芸文庫)
数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ
ライプニッツ 普遍数学への旅 (双書・大数学者の数学)

凡人が他人に嫌われる要因はわかりやすい
たいてい【短所】や【欠点】など負の要素に限られてて
第三者からも忌み嫌う理由として尤もな気がする

しかしある程度の天才ともなれば
負の要素はもちろんだが加えて正の要素も嫌悪の要因となりやすい

その才気に対して誰もが賛嘆するとは限らナイからだ
1つの見解には必ず対立する見解が存在し反駁する相手には憎まれるワケだ
更に穿った見方をすれば賛同者だってうわべは好意的でも
実は妬んでるかもしれナイヽ(゚∀。)ノ

これがライプニッツくらい天才が過ぎると偏った見解を持たなくなるので
反対意見を述べられる者もなければ賛成のしようもなく
どちらからも支持されなくなり
結果として誰からも疎まれてしまうのだった。(゚д゚lll)ギャボ

1番顕著なのはキリスト教徒で
対立する2大宗派のカトリックとプロテスタントはお互いに皆殺しにしたいほど呪い合ってるが
唯一意見の一致があるとしたら、この2大宗派の統合の絶対的阻止だろうw

そんなコトは在り得ナイばかりか最初から誰も思いつきもしナイはずだが
人智を超えてそれを提案してしまったのが誰あろうライプニッツで
これで全キリスト教徒と敵対したも同然となった。(´д`;)ギャボ

元よりライプニッツが数学を選んだのも
【普遍数学】によって総ての学問を数学に還元して統一された世界観を構築しようとしてたからだ
換言すれば明確なコンセプトである数字を使って世界の総てを正しく表現しようとしたのだが
この計画は当然ながら未完に終わった

ところが科学アカデミーは設立されてしまった
既に科学アカデミーは他国にいくつかあり
それらを統合して頂点に君臨しようと息巻いてたのが後発のプロシア科学アカデミーで
その中心人物がライプニッツだったのだから学界で疎まれて然りだろう

真理は神が齎した唯一無二のモノであり
その真理に従って理念は統一されるべきモノだ

ライプニッツが目指してたのはそんな完璧主義もしくは理想主義の究極の形態で
なるほど【予定調和】なる超絶楽観主義思考もこの思想が根底に根付いてればこそだな

まあライプニッツとしては悪気はナイ、ドコロか
自身で最も正しく生きてる人間だ、と確信してただろう

前述したように誰からも支持されずとも
自身を人智を超えて神に近い唯一の人間だ、と自負してたに違いナイ
事実、頭脳の出来は格段にレベルが上だったのだから・・・

でも人としてはどうだったのか?

コンプレックスはまるでなかっただろうから、全く悪意を抱かナイ善い人ではあったか?
憐憫の情もなかったとしたら誤解されたか?

妻や子を持たなかったのは完璧な理想の家族を思い描いて妥協できなかったからだろうか?
世紀の天才も恋愛だけは苦手だったのか?

ヴォルテールは『カンディド』において
哲学者パングロスをしてライプニッツの楽天主義を徹底的にコケにしてて
自分も思わず吹き出してしまったがその境涯を知ったらなんだか切なくなってきたよ(;つД`)

誰よりも賢く生まれても孤独・・・
天はニ物を与えず、なのか、やっぱり(-_-;)

アメリカン・ジョークでなくフレンチ・ユーモア

笑いのツボに民族間で多少のズレがあるとしても
アメリカン・ジョークは笑えナイだろ、てか、イギリス含む英語圏全般がダメだ
お寒いオヤジギャグのレベルにさえ達してなくて
シェイクスピアの駄洒落の連発とかはもう気分が悪くなれるレベルだ。(゚д゚lll)ギャボ

そこへいくとバーナード・ショーの劇作は
むしろシリアスな悲劇において皮肉が利き過ぎててシニカルに笑えたりして。(´д`;)ギャボ

とりあえず英語の本は辞書を片手にでなければ読めナイので
一緒に辞書を持ち歩くのも荷物になるし
寝床や風呂場でも辞書の存在が邪魔になるし
ゆっくり読書をする時間を別に設けなければならず
そんなヨユーは持てナイ日々が続いてた・・・

また三省堂自体にもなかなか足を運べナイでいたが
それが昨年末にはなぜか洋書コーナーにまで立ち寄って
ヴォルテールの『カンディド』英語版を衝動買い!

それとゆーのも表紙がシュールなマンガになってて
この絵がやたらと愛らしくて気に入ったのだが
何気なくスラスラと読めて思わず吹き出したからだ(゚*゚;)ププ

日本語訳を何度も読んでるせいもあるが
英語とはいえ元はフランス文学で基本的にアメリカン・ジョークでなく
ペーソスたっぷりのフレンチ・ユーモアに感じられてツボにきてしまったのだろうw

『カンディド』は各章数ページからなる全30章の物語で
日本語版なら時間的にはもうあっという間に読めてしまうが
主人公のカンディドが様々な酷い目に遭いながら
また様々な酷い目に遭った人たちと出会いつつ
旅を続ける冒険物語・・・なのか?!

いや、カンディドはそもそも旅をしたくてしてるのではナイのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

男爵家に身を寄せるカンディドは令嬢のキュネゴンドと深い仲になったのだが
それを男爵に見られて追い出されたのだヽ(゚∀。)ノ

表紙のマンガの上部がこのいきさつだ

だいたいカンディドとゆー呼び名は
無邪気な男=天然、の意で江戸っ子ならきっと与太郎と呼ばれてたに違いナイ!!

カンディドはどんなに酷い目に遭ってもへこたれず
実際よく死にそうにもなってるのだが毎度マンガじみた回復力で立ち直れるのは
尊敬するパングロス先生が唱える【予定調和】を素直に信じてるからなのだ!

【予定調和】は実在したライプニッツの持論で
表紙のマンガにもあるようにパングロス先生曰く
「鼻は眼鏡をかけるためにあり、足はズボンをはくためにある」

すべては最善の状態にある

ライプニッツはニュートンと争うほどの天才だったので
世界を構成する科学的事実は解ってても
日常の真実に対して盲目で庶民の生活を全く理解してなかったのだ

フランス革命前のパリで不幸にあえぐ市民に対して
ヴォルテールは憐憫の情を禁じえなかったので
ライプニッツのこの脳天気な【予定調和】に反発して
とても最善にあるとは言い難いほど身に余る不幸に晒される人々を
痛切に皮肉って描いたのが『カンディド』なのだよ

元より英語の素養がある人なら
他人の苦労話や悲惨な経験談を英語で聴いてる時に
相槌を打ったり驚愕したり同情したり
そんな英会話力がこの本で身につくと思われ(-人-;)

それにしても笑いまくった・・・バタリ ゙〓■●゙