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オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』の「序文」には
ワイルドの芸術論が述べられてて、冒頭に芸術家の定義がある

芸術家とは、美なるものの創造者である。

また末尾を次のように結んでる

すべて芸術はまったく無用である。

要するに総ての美しいモノの中で人間が創ったモノが芸術なのだが
それら人の手による美は無用だってコトだ

確かに人間によって創られたのではナイ自然発生した美は
その美しさが必ず生命の営みに有用なのである

そして無用な美である芸術の存在は
だからこそ道徳的に善か悪かなどと判断すべきモノではナイし
ましてや芸術を解さナイ人間が無理矢理有用性を謳うのはナンセンスだし
そういう的を得ナイ芸術の批評はそれこそ有用ではナイばかりか有害だ

テンペスト―シェイクスピア全集〈8〉 (ちくま文庫)

そんなコトが述べられてる中で例えに使われてるのが
シェイクスピアの『テンペスト』に出てくるキャリバンである

十九世紀におけるリアリズムにたいする嫌悪は、キャリバンが鏡に映った自分の顔を見るときの怒りと異なるところがない。
十九世紀におけるロマンティシズムにたいする嫌悪は、鏡に自分の顔が映っていないといって怒るキャリバンそのままである。

前者はリアリズム(写実主義)への
後者はロマンティシズムへの批判を掲げる輩に対して
その滑稽さをキャリバンをして醜さの象徴としながら嘲笑してる
美を直観的に理解できナイ輩はまるでキャリバンだ、とねw

リアリズムの写実表現に対して「事実のままでしかナイ」とか
ロマンティシズムの夢物語に対して「現実的ではナイ」とか
わかりきった批判をするのはキャリバンと愚かさも卑しさも同レベルだってワケだ

19世紀のリアリスム(リアリズムの仏語的発音)文学と言えば
自分はフローベールの『ボヴァリー夫人』が真っ先に頭に浮かぶが
この作品は発表の翌年に告訴されても最終的には裁判に勝ち
また裁判沙汰になって話題になったお蔭で(?)
フランス中の人間がこの本を貪り読むに至った問題作だ

ボヴァリー夫人(新潮文庫)

どの辺が問題だったのかは
『ベランジェという詩人がいた』より起訴事実の部分を引用する

公衆及び宗教の道徳並びに良俗侮辱罪

『ボヴァリー夫人』の主人公のエマは夢見がちな女性で
ロマン主義に浸り
ありもしナイ自身を見出してしまって
不倫に走り
夫に内緒で散財して
行き詰まったトコロで死に至るのだが
先に引用した罪に問われてるのは実はこのエマであり
エマの代わりに彼女を創造したフローベール(と出版社)が
法廷に引きずり出されたのであるヽ(゚∀。)ノ

似たような裁判はボードレールにもあり
こちらはあろうコトか罪が認められて
ボードレールは罰金を課され
問題とされる部分(禁断詩篇)は総てカットされた

この辺の事情をワイルドは仄めかしてる気がするるる~

しかしワイルドの場合は作品が罪に問われたコトはなかったが
自身の男娼の罪で服役してるのだから
ある意味1枚上手なのだろうか?!

自分が所有してる『ドリアン・グレイの肖像』は
シェイクスピア訳に名高い福田恆存(つねあり)の訳で
1度ぼろぼろにしてしまって買い直した時も
迷わず同じ新潮文庫版を購入した

最初に読んで非常に気に入って以来
他の訳者のなんて考えたコトがなかったのだ

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

しかし近年になって入手した『筑摩世界文学大系【91】近代小説集』
平井正穂訳の『ドリアン・グレイの画像』が入ってて
映画を観て、改めて読み返すのにはこちらを読んでみたくなった

平井正穂は同じ筑摩世界文学大系で
デフォーの『ロビンソン・クルーソー』を訳してるが
他にもミルトントマス・モアなどを手がけてて
シェイクスピアでも『オセロー』などを訳してた

オセロー (新潮文庫)

もちろん『オセロー』の訳は福田のもある

また映画『Dorian Gray(2009)』の監督オリヴァー・パーカーも
『オセロー』を撮ってるのだった

シェイクスピアは自分の好みとは今一つズレてて
これまでは余り読むコトがなかったので
実は『オセロー』も未読だったが
こんな風にシンクロニシティしてると何かあるのかと思って
うっかり読みたくなってしまうなw

テンペスト

そういえば、自分にとって初シェイクスピアは
まさに『ドリアン・グレイの肖像』の中に出てきた一節によって
『テンペスト』になったのだった

ミランダを捜しに来て、キャリバンにめぐりあったような気持だった。

との一文が第7章の初めの方に唐突に出てくるのだが
作中人物ではナイ2人(ミランダとキャリバン)を引き合いに出されても
当然ながら、どういう気持ちなのかまるでわからなかった

またキャリバンは序文にも登場してる

十九世紀におけるリアリズムにたいする嫌悪は、キャリバンが鏡に映った自分の顔を見るときの怒りと異なるところがない。
十九世紀におけるロマンティシズムにたいする嫌悪は、鏡に自分の顔が映っていないといって怒るキャリバンそのままである。

訳注もなく、当時はググるコトもできなかったので
しばらく意味不明のままだったが
シェイクスピアの『テンペスト』の登場人物と知って
読まずにはいられなくなった!

続く第8章にも女優のシビルの描写にこんな表現がある

シビル・ヴェインは自分にとって、ありとあらゆるロマンスのヒロインだ、
ある晩にはデズデモーナだったとおもえば、つぎの夜にはオフィーリアであり、
ジュリエットとして死んだかと見れば、イモージェンとなって蘇る、とね

デズデモーナは『オセロー』のヒロインの名で
オフィーリアもシェイクスピア悲劇の『ハムレット』に出てくる
ジュリエットは言わずと知れた『ロミオとジュリエット』で
イモージェンは『シンベリン』と判明した

小学生の頃はスパロボアニメヲタだったので
フジテレビの日曜19時枠の番組は見逃せなかったが
『燃えろアーサー』のシリーズ(※)からスパロボではなくなってしまい
一応観てはいたがスパロボほどに心躍るモノはなかった
『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』と続編の『燃えろアーサー 白馬の王子』からなる

ANIMEX 1200シリーズ 76 組曲 円卓の騎士物語 燃えろアーサー

それでもこの頃から既に、お姫様より侍女、王子様より騎士の方が
断然カッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイと思えた自分としては
湖の騎士ランスロットと竪琴の騎士トリスタンには萌えたが
主人公のアーサーには特に続編のタイトルの「白馬の王子」てのに萎えたw
なぜ「白馬の騎士」でなく「白馬の王子」なのか。(´д`;)ギャボ

まあダサいアーサーはおいといて・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
とりあえずこのシリーズを毎回観てたのは
2人のカッコ゚+.(・∀・)゚+.゚イイ騎士がお気に入りで
その登場シーンを見逃したくなかったからに他ならなかった

世界史B用語集 改訂版中世騎士物語 (岩波文庫)アーサー王の死 (ちくま文庫―中世文学集)

当時はまだ特に意識してはいなかったのだが
間違いなくヲタ的な偏愛を着実に2人の騎士に降り注いでたのだろう
山川出版の『世界史用語集』の【中世騎士物語】の項の例に
『アーサー王物語』『トリスタンとイゾルテ』とあったのを目にした時

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!

単にアニメの原作(※)を見つけた、なんてレベルではナイ興奮状態に陥ったし
古本屋でタイトルもそのままの『中世騎士物語』を見つけて
目次にラーンスロットやトリストラムの名を目にした時には狂喜乱舞した!
ちなみに『燃えろアーサー』のシリーズの原作はトマス・マロリーの『アーサー王の死』と特定されてるようだ(Wikiより)

Bulfinch's Medieval Mythology: The Age of Chivalry (Dover Books on Literature & Drama)

そんな岩波文庫の『中世騎士物語』は
1858年にトマス・ブルフィンチが著した『The Age of Chivalry』の訳書で
構成が余りにも学術的だったのでより一層ヲタ魂に火がついた!!

  • はしがき
アーサー王とその騎士たち
【第1章】序説
騎士の修行
開放奴、賤奴、農奴、僧職者
試合
物語
韻文物語
【第2章】英国の神話的歴史
ブラダッド
リア
フェレクスとポレクス
ダンワロ・モルマティアス
ブレナスとベリナス
エリデュア
ラッド
カシベローナス
キンベリナスまたはシンベリン
アルモリカ
【第3章】マーリン
【第4章】アーサー
アーサー王
選王アーサー
ギニヴィア
【第5章】アーサー(続)
アーサー王、聖ミカエル山の巨人を征伐する
アーサー王、湖の女王から剣を受ける
【第6章】騎士ガヴェイン
騎士ガヴェインの結婚
【第7章】腕萎のカラドク
【第8章】湖の騎士ラーンスロット
騎士ラーンスロット
【第9章】荷車の冒険
【第10章】シャロットの姫
【第11章】王妃ギニヴィアの危難
【第12章】トリストラムとイゾーデ
【第13章】トリストラムとイゾーデ(続)
【第14章】トリストラムとラーンスロットの戦
狩猟者としてのトリストラム
【第15章】円卓
【第16章】騎士パラミディーズ
【第17章】騎士トリストラムの死
【第18章】パーシヴァル
【第19章】サングリアル(聖盃)
騎士ガラハド
騎士ガヴェイン
【第20章】サングリアル(続)
騎士ラーンスロット
騎士パーシヴァル
【第21章】サングリアル(続)
騎士ボゥホート
騎士ラーンスロット
騎士ガラハド
【第22章】騎士アグリヴェインの叛逆
【第23章】アーサーの死
マビノジョン
序説
【第1章】ブリトン人
ウェイルズ語とウェイルズ文学
ウェイルズ人の遊歴楽人
三句詩
【第2章】泉の女
カイノンの冒険
【第3章】泉の女(続)
オーウェインの冒険
【第4章】泉の女(続)
ガヴェインの冒険
獅子の冒険
【第5章】アービンの息子ジェレイント
【第6章】アービンの息子ジェレイント(続)
【第7章】アービンの息子ジェレイント(続)
【第8章】ダイヴェド公プウィル
【第9章】リアの娘ブランウェン
【第10章】マナウィダン
【第11章】キリッチとオルウェン
【第12章】キリッチとオルウェン(続)
【第13章】タリエシン
英国民族の英雄伝説
ベイオウルフ
アイルランドの勇士キュクレイン
油断のないヘレワード
ロビン・フッド
  • 注解

アーサー王と円卓の騎士たちに関して充実してるのは言うまでもナイが
騎士とは何なのかがよくわかる解説が冒頭の「序説」にあり
先に物語の出所(出典や典拠)の詳細を紹介してから
順を追って時代に沿って次から次へと様々な伝承が紹介されてくのだが
かのシェイクスピアが題材にしてる『リア王』『シンベリン』の原典もあったし
巻末にはロビン・フッドやベオウルフ(ベイオウルフ)など
聞いたコトはあってもなんとなくしか知らナイような伝承も収録されてた

シェイクスピア全集 (5) リア王 (ちくま文庫)シェイクスピア全集22 シンベリン (ちくま文庫)

さて『中世騎士物語』とはゆーものの
騎士が活躍した時代は中世全般においてではなく後期に限定されるだろう

ローマ帝国滅亡からルネサンスまでの西欧の時代区分は
古代と近代の間として漠然と中世とされてるが
暗黒の中世、と称されるのが似つかわしく思えるこの時代において
はっきりしてる事柄は陰鬱とした事象ばかり(※)だった
キリスト教(宗教戦争と異端審問)とペストが蔓延した

古代のおおらかな奴隷制度から近代の窮屈な資本主義への過渡期で
領主が領土と領民を支配する封建制度が確立されて
初めて騎士なる存在が生まれたのである

換言すれば基本的には封建社会において
領主が護ってる領土で農業を営んでたのが領民であり
領主に雇われて武装して領土を護る戦いに参加したのが騎士なのだが
状況によっては騎士も領民を手伝って農作業もやったようだし
いずれにしろガテン系の流れ者だったのでは・・・ヽ(゚∀。)ノ

現エリザベス女王はエリザベス2世なのだと
最近になって知った、とゆーか再認識したのだが
エリザベス1世となると1558年に25歳の若さで即位して
一生を独身で通したテューダー朝最後の女王だ

生涯に6人の妻を持ったヘンリー8世を父に持ち
母はその2番目の妻アン・ブーリンだ
映画『ブーリン家の姉妹』ではナタリー・ポートマンによって
美しさゆえに勝気なアン・ブーリンが描かれているが
実像は冴えナイからこそ女子力に磨きをかけたぽい

ブーリン家の姉妹 [Blu-ray]

ヘンリー8世の妻になるまでの策士ぶりとか
前妻を陥れてからのその娘にまで及ぶ悪辣な仕打ちとか
その美貌によってちやほやされるのが当たり前の
ヨユーがある女には在り得ナイ陰湿さなのでそう思うのだがw

このアン・ブーリンの陰謀で
前妻との離婚を(より正確には離婚ではなく婚姻の無効を)
ゴリ押ししたヘンリー8世は
ローマ・カトリック教会と真っ向から対立した。(゚д゚lll)ギャボ

(仮)ザ・チューダーズ ヘンリー8世/背徳の王冠 DVD-BOX1

それとゆーのも聖トマス・アクィナスが認めてませんでしたから!(※)
ああ、しかしトマス様、なんたるコトでしょう!!
ルター批判によってカトリック信仰の擁護者の称号を授かった王が
遂には破門されてしまうとは・・・(←『トリストラム・シャンディ』風w)
ヘンリー8世の時代のトマスと言えばトマス・モアだが、モアも認めておらず
それが原因でモアはロンドン塔に幽閉ののち斬首刑に処された
またそうしてモアを追い詰めるに至った国教会の支持者クロムウェル卿もトマスだった

でも現代日本人からしたら一国の王の婚姻について
なんで他国の教会組織に許可をもらう必要があるのか???だし
従わなかったら破門されるってのも???だろうし
そもそも破門ってのが意味不明かと・・・。(´д`;)ギャボ

カトリック信者にとってのローマ・カトリック教会は
人間による神の代理組織の頂点、なのだ(現代においても!)

そこから破門されてしまうと秘蹟を享受できなくなり
秘蹟による赦しがなければ死後は地獄行き、と信じられてるるる~

聖地奪回のための十字軍遠征にこぞって参加したのも
そうすれば赦しを得られるとローマ・カトリック教会が説いたからだし
また参加せずとも金銭によって参加したコトにしてもらえたのも
ローマ・カトリック教会がそう示唆したからだ

これで免罪符による教会の不当な金儲けが正当化されたのを
おかしい、と感じて信仰の意義を唱えたのがルターの宗教改革で
ヘンリー8世在位中(1517年)の出来事だったが
熱心なカトリック信者でインテリだった王は(女癖は悪かったが)
ルターを批判しカトリックの秘蹟を擁護する文書を著して
当時の教皇に【信仰の擁護者】と称された

その同じ王が、たかが女性問題なんか(※)で
ローマ・カトリック教会と決別して仕舞いには破門されてるって
どんだけ女に弱いの?バカなの???
王妃はそのままにしといて影で愛人ともよろしくやるのが穏便な方法では?!

しかもそこまでして結婚したアン・ブーリンなのに
数年後には離婚してロンドン塔に幽閉した後にあっさり処刑ヽ(゚∀。)ノ
そういう両親の熾烈な愛憎劇の渦中に生まれ落ちたエリザベス1世が
決して結婚しなかったのには諸説あるが
自分としてはこのバックグラウンドだけで十分と思えるがね

このエリザベス1世の治世は1558年~1603年と44年ほども続いてて
シェイクスピアやマーロウの演劇が持て囃されてたが
要するにこの時代の文学と言えばほぼ戯曲だった

エリザベス朝演劇集〈1〉

そこからするとトマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』での
以下の表現はシェイクスピアやマーロウに見受けられるのだろうか?

白雪をちりばめた紅ばらという、エリザベス朝の古めかしいたとえを、これほどしつこく、くり返し思い出させる女性の唇と歯を、いままで彼はついぞ知らなかった。彼は恋人としてだったら、それらを即座に完璧な口もとだと呼んだかもしれない。しかし、いや――それらは完璧ではなかった。一目みて完璧と見まごう画面に、一刷毛の描き残し、または不完全さが残っていてこそ、甘美な魅力は生まれるのだ、――不完全さ、それは人間性を発揮する要素だからである。

自然が望む美はシンメトリーなのだが
人間が憐憫の情を抱くのはアシンメトリーで
完璧にほど近い美の中の僅かに不完全な愛くるしさなのだ

そんなテスの唇を見つめる時
恋人のエンジェルは全神経をつらぬく薫風が吹き起こりめまいがするそうで
この薫風はギリシア語で「アウラ」(大沢衛の訳は【開花発気】)だ
なんて瑞々しい表現だろう・・・ホゥ(*-∀-)

テス  Blu-ray スペシャルエディション

ロマン・ポランスキによって映画化された『テス』では
小説で想像してたよりも幾分明るいイメージのナスターシャ・キンスキーが
ハーディの美的表現通りのテスを演じてたが
当時17歳のキンスキーはこの時ポランスキと深い仲だったそうで
だからこその出来の良さなのかもしれナイが
そこにどうにも苦々しさを感じてしまうのが残念だ

映画『テス』はポランスキの亡き妻シャロン・テイトに捧げられたが
それは彼女こそが夫に映画化を勧めてたからなのだ
チャールズ・マンソンの狂気の犠牲となる前に・・・

『お気に召すまま』

自分の友達なら100%の確率で
Journeyの『Any Way You Want It』がピンとくるに違いナイが
この曲を5/3(金)のセッションで歌うので
スマホに曲をダウンロードして
それを聴きながら、坪内逍遥をググってみるるる~

そこでなぜ坪内逍遥なのかって
『お気に召すまま』なる古式ゆかしい表現の邦題の元ネタは
シェイクスピアの『As You Like It』の坪内逍遥訳で
当時のレコード会社の担当者はこれを拝借したのだろうが
担当者は英文科出身だったのかね?

オープン・アームズ~グレイテスト・ヒッツAs You Like It (1936) [DVD]

まあ自分も元ネタだとまでは知ってたが
そうと知ったのもローレンス・オリヴィエ主演の映画だったからだし
かと言って、その映画を観たワケでもなければ
原作のシェイクスピアの『お気に召すまま』も未読だがねw

しかしながら未読なのは至極当然だ
なぜなら『As You Like It』の主題は興味の範疇からズレてるのだからね
トロイ戦争とか、アーサー王とか、そういった絡みが一切なく
自分にとってはどうでも゚+.(・∀・)゚+.゚イイモノだけで成り立ってる世界だ

坪内逍遥もまさにそれで、今まで著書を何一つ読んでなかったが
「逍遥」の名だけは逍遥派なのでちょっと気になってた

しかしWikiにはその名の由来がなかったので
ググりまくってみたら中国古典の「逍遥遊」らすぃ
自分があちこちで使ってるのはアリストテレスのペリパトス派なので
やっぱ無縁の人だったな~と改めて納得(で、゚+.(・∀・)゚+.゚イイのか?)

それにしても、坪内逍遥はこれまで
シェイクスピアに精通した明治時代の文筆家、くらいの認識だったが
実際、シェイクスピアの本邦初訳を手がけた御仁で
明治の人だが生まれたのは安政5年って、江戸時代だった。(゚д゚lll)ギャボ

ペリー来航が1853年だからして、安政5年=1858年て
開国後まもなく・・・鎖国って自分には遠い昔に思えるがヽ(゚∀。)ノ
そんな時代にシェイクスピアを訳してて
1世紀を経てアメリカのバンドの曲名として使われるとは
夢にも思ってなかっただろうて。(´д`;)ギャボ

ここで考えを改めたのは
GWで多少なりともヨユーがあったからだろうが
昭和初期の訳でも旧仮名遣いや文語体に興奮する性質なので
江戸にほど近い明治の訳がどんなモノなのか、純粋に興味が湧いた

そこでまず、青空文庫にナイか探してみたが
リストにはあってもまだ作業中で
しつこくくどくググってみたトコロ
PD書庫にまさに坪内逍遥訳の『As You Like It』があった

しかも『お氣に召すまゝ』で「氣」の字と「ゝ」の字にぐっと
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !

このWEBページをEvernoteにクリップして
アロタブから読んでみたが
冒頭の登場人物のページからして打たれた!!

ヂュークヰーズ(ジェイクイズ)
オリワ゛ー(オリヴァー)

ウヰスキーの「ヰ」はまだしも、「ワ」に濁点て・・・バタリ ゙〓■●゙

名前を見てるだけでも鼻血が出そうな嬉しい仮名遣いだが
ヂュークヰーズの役ドコロがまた゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
「謫居中の前公爵に隨侍せる貴族」ですと。(゚д゚lll)ギャボ

謫居(たっきょ)は今で言う引き籠りで
隨侍(ずいじ)は「随時」や「随所」にも使われてる通り
いつでもの意、なので、いつでも侍う=お供
要するにヒッキーの前侯爵のお供をしてる貴族だな。(´д`;)ギャボ

それにしてもおかしいのはチャールズの「新公爵の抱へ力士」って
り・・・力士(゚ ゚;)???

そしてウィリヤムは「田舎娘オードリーに戀慕せる田舎青年」とか
恋慕・・・恋心を募らせる、しかも恋の字が旧字で
まさしく「いと(糸)しい、いと(糸)しいとい(言)う気持ち(心)」

゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

日本人でよかったと思うのは
こうして自国の言葉の美しさを堪能してる時だ

今時、マンガ以外の本を読んでる若者自体が少ナイだろうが
それにも増して旧仮名遣いや古文、雅文といった美しい日本語は
読まれなくなってるのだろうか、だろうな・・・

お気に召すまま (新潮文庫)

そんな一部始終の間に母親はテレビで映画を観てたが
これが『恋におちたシェイクスピア』で
自分も横目で流し観してたら
なかなかおもしろかったがとても微妙な映画だった

どこまでがフィクションなのかわかりづらくて
ずっと頭から?マークを放出しながら、もやもやしっぱなしなのだ
実在の登場人物が多いのだが
脚色され過ぎで、わざとらしさが鼻につくのだよ(;つД`)

エウリピデスの『トロイアの女たち』の新訳が
なぜか、突如として昨年末に出てた

そう、なぜ、エウリピデスの悲劇の中でも
今、これだけが単品で出るのか、訝しく思ったが
ちょうど蜷川幸雄演出の『トロイアの女たち』の公演があり
それに合わせてだったのだろうか?!

いや、WOWOWで観たらサルトルVer.だったw

トロイアの女たちギリシア悲劇〈3〉エウリピデス〈上〉 (ちくま文庫)

そう言えば『トロイアの女たち』は
エウリピデスのなら松平千秋訳のをダブって持ってるし(※)
『サルトル全集【33】トロイアの女たち』を
神保町の古本屋で奇跡的にゲトできたが
肝心のセネカ版が未だ手元になかったと思い出した
ちくま文庫のギリシア悲劇【III】エウリピデス(上)筑摩世界文学大系【2】ギリシア・ローマ古典劇集

セネカの『トロイアの女たち』は
京都大学出版の西洋古典叢書の『セネカ悲劇集』に収められてるるる~

セネカ悲劇集〈1〉 (西洋古典叢書)

セネカ悲劇集【1】
狂えるヘラクレス(小川正廣訳)
トロイアの女たち(高橋宏幸訳)
フェニキアの女たち(大西英文訳)
メデア(小林標訳)
パエドラ(大西英文訳)

セネカ悲劇集【2】
オエディプス(岩崎務訳)
アガメムノン(大西英文訳)
テュエステス(宮崎徳也訳)
オエタ山のヘルクレス(竹中康雄訳)
オクタウィア(木村健治訳)

【1】は『トロイアの女たち』以外にも
『フェニキアの女たち』も『メデア』も『パエドラ』(※)も
エウリピデスと比較して差異を読み解きたい
エウリピデスの『ヒッポリュトス』に当たる、ラシーヌだと『フェードル(とイポリート)』

しかし最も興味深いのは【2】の『オクタウィア』だ!
なんせセネカのオリジナルでネロが題材の史劇なのだからして!!

久々にアマゾンで両方チェックしてみたら
【2】が半額以下で出品されてたのでそっちをポチったった♪
トロイヲタとして【1】も絶対いつか購入するだろうがw

とりあえず蜷川の『トロイアの女たち』はサルトルに倣ってたが
現代日本人の常識の範疇に「トロイ戦争」はナイので
そりゃあ誤解のナイようにポセイドンが説明せねばなるまいて
改めてサルトルの手腕に脱帽しつつ
蜷川の奇異なアイディア(3ヶ国語でコロスを繰り返し)にも
よくもこんな鬱陶しいコトをやり通したモノだ
と、感心したし、感動した。・゚・(ノД`)・゚・。

☆・・・☆・・・☆

蜷川はちょっと前に『トロイラスとクレシダ』もWOWOWで観た(※)が
シェイクスピアの全作をオールメールでって試みの一環で
その発想からして素晴らしいと思ったね
しかも『トロイラスとクレシダ』は中でも1番厄介だったろうに
納得の行く出来映えだったのには度肝を抜かれた。(゚д゚lll)ギャボ
参考URL:http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/102292/

クレシダには穢れを知らナイ澄んだ美しさがあり
絶世の美女ヘレネの方が蠱惑的ではあるが
決して見劣りはしナイ美貌なはずと思われ。(´д`;)ギャボ
その点、2人とも性別を乗り越えた以上に美的に釣り合ってたが
恐らく女性がやると想像すると
主役のクレシダはでしゃばって美貌から儚さを失するだろうし
ヘレネも美しさよりいやらしさが目立ってしまいそうだ(-_-;)

でも何よりもカサンドラにはぞっとさせられた
『トロイアの女たち』でも運命に憤り、怒りながら舞うカサンドラがいたが
『トロイラスとクレシダ』のカサンドラの方がしなやかな動きで
巫女の資格を失った悲しみが舞踏に表現されてたし
狂気もそれらしく見えた

基本的にカサンドラは狂ってるのではなく
予言を口にすると狂ってるように見えてしまうだけだから
発狂してるだけだと白けてしまうのだよ
カサンドラはアポロンから予言の術を授かったが
引き換えにアポロンの恋人になる約束だったのを破ったので
それでアポロンによって予言が信じてもらえナイようにされたのだ

☆・・・☆・・・☆

宮本亜門の『サロメ』もWOWOWでやってて(※)
観る前はキャスティングに仰天したが
もれなく多部未華子ちゃんのサロメこそがサイコーだった
サロメは無垢ゆえに残酷なのだな・・・
参考URL:http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/101601/

サロメ (岩波文庫)

古典劇はハリウッド映画とかブロードウェイ・ミュージカルでも
原作の魅力が減退しまくりなのが多くてウンザリするが
日本の新劇が魅力を損なわずにやってるなんて
目にするまで思いもよらなかったね

とにかく戯曲は本で読んでるより
舞台で演じてるのを観る方が断然゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
てのは、当たり前かヽ(゚∀。)ノ

ここは一つ、宮本の『キャンディード』のDVDを購入すべきか?!

エリザベス朝の劇作家シェイクスピア原作の『から騒ぎ』の映画を見た
1993年のハリウッド映画だがそんな映画があったコトすら記憶に留めてなかった
その頃はシェイクスピアに苦手意識があったのだ(-_-;)

から騒ぎ [DVD]

でもおかげで(?)今まで原作を読んでなかったのと
『ヴィクトリア朝の性と結婚』とゆー本を読んでた矢先だったので
今回はそのまま楽しめた気がするるる~

じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ (新潮文庫)
ヴィクトリア朝の性と結婚―性をめぐる26の神話 (中公新書)

2組のカップルが誕生するまでのいきさつが描かれてて
要はハッピーエンドの悲喜劇なのだけど
そこに描き出されたエリザベス朝時代の性と結婚の常識が
現代日本人には驚愕なのだ((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

1.良家の子女は処女であるコトが大原則である
2.実は非処女であったとわかると男は100年の恋も冷める
3.男は処女と確信してた婚約者が非処女とわかると女をゴミのように捨てる
4.非処女は誰からも罵倒されて然るべき存在である
5.4.ゆえに非処女の濡れ衣の恥辱に耐えられナイ処女は自害して当前
6.やっぱり処女だったと判明した途端に男はゴミのように捨てた女に愛情が蘇る
7.実際に処女を喪失してた侍女については誰も攻め立てナイ
8.もちろん男の側は放埓ゆえの独身主義でも誰からも攻められようもナイ

良家の子女は結婚前に処女を喪失するくらいなら死んだ方がマシで
また男の方も処女かどうかだけが愛情(?)の指針なのだ
尤も「処女なら可愛がってやるるる~」「非処女なら死んで詫びろ!」なんて
豹変できるのが愛情なのかも疑わしいがねw

結婚の認可が教会によってたので神聖さを求められたのはわかるが
それを女の方にばかり要求したのがどうも腑に落ちナイのだ。(´д`;)ギャボ

それとゆーのも教会結婚は宗教的意義より経済的意義が大きかったのだ
良家の御曹司は持参金つきの女を娶って家を守る義務があり
メイドや娼婦と恋愛結婚されたりしては困るるる~
とゆー家父長制の利益のための制度だったのだ

だから実態は「教会が認めナイと結婚できナイ」のではなく
「一家の利益に適ってると家族が合意しなければ結婚できナイ」ように
教会が一枚噛んでるってのが正しいのだね

そして1度結婚すると解消ができなかった(離婚できなかった)のも
教会結婚の定めたトコロだったがこれも経済的意義に合致した
トマス・アクィナスの次の言が『教会法典』の教義に採用されたからだが・・・

人間の男と女の結合は永続しなければならないとともに解消されてはならない

ああ、トマス様!聖なるトマス様!!(←『トリストラム・シャンディ』風w)
仰るコトご尤も、ですが、信者たちは真意を汲み取らず
実に都合よく取り入れてるのがなんと嘆かわしい。・゚・(ノД`)・゚・。

自分は無神論者だがトマス・アクィナスのスコラ派哲学的言及には
【神】を抜きにすれば賛同できたりしてヽ(゚∀。)ノ

それでもまだシェイクスピアの時代はマシで
ヴィクトリア朝時代ともなると病的にお上品になり
レディ(良家の処女)に見せるべきでナイ部分を一切カットした
『家庭版シェイクスピア』なんてのも発刊されたほどだ。(゚д゚lll)ギャボ

こうした見せかけのお上品さが蔓延すればするほど
売春は蔓延った・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ
妻とは神聖なセックス(?)をして、影ではメイドと乳繰り合い
外では娼婦と奔放にセックスをしてたワケだ

ところで旦那様とメイドの不倫は前述の『ヴィクトリア朝の性と結婚』によれば
自分が想像してた以上に日常茶飯事的なモノだったようだ

但し私生児を産んだ女性の比率でメイドがダントツに多いのは
女性の職業と言えばメイド、ってな時代なので元よりメイドが多いからで
それで私生児を産んだ女性の全体数から比率を比較されてもなんだが
実質的に私生児を産んだメイドはわんさといたのは事実だし
避妊も覚束ナイ時代だったので実数を反映してるだろう

僕らの受けた教育の忌まわしいところは、キリスト教が性を公認せず、尊重しないことだ

『宝島』『ジキルとハイド』のスティーヴンソン

神は性欲を植えつけた・・・そうしておいて、この欲望を刺激したり、助長するのを禁じている、性欲を植えつけた目的である結婚のため以外には。

『不思議の国のアリス』のルイス・キャロル

この時代のこの手の名言が見つかったらまたここに追加しよう♪

kaiseisha

小学生の時に夢中になって読んでた本は
いわゆる不朽の名作ってヤツばかりだったので
児童版とてまさか絶版になろうとは思いもよらなかった

クオ・ワディス〈上〉 (岩波文庫)森鴎外全集〈10〉即興詩人 (ちくま文庫)嵐が丘 (新潮文庫)
愛の妖精 (中公文庫)マリー・アントワネット 上 (角川文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)
荒野のおおかみ (新潮文庫)にんじん (岩波文庫)赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
ゲーテ全集 (7)ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)マリー・キュリー―フラスコの中の闇と光 (グレート・ディスカバリーズ)
ビーグル号航海記 上 (岩波文庫 青 912-1)レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

神保町の古本屋でシェンキェビチの『クォ・バディス』を見つけて
懐かしさの余り購入して読んでたら
当時の想いが胸に広がって不思議なカンジがした・・・

そこで早速アマゾンで大人買いしようと探したのだが
児童版全集では『ビーグル号航海記』さえなくて驚愕した。(゚д゚lll)ギャボ

以下、少女世界文学全集一覧(【16】クォ・バディスの巻末より)

著者収録作品訳者
1モンゴメリー「赤毛のアン」村岡花子
2シェークスピア「ハムレット」「ベニスの商人」森三千代
3ハドソン「緑の館」野田開作
4アンデルセン「即興詩人」伊藤左喜雄
5チェーホフ「三人姉妹」「桜の園」大庭さち子
6シャーロット・ブロンテ「ジェーン・エア」榛葉英治
7プローティー「母の曲」宮内寒弥
8アボット「幸福の家」岸なみ
9ビョルンソン / ラーゲルレーブ「日向丘の少女」「沼の家の娘」山室静
10エミリー・ブロンテ「嵐が丘」船山馨
11ウィンスローエ「制服の処女」富沢有為男
12オルコット「若草物語」川端康成
13ツワイク「悲劇の王妃」大原富枝
14シェークスピア「ロミオとジュリエット」「夏の夜の夢」桂芳久
15ウェブスター「あしながおじさん」中里恒子
16シェンキェビチ「クォ・バディス」野田開作
17シュトルム「みずうみ」「三色菫」結城信一
18ウィギン「少女レベッカ」城夏子
19エレナ・ポーター「パレアナの青春」村岡花子
20プーシキン「大尉の娘」「スペードの女王」大庭さち子
21ゲーテ「君よ知るや南の国」森三千代
22パール・バック「大地」藤原てい
23ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「魔の沼」三井ふたばこ
24ドストエフスキー「罪と罰」伊藤左喜雄
25オードー「孤児マリー」「光ほのか」畔柳二美
26小デュマ「椿姫」宮内寒弥
27シュランパ「少女シリアの死」大滝重直
28ヘッセ「春の嵐」「車輪の下」榛葉英治
29トルストイ「戦争と平和」未定
30ドーデー「ちび君」「風車小屋だより」未定
31ルナール「にんじん」未定
32ジイド「田園交響楽」「狭き門」今官一

実際ルナールの『にんじん』はこのシリーズにはなかったが
むしろ岩波文庫の通常版はイラストもFelix Vallottonで味わい深かった
そういえば彼の描いた著者ルナールがシュールながら似過ぎてて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ

メリメの『カルメン』やモーパッサンの『女の一生』なんかあったのだな
参考LINK:偕成社少女世界文学全集 1960~1970年

1番のお気に入りは『クォ・バディス』だったが
この作品でネロとセネカとペトロニウスを知ったコトで
世界観がどれほど拡がり、それによって人生がどれほど豊かに潤ったか!!

次点は3作あって『嵐が丘』と『即興詩人』と『愛の妖精』だが
成長してからもこれらの通常版がずっと愛読書だ

逆にどうしても受け容れられナイのが
『赤毛のアン』『あしながおじさん』『ジェーン・エア』で
これは今でも変わらなく大嫌いだp(-_-+)q

シェイクスピアも当時はピントがズレてる気がして
人生においてずっとイマイチ好きになれなかったのだが
ごく最近読み直して作品によって好きなモノも出てきたトコロだw

嫌いではなかったけど怖かったのは『スペードの女王』だった。(´д`;)ギャボ
まあそのお蔭で賭け事には無縁でいる=無駄な損失はナイ

そしてスタンダールの『赤と黒』はこのシリーズでは読んでなかった
とーちゃんが持ってた完訳版のを読んでたのだ

ちょうど宝塚の『ベルばら』全盛期の時に『悲劇の王妃』読んで
フランス革命にハマったのだヽ(゚∀。)ノ

後にゲーテの『君よ知るや南の国』が
『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の一部と知った時は
幼馴染みと再会したような気分だった

ヘッセについては『春の嵐』も『車輪の下』も゚+.(・∀・)゚+.゚イイのだが
やはり『荒野のおおかみ』ほどの衝撃はなかったな・・・

想いは尽きナイ・・・ホゥ(*-∀-)

子供の頃に本を読んでなかったら
今の自分はナイ

実際、自分はたいした人間ではなくて
世の中の基準からしたらクズみたいな存在だろうが
自分自身ではなかなか気に入ってるし
何より愉しんで生きてる

それとゆーのも本が
広大な世界観と尊敬すべき先達を知らしめてくれたからだ

皆もっと素晴らしい本をたくさん読めば
読んだ分だけ幸せになれると思うのだけどなあ・・・

それには子供の頃から読む習慣がなければいきなりは読めまい(-_-;)
しかし読むべき本がナイのだ・・・バタリ ゙〓■●゙

世界偉人伝全集一覧(少女世界文学全集【16】クォ・バディスの巻末より)

偉人表題著者
1野口英世「世界に誇る偉人」沢田謙
2キュリー夫人「愛と化学の母」清閑寺健
3西郷隆盛「維新の英傑」富田常雄
4ヘレン・ケラー「20世紀の奇跡」村岡花子
5豊臣秀吉「戦国統一の英雄」柴田錬三郎
6ノーベル「世界文化の恩人」崎川範行
7夏目漱石「永遠の文豪」多田裕計
8ナポレオン「運命の英雄」柴田錬三郎
9二宮金次郎「至誠と勤労の人」加藤武雄
10ナイチンゲール「クリミアの天使」岡田禎子
11織田信長「戦国偉大の英雄」真鍋呉夫
12エジソン「世界の発明王」中山光義
13福沢諭吉「近代日本の先覚者」沢田謙
14ベートーベン「永遠の楽聖」大滝重直
15紫式部「王朝文化の光」高木卓
16パスツール「愛の科学者」桶谷繁雄
17明治天皇「近代日本の建設者」寒川光太郎
18キリスト「愛の救世主」清閑寺健
19石川啄木「薄幸の詩人」野田開作
20アムンゼン「極地の探検家」寒川光太郎
21湯川秀樹「ノーベル賞に輝く」沢田謙
22ベーブ・ルース「世界の野球王」中山光義
23徳川家康「江戸幕府の建設者」吉田与志雄
24ジンギスカン「アジアの風雲児」尾崎士郎
25宮沢賢治「土と魂の詩人」浅野晃
26ダ・ビンチ「万能の天才」富永次郎
27勝海舟「智と意気の人」沢田謙
ミレー「愛の画聖」清閑寺健
日蓮「苦難の聖雄」福田清人
バッハ「近代音楽の父」大滝重直
島崎藤村「不滅の文学者」伊藤左喜雄
リンカーン「自由の父愛の人」那須辰三
戦国名将伝「智・情・勇の達人」浅野晃
ワシントン「アメリカ建国の父」沢田謙
一休禅師「警世の名僧」桑田忠親
ニュートン「近代科学の父」三石巌
芭蕉「自然を愛した詩人」伊馬春部
ガンジー「インドの聖雄」沢田謙
北里柴三郎「日本医学の恩人」未定
シューベルト「歌曲の王」未定
宮本武蔵「心眼を開いた剣聖」浅野晃
ファーブル「昆虫の詩人」小林清之介
樋口一葉「薄幸の才女」持丸良雄
ダーウィン「科学の偉人」中村浩
徳川光圀「憂国の名君」吉田与志雄
アインシュタイン「世紀の科学者」菅井準一
源頼朝「鎌倉文化の建設者」浅野晃
シュバイツァー「原始林の聖者」未定
聖徳太子「日本文化の建設者」未定
プルターク英雄伝「英傑群像」沢田謙

今はこういう偉人伝を読んで感銘を受けたコトのナイ子供ばかりなんだろうな・・・

笑いのツボに民族間で多少のズレがあるとしても
アメリカン・ジョークは笑えナイだろ、てか、イギリス含む英語圏全般がダメだ
お寒いオヤジギャグのレベルにさえ達してなくて
シェイクスピアの駄洒落の連発とかはもう気分が悪くなれるレベルだ。(゚д゚lll)ギャボ

そこへいくとバーナード・ショーの劇作は
むしろシリアスな悲劇において皮肉が利き過ぎててシニカルに笑えたりして。(´д`;)ギャボ

とりあえず英語の本は辞書を片手にでなければ読めナイので
一緒に辞書を持ち歩くのも荷物になるし
寝床や風呂場でも辞書の存在が邪魔になるし
ゆっくり読書をする時間を別に設けなければならず
そんなヨユーは持てナイ日々が続いてた・・・

また三省堂自体にもなかなか足を運べナイでいたが
それが昨年末にはなぜか洋書コーナーにまで立ち寄って
ヴォルテールの『カンディド』英語版を衝動買い!

それとゆーのも表紙がシュールなマンガになってて
この絵がやたらと愛らしくて気に入ったのだが
何気なくスラスラと読めて思わず吹き出したからだ(゚*゚;)ププ

日本語訳を何度も読んでるせいもあるが
英語とはいえ元はフランス文学で基本的にアメリカン・ジョークでなく
ペーソスたっぷりのフレンチ・ユーモアに感じられてツボにきてしまったのだろうw

『カンディド』は各章数ページからなる全30章の物語で
日本語版なら時間的にはもうあっという間に読めてしまうが
主人公のカンディドが様々な酷い目に遭いながら
また様々な酷い目に遭った人たちと出会いつつ
旅を続ける冒険物語・・・なのか?!

いや、カンディドはそもそも旅をしたくてしてるのではナイのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

男爵家に身を寄せるカンディドは令嬢のキュネゴンドと深い仲になったのだが
それを男爵に見られて追い出されたのだヽ(゚∀。)ノ

表紙のマンガの上部がこのいきさつだ

だいたいカンディドとゆー呼び名は
無邪気な男=天然、の意で江戸っ子ならきっと与太郎と呼ばれてたに違いナイ!!

カンディドはどんなに酷い目に遭ってもへこたれず
実際よく死にそうにもなってるのだが毎度マンガじみた回復力で立ち直れるのは
尊敬するパングロス先生が唱える【予定調和】を素直に信じてるからなのだ!

【予定調和】は実在したライプニッツの持論で
表紙のマンガにもあるようにパングロス先生曰く
「鼻は眼鏡をかけるためにあり、足はズボンをはくためにある」

すべては最善の状態にある

ライプニッツはニュートンと争うほどの天才だったので
世界を構成する科学的事実は解ってても
日常の真実に対して盲目で庶民の生活を全く理解してなかったのだ

フランス革命前のパリで不幸にあえぐ市民に対して
ヴォルテールは憐憫の情を禁じえなかったので
ライプニッツのこの脳天気な【予定調和】に反発して
とても最善にあるとは言い難いほど身に余る不幸に晒される人々を
痛切に皮肉って描いたのが『カンディド』なのだよ

元より英語の素養がある人なら
他人の苦労話や悲惨な経験談を英語で聴いてる時に
相槌を打ったり驚愕したり同情したり
そんな英会話力がこの本で身につくと思われ(-人-;)

それにしても笑いまくった・・・バタリ ゙〓■●゙