N’espérez pas vous débarrasser des livres

最初から最後までページの進行通りに読んで
本文450ページの本を2日で読了したが
そういう読み方をこんな本でするとは珍しいコトだった

こんな本は『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』
ウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの
本についての対談の記録だ

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

1つのテーマについて系統立てて解説してるような本でも
気ままな虫食い読みで肝心の結論は未読だったり
小説でさえも好きなトコロから読み始めて
とりあえず満足したので結末を知らずに放置されてたりするので
特に順を追って読む必要もナイようなこんな本って意味だが
それを自分としては風変わりな(一般的にはごくフツーの)読み方をしたのは
そういう読み方でも無駄が生じナイ確証があったからだ

先になぜ本をフツーに読むと無駄だと思えてしまうのか?

自分の興味の範疇の事柄でも
「フーン・・・( -∀-)」程度の掘下げ方なら読んでも記憶には残らナイし
記憶に残らナイほどのコトならあえて読む必要はナイのだ

人生は短く
生きるための義務に費やす時間ばかりとられてしまい
本を読むためには眠ってる暇さえナイのだから
睡眠より充実したと思える一節に出会えなければ
読書には何の意味もナイ

そういう意味で
日々適度な睡眠をとりつつ本を全く読まナイ人間は一種の賢人だと思う
暇を持て余してて何でも片っ端から読んでるような読書家より
無駄な知識(による頑迷さ)がなく
生きる(ために眠るとゆー)信念は揺るぎナイからだ

話が逸れたが・・・
エーコとカリエール、進行役のトナック(※)にしても
当然ながら現実的に肉体を通しての面識はナイが
書物の宇宙の中では時空を越えて繋がってて
同じ世界観を本を介して共有してる確証があったので
逆に飛ばし読みでとりこぼしの部分があったら勿体なく思えたのだな
ジャン=フィリップ・ド・トナックは『ギリシア・ローマの奇人たち―風変わりな哲学入門』の著者だ

それ以上にリアルでは大先生に比したらこちとら青二才なので
自分の知の欠如によって共鳴しかねる部分が数多露見するであろうが
それは新たな発見への導きでもあり、きっと新鮮な感動が待ってるに違いナイのだ!
そうしてレチフを読むに至った・・・

共和国幻想―レチフとサドの世界 (思想・多島海シリーズ)

レチフは筑摩世界文学大系のサドの巻(※)に収録されてて
実はこれを持ってて気になってはいたのだが
読むに至らず=読み始めるきっかけに巡り会えずにいて
今回カリエールがレチフについて語ってたのが非常に興味深かったので
昨夜初めて読んでみた
LINK:『筑摩世界文学大系【23】サド レチフ』

カリエールの語るトコロによればレチフは

革命期に「エフェミネ(女々し男:めめしお)」と呼ばれた服装倒錯者たちのことを書いたのもレチフです。

しかしそのタイトルまで明記されてナイのがざざざんねん・・・
自分が持ってる筑摩世界文学大系収録のがそうだったら幸せ過ぎるるる~バタリ ゙〓■●゙

さてレチフについては別途語るとして
この本の中で自分がとりわけ感銘を受けた部分などを以下に列挙しておく

シェイクスピア→ヴォルテール→サルトル

サルコジ大統領は『クレーヴの奥方』を読まず

シャトーブリアンの傑作

パラケルススの本から手芸作品?

ラシーヌはジェノサイドを描写する

知と美の撲滅?

口承の正確さについて

異端者を火炙りにするコトと焚書の意義についても
興味深い見解があったのだが
これは併行して読んでるホルヘ・ルイス・ボルヘスの『異端審問』についてと
織り交ぜて詳しく述べたいと思われ

☆追記…
以上が1年前に書いた内容なのだが
その後、レチフが未読のままであるのを思い出したw

文芸作品の読み方(入手法)




まだ生きてる作家の小説を読めるほど
古典文学を読みきってナイ勉強不足の自分だが
その古典文学や歴史書以上にも学術的な要素がたっぷりならば
むしろ何を差し置いても読まねばなるまい!

そう思い起こさせた唯一の小説は
ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』だったが
次作の『フーコーの振り子』が実は未読だったりするのは
なぜならこれは現代(20世紀)が舞台の話なので
そうと知って読む気を失ったのだ・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

そのまま時は過ぎて
その後は特に気にかけてなかったが
ここへきて既に4作目となる『バウドリーノ』が
岩波書店から11月11日発売と知った
ググッてみたらこれ本国イタリアでは10年前の2000年に出てて
現在6作目が2010年10月発売らしい!!

てコトは『バウドリーノ』は翻訳に10年かかったのか?!
てか註釈の考証で10年かかったのかな~
なんせ十字軍の物語らしいから
自分も含めて日本人には基本的な部分まで注釈が必須だ
とはいえ一応世界史にだって出てくるのだが・・・

十字軍といえば塩野七生の『十字軍物語』も出たばかりだ

この著者はどこまでが史実なのか不明瞭で
私見が述べられてる部分が自分とは尽く合わなくて
まず再読するコトはナイから購入意欲は湧かナイが
読んでなければ文句も言えナイから
とりあえず読んでみたいのだが・・・とここで閃いた

もしかしてこういう手元に残したくナイ本を読むのに
電子ブックは最適のツールなのか?!

いや、著者の利益になるのを避けるなら
古本屋に安価で出回ったのを買って読むべきなのか?
電子ブック市場に対しても加担したくナイしなw

『バウドリーノ』は当然ながら新刊を買うのが筋だと思ってるし
実際に新刊を購入するのに何も問題はナイが
自分が欲しい本の多くは新刊が売られてなかったりするので
古本屋に頼らざるを得ナイのだ
でも著者もとっくの昔に死んでて印税も関係ナイから
それはそれで何も問題はナイのだがねヽ(゚∀。)ノ

しかし万が一そういうモノが電子ブックで読めるとなったら
古本屋探すより手っ取り早いから頼ってしまうのか?
もれなく電子ブック擁護派になったりして???
そんな事態は起こらナイだろうが・・・

そういえば海外の電子ブックの状況はどうなのだろう
翻訳されてナイのが原文で読めたりはするだろうね
ポーランドなら自国の英雄シェンキェヴィチの作品くらい
総て電子ブック化されてるはずだな
読めナイけどね、ポーランド語。・゚・(ノД`)・゚・。

それにしても『バウドリーノ』は上下巻で¥4,000で
『世界で一番美しい元素図鑑』も同じくらいなのだよな
どっちを先に買うかが悩みドコロ・・・